日々の雑感的なもの ― 田崎晴明

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茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。


8/4/2005(木)

一週間ぶり。

暑い日々がつづくので、基本的に家にいて、猛然と仕事をしている。

149 名分のレポート採点など、はるか昔の想い出。 たしか、金曜日の会議にでるときわざわざ車で出勤し、帰宅時にレポートをどんと家に持ち帰り、深夜まで採点し、さらに土曜も朝から採点して、おわった。

月曜には、学習院も駒場もすべて採点表を提出し、ほんとうの夏休み開始。

SST 論文を改訂する作業にはいり、ひたすら、書き足し、スリム化、新しい付録の執筆、ミスタイプの修正、などなど懸案事項を片づけている。 予定では今頃は佐々さんに改訂版の草稿をみせて説明しているはずだったのだが、やはり、予定通り、予定外のことがいろいろでてきて、予定通りにはすすまない。 それでも、なんとか見通しがたったので、これからプールに行こう。

そう、忙しくても、プールには二日に一度くらいの頻度で通っている。

さらに、そういう中をぬって、土曜の夜中から日曜の昼過ぎまで、丸一日弱を費やして、

ビンラディンとヒロシマ  パルヴェーズ・フッドボーイ
を翻訳した。

911 の後に再編されつつある世界において核が何を意味するか、についての簡潔で、重い論説。 日本人の日常感覚からはほとんど想像もできない暗い展望が客観的な筆致で語られている。

ご一読いただき、できれば、他の方にもご紹介いただければ幸い。


ようやく iTunes Music Store が日本でも開店。 めでたい。

購入された曲のランキングをみると、RC サクセションとかがけっこう上位にあって、ぼくらの年代の人たちが買っているのがよくわかる。 堂々の第三位が「愛のメモリー / 松崎しげる」とは、すごい。 これが深夜番組の帝王の実力か。


8/10/2005(水)

夕刊第一面の野口さんの写真の横の見出し

宇宙に戻りたい
をみて、思わず
宇宙に戻りたい だがや
と書き加えてしまった全国の約八万人(推定)の一人の田崎です、こんばんは。
宿題を端から一つずつ片づけつつ、夏休みの自由研究の課題も決めました。 というところで、明日からしばらく東京を離れます。

ネットへの接続はきわめてゼロに近くなると思います --- と言っても、ここのところほとんど書いてないから同じことですね。


8/12/2005(金)

昨日、寝不足でドライブした疲れもあり、久々に熟睡。 ああ、眠る喜びとはこういうことだったのか --- 実は最近、ずっと不眠気味だったのだ。

朝、妻のみているテレビの音で目が覚める。 後藤龍君のバイオリンの演奏であった。 起き出してぼけっと聞いた範囲では、なかなか上手ではないか。 悪い意味で「天才少年」っぽくない演奏だったのもよかった。

インタビューに答えて、大学は、芸大(あるいは、他の音大)には行かないと言っていたのが、いっけん意外で、おもしろかった。 考えてみれば、芸大に行かなくてもプロになれる(っていうか、もうプロか)のだから、当たり前と言えば当たり前だろう。 ぜんぜん違う世界に接した方が、けっきょく音楽にもプラスになるのかもしれない。

しかし、やってみたいのが「物理」というのは、さすがに意表をつかれてちょっとだけ驚いた。(世界(の人間に依存しない部分)に対してもっとも真摯に立ち向かう人々の姿に接するというのは、素晴らしい選択だと思うが、大学で物理をやるのは時間かかるからプロのバイオリニストとの両立はけっこう大変だろうなあ。)


8/15/2005(月)

さて、こちらでやっている「夏休みの宿題」の一つは、物理数学の講義ノートのこれまで書き上げた部分に、講義を受けている学生さんや公開版を読んでくださった皆さんからのコメントにもとづく、さまざまな修正や改良を加えることである。

修正箇所は多岐にわたり、たとえば、

イブシロン
というのは、実は、
イプシロン
の間違いだといった単純なやつにはじまって、積分をどう処理するかとか、ある事実の証明が抜けているといった根本的なやつにまで及んでいる。

そういった中で、完璧に「しまったな」と思ったのは、数の集合について議論しているところに書いた

コンピューターのなかであつかわれる数もすべて有理数(のごく一部)だ。
という、偉そうな文章。

N ビットのメモリーのとりうる状態は 2 の N 乗だから、明らかに、有限。 有限の集合なんだから、明らかに有理数のごく一部に決まっている --- と、まあ、そういう発想で書いたわけだ。 何も気にせず通過してしまう人も、けっこう多いのではなかるまいか。

しかし、この記述について、とある方から誤りであるとのご指摘をいただいた。 こういうのは、何というか、「誤りだ」と言われたその瞬間に、特に聞き返したりせずとも、誤っていたことが疑いようもなく明々白々になるようなタイプの間違いである。

というわけで、この部分は、今回の改訂で

コンピューターの普通の数値計算で用いる数(たとえば、C 言語の実数型の変数のとる値)もすべて有理数(のごく一部)だ。
という、より無難な表現に変えることにした。 これなら、間違いはないし、言いたいことは伝わるし、いいのではなかろうか?(さらに不正確なことがあったらお願いします。)
しかし、考えてみると、このまちがいは、本来なにが言いたかったを考えるよりも、もとの文章のままだと、どういう意味でまちがっているかを議論する方が楽しいだろうということに気づいた。 というわけで、せっかくなので(転んでもただでは起きない精神で)新たに以下のような問題を付け加えたのであーる。
すぐ上のコンピューターについての記述は、はじめ
コンピューターのなかであつかわれる数もすべて有理数(のごく一部)だ。
となっていた。 しかし、この記述は正しくないとの指摘があり、上のように書き改めた。 もとの記述はどのような点で不正確か、いくつかの観点から考えてみよ。
というわけで、みなさんも、ぼくが最初に書いたのがどうまちがっているかを考えてみてください。
というだけでは、あまりにもひどいので、少し。

まず、もっともどうでもいいが、

計算機の変数が 1, 2, 3, ... という値をとるとして、これらは、それぞれルート 2 の 1, 2, 3, ... 倍を表していると考えれば、無理数も表していることになる。
というのも、実に正しい解答。

あるいは、

a, b, c という三つの整数の組が、a の b/c 乗を表す、といったルールを作れば、いろいろな無理数が表現できる。
というような解答もできる。

これ以外にも、円周率や e のような高級な無理数も、それらの性質をちゃんと教えてやりさえすれば、計算機であつかうことができる。 これは、日々 MATHEMATICA でお世話になっていることであった。


そうは言っても、計算機のなかに表現できる数は、有限個しかないわけで、稠密な有理数の集合、連続な実数の集合は、まったく扱えないではないか --- と思っている読者も多いと思う。 ぼくも直感的にそう感じる(だからこそ、最初のまちがいを書いたわけだ)のだが、実は、このあたりも真面目に考えていくと、なかなか難しいのだ。 けっきょくは、「そもそも何者かが『数を扱う』というのはどういうことか?」といったあたりを考えることになってしまうのだが、そういうのは興味のある皆さんにおまかせしましょう。
8/24/2005(水)

山にこもりきりで日記を書いていないのかというとそうでもなく、実は 20 日くらいには東京に戻っていたのである。 暑い中、毎日いろいろと仕事をしているのであった。 まだ、少し猶予がある気がする。よくわからないけど。


今日は、原がわが家を訪ねてくれた。 実は、大学院時代の指導教官だった加藤先生の葬儀で東京にやってきたのである。 そもそも旅の目的は悲しいものだし、彼も葬儀の出席などなどで気疲れしていたが、その分、肩の力を抜いて、いろいろなことを気楽に話せたのは、よかった。

家族も交えた会話で、ぼくの筋トレやプールの話がでて、昔のまったく運動をしないぼくをよく知っていた原は、ひたすら驚いている。 その流れで、大学に入ってすぐの体育で(われわれのような文弱の輩が)強制的にやらされたトレーニングの授業の話で、ひとしきり盛り上がった。 なつかしいというか、なんというか。 しかし、あれは「ひ弱な大学生を鍛えるとどうなるか」のデータ取得のための授業だったのではないか、という話をはじめて聞いた。 今、非常勤で駒場に行っているときも、食堂よりあっち側をみると、胃の当たりに微妙な重苦しさを感じるのは、つらかったウェイトトレーニングや 12 分走の想い出が体に染みこんでいるからかもなあ。


原が羽田にむかったあと、プールへ。

またしても、最初の 100 メートルで、ああばてた、もうだめだ、と思うのだが、それでもがんばって休憩(といっても、自由コースを歩いて息を整えるだけなのだが)をはさみつつ泳いでいると、けっきょく 1000 メートルに達してしまった。 そこで、ちょうど、5分間の休憩タイム。

休憩がおわって、さっそくコースに入り、誰もいないプールをゆっくりと泳ぎ出す。 今日は、時間が早いせいもあって、人が少ない。 とくに、猛烈に速い体育会系の人とか、やたらしぶきをあげる上手でない人(←人のことは言えないのだが)とかもいらっしゃらなくて、快適。 ぼくの方も、体が完全に暖まり、かつ、力を抜いて泳ぐペースを会得したようで、ゆっくりとだが、着々と距離を増やしていく。 500 メートルを越えても泳ぎ続け、もしやとは思っていたが、けっきょく 1000 メートルを休まず泳いでしまった。

いっしょにプールに来て、隣のコースで泳いでいた妻に、

休憩後に休まず 1000 メートル泳いだので、全部で 2000 メートル(クロールと平泳ぎはちょうど、半々)泳いでしまった
と伝えた。

もちろん、今回、水泳をはじめてからは最高の距離だし、おそらく、こんなに泳いだのは小学校以来かもしれない。 妻も、私の達成したささやかな快挙に祝福の言葉をかけてくれたのであった。

妻「あなたは、だあれ?」
わしも、そう思う。
8/31/2005(水)

物理学科主任からメールがとどく

9月○日の教室会議は、1時開始の予定でしたが、1時半開始に変更したいと思います。
とのこと。 そうか、会議だったっけ。 夏休みも徐々におわるんだ。

すると、翌日にまた主任からのメールが。

9月○日の教室会議は、1時開始の予定を1時半開始に変更とお知らせしましたが、もともと1時半開始の予定でした。
こういうところも、ぼくが学習院の物理学科が居心地(いごこち)がよいと感じる重要な要因なのである。
それにしても、今月は日記を書いていない。

もちろん、忙しいのだ。

夏休みに入ってから、(学会で話す予定の)第二法則についての新しい結果を詳細までまとめ、数学の講義ノートの修正をし、佐々さんとの SST 論文の手直しをし、原と書いている「イジング本。」の後半部分の執筆にかかり、ま、あといろいろと雑用をやっつけ --- と、懸案の仕事をこなしている。 それぞれに、予想以上に、タフで非自明で時間のかかるので、けっきょくは、予定していた「夏休みの宿題」がすべて片づくことはないだろう。ま、予定通りに進まないことも予定のうちだったわけだけど。 まったく新しいことについてじっくり考える時間は取れない・取っていないが、運動などをしながら、いくつかの課題について夢想中。急ぐことはない。 あとは、仕事の合間に、早川さんに(統計力学史の本のことを尋ねたとき、ついでに)すすめられた Segre の Fermi の伝記を、ゆっくりと読んでいる。 自身の能力に確信をもって圧倒的な能率的で物理を進めていく姿には、さすがに「嫌な奴だな」感は否めないけれど、純粋におもしろいし、一人の人物がイタリアの物理の流れを大きく変えていく様子は圧巻だ。 もう少し式も書いて物理の解説をしてくれればと思うのだが、そういう本は売れないだろうから、ま、仕方がない。 今、ようやくフェルミがアメリカに移民したあたり。 これから原爆話に入っていくのだろう。

忙しいとはいっても、実は、 時間を強制的に奪われるような「お仕事」は、ないのだ。 佐々さんや早川さんの日記を読んでいると申し訳なくなるので書かない方がいいかと思ったけど、ま、書いてしまと、今年の8月のぼくの予定表は(家族で山に行く日程が書き込んである以外は)プールに行った日が記録してあるだけで、いわゆる予定はゼロ。 さすがに、一ヶ月間まったく会議がなかったのは、学習院で働きはじめてから初めてのことだけれど、ま、ともかくありがたいことじゃて。 感謝しても感謝しきれないことだろと思う。 その分、精進(しょうじん)して、いろいろな仕事をしようと思います。

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田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
田崎晴明ホームページ

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