日々の雑感的なもの ― 田崎晴明

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茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。


2014/11/9(日)

前回の日記(10/27)に書いた郡山での講演から戻ったあたりで、気分を変えて、11 月、12 月の集中講義の準備に本気で取り組み始めた。 以下の案内ページはかなり詳しく書いてあるので、ぜひご覧ください。

集中講義のおしらせ
11 月 17 日、12 月 1 日, 8 日に東大(本郷のほうです)で集中講義をします。 多体問題の数理物理についての本格的な講義を目指しています。ご興味のある方は是非ともご参加ください。

集中講義というのは、何かまとまったテーマについて、筋の通った凝縮された話をすることだと考えているので、いつもそのつもりで準備する。また、(少なくとも今のところは)「ひたすら異常な量の板書をしてしゃべりまくる」以上の優れた講義の方法を思いつかないので、今回もそうするつもりだ。

というわけで、構成を考え、中身をあてはめ、詳細を検討し、再び構成を変更し・・という作業を延々と進めている。 昔の講義ノート、他人や自分の論文などを色々と読み返していくと、 最近の研究テーマからは離れた話が多いので、いろいろと懐かしい。 おお、Koma-Tasaki 論文(なんと、20 年前かよ)にはこんなことまで書いてあるぞ、すごいなあと感心したり、ああ、やっぱり俺はガチの多体問題が好きなんだなあと改めて納得したり。研究を進めるという本当の目標とはちがうとはいえ、やはり愉しい時間ではある。

さらに、修行のように体力を消耗するであろう集中講義にむけて、なんとプールにも行っているのじゃ。 まあ、今までに二回行っただけなんだが、そもそも何ヶ月も行ってなかったので、二回続いただけでもすごい。 一回目は、泳げないかと思ったらまったくそんなことはなく、休み休みだが、ちゃんと 1000 メートル泳いだ。 二回目は、一度も水からあがらずに 1000 メートル泳いだ。 夏前に一度だけ泳ぎに行ったときには、最初はまったく調子が出ずに 1000 メートルは無理かと思った記憶があるから、今回はなかなか優秀。すたすた散歩したりとか軽くても運動を欠かさなかったおかげかな?

今からプールに通ったくらいで体力がつくわけないだろ --- というご意見はもちろん正しいと思う。 ただ、新たに体力がつくことはなくても、なんというか、なんらかの意味で体の「スイッチを入れる」ことはできると思うんだな。 それが証拠に、プールに行って戻ってくると無性に元気が出てばりばりと仕事ができる気分になるのだ。 あと、普通に散歩してたりしても、体の暖まり方とかが違うなあと思うよ。

いずれにせよ、水の中でゆっくりと動きながら、ああ、こういう風にクロールができると快感だぞと思い出したり、水の中で物理のこと数学のこと人生のこといろいろ考える時間は好きだなあ改めて思ったり。研究を進めるという本当の目標とはちがうとはいえ、やはり楽しい時間ではある。


2014/11/23(日)

このあいだ S 君に「田崎さん、今月の日記はもう書いたんですよね?」と意味ありげに言われたのが悔しいからではなく、ふと書きたくなったから、書く。一ヶ月に一回よりも多く日記を書くぞ。


今日は某業務のために朝から日曜出勤。 昼過ぎには業務は終わったので、オフィスに戻って、集中講義の準備などなどの仕事を進める。

そして、調子もよかったので、夕方になったあたりで大学から近い雑司ヶ谷のプールに行くことにした。 ロッカーのための 10 円を持って行き忘れて再び大学に戻るというトラブルもあったけれど、まあ、自転車での一往復半はちょうどいい準備運動と思えばいい。 日曜だから混んでいると覚悟していたのだが、行ってみると驚いたことにプールはほとんどガラガラだった(区営とはいえ経営が心配)。 ほとんど同じペースの人と二人で、一コースを使ってゆったりと泳いだ。

東大の集中講義のための基礎体力を得ようと久々にプールに行き始めたのだが、これで 4 回目だ。突発ではなく、それなりに定着してきた気がするのでうれしい。これだけでも集中講義を引き受けた甲斐があった。

次第にスタミナも戻ってきたのか、水泳に慣れてきたのか、今回はターンのときに少し息を整える程度で、けっきょく休憩なしで 1000 メートルを泳いでしまった。よいことである。

いつもながら、泳いだあとの夕暮れの空気は異様な快感。思い切って時間をとってよかった。

体力の限界に挑むくらいのつもりだった集中講義の初日の 17 日からほぼ一週間。疲れも残っていないし、よい感じだ。


というわけで、

集中講義のおしらせ
11 月 17 日、12 月 1 日, 8 日に東大(本郷のほうです)で集中講義をします。 多体問題の数理物理についての本格的な講義を目指しています。ご興味のある方は是非ともご参加ください。

の初日のことも少し書いておこう。

清水さんと桂さんのご尽力で(本来の講義の先生に教室を変更してもらって)もともと割り当てられた教室よりも広い 1220 教室を使うことにしたのだが、これで正解だった。だいたい、講義室がさらりと埋まるくらいの人が集まってくれた。本当にありがたいことです(遠方から参加してくれた人もいてほんと恐縮です)

講義は清水さんの紹介のあと 1 時 10 分頃からはじめて、途中で二回 10 分ずつの休憩をいれて、6 時 40 分くらいまでやった。 5 時間超だからそれほど長いわけではないが、かなり疲れたのは事実。質問も活発で愉しい講義になった。

今回は、ただの「お話」にしないため真面目な証明をいくつかやったのだが(イジング模型の高温での相関の減衰、低温での長距離秩序の損際、量子反強磁性ハイゼンベルク模型の Marshall-Lieb-Mattis の定理、あとは、Kaplan-Horsch-von der Linenden の定理など簡単なものを少々)、やっぱり、証明の講義は時間がかかるしお互い消耗も激しい。 けっきょく、予想以上の時間がかかり、予定していたところまでは進めなかった。申し訳ありません。

二回目は色々とモードも変わるので、証明はぐっとがまんして「物理多め」でがんがん行こうと思います。


2014/11/24(月)

夕方から東京ドームシティーホールへ。Yes のライブである。


Yes はイギリス出身のバンドで、(どうでもいいのだが)ジャンルとしては Progressive Rock や Symphonic Rock などに分類されている。 ぼくは中学生の頃、それまではほとんどクラシックしか聴かなかったのだが、友人の S らの強い影響で Yes を聴き始め、それ以来、ときどきブランクはあるもののずっと聴いてきた。要するに、40 年近いファンなのである(イエスに関わる中学時代のエピソード(?)が 2012/10/9 の日記にあるよ)。

しかし、かれらのライブには一度も行ったことがなかった。 「どうしてだろうね?」と妻 --- 彼女も、ぼくと知り合う前から、Yes を聴いていた --- とこのあいだも話したのだが、よくわからない。ぼく自身は、どうもイエスのライブに行くなんていうことが可能だという意識が(なんだか知らないけど)なかったようだ。 インターネットの時代になるまでは、ロック雑誌とかを定期的に買っていないと情報がなかったということもあるか。 あとは、なんといっても、大学生、大学院生(とちゅうで結婚)、ポスドク(と子育て)、駆け出しの学者(と子育て)・・・と、やたらと忙しくて他のことをやろうという余裕も暇もない人生をずっと送ってきたというところもあるかもしれない。

むろん、今でも「駆け出し(てからちょっと経過したばかり)の学者」としてあわただしく駆け続けているわけだが、今回はものすごく久々の来日公演があることを事前に知ったので、家族で出かけることにしたのだった。

もちろん、長い年月のあいだにバンドのメンバーもかなり変わっている。 特に、結成のときからずっとボーカルを担当し、作曲や作詞も中心的にてがけていたイエスの声であり顔でもある Jon Anderson がいないのは本当に寂しい。 それでも、ベースの Chris Squire、ギターの Steve Howe、ドラムの Alan White という最盛期のメンバーの演奏を生で聴けるのはうれしい。 あとは、キーボードは Geoff Downes(←むかし "Video Killed the Radio Star (YouTube)" をヒットさせた The Buggles をやってた人)、ボーカルは割と最近になって加入した Jon Davison という編成だ。


ライブはすばらしかった、というより、心から満足した。

今回は Fragile と Close to the edge という、それこそぼくが中学の頃から聴きまくってきた二つのアルバムを完全に再現するというプログラムだったのだが、本当に文字通りの完全再現を目指していた。 セットリストは単純明快で、まず、Close to the edge の三曲をアルバムの曲順の通りに演奏し、新譜から二曲(Believe again と The game だから、これもアルバムの最初の二曲を曲順通りだったんだと後から気づいた)やった後は、Fragile の曲を(珍しいソロ曲も含めて)やはりアルバムの順番で演奏。アンコールは、サードアルバムの名曲 Your move/I've seen all good people と Starship trooper という、昔からのファン泣かせの選曲だった。

Jon Davison の声は「Jon Anderson に酷似している」と評されるが、それは違う(とファンは全員思っているはず)。 Jon Anderson の声質は単に透明で美しいというだけでなく、時にハスキーで時に力強く、かなり芯の強い声なのだ。 一方、Jon Davison も素晴らしいボーカリストだとは思うが、Anderson と比べると、「美しすぎる声」とも言えるだろう。 また、すでに高齢と言ってなんらおかしくない旧メンバーたちの演奏技術は昔に比べれば確実に落ちている。 いくつかの曲は以前よりもかなりゆっくりとしたテンポで演奏しているし、ぼくごときが聴いてもリズムが乱れているところはある。 Steve Howe は長年弾き続けている Mood for a day のすごく目立つところでベース音を弾き損なったりもした。

しかし、そういったもろもろの点はいっさい不満にはならなかった。 なにしろ、ここには本物のイエスがいる。Chris は愉しそうに朗々とバックコーラスを歌い、誰にも真似のできない目立ちたがり全開のベースを弾きまくり、Steve はまさに彼にしか弾けないフレーズを次々とギターを取り替えながら弾いている。 Jon Anderson はいないが、ボーカルのこのフレーズに、Chris のベースがこう絡んで、それを Steve のギターがこう受ければ、これは紛れもないイエスだ。涙が出る(ていうか、出た)。

本当に行ってよかった。(あちらもぼくも)生きているあいだに聴けてよかった。 さ、その分、ばんばん仕事しますよ。

あと、Jon Anderson にも来日してほしいなあとかやっぱり思い続けている。


2014/11/30(日)

 N 君「S が田崎さんの日記に登場しましたよね23 日のことね)。」

 ぼく「あ、そうだね。なんかネガティブな登場の仕方で悪かったかな。」

 S 君「いえ、とんでもないです。」

 ぼく「昔はもっと日記いっぱい書いてたからまわりのみんながどんどん登場してたんだけど、最近、書いてないからなあ・・」

 S 君「N は、ぼくが出たから嫉妬してるんですよ。」

 N 君「そんなことないですよ。」

みたいな気楽な会話。

ぼくはやっぱり大学で教えるの好きだなあ。 確かに定期的な講義がなければ、もっと自由に時間をとって研究したり、ものを書いたり、旅行したりできるのはわかってるんだけど、でも、やっぱり大学で若者に物理を教える時間は様々な意味で貴重だと思ってるのだ。

と、昔見たいに肩の力を抜いて日記を書いてみたよ。

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田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
田崎晴明ホームページ

hal.tasaki@gakushuin.ac.jp