第3回日本統計学会賞

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以下,日本統計学会会報 No.97/1998.9.20 からの抜粋


第3回日本統計学会賞


 「日本統計学会賞」の第3回受賞者は,五十音順に,


丘本 正 (大阪大学名誉教授)
田中勝人 (一橋大学教授)
森口繁一 (東京大学名誉教授)

の方々に決定しました。受賞者の皆様には,中央大学で開かれた日本統計学会第66回大会において, 杉浦会長からそれぞれ賞状と副賞(時計)が贈呈されました。受賞された3名の 方々の受賞理由と略歴,業績は以下の通りです。


[1] 受賞者名:丘本 正氏
略歴:1923年生,東京大学理学部数学科卒業,
1963年大阪大学基礎工学部教授,1987年追手門学院大学経済学部教授,現在大阪大学名誉教授。

受賞理由:多変量解析の分野,特に判別分析の漸近展開の理論と方法,標本共分散行列の固有値,主成分分析の最適性で卓越した業績を上げた。また,統計学の教育に情熱を傾 け,人材の育成を通じて学界に大きな貢献をした。

業績:"An asymptotic expansion for the distribution of the linear discriminant function," Annals of Mathematical Statistics, vol.34 (1963), 1268-1301.
"Distinctness of the eigenvalues of a quadratic form in a multivariate sample," Annals of Statistics, vol.1 (1973), 763-765.

[2] 受賞者名:田中勝人氏
略歴:1950年生,一橋大学経済学部卒業,1979年金沢大学法文学部講師,1984年一橋大学経済学部助教授,現在一橋大学経済学部教授。

受賞理由:時系列分析の分野,特に非定常時系列過程の理論的分析に卓越した業績を上げた。殊に反転不可能な移動平均過程におけるLBI検定の導出,数学的な導出による漸近 分布の正確な記述,ならびに検定力に関する理論的研究等を行った。

業績:Time Series Analysis: Nonstationary and Noninvertible Distribution Theory, John Wiley & Sons, (1996).
"An alternative approach to the asymptotic theory of spurious regression, cointegration and near cointegration," Econometric Theory, vol. 9 (1993), 36-61.

[3] 受賞者名:森口繁一氏
略歴:1916年生,東京帝国大学工学部航空学科卒業,1956年東京大学工学部教授,1977年電気通信大学電気通信学部教授,1979年統計審議会会長,1985年国際統計協会(ISI) 会長。現在東京大学名誉教授。

受賞理由:数理工学という新分野の確立に貢献し,数理統計学においては極限統計量の分布,抜き取り検査方法の設計等に関する貢献が高い。また,統計審議会会長として統計制 度・統計行政に足跡を残し,国際統計協会会長として国際貢献に努めた。

業績:"Extremal properties of extreme value distributions," Annals of Mathematical Statistics, vol. 22 (1951), 50-52.
"A modification of Schwarz's inequality with applications to distributions," Annals of Mathematical Statistics, vol. 24 (1953), 107-113.

受賞のことば  田中勝人


このたびは晴れがましい場所で名誉ある賞を頂き,大変感激しております。浅学非才の私がこのような光栄に浴することができましたのは,ひとえに今までご指導して頂いた内外の諸 先生方の教えの賜物であり,厚くお礼申し上げる次第です。また,個人的には妻の励ましが研究を進める上で強い支えとなりました。高校の同級生以来の長い付き合いである彼女に も,感謝の気持ちを表したいと思います。
今回の受賞は,1996 年に John Wiley から出版された拙著の内容が評価されたものと理解しますが,この本の原点は 20 年ほど前のオーストラリア国立大学統計学科における私の 大学院生時代にあります。そのときに,時系列回帰のパラメータが時間とともに変動しているかどうかの検定問題をランダム・ウォーク・モデルを使って考えました。そのアイデア自体 は,他の人がすでに発表しており,尤度比統計量はカイ 2 乗分布に従わない,ということがわかっておりました。その理由は,帰無仮説のもとでは分散が 0 の点を扱うことになり,それ はパラメータ空間の境界点であるために制約付き MLE の挙動が悪くなるからである,という納得的な理由でした。 そこで,対数尤度の偏導関数から得られるラオのスコア検定(=ラグランジュ乗数検定)はどうであろうかと思い,シミュレーションなどで調べてみましたが,この統計量もありふれた分 布には従わないことがわかりました。自分自身で考えた 統計量で,しかも,対数尤度の偏導関数が normality に従わないという事実は,当時の私にとっては新鮮な驚きでありました。
上記の問題の理論的側面については,その当時は未解決でありました。しかし,10 年ほど前に再考することになり,そのことが,非定常あるいは反転不可能な時系列モデルの統計理 論の研究に向かう契機となり,結果的に本の出版に至ることになりました。そこで,私は,研究者として歩み始めた 20 年前への懐かしさも込めて,本の最初をこの問題の叙述から始め たのです。