中性子捕捉がん治療のための次世代ホウ素ナノキャリアーの開発

2. 中性子捕捉治療のためのホウ素デリバリーシステムの開発

がん治療の理想的な方法とは、正常組織に重大な障害を与えることなく、がん細胞を殺すことである。
がんを治すためには、がん細胞を完全に殺さなければならないが、その治療法のためにはしばしば他の正常組織も傷つけてしまう。
今日の標準的治療法である外科手術、放射線療法、免疫療法、化学療法の組み合わせで何種類かのがんを治すのに成功しても、それらの方法では治すことのできないがんがまだまだ多く存在する。
しかし、新しい強力な治療法を生み出せる可能性もあり、その一つにはホウ素中性子捕捉療法がある。
低エネルギーの熱中性子はエネルギーの高い高速中性子とは異なり、人体には無害である。
しかしながら熱中性子とホウ素10との反応は、リチウムとヘリウム(α線)を生じ、これらのエネルギーは2.79 MeVとおよそ1つの細胞を破壊するのに十分なエネルギーである(式1)。
この核反応を利用するのがホウ素中性子捕捉療法である。
したがって、予めホウ素分子をがん細胞にのみ選択的に取り込ませそこへ中性子照射を行えば、細胞内でのホウ素と中性子の核反応で生成するα線のエネルギーを用いてがん細胞のみを選択的に破壊することができる。
一昔前までは、熱中性子のみを取り出すことは困難であったが、原子炉物理学の発展により、良好な中性子が得られるようになった。
また、熱中性子は加速器からも得ることができるようになったが、原子炉から得られる熱中性子よりもまだまだ出力が弱いことが問題点である。
現在、核燃料の問題から医療用原子炉の利用から加速器の利用へと転換しつつあり、加速器によるホウ素中性子捕捉療法の実現のためにも、ホウ素10を含む分子を如何にしてがん細胞にのみ選択的に高濃度で送り込むかが治療効果の決め手となる。
本研究室では、医学、原子炉物理学、薬学の各分野の研究者と共同で集学的研究を進めている。
10B + 11n → 7Li + 4He + 2.79 MeV  (1)

最近の論文から

ホウ素イオンクラスター脂質の合成とベシクル化:
ホウ素中性子捕捉療法のためのホウ素送達システムへの応用

近年、ホウ素10分子のがん組織への有効な送達法としてドラッグデリバリーシステムの利用が注目されている。一般にリポソームを利用したドラッグデリバリーシステムでは、ホウ素10分子のようながん細胞へ送達したい薬剤をリポソームの内側に閉じ込めデリバリーするため、封入できる薬剤の濃度には限界があった。我々は、リポソームの二分子膜に注目した。
脂質二分子膜は、分子間相互作用により自己集合化しているため密度が高く、この二分子膜へホウ素分子を導入できれば、非常に高濃度でホウ素をデリバリーできると考えられる。
本研究室では、このリポソームの二分子膜へホウ素分子導入を指向したホウ素イオンクラスター脂質を開発している(Chem. Commun. 2004, Hot Paper)。「次世代DDS型悪性腫瘍治療システムの研究開発事業」(新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO):平成17年度~平成19年度)において、筑波大学・大阪大学・京都大学・日本原子力研究開発機構、および国内企業と本研究の実用化に向けて共同研究を進め、平成20年度より厚生労働省の「医療機器開発研究事業(ナノメディシン研究事業)」において筑波大学・大阪大学・京都大学・帝京大学・東京大学と臨床応用へ向けた開発研究を進めている。


図 ホウ素イオンクラスター脂質の構造 と そのベシクル形成(電子顕微鏡写真)