


先日、元ミス日本の方とドライブする機会があった。こんな機会はめったにないので、ミスコンについて興味津々で話をきいていた。
彼女はさすがに、とびきりの美人である。しかし、美人だからミス日本になれる、どうやらそんな簡単なものではないらしい。
ミスコンテストには大小様々なものがあるが、ミス日本のような大きな大会になると1回の出場でミス日本に選ばれる人は少なく、
何度か挑戦して栄冠を手に入れる人が多いそうだ。彼女も最初のミス日本出場の際にはうまくいかなかったらしい。
「何か自分が否定されたみたいで、さみしいというかそんな気持ちでした。で、賞をとる人と取らない人の差がどこにあるのか、
よーく見て、考えたら、賞をとる人は、何か“ひとこと”で自分を表現できる形容詞を持っている、そう思ったんです。
私にはそういう形容詞がないなあって」
彼女がすごいのはそこからだった。彼女は自分のテーマを「和」に絞り込み、「和」の美しさを追及していったそうだ。
歩き方、話し方、立ちふるまい・・・。
「着物を着ているときの話し方は、普段の話し方の倍の時間をかけるくらいがちょうどいいんです。それくらいゆっくり話すと、奥ゆかしさがでるんですね」
その2年後、彼女は見事、ミス日本を受賞したのである。
正直、『ミスコン=若い子のお祭り』くらいにしか考えていなかったので、ミスコンに参加している人がこんなに考えて、
コンテストに出場しているとは驚きだった。
さて、実は商品にも同じことが言える。「“ひとこと”で自分を表現できる形容詞」がその商品にあるかどうか。
お客さんが“ひとこと”の形容詞で覚えていてくれているか。それがその商品の価値そのものではないだろうか。
お客さんにその“ひとこと”を覚えてもらうために、様々な要素を“ひとこと”に向けて作りあげる。
名前、ロゴ、スローガン、キャラクター、ジングル。
ブランドの価値を作り出す要素はいろいろあるけれど、結局この「“ひとこと”で自分を表現できる形容詞」に始まり、この形容詞に終わる。
お客さんはそんなに多くブランド要素を日々の商品に対して覚えることはできない。
そして、パッケージデザインはこの“ひとこと”を作り出し、伝え、記憶させるのに非常に重要なメディアである。
なぜならば、その商品を買った後、お客さんが最も頻繁に見て、触るメディアだからである。
そんな言葉でパッとイメージできる商品を考えてみてほしい。
売れている商品のパッケージはしっかりと“ひとこと”の形容詞が思い浮かぶのではないだろうか。
この“ひとこと”の形容詞で理解してもらい、覚えられているパッケージは強い。ブランドの人格を表すのに“ブランドパーソナリティ”という言葉があるが、
まさにこの「“ひとこと”の形容詞」ことではないかと実感した。
どうしたら、そんなパッケージデザインができるのか。それには、伝えたい商品のイメージをこの“ひとこと”の形容詞に絞り込むことしかない。
この商品のイメージは「○○○○」ですと。
商品担当者の立場に立てば、商品には伝えたいことがたくさんあると思うが、大切なのは伝えたいイメージを言い切ることである。
本当はたくさん、たくさん伝えたいこの商品のよさ、イメージを、ぐっとこらえて1つに絞り込むこと。
これができれば、強いパッケージが作れる。
「戦略は捨てること」というマイケルポーター教授の言葉があるが、パッケージデザインもクリエイティブも“ひとこと”の形容詞のためには、
「捨てること」が重要である。
しかし、元ミス日本とのドライブは楽しいひとときだった。例え妻が同乗していたとしても・・・。
いくつになっても、美人には心躍る。神様ありがとう。
小川 亮(おがわ まこと)
慶應義塾大学環境情報学部卒業後、キッコーマン㈱に入社、宣伝部・販促企画部・市場調査部に勤務。同社退職後、慶應義塾大学大学院ビジネススクールにてMBA取得。
現在、パッケージデザイン会社、㈱アイ・コーポレーション 代表取締役。飲料・食品・化粧品などの商品企画・パッケージデザインを多数手がける。2004年武蔵大学非常勤講師。
文部科学省学習指導要領改善協力メンバー(商業・マーケティング)も務める。
2006年3月、いくつかの電機メーカーのトップが交代した際、彼らの口をついて出た言葉は、「事業拡大」、
「攻めの姿勢」といった積極的に成長を志向するものであった。
2000年前後に彼らの前任者のテーマが、「選択と集中」を合言葉にしたリストラの断行であったのとは様変わりである。
長引く不況に耐えてきた日本企業にとっては、待ちに待った反転ののろしが上がったわけである。
”Japan as No. 1”といわれたときを思い出し、
自分の事業が、そして企業が成長していく姿が人々の脳裏に浮んだかもしれない。しかし、事態はそれほどバラ色ではない。
日本が世界経済を引っ張っていた80年代、たしかに日本企業は目覚しい成長を遂げていた。
そのなかで、日本企業は、さまざまなステークホールダーとの関係から構成される、ある経営システムを構築してきた。
経営システムを構成する各々の関係について詳しく論じることはできないが、たとえば従業員との関係では、
終身雇用と年功賃金が続いていた。これは、企業との一体感を従業員に生み、労働の流動化を抑制し、
従業員に企業特殊的スキルの修得を促した。激しい内部昇進競争を持続させるためにも、企業はポストを準備するために成長志向になって
いった。株主との関係では、株式持合いなどによる安定株主が「物言わぬ株主」といわれたが、彼らは企業成長によるキャピタル・ゲインが
期待できたから口を閉じていた。彼らを静かにしておくためにも、企業は成長を志向していった。
供給業者との関係では、系列関係に典型的に見られるように、この相手と取引をしていれば成長できると信じるから、
緊密な協力関係が構築されていた。その信頼を持続させるためにも企業は成長を続けなければならなかった。
つまり、継続性・信頼をキーワードにした経営システムは企業が成長しているときには極めてうまく機能し、
その経営システムゆえに企業は成長を追及する、といった相互強化作用が働いていたのである。
当然のことながら、この経営システムは、企業の成長がストップするとほころびを見せ始める。90年代、多くの企業でリストラが断行された。
新卒で入社した企業で定年まで勤め上げるというのは幻想だと多くの人が思うようになった。
株式の持ち合い比率は低下し、メインバンクとの調整に割かれる時間は減少した。
調達コストを引き下げるために系列取引相手の選別が行われた。
企業内部に蓄積されてきた人材・技術といった経営資源を動員して事業を展開するそれまでのパターンから、M&Aなど外部の資源を機動的に活用して
スピーディーに事業を展開するパターンが広く見られるようになった。
収益性重視、IRの重要性、競争至上主義が声高に叫ばれ、追求すべきは欧米流の経営であるという大合唱は、
ときにはヒステリックにさえ聞こえた。
経営者もジャーナリズムも、あるいは学者も、だれもが同じ方向を向いていた。
振り子が振れ過ぎているのではと心配にはなるが、これらの変化は必ずしも悪いものではない。90年代には必要な変化だったであろう。
問題は、かつてわが世の春を謳歌していたときの日本企業の経営システムが揺らいでしまったということである。
かつての経営システムは、それが継続するという関係者間の信頼関係の上に成り立っていた。それがいったん崩れてしまえば、
一朝一夕には信頼関係は取り戻せない。だから、再成長へ踏み出した日本企業は、経営システムを再構築しなければならないのである。
どのような経営システムを構築するのか、かつての日本企業のシステムか、欧米流か、第3の道か。
正解は1つではなく、各企業が独自の道を模索していかなければならないのかもしれない。
いずれにせよ、成長を軌道に乗せるためには、早急な手立てが必要である。
成長を推し進めていくにあたり、もう1つ懸念されることがある。それは、「失われた十年」で事業の選択と集中が行われた結果、
事業にともなって蓄積されていた人材・技術も放出されたり、崩壊したりしてしまったということである。
事業の取捨選択には当然ともなうことだが、問題なのは、成長機会に直面した今、
「うちにはこの機会をものにするための人材・技術があったはずだが、気がついたら失われていた」と考える企業が少なくないということだ。
これは、選択と集中を行った際に、長期的な視点を持っていなかったことを示唆する。
10年単位の(超)長期を見通して、意思決定することは本当に難しい。そんな意思決定はどうやってできるのか、
それができる人をどのように育てるのか、見当がつかないのが正直なところである。
ただし、それが大事であり、必要とされていることは確かである。長期的な戦略の構築。この課題は重い。
2月6日の経営戦略セミナーでも、このような問題意識をもちながら議論ができれば、と期待している。
淺羽 茂(あさば しげる)
1985年に東京大学経済学部卒業。1994年東京大学より博士号(経済学)、
1999年カリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)よりPh. D.を取得。
学習院大学経済学部講師、助教授を経て、1997年より教授。研究分野は経営戦略。
著書に、『競争と協力の戦略:業界標準をめぐる企業行動』(有斐閣、 1995年(組織学会高宮賞受賞))、
『競争戦略のダイナミズム』(日本経済新聞社、2001年)、『日本企業の競争原理―同質的行動の実証分析―』(東洋経済新報社、2002年)、
『ビジネスシステム・レボリューション 小売業は進化する』(NTT出版、2004年)など多数。
インタビュー終了後に受けるクライアントからの評価。
この一言ですべての努力や苦労が報われると感じているインタビュアは多いのではないでしょうか。
どんなに事前準備をしても、本番のインタビューでは何が起こるかわかりません。協力的に話してくださる方、
つまらなさそうな顔をして指名をしないと話してくださらない方、テーマと別の話で盛り上がる方々などなど、
インタビューにはさまざまなタイプの方々がいらっしゃいます
(もちろんインタビューにご協力くださっている方々ですから、感謝の気持ちは一杯ですよ)。
インタビュアは、顔だけは笑みを絶やさず、頭と体に汗(時には冷や汗)をかきながら、
一瞬たりとも緊張を緩めることなくインタビューを進めます。
だからこそ緊張が解けたそのときに、クライアントが言ってくださる一言がどれだけ嬉しいことか。
ああやっていてよかったと思える瞬間です。
私の経験から申し上げると、外資系のクライアントは相対的にこの手のリアクションが大変お上手です。 バックルームへ帰ってきたインタビュアに対して、まずはお疲れ様の感謝を伝え、インタビューに対する評価、 そしてその評価理由を具体的に伝えてくださいます。例えば、予定していた時間内にぴったり収まった、対象者同士のよい話し合いができていた、対象者の反応に応じたフローのアレンジができていたなど。人間というものは、モチベーションによってパフォーマンスが大きく変わるということが実感できます。 このクライアントのためなら、次のインタビューはもっとよいものにしようという気持ちがわいてくるのです。
さて、ひるがえって自分が発注者だった頃。心の中ではよいインタビューをしていただいたと思っても、
果たして口に出してインタビュアさんにお伝えしていたでしょうか?
具体的にどこがよかったとお伝えしていたでしょうか?-していませんでした、本当に。
問題がなく、よくやっていただいたのでクレームをつけることもない、つまり‘便りがないのはよい便り’ならぬ
‘文句がないのはよい評価’ということで終わらせていました。しかし今、自分自身がインタビュアとして仕事をいたしますと、
いかに発注者の役割が重要であるかを思い知らされます。発注者がどれだけ企画立案に熱心であるか、さまざまな疑問に丁寧に答えて
くださるか、よい企画を作るために協力的であるか、そして、調査実施後にちょっとしたねぎらいの言葉をかけてくださり、
自分の仕事に対する良くも悪くも正当な評価をしてくださるか。これらの積み重ねによって、
インタビュアの仕事に対する気持ちが高まり、いつも以上のパフォーマンスを生み出すことがよくあるのです。
ただし、よいパフォーマンスはインタビュアに実力があってできることもお忘れなく。
インタビュー調査に関する知識やスキルを常に磨く努力があってこその、‘Good Job’です。
今回のインタビュー・トレーニング入門コースは、インタビュアとしてこれから歩みだそうとしている方や歩みだして間もない方を対象に、
インタビュー調査の基本を学び、グループ・インタビューとパーソナル・インタビューの技法を実践的に学ぶことができる内容になっています。
近年インタビュー調査は、多様で変化の激しい消費者の心や行動を深く探索する手法として、企業の現場で多数実施されています。
しかし、十分な知識やスキルをもたないままに行われ、クライアント企業の問題意識に十分答えられていない調査も散見されます。
この機会に是非本講座にご参加いただき、よいインタビューを実践するコツを一緒に学びましょう。
多くの皆様のご参加をお待ちしております。
大風 かおる(おおかぜ かおる)
食品メーカーにて新製品開発やマーケティングの実務に携わった後、法政大学大学院で経営学を学ぶ(経営学修士)。
現在は、フードマーケティングサポート 代表として、メーカーの実務担当者を対象とした新製品開発マネジメントや、マーケティング講座の企画・実施、
インタビュー・消費者調査の企画・実施を手がけている。2006年度より多摩大学非常勤講師、
法政大学大学院経営学研究科博士後期課程在学。
世界の経営史学界の泰斗である、アルフレッド・チャンドラーJr.がこの5月9日に亡くなった。88歳であった。
これまでも旺盛な研究活動を続けており、ハーバードの友人からこの知らせを受け取った時は大変なショックであった。
チャンドラーは、ハーバード・ビジネス・スクールを拠点に優れた研究業績を残し、その成果は世界の経営史研究者だけでなく、
ひろく経済学、経営学の分野にも強い影響を与えた。彼の研究の魅力は、そのスケールの大きさだけではなく、
何よりも緻密な歴史的実証分析に裏付けられていることであった。
彼の膨大な業績について詳しく説明する余裕はないが、その一端を紹介しておこう。
彼が追い続けた問題は、何故19世紀末から20世紀にかけて、アメリカに大企業が成立したか、と言う問題であった。
それまで世界の経済をリードしてきたイギリスの経済では、市場が発達し、分業が高度に進み、その多くは中小規模の企業によって担われていた。
しかし、そこからはデュポン、フォード、GM、USスティールなどの巨大企業は誕生しなかった。
[ありし日のチャンドラー教授と筆者]
※ハーバード大学ビジネス・スクールのチャンドラー教授追悼のページはこちらをご覧ください。
http://www.hbs.edu/businesshistory/
アメリカの巨大企業が誕生するためには、その理由が必要であった。まずは、戦略と組織がうまくかみ合っていた。
例えば、爆薬会社のデュポンは、第1次世界大戦時に多大の利益を上げていたが、戦後の平和時にはそのような利益は期待できない。
戦争が終結する前から、戦後の事業展開について議論が行われていた。その結論は多角化である。
幸い、爆薬製造過程でペンキ、薬品などさまざまな副産物を製造出来た。しかし、それらは実際には企業の収益には結びつかなかった。
それはなぜか。製品ごとに生産、販売、利益管理がうまく噛み合っていなかったからである。
そこで打ち出されたのが、製品ごとに生産販売、利益管理に責任をもつ事業部制の導入であった。
ここで彼は「組織は戦略に従う」という有名な命題を引き出した。
大企業の組織は、市場の機能を取り込むことによって成り立つ。
川下や川上へ事業の範囲を拡大することが出来るためには、市場で取引するよりも有利な条件が成立していなければならない。
その条件とは、優れた専門経営者の出現であり、組織と管理の方針が明確に打ち出され、市場での取引を凌駕する有効な階層的組織の形成が必要であった。
19世紀末ころからアメリカの主要大学では陸続とビジネス・スクールが誕生したのもこのような背景があったからである。
大企業が発展するためには、戦略に対応した組織の形成や専門経営者の出現だけでは不十分である。 大企業は、三叉投資、すなわち、生産、販売、組織に的確な投資を行っていなければならない。 中でも、チャンドラーが強調するのは、組織(management)への投資である。言い換えれば、人材および研究開発への投資と言うことになる。 かつて日本で人本主義が強調され、「会社は人なり」と言われた時代があるが、それはチャンドラーの議論と合い通じるものがある、と私は思っている。 彼が日本的経営をどのように考えていたのか、直接うかがう機会を逸したが、彼の書いたものものから推測するに、 日本企業がありうべき大企業のひとつの目標として設定されていたのではないかと考えている。
湯沢 威(ゆざわ たけし)
京都大学文学部史学科卒業後、一橋大学大学院経済学研究科に進み、1971年博士課程単位取得。その後、一橋大学経済学部助手、福島大学経済学部助教授を経て現職。
研究分野としてはイギリスを中心とした比較経営史、特に交通経営史を専門とする。
主な著書は、『イギリス鉄道経営史』(日本経済評論社、単著)、『イギリス経済史―盛衰のプロセス』(有斐閣、編著)、『外国経営史の基礎知識』(有斐閣、編著)など。
みなさんは、現在、ものの価格はどの方向に向かっていると感じておられるだろうか?
私は、低価格志向から価格を適正に戻し、価格に頼らない売り方に戻ってきているような感じする。
安売りの代名詞、ドラッグストアですら、特売を控えた売り方で行くと宣言しているくらいだ。
いわんやコープやスーパーにおいては、安売りのみを期待するチェリーピッカーの消費者を当てにせず、良質な、価格感度の低い消費者を囲い込んでいる。
バブル経済崩壊時の価格破壊の時から私の一貫した主張、『特売はよくない。価格は是正すべきだ。』が10年以上経ってやっと実現しつつあると感じている。
ここでちょっと昔からの価格に関する店頭価格の流れを振り返ってみよう。
昔々、といっても私が生まれた1950年代初期の頃、ラジオがテレビへ、たらいが洗濯機へ、箒が掃除機へ、電気冷蔵庫の誕生・普及など、次々革新的技術が生まれ、
革新的な電器製品が多くの狭い家を占拠していった。この時代、誰もが豊かではなかったが、1960年代を通じて所得が向上し、少々高くても商品は売れるという
メーカーの力が強い時代であった。
しかし次第に革新的な技術も枯渇して、革新的商品が出ない市場成熟化時代となり、技術的差別化が難しくなるとブランド力強化時代がやってきて、マーケティングが
普及し出した。1960年代から量販チェーンが成長し、メーカーは次第に流通支配力を失い、量販チェーンはダイエーを筆頭に価格競争、つまり特売の多い時代になっていく。
1970年代から百貨店POS、1980年代から量販店にPOS導入(1985年イトーヨーカ堂全店にPOSシステム導入)で情報力を小売が握るようになると、
ますます量販店の力が増していき、リベートがどんどん多様化していく時代となっていく。
それでも1986年~1991年までのバブル景気時代は、まだ利益幅の大きな高価格帯商品がよく売れていた時代で問題点はそれほど表面化することはなかったが、 極めつけの大問題がこの後に起こった。1990年2月の株暴落に端を発したバブル経済の崩壊による価格破壊開始がそれである。
差別化やプロモーションの工夫なければ価格だねと言う小売、放っておけば店での取り扱いが減るメーカーのリベート強化による営業、 「もっと高く売ってくれ」と言うマーケティング部門と「安くしろ」という営業部門の対立。この苦しみが2000年代もしばらく続いたのは誰しも記憶に新しい。
ところが、いくら安くしても売上げが余り伸びず、利益の上がらない小売、特売の度にリベートが流れ出て苦しむメーカー、加えてエネルギーコスト、 飼料、原材料、環境対策費用などのコストの軒並みの上昇にさらされる有様で、メーカー、小売双方とも頭を切り換えねばならない時期が到来した。
低価格で戦うには小売も体力が要る。体力があるのは、仕入れ規模の非常に大きな一部大手小売のみ。 だから、どうやって売れば消費者は他より少々高くても買ってくれるかが非常に重要となる。 価格感度の低いいい顧客を確保すること、そして購買場面でそんなに安くなくても買いたい雰囲気作り重視へ、ドラッグまでもが方向転換を始めているのだ。
ではこのような時代にはどうするか?
代表的な解決方法はいかに価格に頼らないプロモーション内容を組み立てるかだろう。
大事なのは、消費者の深層心理を探って消費者が無意識に買いたくなる訴求ポイントを発見し、その訴求ポイントをうまくセールス・プロモーション化することに尽きる。
具体的にはいかなる方法か?それは、モチベーション・リサーチの革新的改良(Webモチベーション・リサーチ)の利用がお勧めである。
これに関しては、3日間集中コース(7/26(木)~7/28(土)10:00~17:20)のプライス・マネジメント講座でお話するので、乞うご期待。
流通サイドからも、大塚明氏(㈱ヤオコー 常務取締役)、石井正明氏(サミット㈱ 常務執行役員)、大見英明氏(コープさっぽろ 理事長)を招き、小売の立場から語って頂ける。
見逃す手はないと思う。
上田 隆穂(うえだ たかほ)
東京大学経済学部卒業後、株式会社東燃に入社。同社退職後、一橋大学大学院商学研究修士課程に進み、1982年修士課程、1985年博士課程単位取得。
一橋大学商学部助手を経て、1986年学習院大学経済学部経営学科専任講師、助教授、1992年教授に就任。2000年経営学博士。
専門はマーケティング、価格戦略、深層心理研究など。
著書に『日本一わかりやすい価格決定戦略』(明日香)、『有斐閣アルマ 価格・プロモーション戦略』(共編著、有斐閣)、『ケースで学ぶ価格
戦略・入門』(共編著、有斐閣)など。
最近、商品開発部のマネージャとお会いする機会が多く、商品企画者の人材育成について考えることが多い。
先日、ある企業のマネージャに「ヒット商品を生み出すのに必要な力って何でしょう?」と質問したら、「作文力があるかどうかですかね。」と答えがかえってきた。―なるほど。
そもそも商品企画者の仕事のほとんどは商品を世に出すための調整である。
商品の開発は「研究開発部門」、生産は「生産・工場部門」、デザインは「デザイナー」、ネーミング・キャッチコピーは「コピーライター」。
経営部門へのプレゼンも、口うるさい営業の説得も「調整」である。
残念ながらこの調整力は経験を積んでいくしかないが、逆に経験すれば、だれでもある程度できるようになる。
では、ヒット商品を生み出せるかどうかは何の差なのだろうか。それが、商品のイメージをまとめて伝えるための「作文力」の差ではないか。 私はこんな商品が作りたいんだという「作文力=コンセプトを作り出す力」、ここで差がつくのである。商品企画者の「唯一」で「最も大切な」 クリエイティブワークは「コンセプトメイク」である。
いい作文は航海図のようなもので、チーム全体がどこに向かって進もうとしているのかを共有できる。そして、全ての意思決定に統一した基準を与える。 最初の作文がしっかりしていればプロジェクトが迷った時、そこに立ち戻ればいい。 アイコーポレーションのデザイナーは、必ずプロジェクトの始まりから終了まで、商品企画者のコンセプト文を机に貼ることにしている。デザインで迷った時、 そこに立ち戻るためである。
パッケージデザインのお手伝いをしていると、仕事のスタート時にこの「作文」をいただく。いい作文に共通するのは「顔がある」ことだ。
心からお客さんを思う「母の顔」をしている作文もあるし、とにかく自分がほしい商品をこだわって、こだわって作ろうとする「熱心なユーザーの顔」をしている作文もある。 世の中を驚かせてやろうと確信的な「いたずらっ子の顔」をしている作文もある。どれもリズム感があって躍動感に満ちている。 おおきなうねりのようなものを感じる。まるで書いているときの商品企画者の表情が想像できるようであり、決して論理的で整理されている「行儀の良い顔」をした文章とは違う。
ヒット商品を数多く手がける、ある化粧品開発担当者の作文は抜群におもしろい。
「かわいいと見せかけて意外とやる」「ビューティだけどガーリィ!!」「大阪のおばちゃんが、かばんから取り出して渡す感じ」
普段ビジネス文書ではあまりお目にかかれない言葉が頻繁に登場するが、その作文を読むと、「使う人」や「使う場所」のイメージがどんどん広がってゆく。
毎回、かなりの手づくり感と思いがこめられた資料がたくさん用意されている。
「この子はこんなにいいところがたくさんあるの!」
それを多くの人に伝えたくてたまらない。そんな愛情があふれている感じである。
さて、テーマに戻って、「ヒット商品を生み出す社員は育てられるのだろうか。」
ヒット商品を生み出すために必要な「作文力」をつけることは可能だと思う。大切なことは、「自由に考え、他人に説明し、理解してもらう」というトレーニングを繰り返すことである。
ラブレターを最後に、大人になると、自由に文章を作って人に伝えるという機会はほとんどなくなってしまう。だからこそ、「作文力」を身につけるための機会を積極的に作りだすことが
重要になる。
ということで、自由にコンセプトを作り、商品デザインを経験できるセミナーができないだろうかと考えて思いついたのが、デザイナーと商品を2ヶ月で作り上げる今回のセミナーである。
違うカルチャーをもつ他の企業の人とコンセプトを共有する。思いっきりデザイナーと自分のイメージする商品を作ってみる。そもそも商品企画の仕事は楽しいはず。
それを2ヶ月で体験していただきたいと考えている。ぜひご期待ください。
小川 亮(おがわ りょう)
慶應義塾大学環境情報学部卒業後、キッコーマン㈱に入社、宣伝部・販促企画部・市場調査部に勤務。同社退職後、慶應義塾大学大学院ビジネススクールにてMBA取得。
現在、パッケージデザイン会社、㈱アイ・コーポレーション 代表取締役。飲料・食品・化粧品などの商品企画・パッケージデザインを多数手がける。2004年武蔵大学非常勤講師。
文部科学省学習指導要領改善協力メンバー(商業・マーケティング)も務める。
新技術の開発や商業化に携わるマネージャーの多くは、新技術が可能にする製品やサービスへの需要を予測する際に、きわめて実用的な面に目を向ける。 彼らは、新製品が既存技術に基づいて造られた代替商品に比べて、どのくらいコストに見合う利便性を提供できるかで需要が決まると考える。例えば、液晶テレビはブラウン管型テレビに比べるとより高価だが、より良い解像度、より大きくて薄いスクリーン、そしてかさばらない形などの実用的なメリットを提供する。液晶がブラウン管に比べて高価なのは、液晶の製造過程から生ずる不幸な結果であるとされ、研究開発の主眼は製造原価の低減に向けられる。その上で、小売価格を下げ、他の液晶メーカーとの競争力を維持するためにあらゆる手段が講じられる。
それでは、「プロジェクトに投入した社員の人的コスト、コンサルタント等の外注コスト、システム等の購入コストをかけているが、これは何年で回収されるのだろうか?」と経営者に聞くとする。日本において90%以上のプロジェクトでは、この質問に対してはお手上げである。何故なら、プロジェクトに投入した社員の人的コストなんて計算したことが無いはずだからである。さらにはプロジェクト導入による効果測定はたいていの場合なされていないのである。
敵を作りたくない。失敗を認めたくない。官僚的な組織であれば有るほど、リスクを避けるために目標を明確化することを嫌がるものである。日本の組織において、目標数値を明確化され、それによって給料が変動したり、賞罰が決定したりする組織は営業と一部の役員だけである。目標を設定され、目標を達成するためにがんばる経験をそれ以外の社員は誰もしていない。ましてや、社内プロジェクトを推進する企画部門等の間接部門のメンバーが自ら首を絞める可能性のある数値目標を設定するだろうか?
こうしたメーカーの開発担当マネージャーたちの実用面に着目した費用対効果的指向は、マーケティング部門にも影響を及ぼす。マーケティング部門の担当者たちもこの費用対効果指向を推し進める方向で、商品特性、特徴、価格などを強調してより多くの消費者を説得して購入させようとし、競合他社との価格競争によってマーケットシェアを確保しようとする。「自分たちの仕事は出来うる限り多くの消費者に、最も低い価格で実用問題への解決法を提供することだ」と技術部門からマーケティング部門、そして経営トップに至るまで思っているのがハイテク企業では多数派である。
一方で、ハイテク企業のなかの数少ないが重要な地位にある少数派は、技術に関してかなり異なる考え方を持っている。実は、その考え方によって彼らは高価格販売と高マージンを手にできるのである。例えばロレックス、メルセデス、アップルなどを思い浮かべて欲しい。彼らが売っている時計、車、コンピューターを「費用対効果」という実用的な観点から競合商品と比較しても、性能のよさだけでは価格差はまず説明できない。それどころか、メルセデス車の燃費やアップルパソコンのスペックなどは他社のより安価な製品に劣っているものさえある。しかし、こうしたリテール市場で繰広げられる「より安い価格でより良い性能を提供する」戦いでの劣勢にひるむどころか、これら企業は、最新の技術による製品改良やプレミアム価格での販売を堂々と続けている。つまり、ロレックス、メルセデス、そしてアップルのマネージャーたちは、顧客が時間測定、移動、情報処理の利用などといった日常的な問題に対する実用的な解決手段だけを求めているのではないことを認識しているのだ。顧客が同時に買っているのはステータスシンボルなのだ。
ステータスシンボルの需要と供給に関する論理は非常にゆがんでいるため、非常に分かりにくく、現在でもマーケティングやミクロ経済学ばかりか心理学、社会学、人類学、考古学そしてさらには生物学にもまたがる研究課題である。アメリカの経済学者 ソースタイン・ ベブレンは1899年に発表した現在でも高い評価と批判の半ばする著書の中で、技術、コスト、ステータスの間に存在する直感とは相容れない関係について、誰よりも早く正面からの考察を行っている。ベブレンの観察によると、新技術の導入で高品質商品を安いコストで製造できるようになると、例えば高級食器などの金持ちだけが購入できるブランド品が庶民の手の届くものになるが、同時にその製品のブランドイメージが壊れてしまう。結果として起こるのは、ブランド品への需要が手作りの製品やより製造コストの高い製品に移るというのだ。低コストを追求する技術とは対照的に、ブランド品を作る技術はより高いコストを追求する。ベブレンによれば、「威信を示すには、浪費が不可欠である」ということになる。
実用性のない、高価なステータスシンボルによってものの評価を確立するという考え方は、近代産業国家に限らず存在していた。考古学者が集積した証拠資料を見ると、ステータス技術への需要と供給の歴史は石器時代にまでさかのぼる。人間社会を越えて、ダーウィン以来の生物学者が、鳥類、哺乳類、魚類や昆虫などの社会について研究を重ねており、エネルギー消費やリスクから考える合理的とは言えない社会的情報伝達に使われる器官や行動の例をたくさん記録している。ここ数十年間にわたり、理論生物学者や経済学者が、ゲーム理論を使って自然界で広く起こっているこうした現象の深遠な原理を理解しようとしてきた。
学習院マネジメントスクールの新製品開発の授業の一環として、新製品開発の担当者が、ステータス技術に関わる概念をどのように製品設計に応用できるか、あるいは新技術を商業化しようとする企業の収益へのダメージを与えがちな「より安い価格でより良い性能を提供する」競争に巻き込まれないマーケティング戦略をどのように策定するかについて講義を行う。
ディミトリ・リティシェフ (Dimitry Rtischev)
1989年マサチューセッツ工科大学(MIT)電気工学及びコンピュータサイエンス部卒業と修士課程修了後、
日米でソフトウェア技術の開発とマネジメントを経て、1993年カリフォルニア大学バークレー校経済学博士課程に進む。
博士号の取得後、ベンチャー企業経営を経て、2004年学習院大学経済学部に着任。
最近、身近で起こったシステム導入やプロセス改善等を思い出していただきたい。それらは成功しただろうか?それとも失敗しただろうか?
貴方がプロジェクトメンバーであれば、「成功した」と答えたいだろう。貴方が現場のメンバーで苦い思いが少しでもあれば、「失敗した」と答えるかもしれない。貴方が経営者であれば、この質問を聞かれるのはちょっと困るかもしれない。
「失敗した」か「成功した」か、大抵の場合どちらともいえるし、どちらとも言えないのである。何らか少しでも良くなっていれば、「成功した」と言いたくなるのが経営者である。
それでは、「プロジェクトに投入した社員の人的コスト、コンサルタント等の外注コスト、システム等の購入コストをかけているが、これは何年で回収されるのだろうか?」と経営者に聞くとする。日本において90%以上のプロジェクトでは、この質問に対してはお手上げである。何故なら、プロジェクトに投入した社員の人的コストなんて計算したことが無いはずだからである。さらにはプロジェクト導入による効果測定はたいていの場合なされていないのである。
敵を作りたくない。失敗を認めたくない。官僚的な組織であれば有るほど、リスクを避けるために目標を明確化することを嫌がるものである。日本の組織において、目標数値を明確化され、それによって給料が変動したり、賞罰が決定したりする組織は営業と一部の役員だけである。目標を設定され、目標を達成するためにがんばる経験をそれ以外の社員は誰もしていない。ましてや、社内プロジェクトを推進する企画部門等の間接部門のメンバーが自ら首を絞める可能性のある数値目標を設定するだろうか?
筆者が行ったある企業に対するコンサルティング業務において、ABMを活用した業務プロセスの改革によるコスト削減を提案した。
その会社の役員は私にこう聞いたのだ。「その業務プロセス改善でリスク無く何人削減できますか?」。私は唖然とした。この役員は人員移動のリスクを負う気が全く無いことを露呈したのである。私はこの役員に「1人削減するのも100人削減するのも同じだけリスキーです。今あるプロセスも何らかの必要性があって行われています。役員は何人削減する必要があると思われるのですか?それとも改革着手を止めますか?」と聞いたのである。コスト削減は人員の移管無しには解決つかないのである。
逆に、社長が改革の数値目標を株主総会ないしは取締役会で約束すれば、この数値目標は何が何でもやらなくてはいけなくなるだろう。このような数値目標がはっきりしている改革はほぼ確実に成功することになる。
まさに、「数値目標無き改革に成功無し」である。
ある企業の売上向上のためのプロジェクトをレビューすることになった。この会社の導入した営業支援システムの目的には「業務改善を通した営業力向上」が謳われていたが、システムの機能は経費精算と日報管理であった。この会社の営業マンは、このシステムが入った結果、更に日報にかける時間が増加し、顧客サービスが低下したのを誰も気がつかなかった。このシステム導入前での正味営業時間が20%を割っていたのにもかかわらず、このシステム導入により営業にあてられる時間がさらに減りさらに15%を割ってしまっていたのである。
また、ある企業の新物流システムの導入もしかりである。このシステムが入って、在庫がシステムでリアルタイムに見られるようになった。しかし、発注担当はいまだにシステムから在庫リストを出力して、発注用紙を持って倉庫まで行って、在庫商品の前で発注用紙を記入している。誰も彼に、発注する際に、倉庫に行かなくて良くなった旨、伝えていないからである。伝えていたとしても、彼は現物を見ないと納得できない。倉庫へ行かないと、彼の仕事は半日で終わってしまうが、彼に他の仕事は与えられていないのである。又は、誰も彼を他の場所に移管しようとしていないのである。
なぜこのようなことが改革では日常茶飯事なのだろうか?理由は以下の3点にある。
改革開始時に是非レビューしてみていただきたい。恐らくどれかが欠けていると成果が出ない可能性が大きい。
1)経営者(マネジメント)が数値目標を持っていない(達成を約束していない)から
2)改善・改革のためのインフラ(業務可視化・原価管理・評価報奨)ができていないから
3)減らすべき業務と増やすべき業務をちゃんと区分けしていないから。
なお、本DSCM基礎コースのABC・ABMの講義では、改革が成功するためのポイントを方法論から指導いたします。ご期待ください。
松川 孝一(まつかわ こういち)
現在、㈱大洋システムテクノロジー 取締役執行役員専務、同コンサルティング事業「ハイブライド」マネージングディレクター、早稲田大学ビジネススクール 客員教授、学習院マネジメントスクール 顧問、日本管理会計学会 理事。PWCコンサルティング株式会社(現IBMビジネスコンサルティングサービス株式会社)パートナーを経て現職。主著に「図解ABC/ABM(第二版)」(東洋経済新報社)、共著に「MOT入門」(日本能率協会マネジメントセンター)等。
今年、DSCM(ディマンド&サプライチェーン・マネジメント)講座をリニューアルしました。
その一は、講座名を「田島義博記念 DSCM基礎コース」としたことです。
その二は、講座そのものの刷新です。
① 講師陣を変更しました。
② グループワークの時間を充実し、皆さんが参加し作り上げる講座を目指すことにしました。
そのために、今年度からコーディネーターとして松川孝一先生と私関口壽一がこの講座のお手伝いをさせていただくことになりました。
DSCM講座は、学習院マネジメントスクールの中で旗艦的な位置づけにあり、故・田島義博先生(前学習院長、マネジメント・スクール創始者)の思い入れの深い講座でもありました。田島先生は「日本の企業と産業界の再活性化に教育を通じて貢献する」ことを理念とされていました。当講座が先生の理念に基づき「産学連携」の実践の場として発展することを願い、田島義博記念としました。
しかし、講座を刷新した狙いはそれだけではありません。将来的には、この講座から流通に向けた情報発信を目指して行きたいとの強い思いも籠められているのです。
① 講師陣を刷新し、実践に強い先生方を迎え最新の情報提供を目指しました。
② 講義内容も、座学だけでなく新たにグループワークの時間を設け、参加型の講座としました。
今までも、講義終了後にポットラックという、講師と受講生とが理解を深め合うための時間を設けていましたが、今回はそれを更に進めた形にしています。参加者全員がチームに分かれて一つの事柄を皆で議論し、それを纏め上げて、最終回では参加者の皆さんの上司を前に、チームとして研究成果を発表していただくようにしました。
この2つのことで、DSCMは今まで以上に成果を得ることが出来ると思います。
多くの参加者から、グループワークの時間を増やして欲しいとの要望が寄せられていましたので、それに応えるのも目的でしたが、それだけが理由ではありません。
今までの講座では、受講生には論文の提出を義務付けておりました。しかしここで作成された論文は非公開が原則だったため、どんなに力作でも外に発表することはできませんでした。実際に力作も多く、レベルの高さをうかがわせていましたので、発表できないことを非常に残念に感じていました。
そこで今回は、最初から外に発表することを目的に、且つ自社で発表するつもりでグループワークを行っていただきます。
最終回の発表にあわせて、各自の発表内容に即した論文を全員に作成していただき、それを冊子にして修了記念として皆さんにお配りしたいと考えています。
このような活動を通じて、出身企業の異なる人たちが力をあわせて研究し纏め上げた提案を、産学連携による新たな情報発信モデルとして機能させたいと願っております。
そろそろ、「日本発の新たな流通機能にかかわる情報発信」が実現しても良いころではないでしょうか。
それに向かって、努力したいと思います。皆さんのご参加をお待ちしています。
関口 壽一(せきぐち としかず)
現在、シーコムス㈱ 代表取締役、学習院マネジメント・スクール顧問。獨協大学経済学部卒業後、ライオン株式会社入社。家庭品の営業、流通開発部で卸の物流・システムに関する機能強化を担当。ライオン㈱退社後に、シーコムス株式会社を設立し現在に至る。