Research

 
 

誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS)を用いた微量元素同位体測定法を開発することにより

以下の分野について研究を進めています。

「金属元素の同位体地球化学」

 元素の同位体組成は経てきた環境により変動します。例えばストロンチウムには安定同位体86Sr, 87Sr, 88Srと放射性同位体90Srなどが存在します。例えば、溶液から炭酸塩の沈澱が生成する場合、軽い同位体86Srが選択的に炭酸塩に取り込まれます。また、87Srは放射性同位体87Rbの放射壊変により増加するため、年代測定に用いられています。90Srは核実験や原発事故により放出されるため、事故の影響を評価するたなどに利用されます。このように、質量分析計を用いて元素を同位体ごとに調べることにより、試料が経てきた履歴を追うことが可能になります。Ohno and Hirata (2007)では安定同位体86Sr, 87Sr, 88Srの同位体比変動を同時に測定する方法を開発し、87Rbの放射壊変による同位体比変動に加え、同位体効果を反映した分別についても同時に引き出す方法を確立しました。Ohno et al. (2008)では、この手法を古環境解析に応用し、地球表層環境についての新たな知見を得ることができました。さらに、Ohno and Hirata(2013)では地球表層環境において希土類元素の同位体分別を初めて検出しました。希土類元素や白金族元素などレアメタルの同位体効果は今後資源能集メカニズムを理解する上でも重要となると考えています。

「環境放射能研究」

 福島第一原子力発電所事故により、多量の放射性物質が放出されました。特に、放射性ヨウ素(131I)は放出量が多く、甲状腺癌の原因になることから注目されています。131Iは半減期が8日と短く事故後時間経過と共に減衰し、数ヶ月後には検出限界以下となるため長半減期核種である129I(半減期1570万年)に着目し、129Iを分析することで131I降下量の推定をおこないました(Muramatsu et al., 2015)。131I降下量推定を目的とした129I濃度測定をより迅速におこなうため、タンデム四重極型ICP-MS(ICP-MS/MS)を学習院大学に設置し、従来法では大型の加速器質量分析計を用いた測定が必要だった極微量同位体129Iの測定を従来法の10分1の時間で測定できる方法を開発しました(Ohno et al., 2013)。

 放射性セシウムには134Cs、137Csの他に長半減期の135Cs(半減期230万年)も含まれます。135Csの情報を抽出することにより、事故を起こした3つの原子炉ごとの汚染寄与率を推定することが可能となります。135Csの測定は、134Cs、137Csと異なり、一般に放射能測定で用いられるGe半導体検出器で測定することはできません。そこで、Ohno and Muramatsu (2014)では ICP-MS/MS 用いた分析法を開発することにより、福島原発事故起源のセシウム同位体比を報告しました。事故後最初の雨水試料に含まれる134Cs/137Cs、135Cs/137Csは1号機よりも2、3 号機の寄与の方が大きいことが示唆されました。本研究で得られた福島原発事故起源の135Cs/137Cs、チェルノブイリ原発事故で放出された135Cs/137Cs、過去の核実験の135Cs/137Csを比較することで海洋循環などのトレーサーとなることが期待されます。

「生体必須元素の同位体分別」

 生体に含まれる元素の同位体組成も環境試料と同様に、質量の違いに起因する同位体効果により変動します。近年、質量分析技術の進歩により生体必須金属元素の同位体比から病気の診断などの研究が盛んにおこなわれるようになっています。Ohno et al. (2004)では生体試料に含まれる鉄の同位体組成が、個人間で有為な違いがあり、個人では年間を通して変動しないことを明らかにしました。これは同位体比が少なくとも1年以上の情報を平均して保持しており、個人間の同位体比の違いは長期にわたる鉄の吸収効率と関係があることが示唆されました。また、Ohno et al. (2005)では生体試料中の亜鉛同位体分析法を開発し、血液と毛髪に有為な同位体組成変動があることを明らかにしました。これはタンパク質結合性亜鉛と非結合性亜鉛に検出可能な同位体分別が起こることを示唆しております。生体内で同位体比が変動するメカニズムの解明と同位体比を用いた疾病診断への応用に向け研究を進めています。