Krクラスターを標的とした電子エネルギー損失分光実験

96-041-003 伊澤早穂

【はじめに】クラスターとは複数個の原子の凝集体であり、孤立原子と固体の中間的な性質を持つと考えられるものである。本研究の目的は、Krクラスターを標的としたエネルギー損失分光実験(Electron Energy Loss Spectroscopy:EELS)を行い、Krクラスターの電子励起状態を明らかにすることである。標的に入射した電子が標的内の電子、フォノンなどを励起すると入射電子は励起エネルギーに相当するエネルギーを失って散乱される。このような非弾性散乱電子のエネルギー損失スペクトルの測定から固体内のバンド構造などの情報を得る方法がEELSである。
【実験方法】クラスターは超音速分子線法により生成する。気体がノズルから噴出するとき断熱膨張して温度が下がる。速度のそろった原子同士がファンデルワールス力により凝縮してクラスタービームとなる。本研究室の装置では噴出圧力などの調整によりクラスターを構成する平均原子数(クラスターサイズ)を数百から数千の範囲で変えることができる。エネルギー損失分光は次のように行う。電子銃を出た電子はエネルギー選別器により単色化されてクラスタービームと衝突する。その後、散乱した電子のエネルギー分布をエネルギー分析器と二次電子増倍管によって測定する。また、クラスタービーム中には原子が大量に含まれており、クラスターのスペクトルを検出するには原子のスペクトルを取り除く必要がある。ノズルから噴出するクラスタービームが直接検出領域に入らないようにシャッターで遮ることによって、原子のスペクトルだけを検出することができるので、クラスターを含むビームのスペクトルから原子だけのスペクトルを差し引いてクラスターのスペクトルだけを得る。右図はクラスターサイズ1400のKrクラスターを標的として50eVの電子を入射したときのEELスペクトルである。上はシャッター開、中央はシャッター閉、のときのスペクトルである。下はシャッター開からシャッター閉のスペクトルを引いてクラスターのスペクトルのみを抽出したものである。シャッター閉のときは原子のスペクトルであり、クラスターのスペクトルを原子のものと比べるとスペクトルのピークは低エネルギー側にシフトしているように見える。