最適資本構成と資本コストの解説


最適資本構成と資本コスト


1.資本構成・資本コストの概念


1 資金調達の方法

 『資本コスト(cost of capital)』とは、企業が投資その他の事業活動に必要な資本を入手する際に、その資本と引き換えに資本拠出者に提供しなくてはならなくなる支出(具体的には、調達資本額に対する%表示で表される)を意味する。それがどのように計算されるかについては、複数の主張があり、本章では後に取り上げられる。さて、企業(株式会社)の資本調達方法は次のように分類される。





株式会社は私たちの身の回りにある典型的な企業形態であり、この分類表は、その代表的な資金調達方法を表している。まず株式は株式会社の代表的な資本調達源で、会社が株券を発行し、それに対して資本金を払い込むのが株主である。会社にとってはこの資本は株主に返済する必要がなく、配当を支払わなくてはならない以外は、長期に安定した資金で、設備投資などに充てられる。ただし配当の金額は、原則としてそのときどきの利益の状況に応じて変動することがある。次に内部資金は、企業の内部留保と減価償却費の和で、返済の必要がなく、配当や利子の支払の必要もないため、最も安定した資本調達源とされる。ただし、これは必要な時に資本調達活動を行って得られるというものではなく、会計年度末に結果として発生しているものであるから、そのほかの資金調達源とは区別されるべきものである。なお、内部資金と株式は、資本調達方法としては表の通り自己資本調達に属する。次の社債は、株式会社のみに許される資金調達方法で、確定利付証券(社債券)を発行し、資本市場を通じて多数の投資家から大量の資金を調達することができる。その利子は会社の業績に関係なく確定した金額(確定利付)である。社債には発行する企業により、製造業企業が発行する事業債、金融機関が発行する金融債などがあるが、株式とは違って返済の必要があるため、返済能力があるとみなされる企業のみが社債発行を許されることになっていたが(適債基準の存在)、1996年度よりそれが緩和され、各社が自らのデフォルト・リスク(債務不履行危険)に応じた利率で発行できることになっている。なお、転換社債という制度もあり、発行後一定の期間を過ぎれば持ち主は自由意思で株式に転換する権利がついている社債である。通常の社債よりも低い利率、長い償還期間という、企業にとっては有利な資金調達方法である。投資家にとっても元本の安全性・確定利付という社債のメリットと潜在的な株式の取得可能性というメリットを併せ持った独特の投資対象である。株式、社債、転換社債はみな投資家の側からの資本供給が企業の側からの資本需要と資本市場で直接出会い、企業へ投資家から資本が直接供給されるため、直接金融(direct financing)とよばれる。これに対し、銀行などの金融機関に投資家が資金を預け、それらの金融機関からまわりまわってそれを企業が借入金という形で取得するという資本調達方法もある。これを間接金融(indirect financing)という。ここで企業へ資本の供給を行う銀行には都市銀行から地方銀行、信託銀行等、多くの種類あるが、それぞれが貸出企業の規模、資金の用途などに応じて貸付先のマーケットセグメンテーションが行われている。借入金の場合は当然返済の義務があり、また一般に社債などと比べて金額は少なく、返済期間も短いものが多い。企業にとっては資本が必要なときにすぐに調達できるなどの社債とは異なったメリットがある。社債と借入金はこの分類表の通り、資本調達方法としては他人資本調達に属する。



2.レバレッジと資本構成の理論



 企業がこのようにして多彩な資金調達を行う結果、その使用資本にはさきの分類表のように、株式などをはじめとする自己資本と、社債などをはじめとする他人資本が現れる。この自己資本と他人資本との使用額の比率、すなわち総資本(=自己資本+他人資本)の内訳を『資本構成』とよび、その代表的な尺度が『自己資本比率(=100*自己資本/総資本)』である。仮に返済の義務のない自己資本だけで活動していれば、企業にとっては心配はないが、それだけでは資金が十分には集まらないし、自己資本の中でも、株式を考えると、配当の負担があり、たとえば社債利子がそれよりも安ければ、企業としてはそちらを積極的に利用する方が有利である。ただしこのような他人資本を利用するときには『財務リスク』が増大することに留意する必要がある。

 財務リスクとは、企業が他人資本(負債)を利用することによって、株主にとっての利益率の変動が大きくなること、あるいは借り入れによって生じる、自己資本利益率の変動に伴うリスクであるといえる。今、次のように記号を定めよう。
E:自己資本 D:他人資本 A:総資本 π:税引前利益 ρ:自己資本利益率(π/E) r:総資本利益率 i:利子率
 このとき、次の関係式が、定義式より導出される。

π=rA-iD=r(E+D)-iD=rE+(r-i)D

この両辺をEでわるとρを表す次の式が得られる。

   ρ=r+(r-i)λ

ただしλ=D/E(レバレッジ比率あるいはてこ比率)である。この式は、財務レバレッジ(財務的てこ作用、他人資本のてこ作用)を示す重要な式である。財務レバレッジ効果とは、資本構成中に他人資本の含まれる程度により、自己資本利益率(ρ)が総資本利益率(r)よりも高く押し上げられたり引き下げられたりする現象を意味し、しかも、この式からも明らかなように、その際の他人資本の導入の程度が大きいほど(つまりλが大きいほど)、総資本利益率の変動に伴う自己資本利益率の変動が増幅されることになる。すなわち、総資本利益率(r)が負債利子率(i)より高ければ(r>i)、自己資本利益率(ρ)は総資本利益率(r)より高くなり、しかもレバレッジ比率(λ)が高ければ高いほど、自己資本利益率は高く押し上げられる。逆に総資本利益率(r)が負債利子率(i)より低い場合(r<i)には、自己資本利益率(ρ)は総資本利益率(r)より低くなり、しかもレバレッジ比率(λ)が高ければ高いほど、自己資本利益率は低く引き下げられるのである。

 次に、このようなレバレッジ比率、負債利子率そして総資本利益率が自己資本利益率に及ぼす影響を、数値例によって観察してみよう。

《例題》
 次に与えられたデータを使って、財務レバレッジの定義式に従い、A社、B社、C社の自己資本利益率を計算してみよう。

A 社 B 社 C 社
総資本 100 100 100
自己資本 50 10 80
負 債 50 90 20
レバレッジ比率 1.00 9.00 0.25


財務レバレッジ効果を表す定義式: ρ=r+(r-i)λ

 ここで各パラメターの値が次のように与えられたとしよう。

ケース1

i(負債利子率)= 0.15
r(総資本利益率)=0.2

 この時、

A 社 B 社 C 社
総資本利益率 0.2 0.2 0.2
負債利子率 0.15 0.15 0.15
レバレッジ比率 1.00 9.00 0.25
自己資本利益率 0.250 0.650 0.2125



ケース2

 ここで、景気が後退し、総資本利益率が低下したとする。すなわち、

i(負債利子率)= 0.15
r(総資本利益率)= 0.05

 この時は、


A 社 B 社 C 社
総資本利益率 0.05 0.05 0.05
負債利子率 0.15 0.15 0.15
レバレッジ比率 1.00 9.00 0.25
自己資本利益率 ▲0.050 ▲0.850 0.025



 すなわち、この数値例からもわかるように、他人資本の導入は、ケース1のように、好況で総資本利益率が高く、金利水準もほどほどであれば、自己資本利益率の上昇に大いに貢献するが、経済状況によってはケース2のように、両刃の剣となるのである。


3.最適資本構成



T 最適資本構成とは

こうして考えてくると、「最適な」資本構成、すなわちもっとも望ましい自己資本と他人資本の組み合わせ比率は、いったいどのようなものになるだろうか。それは株主にとって、企業価値がもっとも大きくなる、あるいは各種の資本の利用によって発生するコスト(資本コスト)の合計が最小になるような資本構成ということになる。すなわち他人資本の導入により、前述の通り、有利な面もあるが、導入金額の増大と同時に、@倒産の潜在的な可能性が増大し、それに伴い倒産コストの期待値が増大すること、A債権所有者の発言権が強まり、それに伴い、経営者に対する監視・動機づけコストが増大すること、を考慮しなくてはならなくなる。一方、逆に、自己資本の利用額の増加に伴って(それに伴い他人資本の導入額が減少しても)、株主による、経営者に対する監視・動機づけに要するコストが増加することから、それらのかねあいから、資本構成の変化にしたがって増減する様々なコストの総和を最小化するような資本構成が、最適な資本構成だというのが現代における一般的な見解となっている。


U 伝統派の理論と資本コスト

1 企業評価モデルの考え方

 「伝統派」、あるいはそれに対峙する「MM派」のいずれにおいても、企業評価という概念は重要なものである。企業価値の評価、あるいは算出という概念は、企業が株主にもたらす利益、あるいは便益という概念によって説明される。これを式で表すと、次のようになる。

X:企業が毎期獲得する、株主に帰属する何らかのキャッシュ・フロー
ρ:割引率
V:企業価値
なお、Xとρは毎期同じとする。このとき、






 すなわち、株主はこの企業の持ち主としてVという価値を所有し、それは次のように表される、
 





 ここでT→無限大とすると、





と表され、割引率と企業価値が反比例することがわかる。この割引率は、企業がXを獲得するのに投資した資金の調達に要したコストと考えられ、「資本コスト」に対応するものである。これは、資金に対する価値の犠牲という資本コストの基本原則による。


2 源泉別資本コスト
 このような資本コストが、資本源泉別に異なるというのが伝統派の主張である。

(1)負債のコスト・自己資本のコスト(法人税を考えない場合)

@負債のコスト

 負債には大別して社債と借入金があるが、まず社債の資本コストkBは、実質的な利回りとなる。理論的には次の式におけるrが社債の資本コストkBである。






 B0 :社債発行手取金
 It :t期の社債利息
GT :償還期末Tにおける社債の償還額

 次に、借入金のコストkLは、企業が実質的に支払う利子の、正味の手取額に対する比率である。

    支払利息・割引料
kL=―――――――――
総借入額−支払利息・割引料−諸費用

 結論として、法人税が存在しない場合には、負債のコストはその実効利子率(effective rate of interest)であると言える。この両者を代表して、負債のコストをkDと表す。

A自己資本のコスト

 自己資本には大別して株式と、留保利益などの内部資金があるが、まず、株式のコストの算出に関しては、配当利回り説、あるいは配当株価率(dividend price ratio)説と、収益利回り説あるいは収益株価率(earnings price ratio)説という2つの説がある。まず、配当利回り説は、企業の株価(市場における企業価値)を決定するものは将来の予想配当額の現在価値である、という考え方であるが、現代においては次の収益利回り説が、より説得的とみなされている。それは、将来の予想利益の現在価値が株価を決定する、という考え方である。(これは、前述の企業評価式におけるXに、何を当てはめるか、ということである。)これによれば、株式発行により調達される資本のコストは、現在の株主の一株当り収益を低下させないために必要な最低限の投資収益率である、ということになる。この考え方によれば、新規投資の資金調達に当たり、新株発行を行う場合のコストは次のように与えられる。すなわち、新株発行後の一株当り期待収益が、発行しない場合の値を下回ってはならない、という条件から、





 Π0:新規投資案を採用しない時に期待される毎年の収益
 N0 :発行済株式数
 I1 :新規投資案に必要な資本
ΔΠ0:新規投資案の採用により期待される、毎年の収益の増加分
S :新株発行による一株当り手取額(発行価格)
n :新株発行株式数

  n=I1/S を代入して整理すると、





が得られる。この右辺は現在の1株当り利益(Earnings Per Share,略してEPS)を新株発行による一株当り手取額で割ったもの収益株価率(Earnings Price Ratio、略してEPR)で、現在のEPSを減少させないためには、その投資案の利益率はこのkSの値を上回らねばならず、これが要求される資本コストとなる。これは、現在の株主の立場から、企業の利益を株主の利益とみなす、という発想による。

 次に、留保利益などの内部資金の場合は、そのコストは、機会費用の考え方に基づく。すなわち、内部資金のコストkRは、次のようになる。

kR=この企業と収益性が等しいグループの他の企業の収益率、すなわちこの企業が属している産業あるいはこの企業自身の収益株価率

ある投資案の収益率がこの値以下なら、その投資案に内部資金を投下することは株主に不利益(機会損失)をもたらすからである。


(2)負債のコスト・自己資本のコスト(法人税がある場合)

@負債のコスト

法人税を考慮した場合の負債のコストを知るために、次の例を見てみよう。ある企業が、所有資金がGの、ある投資案に直面している。その税引後純利益が(1-τ)kDGという金額であるとする。
 いま所有資金Gを利子率kDで全額負債で調達したとすると、その負債利子(kDG)は、法人税課税の際、経費として控除される。すなわちこの借入によって法人税額はτkDGだけ減少する。つまり、払わなくて済むといえるのである。この分(τkDG)に新投資から得られる純利益(1-τ)kDGを加えるとkDG であり、これを利子支払いにあてれば、従来からの株主には損も得もない。
 これを見てもわかるように、法人税が存在しない場合の負債のコストをkDとすると、法人税がある場合のコストkFは、法人税率をτとすると、次のようになる。

   kF= (1-τ)kD

 一般に、法人税率をτとすると、純負債利子負担は、

   kDG(1-τ)

で表される。すなわち、企業にとって必要資金を負債で調達することに伴う「実効利子率」は、法人税が存在する場合は、

    [名目利子率] × ( 1 -τ)

つまり、

    kF= (1-τ)kD

と表される。


A自己資本のコスト

 株式の場合、法人税率をτとすると、次の関係がある。

ko :税引前の利益を対象としたコスト
kτ :税引後の利益を対象としたコスト

kτ= ko(1-τ)

ただし自己資本コストの場合、法人税控除後の税引後純利益がコスト計算の対象(配当等算出の基礎)になるため、実際は、法人税に関する調整は自動的に行われている。次に内部資金のコストは、後述の、その企業の「平均資本コスト」に等しいとする。これは、法人税を考慮しない場合と同様に機会費用の考え方に基づき、内部資金はその企業が保有する投資機会の全体収益率を最低限の収益率と考えねばならないからである。なお、この両者を総合して、自己資本のコストをkEと表す。


(3) 企業全体としての資本コスト(加重平均資本コスト)

 企業はその資本需要に合わせて各種の資本を調達する。このとき、伝統派の考え方によれば、その静態的な資本構成を表わす比率によって源泉別の個別資本コストを加重平均して平均資本コストを求め、それをもって各投資案に共通の投資決定基準と考える。


 


F:使用負債総額 E:使用自己資本総額 A:使用総資本(E+F) kA: 企業全体としての資本コスト(加重平均資本コスト) kF:負債のコスト kE:自己資本のコスト
 

(4) 最適資本構成と資本コスト

 伝統派が考える重要な前提条件として、負債の利子率が負債額あるいは使用総資本に占める負債の比率の増加関数である、というものがある。すなわち、企業の負債が増大して自己資本比率が低下し、貸手の目からみて貸倒れの可能性が大きくなるにつれ、貸手はより高い利子率を要求するであろうというものである。自己資本コストにもこれが多少あてはまり、この時、次のグラフに見られるような関係が存在することになる。







表1

負債比率 総資本コスト(Ka) 自己資本コスト(Ke) 負債コスト(Kf)
0% 0.2000 0.2000 0.1000
5% 0.1960 0.2005 0.1103
10% 0.1939 0.2020 0.1210
15% 0.1937 0.2045 0.1323
20% 0.1952 0.2125 0.1560
30% 0.2033 0.2180 0.1690
35% 0.2097 0.2245 0.1823
40% 0.2176 0.2320 0.1960
45% 0.2269 0.2405 0.2103
50% 0.2375 0.2500 0.2250
55% 0.2494 0.2605 0.2403
60% 0.2624 0.2720 0.2560
65% 0.2765 0.2845 0.2723
70% 0.2917 0.2980 0.2890
75% 0.3078 0.3125 0.3063
80% 0.3248 0.3280 0.3240
85% 0.3426 0.3445 0.3423
90% 0.3611 0.3620 0.3610
95% 0.3803 0.3805 0.3803
100% 0.4000 0.4000 0.4000


図1の各曲線は、この数値例に従って描かれている。そこでの前提は次の通りである。

kF(負債のコスト)曲線の形……負債比率が高くなるにつれ、自己資本比率は低下して、負債供給者の立場からみて貸倒れの予想確率は飛躍的に高まるため、彼らによる要求利子率は高い右上がりのカーブになる。

kE:(自己資本のコスト)曲線の形……負債比率がある臨界的な値以下ならば、投資家は負債に伴う倒産リスクを気にしないが、臨界値を越えると、リスクの増大に敏感となり、右上がりの程度は負債のコストほどではないが、株主はより高い収益率という形でプレミアムを要求するようになる。

kA(企業全体としての資本コスト、すなわち加重平均資本コスト)曲線の形…… kF曲線とkE曲線の加重。加重のウエイトは負債比率である。そして、この曲線の下に凸な最低点(ここでは負債比率15%強付近)で資本コストは最小(13.7%ほど)となり、これが最適な資本構成となる。


V MM派の理論と資本コスト


1 モディリアーニ&ミラー説における資本コストの概念

 モディリアーニ&ミラー(Modigliani & Miller,以下、MMと略す)の資本コストの概念は、完全に機会費用の考え方、すなわち、市場において最低限達成できる利益率で、既存の株主が他社へ投資対象を換える必要がない新投資の収益率の最低の限界(cut-off point)、つまり、企業価値を下落させない投資の収益率、である。


2 モデルによる裁定取引プロセスの理解@−−−法人税を考えない場合のモディリアーニ&ミラー命題
 議論を進めるに当たり、次のような仮定をおく。

  投資家は、企業が得る利益が彼らに配当されるか、値上がり益の形で実現するかについては無差別である。
  資本市場は完全競争的で、価格に影響を及ぼせるような市場参加者はいない。
  取引費用・情報費用は存在しない。
  資金借入の条件は企業でも個人でも同じで、利子率は不変、また負債による調達は貸倒れのない範囲に限定される。
  法人税は存在しない。

 そのうえで、MMは次の主張を行っている。

【定理】

 均衡状態においては

VU = VL (1)

 すなわち、資本構成に関係なく企業価値は等しくなり、言い換えれば資本構成は企業価値に影響を与えない。
 なお、ここでの記号の定義は次の通りである。

X :企業の利益
SU:自己資本のみからなる企業(U社と呼ぼう)の発行済株式の市場価値総額
VU:U社の市場価値総額(= SU)
SL:自己資本と他人資本からなる企業(L社と呼ぼう)の発行済株式の市場価値総額
BL:L社の他人資本(たとえば社債)の市場価値総額
VL:L社の市場価値総額(= SL+ BL)
r :他人資本に対する利子率


 この(1)式が成立することになる理由、あるいはそのプロセスを、次の順番で見てみよう。

  仮に、VU > VLであるとき、あなたがU社の全株式のω(0<ω<1)という割合の部分を保有しているとしよう。あなたの持ち分は、ωSU(=ωVU )であり、U社の利益に対する持ち分も、ωXである。一方、実はあなたは同じ額の利益をL社への次の投資からも得ることができるのである。

ステップ1

 ωSLという金額の資金を投入し、L社の発行済株式のうちのωという割合の分を購入する。このときのL社の利益に対するあなたの持ち分は、当然ω(X−rBL)である。

ステップ2

 同時にωBLという金額の資金を投入し、L社の発行している社債のうちのωという割合の分を購入する。このときのあなたの獲得利子は、当然ωrBLである。
 こうしてあなたは合計で、ωSL+ωBL=ω(SL+BL)という金額を投資しており、それはωVLに等しい。そしてそれによりあなたはω(X−rBL)+ωrBL(=ωX)という金額の利益を得ている。すなわちあなたは今このL社への投資によってω(SL+BL)=ωVLという投資額からωXという利益を得られるが、これは先のU社への投資での投資額、それによる利益額とまったく同じである。ところが、先の通りVU > VL、すなわちωVU > ωVLであるから、あなたにとってはU社ではなくL社へ投資換えした方が有利である。つまりL社への投資によって、より少ない資金で同じ利益が得られることになる。当然あなたはU社の株式を売却し、L社に投資して、ωVU−ωVLという売却益(キャピタル・ゲイン、利鞘)を得られる。このような売買を裁定取引、あるいはアービトレイジ(Arbitrage,鞘取り)と呼ぶ。この取引によって、売られたVU = SUが値下がりし、一方、買われたVLが値上がりして、ついには均衡状態においてはVU = VLとなるであろう。

 逆に、VU<VLであるとき、あなたがωSLという金額の資金を投入し、L社の発行済株式のω(0<ω<1)という割合の部分を所有し、同時にωBLという金額の資金を投入し、L社の発行している社債のωという割合の分を保有しているとしよう。そこではあなたの合計投資額はωSL+ωBL=ω(SL+BL)=ωVLである。この時L社の利益に対するあなたの持ち分は、ω(X−rBL)であり、また、このときのあなたの獲得利子は、ωrBLである。こうして獲得利益の合計額は、ω(X−rBL)+ωrBL=ωXである。ところが、実は、あなたは、ωSU(=ωVU )という額の資金でU社の株式のωを購入するという投資からも同額の利益ωXを得ることができる。これは先のL社への投資での利益額とまったく同じである。ところが、先の通りVU<VL、すなわちωVU<ωVLであるから、あなたにとってはL社ではなくU社へ投資換えした方が有利である。つまりU社への投資によって、より少ない資金で同じ利益が得られることになる。当然あなたはL社の株式と社債を共に売却し、U社に投資して、ωVL−ωVUというキャピタル・ゲイン、利鞘を得られる。この取引によって、売られたSL+BL=VLが値下がりし、一方、買われたSU=VUが値上がりして、ついには均衡状態においてはVL=VUとなるであろう。


資本コスト

 MMによる考え方では、税金が存在しなければ企業が事業活動、投資に使用する資金は、資本市場が完全な限り負債でも自己資本でも「お金」に変わりはないんだ、ということである。この時、企業価値を決めるのは各企業の利益Xの流れであり、利益Xをその期待値μXで割った変数(Scale Factorつまり規模の影響を取り除いたもの)の分布が等しいような諸企業は同一の「リスク・クラス」に属するという。このリスク・クラスは、企業が行う投資の対象、すなわち所属産業により決まり、こういう一連のグループが本来存在する、というのがMMの基本発想である。
そして、このとき、それぞれのリスク・クラスについて固有の資本換元率αk(第kリスク・クラスのCR, Capitalization Rate)が存在していると考える。すなわち、資本調達源に関係なく第kリスク・クラスに属する企業の価値Vは
          




で表される。MMによると資金調達の方法にかかわらず、企業の総価値は、利益の期待値をαkで資本換元することによって得られる。すなわち、αkは、第kリスク・クラスに属する企業に適用される共通の資本換元率であり、企業の資本コストをα*としたとき、α*=αkというのが結論である。新規投資の収益率がαkを上回れば企業価値は減少せず、(許容)資本コストα*はαkに等しいのである。企業価値は各企業の投資政策のみによって決まる。


3 モデルによる裁定取引プロセスの理解A−−−法人税がある場合のモディリアー二&ミラーの命題

 前述の法人税がないときの仮定のうちの を次のように変えてみよう。
 ’利益に対してτ(0<τ<1)という率の法人税が課せられる。
 これらの仮定のもとでの、MMの主張は次のとおりである。

【定理】

 利益の確率分布が等しい(つまり同一リスク・クラスに属する)諸企業で、U社(自己資本のみからなる)の市場価値VUと、L社(他人資本で必要資金の一部をまかなっている)の市場価値VLの間には、均衡状態においては、

VL=VU+τBL (2)

すなわち、企業価値は資本構成によって影響を受け、使用される他人資本の額に比例する。

 この(2)式が成立することになる理由、あるいはそのプロセスを、法人税を考えなかったときにならい、次の順番で見てみよう。
  仮に、VL<VU+τBLであるとき、あなたがU社の株式をω(0<ω<1)保有しているとしよう。この時あなたの持ち分は、ωSU(=ωVU )であり、U社の利益に対する持ち分は、ω(1−τ)Xである。一方、実はあなたは同じ額の利益をL社への次の投資からも得ることができるのである。

ステップ1

 ωSL(=ω(VL−BL))という金額の資金を投入し、L社の発行済株式のうちのωという割合の分を購入する。このときのL社の利益に対するあなたの持ち分は、ω(1−τ)(X−rBL)である。

ステップ2

 同時にω(1−τ)BLという金額の資金を投入し、L社の発行している社債のうちのω(1−τ)という割合の分を購入する。このときのあなたの獲得利子は、当然ω(1−τ)rBLである。

 こうしてあなたは合計で、ωSL+ω(1−τ)BL=ω(SL+BL)−ωτBL、という金額を投資しており、それはω(VL−τBL)に等しい。そしてそれによりあなたはω(1−τ)(X−rBL)+ω(1−τ)rBL=ω(1−τ)Xという金額の利益を得ている。すなわちあなたは今このL社への投資によってω(VL−τBL)という投資額からω(1−τ)Xという利益を得られるが、これは先のU社への投資での利益額とまったく同じである。ところが、先の通りVL<VU+τBL、すなわちVU>VL−τBL、よってωVU>ω(VL−τBL)であるから、あなたにとってはU社ではなくL社へ投資換えした方が有利である。つまりL社への投資によって、より少ない資金で同じ利益が得られることになる。当然あなたはU社の株式を売却し、L社に投資して、ωVU−ω(VL−τBL)というキャピタル・ゲインを得られる。この取引によって、売られたVU = SUが値下がりし、一方、買われたVLが値上がりして、ついには均衡状態においてはVL=VU+τBLとなるであろう。

  逆に、VL>VU+τBLであるとき、あなたがωSLという金額の資金を投入して、L社の発行済株式のω(0<ω<1)という割合の部分を所有し、同時にωBLという金額の資金を投入し、L社の発行している社債のωという割合の分を保有しているとしよう。そこではあなたの合計投資額は

ωSL+ωBL=ω(SL+BL)=ωVL

である。この時、L社の利益に対するあなたの持ち分は、ω(1−τ)(X−rBL)であり、また、このときのあなたの獲得利子は、ωrBLである。こうして獲得利益の合計額は、

ω(1−τ)(X−rBL)+ωrBL=ω(1−τ)X+ωτrBL

である。ところが、実は、あなたは、ωVUという額の資金でU社の発行済株式のうちのωという比率の部分を購入し、同時にωτBLという金額でL社の社債のうちのωτという比率の部分を購入するという投資からも同額の利益ω(1−τ)X+ωτrBLを得ることができる。この時の総投資額はω(VU+τBL)で、その利益額は先のL社のみへの投資での利益額とまったく同じである。ところが、先の通りVL>VU+τBL、すなわちωVL>ω(VU+τBL)であるから、あなたにとってはL社の株式だけへの投資ではなく、U社の株式とL社の社債へ投資換えした方が有利である。つまりこの投資によって、より少ない資金で同じ利益が得られることになる。当然あなたはL社の株式を売却し、U社の株式とL社の社債に投資して、ωVL−ω(VU+τBL)というキャピタル・ゲイン、利鞘を得られる。この取引によって、売られたSLが値下がりし、一方、買われたSU=VUとBLが値上がりして、ついには均衡状態においてはVL=VU+τBLとなるであろう。

このように、法人税が存在する場合は、資本構成は企業価値に影響を受ける。投資政策のみにより決まるVUに、他人資本τBLの部分が加えられた和がVLとなる。


法人税がある場合の資本コスト

[定理]

 法人税がある場合、それによる効果で他人資本の資本コストαFと自己資本コストαEは異なり、

@αF:その企業と同一リスク・クラス、たとえば第kリスク・クラスに属する企業の、税引後の収益の流れに適用される資本換元率(αk)に等しい。

AαE:αF/(1−τ)
企業の総価値は、法人税を考慮すると、利益の期待値に(1−τ)をかけたものを各リスク・クラス固有の共通資本換元率αkで資本換元することによって得られる。そして、法人税を考慮したときの他人資本の資本コストαF(τ)は、このαkに等しく、また、他人資本を利用すると支払利子(rBL)が課税対象外となるため、これに法人税率τをかけた分(τrBL)だけ納税額は少なくなり、その分を差し引いて、αF(τ)=(1−τ)αFとなる(αF=法人税を考慮しないときの資本コスト)。これに対し、自己資本コストαE(τ)は、他人資本とは違って税制による節約効果がないため、αF(τ)を基準として表すと、αE(τ)=αF(τ)/(1−τ)となる。

B企業全体の資本コスト:αG(τ)
 企業の資本コストをαG(τ)としたとき、それはどのように決まるだろうか。MMによると、企業は資本コストだけを考えれば他人資本のみを選好して、一時的には資金調達を、自己資本か他人資本で行うにしても、長期的には両者の間に一定のバランスが保たれるようにするものである。このバランス目標L*を目標負債比率と呼ぶ。これは、新規投資の所要資金の源泉の長期的混合比率を意味している。すなわち、新規投資の必要資金がL*という比率で調達されれば、最終的には負債比率はL*となる。こうして法人税を考慮した場合の企業全体の資本コスト:αG(τ)はαG(τ)=(1−L*)・αE(τ)L*・αF(τ)で表される。


*1配当政策も、経営財務研究の重要なテーマである。

*2戦後のわが国の企業の発展、特に昭和40年代の「高度経済成長期」の企業の資本調達行動を支えたのが、この間接金融であったことは、広く知られているところである。

*3 このようなテーマは、「企業金融、コーポレート・ファイナンス(corporate finance)」とよばれる。本来「ファイナンス」には、財政、財務、金融、資金調達などの訳が対応するが、「コーポレート・ファイナンス」の場合は、通常、企業が行う資本調達を意味する。企業は、様々な形で、自らの事業活動に必要な資本調達を行うが、その際、所要資金がいかに供給されるかを特に企業の立場から考察し、適切な手段を考えようというものである。ファイナンスという用語には、しばしば「資金の供給」という意味も含まれることがあり、その場合には、コーポレート・ファイナンスは、企業への資金の供給という意味をも含むことになる。その場合の源泉によって前述の直接金融と間接金融、あるいは更に内部調達と外部調達などに分類することができる。一方、それら資金の用途によって、設備資金金融と運転資金金融とに分類することができる。前者は設備などの固定資産への投資に用いられる長期資本、後者は通常の営業循環において回転する資金へ投下される短期資本を意味する。

*4「レバレッジ」とは本来「梃子(てこ)」のことで、負債の導入によって自己資本利益率を「てこ入れ」し、総資本利益率よりも高く押し上げることを意味している。

*5前者を「正のレバレッジ効果」、後者を「負のレバレッジ効果」と呼ぶことがある。

*6ただし、このような「株主にとって最も望ましい」という考え方は、純粋にアメリカ流の財務論の発想によるものである。アメリカでは、企業は株主のものである、という考え方が当然とみなされており、わが国における現状とは一致しない。ただし、コストをできるだけ低めるという考え方は、実務的にも納得しうるものであろう。

*7これらのコストは、全体として「エージェンシー・コスト」と総称されるもので、これを言い換えれば、エージェンシー・コスト総額を最小化する資本構成が、最適な資本構成にあたるものだ、ということになる。

*8 「伝統派」とは、1950年代アメリカにおいて、企業が直面する現実の財務的意思決定を、主として制度の記述、デシジョンの意味付けという立場から説明することを試みていた研究者たちの総称である。MM派については、後の説明を参照のこと。

*9 「企業評価」は、"valuation"であり、企業の「価値付け」あるいは「価値決定」、「価値の測定」にあたる。

*10 このような「株主の富」およびその尊重という考え方は、アメリカの経営財務における典型的な考え方であり、わが国においては、そのまま通用するとは言い切れない面がある。

*11 ここでの、負債比率が「ある程度以上」あるいは「臨界値」と表現されている、その具体的な値については、伝統派にはまったく言及がない。そして、これが、MM派による、後々の伝統派批判の重要な対象となった。

*12 ただし、この仮定の現実性、すなわちこれらが実際に成立している条件かどうかは、また別の問題である。そして、まさしくこのことが、伝統派による後々のMM派批判の対象となった。

*13 厳密には、ここでのXは「確率変数」として扱われている。確率変数とは、不確定な値をとる変数で、それらの、とりうる値に、それが起こりうる確率が対応している変数を意味する。
*14 この概念は、ビジネス・リスクという概念に、ほぼ対応する。すなわち、似通ったビジネス・リスクを持つ企業のグループが、同一リスク・クラスに属する、ということができる。

*15 すなわち、その資金の調達源が何であるかとは全く関係がない、ということである。

*16 ただし、この仮定だけゆるめて現実に近くする、というのは、やはり大きな片手落ち、とみなされても仕方がない。他の非現実的な仮定がそのままでは、結論はやはり不十分なものになってもやむを得ない。

*17 ただし、この「目標負債比率」という考え方は、後にMMによって、彼らの結論と現実とのギャップを埋めるために現れたものである。実際、その決まり方は、伝統派の言う「負債比率の臨界値」と似たところがある。



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