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ネオン固体表面からの励起二量体の電子・光励起脱離

自然科学研究科物理学専攻博士前期課程荒川研究室
97-141-001
安達 俊

§1 はじめに

固体表面に電子・光を入射すると,さまざまな粒子の脱離が起きる.この脱離現象のうち熱運動ではなく,電子的励起エネルギーが緩和過程の中で運動エネルギーに変化しておきるものを電子遷移誘起脱離(Desorption Induced by Electronic Transitions: DIET)という.DIETは電子励起とその緩和の動的過程を観察する手段として,古くから研究されている.
希ガス固体は,固体中の原子の電子状態が孤立原子のそれと非常に近く,単純である事からDIETに関しても理論・実験の双方においての研究がされている.これまでの研究により,希ガス固体からの中性粒子,とくに準安定原子の脱離に関しては脱離機構・運動エネルギーなどがわかっている.しかし,希ガス固体からの励起二量体のDIETに関しては実験による確認はAr[1]以外ではなされていなかった.我々は以前の実験で,Ne固体表面から励起子生成に起因して脱離した励起二量体からのものと思われる信号の検出に成功していた[2].
本研究ではNe固体表面から脱離した粒子からの発光信号を検出・解析し,励起二量体の脱離が起きていることを確認した.また,その脱離運動エネルギーと脱離収率の入射光波長依存性を測定した.

§2 実験

電子励起脱離の実験は学習院大学で,光励起脱離の実験は分子科学研究所極端紫外光実験施設(UVSOR)で行った.実験装置の構成は励起源を除いてほぼ同じである.装置の配置を図1に示す.液体ヘリウムクライオスタットで6Kまで冷却した白金あるいは銅基盤上に気相からNe気体を凝縮し,試料を作成した.電子励起の実験では,蛍光の時間分解情報を調べるために,電子銃のグリッド電極の電位をパルス的に変調して幅3μs,周期100μsのパルス化した電子ビームを試料に照射した.光励起の実験ではシンクロトロン放射光を単色化して脱離の励起光波長依存性をみた.実験槽は,ターボ分子ポンプとチタンゲッターポンプを用いて排気し,その到達圧力はおよそ1×10-8Paである.試料に電子または光を入射して,脱離した粒子が真空中で出す真空紫外光を二次電子増倍板(MCP : Micro Channel Plate)および,二次元位置敏感検出器(2D Position Sensitive Detector : 2D PSD)を用いたピンホールカメラで検出した.クライオスタットを回転させることで,クライオスタットの縁で試料表面からの発光を隠すことができる.

§3 結果と考察

3-1 電子励起脱離
図2に脱離粒子からの発光分布(plume)の2次元投影像を示す.入射電子の加速エネルギーは150eVである.それぞれクライオスタットの角度が(a)13deg, (b)15deg, (c)17degの場合である.(a)では試料表面からの発光が強く見えている.そこから試料表面が見えなくなる方向へクライオスタットを回転させるとplumeの根元が切られていく様子が見てとれる.試料表面が見えなくなった条件(c)でもplumeが見えていることから,なんらかの励起粒子が脱離して真空中で発光しているということがわかる.
電子ビームをパルス化して測定した蛍光の強度の時間減衰の様子を図3に示す.試料表面が電子衝撃された際にでる制動放射の強い光は,ピンホールカメラに直接入らないような配置の場合でも,容器内壁などで反射されて入射するため,時刻 t=0 付近にピークが現れる.脱離粒子からの蛍光の寿命は10-6secのオーダーであり,気相で測定されているNeの励起二量体(3Σu)の寿命6.6x10-6secと良く一致している[3].真空中での真空紫外の発光の原因でエキシマーのほかに考えられるものとして,脱離励起原子が脱励起する際の発光があるが,励起原子の寿命は3P0,2状態であれば1secのオーダー,1,3P1状態であるなら10-9secのオーダーであり,いづれも合わない.これらのことから,この脱離粒子は励起二量体であると考えられる.
Plumeの根元が見えない方にクライオスタットをまわしていくと,脱離した励起二量体からの蛍光の時間減衰曲線の見かけのピークが現れるのが遅くなっていくのがわかる.この遅れは励起二量体がクライオスタットがつくる「影」の範囲を抜け出すのに必要な時間に対応している.このピークの遅れと,「影」の長さから計算した運動エネルギーは0.2±0.1eV程であった.Chenらは希ガス固体からのエキシマーの脱離について,Hartree-Fock近似を用いた計算により,固体表面に生成されたエキシマーの電子雲が周囲の結晶と反発し脱離するというCavity Ejection機構での脱離を予想した[4].その計算による脱離運動エネルギーは0.23eVと,この実験結果とよく一致している.

3-2 光励起脱離

Plume領域の強度の入射光波長依存性が図4(a)である.希ガス準安定原子の脱離収率の入射光波長依存性(図4(b))[5]と同様,Neの励起子生成のエネルギーに対応したエネルギー位置にピークがある.それぞれのピークの位置は1次の表面(S1,72.3nm),バルク(B1,70.9nm)励起子,2p53p型の表面励起子(S',65.4nm),2次のバルク励起子(B2,60.9nm)の生成エネルギーに対応している.準安定原子の脱離の場合と比べて1次の表面励起子の寄与が小さくなっている.これは,固体中に励起子ができた場合は表面への拡散の途中でエキシマーを生成するのに対して,表面に励起子ができると,エキシマーを生成するのに必要なポテンシャルバリアーを乗り越える前に励起原子として脱離してしまうためと考えられる,また表面では最隣接原子数が少ないことなどもその理由の一つであろう.

§4 まとめ

Ne固体表面からの励起二量体 (3Σu)の電子遷移誘起脱離が実験により観測できた.励起二量体の脱離にも準安定原子の脱離と同様,励起子の生成が深く関わっており,その運動エネルギーは 0.2±0.1eV程であった.運動エネルギーの値が理論計算で得られたものとよく一致することから,励起二量体の脱離の機構は,励起した粒子の広がった電子雲が周囲の結晶と反発して脱離をするCavity Ejection機構であると考えられる.引き続き,脱離した励起二量体の振動状態分布に関する考察などを行う.また,光励起の実験では入射光の強度の不足からできなかった励起を特定した時間分解実験について,現在開発中のLaserPlasma光源を用いておこなう予定である.
 
 



[参考文献]

[1] C. T. Reimann, W. L. Brown, D. E. Grosjean and M. J. Nowakowski, Phys. Rev. B, 45 (1992) 43.
[2] E. V. Savchenko, T. Hirayama, A. Hayama, T. Koike, T. Kuninobu, I. Arakawa, K. Mitsuke and M. Sakurai, Surf. Sci., 390 (1997) 261.
[3] T. Oka, K. V. S. R. R. Rao, J. L. Redpath and R. F. Firestone, J. Chem. Phys., 61 (1974) 4740.
[4] L. F. Chen, G. Q. Huang and K. S. Song, Nucl. Instrum. Meth. Phys. Res. B, 116 (1996) 61.
[5] T. Hirayama, A. Hayama, T. Koike, T. Kuninobu, I. Arakawa, K. Mitsuke, M. Sakurai and E. V. Savchenko, Surf. Sci., 390 (1997) 266.