日々の雑感的なもの ― 田崎晴明

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茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。


2011/12/4(日)

やりたいこと・やるべきことが、稠密に存在する感覚。 絶対に不可能な量ではないが、ヘタをするとぼくに許された時空からあふれてしまいそうなくらいの、ちょうどギリギリのたぷたぷの量。

ともかく、「イジング本」は(最後のではなく)ベータ版完成にむけた最後のがんばりだ。400 ページ超をすべて印刷して、しっかりと赤を入れて読む。 そのあと原との最終調整がすんだら、ベータ版の査読者を募集する。

非平衡熱力学関連の初めての数学的に厳密な仕事の論文の草稿は、発作的にものすごい短時間で主要結果を書ききったあとは放置状態。 最後の証明を手直しして、例を書いて、イントロと結論を書けば論文草稿になる。

斉藤さんとの仕事は、間違いを克服したあと、もう一段深い理解を求めて検討中。

これ以外の課題には当面は手をつけない。

通常の講義、ゼミ、会議と上の仕事の空き時間をなんとかみつけて、「放射線と原子力発電所事故についてのできるだけ短くてわかりやすくて正確な解説 」に関連する作業も少しずつ。 細かい改良を次々と加える他に、この先を目指して内部被ばく関連について知識を増やし必要な文献を集める。 もっと気楽に、「エネルギーとスペクトル」とか「10 のベキ乗の書き方」とかについての軽い解説も足したいと思うし、他にも色々な構想があるのだが、なんせ時間が・・・


明日からの週は、土曜日の高柳さんのセミナー + その後の忘年会まで、毎日、多かれ少なかれイベントがある。 特に水曜日は大輪講で担当の T 君が発表するし、木曜日は基研の将来計画委員会のために京都に日帰りの出張。 息切れしそうだが、なあに、Perfume のニューアルバムを聴けばエネルギーも倍増(当社比)である。 ほんとは、アルバムの感想を書きたいのだが、やっぱ仕事しなくては。おやすみなさい(でも、一言だけ書いておくと、シングル曲ばっかりのアルバムで新しい曲はどんなもんかなあと思ってたけど、新しい 4 曲のあまりの質の高さに驚愕。ともかく、アイドル好きおじさんとしては「心のスポーツ」が最初からツボ直撃なわけだが、実は「My Color」はとんでもなく贅沢なメロディー満載の美味しい超名曲であることに気づき、そうこうしているうちに、目立たないかなと思っていた「Have a Stroll」が実は聴けば聴くほど味があることがわかって来るし、未だに何がやりたいか完全には理解できていない「時の針」は大学で廊下を歩いていたりするといつの間にか頭の中で鳴っている。いったい中田ヤスタカは何物なんだ?(←まあ「神」なわけですけど)シングル曲もそれぞれ発売当時に聴き倒していたのを懐かしく思い出す。とくに「ナチュラルに恋して・不自然なガール」あたりが無性になつかしいなあ。あ、しまった仕事しよ)
2011/12/29(木)

けっきょく、JPN(←このアルファベット三文字の略称を見たら何のことかわかるくらいのリテラシーは皆さんに持っていただきたいが、念のために断っておくと、Perfume の新しいアルバムだよ)の中での一番のお気に入りは「My Color」になってしまった。 いや、「心のスポーツ」も大好きだけど。それに、「時の針」も、かしゆか、のっちが順番にソロで歌って、それから間奏をはさんで「お待たせ」と言わんばかりにあ〜ちゃんが歌うところとか、涙が出そうになる今日この頃ですが、以下は、日記というよりはメモ。

昨夜放送された

NHK 追跡! 真相ファイル: 低線量被ばく 揺れる国際基準(宣伝の web page) (12月28日 22:55〜23:23)
こちらのサイトで視聴したので忘れないうちに(注意:これは、ぼくの雑感的な web 日記(ブログじゃないですよ)なので、「放射線と原子力発電所事故についての・・・な解説(←長すぎて自分でも忘れた)」に比べるとずっと気楽に書いています。 また、後からちょこちょこといじったりもします(年が明けた 1 月に「謎の名誉委員」の部分を加筆して、他の所もちょこっといじりました)。 その点をご了承ください)。

(付記:なお、buvery さんのブログの 2012 年 1 月 5 日の記事には、簡潔な批判と、ぼくなんかよりずっと本格的な聞き取りの記録があります。)


テレビ番組だから短い時間で情緒に訴えることが求められるのだろう。そう思えば、比較的まともな番組だったと思う。

低線量被ばくによる健康被害について実証的に迫るという努力はもとより放棄していると解釈した。 いくつかの見解(有名なトンデル先生も登場した!)と具体例を紹介して危機感を煽る。まあ、それがテレビのやり方なのだろう。 何が信頼できて何が信頼できないかの検討はもっとじっくりやるべきで、そういう空気を盛り上げるのが番組の狙いなのだと思うから、そういう意味では成功していると思う。 ぼくにとっての最大の「山場」は、「ICRP は核エネルギー推進派の圧力を受けている」という主張を、名誉委員である Meinhold さんの証言で裏付けようとしているところ。 これはきわめて興味深いし、こういう論点を真っ向から取り上げて、重要人物のインタビューをとってくるところは高く評価したい(せっかくなら、もっと掘り下げてほしいのだが)


ただし、ICRP の Chris Clement さんにインタビューして、「クレメント氏は私たちに驚くべき事実を語りました」と盛り上げるあたり(16:50 近辺)は純粋に品性下劣なので、そのことを以下に説明しておく。

ここでいう「驚くべき事実」というのは、「ICRP が採用している低線量の被ばくによるガンのリスクは、広島・長崎での被爆者(LSS 集団)の追跡調査の結果から得られたリスクの約半分だ」ということ。 でも、こんなのは、専門家だけが知っていた知識ではないし、まして機密情報でもない。 被ばくリスクについて真面目に考えている人ならだいたいは知っている「常識」の一つなのだ。 (一部では)かの有名な「わかりやすい解説」の

被ばくによってガンで死亡するリスクについて
にも、書いてあるくらい(読んでね)。

公式の理屈は、

低線量の放射線をゆっくりと浴びた場合は、強い放射線を一気に浴びた場合よりも健康被害が少ないので、それを補正するために DDREF(線量・線量率効果係数)で割ることにする。 ICRP では DDREF を 2 に選ぶ
ということ。

一応、動物実験などの知見がもとになっているとされるが、DDREF の概念がかなり曖昧であることは確か。 「体制派」の報告書を見るだけでも、米国 BEIR は(確か)DDREF を 1.5 くらいに取ろうと言っているし、国連(UNSCEAR)はそもそも DDREF の概念を認めていない。 まあ、そのくらいのもの。 「えいやっ」と半分にしていると言って大きな誤りはないと思う。

くり返すけど、これは「関係者に取材して」はじめてわかるような話じゃなくて、ぼくみたいな素人が(ほとんどは無料で公開されている)文献を短期間に読んだだけでわかるようなこと。

これを本気で「驚くべき事実」だと認識したなら、番組制作者は犯罪的なまでの知識不足・準備不足ということになる。そのような準備のままこういった深刻な問題に関する番組を作ったとしたらまったく許し難い。 おそらくは、さすがにこれくらいのことは知っていたが、番組の中にスクープ的要素を取り入れて山場を作らなくてはいけないということで、敢えて「驚いてみせた」というのが事実だろうと推測(あるいは、邪推)する。しかし、そうだとしたら、それはやっぱり欺瞞だ。 ICRP の体質を批判するのは結構だが、嘘をもとにした批判は無意味。

いずれにせよ、番組制作者は批判されるべきだ。ぼくは、こういうのは大嫌いなので、強く批判します。

(付記:「そういうのは、田崎が放射線リスクの話に詳しすぎるから出てくる感想で、普通の人は DDREF なんか知らないよ」というご意見もあるみたい。 いや、別に NHK の視聴者が DDREF を知ってるべきだとは思ってない。 でも、こういう番組の作りをすると、「こうやって専門的に放射線のことを追いかけているスタッフにとっても『驚くべき事実』が取材で明らかになった!」と受け取る人が多いだろう(というか、実際いらっしゃた)と思うわけです。 「半分にしていた」ことは、NHK の放射線関連番組のスタッフなら絶対に知っているはずなので、そういう報道の仕方は随分と誤解を与えるだろうということ。 DDREF についてはスタジオで基礎知識として説明すればよかったと思うよ(で、盛り上げるのは、もっとあと)。)


それにしても、わざわざインタビューに応じた Chris Clement さんが実際に何を語ったのかには大いに興味がある。 番組のナレーションの要約では、ICRP が低線量のリスクについて見直しを始めているということだった。 そのあたりを、もっとちゃんと聞きたい。

番組で二カ所、Clement さんの肉声が聴けるので、聞き取った内容を(字幕と対比させて)書いておこう。

まず、最初の登場シーンは、

16:36〜
One is this question of DDREF, and one is the question of extrapolation. So, we have ah ... dose in this direction ...
一つは DDREF(線量・線量率効果係数)についての疑問であり、一つは外挿についての疑問です。 さて、ええと、こちらの軸に線量をとり・・・
(字幕:問題は低線量のリスクをどうするかです)
という感じ。 ちゃんと DDREF の話をしているのだが、そういうことはまったく番組に反映されていない。 で、まあ、このあと「驚くべき事実を語った」になるわけですが・・

で、かれの二つ目の語り。 こっちは、冒頭がわからなくて何度か聞き直してしまった。 たぶん、We do know that ... と話しているのを途中から流していて、最初の We が抜けているのだと推測。そうすると意味が通るのだ。 でも、これは 100 パーセントの自信があるわけじゃないので、分かる人がいらっしゃったら教えてください(付記:大丈夫そうです)。

17:04〜
(We あるいは I が録音から抜けていると推測)do know that they're looking not just at the numerical value of the DDREF but also the whole concept whether or not it really still applies.
かれらが(←これが誰を指すのかは不明)DDREF の数値についてだけでなく、概念そのものについて、これが本当に今でも有効なのかどうかを、検討していることはよく知っています。
(字幕:低線量のリスクを半分にしていることが本当に妥当なのか議論している)
(ぼくの聞き取りが正しければ)字幕は(「議論している」の主語は「われわれ」と受け取るのが自然なので)誤解を与える書き方になっていると思う(しかし、Chris さんの言う they が誰なのか気になる。ICRP 関係ではないはずなので。)。 上で説明したように DDREF について、概念の正当性も含めた議論が(「体制派」のあいだでも)あることは周知の事実。 そういう意味では、Chris が言っていることは、当たり前のことに聞こえる。

「番組では、おまえはこういった事になってたけど、本当はどうなの?」ってメールしてみるのも面白いかもね。


番組の冒頭(03:20 あたり)には、「ICRP 名誉委員」とだけ書かれたおじいちゃんが登場する。 この人の話しているところでも、以下のように実際の言葉と字幕のニュアンスが微妙にずれている。
The risk assessment at low doses is so uncertain. Anyway, so that the uncertainty is higher than factor two.
低線量でのリスク評価はとても不確かだ。ともかく、不確かさは 2 倍の因子よりも大きいのだ。
(字幕:低線量のリスクはどうせわからないのだから、半分に減らしたところで大した問題はない)
おじいちゃんは淡々と客観的事実として語っているのに、字幕の方は若干「悪役の台詞」っぽく脚色されていると思いませんか?  このおじいちゃんがちょっと悪役っぽい雰囲気を漂わせているので、よけい効果があがって「ICRP は悪だ!」という雰囲気が作られてしまっている気がする。

しかし、この名誉委員は誰なんだろう?


番組のもっとも重要なメッセージは、(ぼくの言い方に直すと)「DDREF は低線量被ばくの健康影響についての真摯な考察から生まれたのではなく、原子力産業などからの圧力に答えてリスクを低めに維持するために導入された」ということだ。 これが正しければ、DDREF に伴うもろもろの理屈は、すべて「後付」の説明ということになる。

ぼく自身は、低線量での平均的個人のリスクを議論する際には(もともと、ものすごく誤差の大きい話なので) 2 倍程度の違いに大きな意味はないと考えている(←リスクの数字は、あくまですごく大ざっぱな「目安」だから)。だから、DDREF の導入そのものについて大騒ぎする気にはなれない(むしろ、重要なのは、リスクの個人差、特に年齢依存性だと強く思っていて、それについては、現行の ICRP のやり方には不満をもっている)。 しかし、それが本当に政治主導で「後付」的に導入されたのだとしたら、やっぱり、気に入らないのは確か。

番組で、この主張の論拠となっているのは、ICRP 名誉委員の Charles Meinhold さんへのインタビュー。

The History of ICRP and the Evolution of its Policies(web page、本文が無料でダウンロード可能)」によれば、Charlie さんは ICRP の二つの分科会の議長をつとめている、けっこう、大物みたいだ。 1977 年から 1985 年までは医療被ばくを扱う第三分科会の議長、1985 年から 1993 年までは線量評価(様々な係数)を検討する第二分科会の議長をやっている。

その Charlie さんが、たしかに ICRP が産業界などからの政治的圧力で動いていたことを明確に批判しているように見える。 たとえば、20:06 あたりのかれのインタビューの冒頭では、「people working in the industry tend to want to keep this limit high(産業界で働いている人たちはこの上限を高くしたがる傾向がある)」と言っている。 これは興味深い。 ぼくはこっちの話のほうがずっと重要だと思うから、是非ともこっちで「驚くべきなんちゃら!」と盛り上げてほしかったなあ。 (まあ、演出的には、真ん中くらいで盛り上げるべきだったんだろうけど・・・)

せっかくだから、こちらのインタビューをちゃんと聞きたい。 特に、かれが(番組の主要テーマである)DDREF の導入についても政治的圧力があったと言っているのか、それを確認したいのだけれど、どうもよくわからない。 上述のbuvery さんのブログの 2012 年 1 月 5 日の記事にある聞き取りを見ても、DDREF 関連のところは話している内容と字幕が相当に乖離しているし、今一つ釈然としない。

Charlie さんへのインタビューで最後に放送される部分の字幕は、「科学的根拠はなかったが ICRP の判断で決めたのだ」という衝撃の台詞。 これは、番組の冒頭でも使われていて、視聴者をびっくりさせる役に使われている。 番組の感想でも、「科学的根拠がないことを知ったのが最大の驚きだった」みたいなのも多くあったみたいだ。

この部分も、字幕の和訳は品がいいとは言えない。 そもそも(これは番組をちゃんと最後まで見ればわかるんだけど)ここで Charlie さんが語っているのは DDREF(リスク評価を半分にする話)のことじゃなくて、労働者のリスク評価を非労働者(子供や老人)よりも低めに設定したということについて。 なので、番組冒頭での使われ方は、かなり誤解を招く。

で、しゃべった内容と字幕を比べてみよう(と偉そうに書いていますが、ここはぼくには完全には聞き取れなくて buvery さんに教わったのを書いています。真ん中の that's the way we が聞き取れなかったのだなあ。いったん教わればそうとしか聞こえなくなるから不思議)

22:13〜
We're not suggesting the there's any ... any, ah, difference between those, but that's the way we, we approached. We didn't have that data.
(訳は、ちょっと適当) 私たちは、両者のあいだに [これは、この直前に言っていた、「労働者」と「非労働者(子供・老人)」を指す] 相違があると言っているわけではなく、ええと、まあ、私たちはそのように考えたのです。それについてのデータはありませんでした。
(字幕:科学的根拠はなかったが ICRP の判断で決めたのだ)
というわけで、実際に言っていることに比べると随分と決然とした調子に変えられてしまっている。 まあ、大ざっぱな意味はあっているんだけど、でも、英語のテストで「We didn't have that data」を「科学的根拠はなかった」と訳したら、やっぱり、×ではないのかな?
2011/12/31(土)

大晦日。

恒例のきんとん作り。 ピューレ状にした芋に大量の砂糖を加え、火にかけて練り続けると、はじめはサラサラの流体だったものが次第に粘性を増し、約 2 時間後には粘りけのある黄金色に透き通ったきんとんが出来上がる。 今一つ何がおきているのかはわからないが、面白い。 いろいろ調べてみたい気もするが、年に一度の実験なので、なかなか、探求は進まない。


紅白歌合戦に椎名林檎。

なんか、もう、言葉もないほど可愛いし美しいし楽しそう。

東京事変のメンバー(二曲目ではさらにビッグバンドも)をバックに「カーネーション」と「女の子は誰でも」。 期待を遙かに遙かに越える、堂々として生き生きとした名演。すばらしい。かわいい。かっこいい。最高。 紅白は子供の頃から何十回も(テキトーにだけれど)見たはずだが、つい涙が浮かんで声がでなくなるほど感動したのは初めて。

ずっと前から大ファンですが、でも、もっともっともっとファンになりました。来年もよろしくお願いします(←ここは林檎ちゃんあてに書いているので、林檎ちゃん以外の方は読まなくていいもいいです)


もちろん、Perfume も。

かわいい。かわいい。きれい。かっこいい。かわいい。でも、あ〜ちゃん、すごく痩せた。大丈夫かな?


お、松田聖子 + 神田沙也加。

聖子ちゃんはうまいなあ。声の質は変わったけど、やっぱり、彼女の歌声だ。懐かしい。ある時期までのアルバムとシングルはぜんぶ買っていたんだ。


ふと、気づくと、以上の三組はすべてライブに行ったことがあるじょ。聖子ちゃんはずっと昔だけど。
年が変わるからといって何かがリセットされるわけではないが、若い頃からの習慣でつい一年をふり返ってしまう。

それにしても、こういう空気の中で大晦日を迎えることになろうとは。もちろん、誰一人一年前には夢にも思わなかったことだ。

ぼく自身は、こうして元気に例年と同じように平穏な年末を迎えているのは本当に幸運なことである。 被災された人たち、今でも震災・原発事故の影響で日常の暮らしを奪われたままの人たちには、心からお見舞い申し上げます。


ぼくが知っている人(←震災以降の新しい知り合いも含む)の中にも、 3 月以降人生が激変し事故のあとの体制作りに奔走し続けているお医者さんもいるし、関東やもっと遠くから福島に何度も出向いて放射線対策に尽力している科学者もいる。あるいは、放射線の問題に関して地域のボランティアなどと協力して精力的に活動している人もいるし、放射線測定について工夫を重ねて信頼できる知見を発信している人たちもいる。 さらには、時々刻々と変わる状況を素早く的確に分析して情報を発信している人たちも。 もちろん、もっと多くの人たちは、震災や原発事故のことを忘れはしないものの、だからといって自分の成すべき事を曲げることはせず、本来の仕事を全力で続けている(震災の直後に、「被災した研究仲間は今は実験もできないことを思うと、その分、幸運だった自分がより一層がんばって研究に励まなければという気持になる」と語っていた人もいた。それは素晴らしいことだ)。

ぼく自身のことをふり返ると、ある意味で、もっとも中途半端なところにいると正直に感じる。 放射線測定なんて人に借りた装置で簡単に測ってみただけだし、人様のお役に立てるような知識も能力もまったくない。 そうは言いながらも、原発事故以降、放射線関連の文献を読む「お勉強」にかなりのエネルギーと時間を費やしているし、それを解説にまとめて公開する作業もしている。 それによってぼくの本来の職務である研究の時間が奪われなかったと言えば絶対に嘘になる。 放射線関連は主として夜や空き時間にやっていると言ったところで、そもそも、もとから空き時間だろうが夜だろうが、ほとんどずっと研究に使ってきたわけだから。

研究の進展はもともと激しく「むら」があるものなので、これによって進展が鈍ったかどうかははっきりしない。でも、形になってきた研究のまとめの作業や論文の執筆は明らかに鈍っている。 普段のぼくのペースなら、Komatsu-Nakagawa-Sasa-Tasaki の数学的に厳密なバージョンなんて、もうとっくに論文がでてるはず。

情けない話だが、時々、自分は何をやっているのだろうという気持になる。 東京の大学や自宅にいて、文献を読んだり人に教わったりしたことを(自分なりに消化して自分なりに筋を通して自分の言葉で)まとめなおすだけ。 要するに、いい歳をして(ぼくの嫌いな)「調べ学習」に精を出して時間とエネルギーと限られた能力を費やしている。 とても無意味なことをしているのかもしれない。

しかし、落ち着いて考えれば、そうなることは震災から約 3 ヶ月が経った 6 月に解説を公開したときにわかって覚悟していたはずだ。 そして、とてもとてもありがたいことに、何人かの人たちから、ぼくの書いた物を読んで、考えや気持が整理できたとか、ご自分の立ち位置をはっきりとさせることができたという励ましのお言葉をもらうことができた。 そういう感想をもらえるあいだは、もう少し、この細々とした「調べ学習」を続けていく意味があるんだろうと思うことにしている。

でも、まあ、研究はどうしたってやめられるものではないし、論文もどんどん書きたいし、専門の本も書きたいし、国際会議も行くし、もちろん講義もばんばんとやるし(来年度も駒場でやるよ!)、できるだけバランスを取りながら、「調べ学習」関連もがんばろうと思います。 来年も、どうかよろしくお願いいたします。

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田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
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