ゴッホ研究文献 最近5~6年の文献から
最近のゴッホ研究の流れの中で最も目立つのは、"Van Gogh and Gauguin" というタイトルの本が相次いで3冊も出版されたことでしょう。
出版順にあげるならば、まず、(1)Debora SILVERMANN, Van Gogh and Gauguin: The Search for Sacred Art, New York, 2000。著者は、UCLAの教授。1:Toward Collaboration, 2:Peasant Subjects and Sacred Forms, 3:Catholic Idealism and Dutch Reformed Realism, 4:Collaboration in Arles, 5:Theologies of Art after Arles, 6:Modernist Catechism and Sacred Realism という6章から成る、500ページ近い大著です。
次に、(2)Brandley COLLINS, Van Gogh and Gauguin: Electric Arguments and Utopian Dreams, Boulder, Colorado, 2001。著者は、The Persons School of Design at The New School University の Instructor。264ページ、6章から成る本書は、作品の考察と言うよりも、書簡を重要な頼りとしつつ、二人の関係について論じたもの。
それら以上に圧巻なのは、The Art Institute of Chicago(22.09.2001-13.01.2002)と Van Gogh Museum, Amsterdam(09.02.-02.06.2002)での展覧会に際して出版された、(3)Douglas W.DRUICK & Peter Kort ZEGERS, Van Gogh and Gauguin: The Studio of the South, The Art Institute of Chicago, 2001。シカゴのキュレーター2人による本書は、作品、ドキュメントの扱い等、大変しっかりしていて、内容が詰まっています。章立ては、Prologue, 1:Origins(1848-1885), 2:Encounters(1885-1887), 3:South versus North(1887-1888), 4:The Studio of the South(1888), 5:Correspondence(1888-1890), Coda:The Studio of the Tropics(1891-1903) となっていますが、いろいろな点で、上記、SILVERMANN の本と対になって、このテーマに関する研究の現状を余すところなく伝えてくれます。展覧会は、両者の作品140点ほどに、ベルナールの作品、日本の版画等を加えた149点が出品されたもので、大変見ごたえのあるものでした。
「ゴッホとゴーギャン」というテーマを巡っては、Mark ROSKILL, Van Gogh, Gauguin and the Impressionist Circle, London, 1970 という古典的名著や、資料として、Douglas COOPER, Paul Gauguin: 45 Lettres à Vincent, Theo et Jo van Gogh, 's-Gravenhage, 1983 が思い出されますが、特に最近、このテーマでの出版が相次いだのは、どういう理由なのでしょうか。
それに関係して興味深いのは、やはり近年、テオに関する重要な文献が2冊出たことです。一つは、Van Gogh Museum と Musée d'Orsay で、1999年から2000年にかけて開かれた展覧会のカタログ、(4)Theo van Gogh 1857-1891: Marchand de tabeaux, collectionneur, frère de Vincent, Amsterdam/Paris, 1999/2000。テオについては、John REWALD の先駆的な仕事 "Theo van Gogh, Goupil,and the Impressionists", in Gazette des Beaux-Arts, 1973 があるのですが、この展覧会カタログは、最新の研究成果をもって、それを補うものであり、言うまでもなくゴッホ研究にとっても欠かせない文献となりました。
もう一つは、それと重なり合うように、ゴッホ美術館から「Cahier Vinent 7」として出版された、(5)Han VAN CRIMPEN(Introduction and Commentary), Brief happiness: The correspondence of Theo van Gogh and Jo Bonger, Amsterdam, 1999(オランダ語版もあり)。1887年7月から1890年8月までの二人の間の書簡101通を収めたもので、これもゴッホ周辺の貴重な資料となるものです。以前出された、Jan Hulsker, Vincent and Theo Van Gogh: A Dual Biography, Ann Arbor, 1985 と合わせて、これで、テオ関係のこともずいぶん明らかになってきました。
ただ、こうしたテオ関係の出版が、単に「ゴッホ周辺」の「資料」であるだけではないということに、注意を払う必要はありそうです。1999/2000年の2冊の本(4)(5)では、フィンセントの脇役であるテオが主役になっているのですから、私たちはフィンセントにとってテオが何であったかという視点とは逆の、テオにとってフィンセントは何であったかという視点をもとることになります。私自身は、ゴッホの作品の成立にとってテオの存在はとても重要なものであった、ゴッホの作品の重要な部分はテオとの関係の中で生まれたと考えているのですが、その際にも、テオの側からの視線を考えさてくれるこれらの文献は、とても貴重なものです。そして、近年「ゴッホとゴーギャン」という研究が多く現われたことも、ゴッホの作品を、彼の「個」のパーソナリティーだけではなく、他との関係の中で捉え直そうとする、共通の根を持っているように思われるのです。
その他にも、近年出版されたゴッホ関係の文献で注目すべきものは、数多くあります。列挙するならば、(6)Cornelia HOMBURG, The Copy Turns Original: Vincent van Gogh and a new approach to traditional art practice, 1996, Amsterdam/ Philadelphia、(7)Carol ZEMEL, Van Gogh's Progress: Utopia, Modernity, and Late-Nineteenth-Century Art, 1997, Berkeley/Los Angeles、(8)Van Gogh Face to Face: The Portraits, exhibition catalogue, 2000, The Detroit Institute of Arts etc.、(9) Vincent van Gogh and the Painters of the Petit Boulevard, exhibition catalogue, 2001, Saint Louis Art Museum etc.、(10) Van Gogh: Felder - Das Mohnfeld und der Künstlerstreit, exhibition catalogue, 2002, Kunsthalle Bremen。もちろん、それに、カタログ・レゾネの増補新版 (11)Jan HULSKER, The New Complete Van Gogh: Paintings,Drawings, Sketches(revised and enlarged edition), Amsterdam/Philadelphia, 1996、ゴッホ美術館から刊行中の一連の所蔵作品カタログ (12)Complete Bestandscatalogus, 8 vols., 1997-2001も加えておかねばなりません。
主要な文献(単行本)だけでも、追いかけてゆくのは結構大変です。ゴッホ研究の近況を知るためにどれか1冊というのであれば、いろいろな側面が提示されているという点で、シカゴのカタログ(3)をお勧めします。Amazon.com なら $45.50(+送料)で入手可能です。