H14.12.1219

担当:鎌田素史

国道43号線公害訴訟

(最高裁平成777日第2小法廷判決民集4971870頁・2599頁)

 

<事実の概要>

 一般国道43号線は大阪市と神戸市を結ぶ産業道路として昭和38年に全線の供用が開始された。その後、同敷地上約20kmにわたり、高架構造で阪神高速道路公団の管理する自動車専用道路が設置され、昭和54年に全線の供用が開始された。(以下、これらをまとめて「本件道路」という。)

 原告は、本件道路の沿道端から概ね50m以内に居住し又は居住していた者である。

 原告は、道路を走行する自動車がもたらす騒音・振動・排気ガスの大気汚染によって身体的・精神的被害を被っていると主張して、本件道路の設置管理権者である国と阪神高速道路公団に対し、

(1)   人格権及び環境権に基づき、本件供用により一定基準値を越える騒音と二酸化窒素の各居住敷地内へ侵入差止め

(2)   国家賠償法一条一項及び二条一項に基づき、過去及び将来の被害に対する損害賠償

を求めて出訴した事件である。

(なお、本件における論点は多岐にわたるが、今回はいくつかの点に絞って扱う)

 

 

<訴訟の経緯>

(第一審)神戸地判昭和61717判時12031

       本件差止請求はいわゆる抽象的不作為請求であり、作為の内容が特定されているとはいえないから、訴えは不適法であるとして却下した。

       過去の損害賠償請求については、本件道路からの距離が20m以内の範囲では、一般に受忍限度を超える違法な侵害状態が生じているとし、本件道路の供用行為は右範囲内の原告との関係で違法であり、本件道路の設置管理に瑕疵があるとして、国賠法二条により慰謝料請求を一部認容したが、将来の損害賠償請求については、訴えを却下した。

 

 被告らが控訴。原告らの一部も控訴又は附帯控訴をした。

 

(控訴審)大阪高判平成4220判時14153

       本件差止請求についてはその特定に欠けるところはないとして、訴えを適法とした。しかし、原告の被害が生活妨害に止まるのに対し、本件道路は、その公共性が非常に大きく、代替しうる道路がないこと等を考慮すると、差止請求の関係では原告の被害は受忍限度を超えているとはいえないとして、請求を棄却した。

       過去の損害賠償請求については、慰謝料請求の一部認容したが(原告らの一部について認容額を増加変更している)、将来の損害賠償請求については、一審と同様に訴えを却下した

 

(周辺住民の上告理由)

本件道路の公共性を重視して、差止請求を認めなかった

(国・公団の上告理由)

@           被害の回避可能性について考慮されていない

A           受忍限度の判断において本件道路の公共性等の評価に誤りがある

 

(最高裁) 上告棄却

◎ 周辺住民に対して

   差止請求を認めなかった

◎ 国・公団に対して

@     回避可能性があったことが本件道路の設置又は管理に瑕疵を認めるための積極的要件になるものではない

A     本件道路の公共性ないし公益上の必要性のゆえに、被上告人らが受けた被害が社会通念上受忍すべき範囲内のものであるということはできない

 

 

T.差止請求について

1.公権力性の有無(民事訴訟と行政訴訟

<参考判例> 大阪国際空港訴訟(最大判昭561216民集35101369

空港の離着陸のための供用の性質について、「運輸大臣の有する空港管理権と航空行政権という二種の権限の・・・・・・不可分一体的な行使」ととらえつつ、空港の供用の差止めは運輸大臣による公権力的な規制制限(=航空行政権)の発動の要求を内包させた請求であり、行政訴訟としてはともかく民事訴訟としては不適法であるとして却下した。

  ↓

道路の供用についても、「道路行政権」を想定し、同じ論理で民事差止訴訟を不適法却下とするか?

 

<第一審>

「原告らの本件差止請求は、・・・・・・本件道路の供用廃止、自動車の騒音や排ガスの規制強化、交通規制のいずれかの措置を求める趣旨であるとすれば、それはいずれも行政行為を求める結果となり、それぞれの権限を有する行政庁を相手方とする行政訴訟を提起すべきものである」。

 

<控訴審>

「原告らが求める抽象的不作為としての差止は、その目的を達成する方法として、行政庁による道路の供用廃止、路線の全部または一部廃止及び自動車の走行制限といった交通規制等の公権力の発動によることを要する場合のほか、道路管理者による騒音等を遮断する物的設備の設置等の事実行為も想定できるところ、原告らは、公権力の発動を求めるものではない。いうまでもなく、本件は管理権の作用を前提とするところ、それにもかかわらず異別に解しなければならない特段の事由が認め難いというべきであるから、民事訴訟上の請求として許容される」。

⇒ 本件の差止請求は、非権力的な道路管理権に限定して争われており、民事訴訟として成り立つと解した。

 

(背景)次のような批判があった

@     従来の判例は、行政過程の中に抗告訴訟でなければ争えない(つまり民事訴訟では争えない)行政庁の公権力行為を見出すには、行政過程を行政庁の個々の行為に分解し、それぞれの行為の性質をそれぞれの根拠となる実定法の規定に照らして吟味するという分析的なやり方をしてきた。管理行為は非権力的な作用であるとされている。

(参考)ごみ焼却所設置事件(百選U193

ごみ焼却所の設置行為は、行政の内部行為と私法契約によってなされる複合過程であり、そこには抗告訴訟の対象となる行政処分は含まれていない。

A     しかし、大阪国際空港訴訟では、「施設管理権」に基づく非権力的作用と「航空行政権」に基づく権力的な規制作用との不可分一体的な作用とみなければならいとの論理を展開した。

B     これでは、公共性の高い国策上重要な行政政策実現のための直営事業は「○○行政権」に係る作用とされて民事訴訟の対象から除外されてしまう危険性が強い。

 

このような批判を受けて、参考判例の射程を狭く解したものと理解される。

 

<最高裁>

この点については、最高裁では争われていない。

 

 

2.請求の特定性の有無

裁判所が差止請求を退ける場合

「却下型」

一定の基準を超える騒音や汚染物質が侵入しないことを求めること(抽象的不作為命令訴訟、抽象的差止請求などと呼ばれる)は、請求が不特定であり、訴えを不適法とする。

「棄却型」

差止請求も内容的に特定された適法なものとしつつ、差止めに至る受忍限度を超えていないとして請求を棄却する。

 

<一審> 「却下型」

「本件差止請求は、要するに本件道路を走行する自動車から発生する騒音及び二酸化窒素が一定の基準値を越えて原告らの居住敷地内に侵入しないよう、被告らに対し適当な措置を行うことを求めるというものである。それは、形式的には騒音及び二酸化窒素の侵入禁止という一見単純な不作為を求めるかのようであるが、現実には被告らにおいて後記のとおり様々な措置のいずれかを行った結果としてもたらされる不侵入という事実状態を求めるものであり、実質的には被告らに対し作為としての右の措置を行うことを求めるものにほかならず、結局その内容は、考えられる限りのあらゆる作為を並列的・選択的に求めているものと解さざるをえない」。

→ 実質的に複数の措置(作為)についての請求を包含し、その内容が特定されていないから、訴えは不適法であると判断した。

 

一審の掲げた、請求の特定を要求する理由

     既判力の客観的範囲、二重起訴、当事者適格の有無の判断を行うために不可欠

     審理の対象、範囲を明確にして、適切、迅速な訴訟指揮を行うために不可欠

     被告が十分に防御権を行使するためにも重要

 

<控訴審> 「棄却型」

「被害を受けている者が、その被害を将来に向けて回避するという観点から、直截に救済を求めるには、原因の除去を求めることが必要であると同時に、それで十分というべきである。原告らの差止請求は、その主張する保護法益と、差止として被告らにおいて何がなされるべきかが明らかであるから、趣旨の特定に欠けるところはない」。

「原告らの請求が認容されて確定した場合の強制執行の方法については、いろいろと議論がなされているけれども、少なくとも間接強制(民事執行法172条)という最小限の方法の裏打ちは存するのである。」

 

<最高裁>

差止の適法性に関して、上告理由では問題とされていない。

最高裁としての判断は将来に持ち越されたと考えられるともいえるし、職権調査事項であるのに判断を示していないので黙示的に適法性を認めたともいえる。

 

 

[論点]請求の特定性は必要か、不要か

<学説>

不適法説 ――特定性は必要である

  差止請求権=給付請求権

差止請求の内実をなす作為・不作為は、なすべき行為またはなすべきでない行為の種類、態様、場所等を明示することにより特定される。

  → 具体的な作為・不作為の特定が必要であるとし、抽象的差止請求は不適法である

 

 [理由]

    抽象的作為・不作為判決は内容的に不明確であり、被告の行為に萎縮的な効果をもたらし、行動の自由を不当に制限する

    裁判所の審理の範囲が不明確である

    具体的な侵害排除措置が特定されなければ執行機関は執行を行うことができない

    他に、一審であげた理由

 

 適法説 ――特定性は不要である

公害の原因が被告の領域にあり、対策についても被告の政策的判断に委ねるのが適当であるとする考えを基礎としている。

@       原告は通常、科学的知識に乏しく、有効な防止措置を確知することができないのに対し、被告は防止措置を決める上での資料や情報を握っている

A       原告は防止結果のみ利害関係を有するにすぎないのに対し、被告はとるべき措置の選択に最も利害関係を有する

 

判決手続における抽象的差止判決を許し、執行手続では、まず間接強制を命じ、それで埒が明かない場合には授権決定を得て侵害防止措置の代替執行が可能であるとする

   (なお、学説を参照)

 

 

3.差止の実体判断

<法的根拠>

環境権説  差止の根拠を環境権に求める説

環境権・・・良き環境を享受し、かつこれを支配しうる権利

良き環境・・・自然環境、自然の景観、文化遺産、社会的環境を含む

権利の及ぶ範囲・・・人が健康で文化的な生活を営むのに必要な生活領域

 

 環境権について、判例は否定的

「いわゆる環境権には、全く実定法上の根拠のみならず、その成立要件、内容、法律効果等も極めて不明確であり、これを私法上の権利として承認することは法的安定性を害し、到底許されるものではない」。(第一審)

 

人格権説  差止の根拠を人格権に求める説

人格権・・・人の生命、身体、自由、名誉、氏名、貞操、信用など法的保護の対象となる人格的利益を総称したもの

 

 人格権について、判例は認めるものが多い

(第一審)

「いわゆる人格権は、個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益の総体であり、その侵害行為に対し、訴訟において差止を求めることができる権利である。」

 

(控訴審)

「人は、平穏裏に健康で快適な生活を享受する利益を有し、それを最大限に保障することは国是であって……かかる人格的利益を保障された人の地位は、排他的権利としての人格権として構成され、……本件差止請求の根拠となり得る」。

 

  本件最高裁は明示の判断をしていないが、控訴審を黙示的に是認したものとみられる。

 

<違法性> 差止請求を認めるに足りる違法性があるか

差止請求が認容されるためには違法性が肯認されることを要する

違法性は、被害が受忍限度を超えるか、受忍限度の内かで判断する ―― 受忍限度論

 

 (第一審)

「少なくとも身体(その極限が生命であり、一部分が健康である。)は、物よりも重大な価値を有することはいうまでもなく、その侵害については、・・・・・・明文の規定がないものの、物上請求権に準じて妨害予防及び妨害排除請求権を認めるのが相当である」。

「しかしながら、騒音や排ガスによる侵害行為については、その程度いかんによって、身体に対する暴行、傷害に匹敵すると評価しうるものから、単なるうるささや迷惑の域を出ないものまでが広く包含されるものであり、後者の程度のものについては、その侵害行為は全て当然に違法というべきではなく、受忍限度の判断を経由することが必要である。」

 

受忍限度については「@侵害行為の態様と侵害の程度、A被侵害利益の性質と内容、B侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、C侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、Dその間にとられた被害の防止措置の有無及び内容、効果等の緒事情を総合的に考察することが必要である。なお、右の被害防止措置の判断においては、その前提として、被害発生の危険を回避する可能性について、技術的・物理的な面からの考察のほか、財政的・経済的な面及び法律的な面からの考察が必要である」。

以上を考慮して、「その被侵害利益の内容は、精神的苦痛ないし生活妨害のごときものであるのに対し、本件道路の有する公共性は極めて高度なものであることを重視すべきであるから、本件道路の供用行為は、いまだこれを差止めるべき程度の侵害行為であるとは到底いえないものである」として却下すべきものである、とした。

 

(控訴審)

「被告らが本件道路を走行する自動車によって発生する騒音等を、一定数値を超え原告らの居住敷地内に進入させて、自動車の走行の用に供してはならない、といういわゆる抽象的不作為による差止……請求が許容されるためには、まず少なくとも原告らに属する排他的な権利の違法がある場合でなければならない。」

人格権の内容たる保護法益は多様であって、そ「の侵害に対して差止が認容されるのは、その侵害が基本的に違法と判断される場合でなければならない。」

 

「被告人らの責任を肯定するためには、違法性の審査として、……騒音の程度が、社会の一員として社会生活を送る上で受忍するのが相当といえる限度を超えているかどうかによって決せられる。……差止請求の場合には、損害賠償と異なり、社会経済活動を直接規制するものであって、その影響するところが大きいのであるから、その受忍限度は、金銭賠償の場合よりもさらに厳格な程度を要求されると解するのが相当」である。

原告らの被害は「生活妨害に止まるものであるといわざるを得ない。これに対し、本件道路は、その公共性が非常に大きく、しかもこれに代替しうる道路がないこと等を考慮すると、差止請求との関係では、原告らの被害は、未だ社会生活上受忍すべき限度を超えているとはいえ」ず、原告らの差止請求は「失当として棄却を免れない。」

    ⇒ 違法性段階説に立っている

 

 (最高裁)

「道路等の施設の周辺住民からその供用の差止が求められた場合に差止請求を認容すべき違法性があるかどうかを判断するにつき考慮すべき要素は、周辺住民から損害の賠償が求められた場合に賠償請求を認容すべき違法性があるがどうかを判断するにつき考慮すべき要素とほぼ共通するのであるが、施設の供用の差止めと金銭による賠償という請求内容の相違に対応して、違法性の判断において各要素の重要性をどの程度のものとして考慮するかはおのずから相違があるから、右場合の違法性の差異が生じることがあっても不合理とはいえ」ず、原審は正当である。

 

 

[論点]

違法性段階説は妥当か

     損害賠償の違法性と差止の違法性を同次元のものと考えるべき

     差止については損害賠償より高度の違法性が要求されると考えるべき =違法性段階説
 控訴審:違法性段階説に立つ
 最高裁:違法性の各判断要素の重要性が請求内容によって異なってくるという立場
     単純な違法性段階説に立つものではない

 

     極めて高度な公益と比類なく重要な私益との相克をどう調整するか
  現代における産業物質流通のための道路の重要性
  大多数の住民に健康被害のような、重大な法益侵害が出ている

     請求されているのは騒音と二酸化窒素の削減である。その達成に必要な手段は多様で、部分的なもので足りることもある。それすらも認められないのか。

     損害賠償請求について受忍限度を超えた違法なものと判断される道路の供用について、被害者側がなぜに差止請求を退けられて受忍を強いられ続けなければならないのか

└→ そもそも受忍限度論は妥当か

 

[受忍限度論における公共性]

<最高裁>(住民側の上告)

「原審は、…A本件道路の近隣に居住する上告人らが現に受け、将来も受ける蓋然性の高い被害の内容が日常生活における妨害にとどまるのに対しB本件道路がその沿道の住民や企業に対してのみならず、地域交通や産業経済活動に対してその内容及び量においてかけがいのない多大な便益を提供しているなどの事情を考慮して、上告人らの求める差止めを認容すべき違法性があるとはいえないと判断したということができる。」

 

賠償請求では@〜Dを考慮している。

@     侵害行為の態様と侵害の程度               A被侵害利益の性質と内容

B     侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度

C     受益と受忍の彼此相補性                      D被害の防止に関する措置の有無、内容、効果

一方、差止請求ではAとBをのみをとりあげている。

 

損害賠償の場合には公共性があってもほかの要素によってその考慮が制限され、公共性はあくまでも一判断事由にすぎない。

差止に関しては公共性がより重要な要素になっていることがうかがえる。

差止の成否の判断において、差止が認容されない場合の程度を、認容された場合の社会的有用性の欠落による損失の程度を比較している。

 

[問題]

公共性の判断は、差止の内容(方法)として、道路の供用の不作為を問題とするか、より軽微な作為を問題とするかによって変わるのではないだろうか。 (参考を参照のこと)

     差止の方法がより軽微な作為であれば、公共性を害することもなく、公共性の考慮が要らない場合はないのだろうか。

     差止の内容ごとの配慮をするべきではないのか。

 

 

 

[差止全体に関する論点]

     民事訴訟ではなく、行政訴訟による救済の途は考えられないのか

(1)   取消訴訟

騒音に悩む周辺住民に取消訴訟を認める(参照:新潟空港事件 百選U201)。

行政庁が環境に対する配慮を疎かにして免許を与えるような場合には、周辺住民らがその違法を追求して免許の取消しを求めることができるとする。

 

※ 現実に継続している騒音被害の救済に十分役立つかどうか、民事の差止請求訴訟の代役を果たしうるか。

     取消訴訟には出訴期間がある(行訴法14条)が、住民が騒音による健康被害を3ヶ月以内に深刻に意識して取消訴訟を決意するだろうか。

     差止請求は受忍限度を超える被害の救済を直接の目的とするから、深刻な騒音被害が存在し続けていれば住民らは救済を得ることができるはず。
取消訴訟は、行政庁がした免許処分の(実体並びに手続上の)違法性の審査を目的とし、発生している被害の救済が直接の目的ではない。事後になって深刻な騒音被害が発生しても、それは行政庁が杜撰な事前の予測と評価に基づいて免許をしたことを窺わせる間接証拠とはなるにしても、そうした結果の発生がすでに行われた免許処分の直接的な取消事由となるわけではない。(なお、行訴法101項を参照)

 

(2)   当事者訴訟

公法上の当事者訴訟(行訴法4条)を活用する。

 

民事訴訟と手続的にも実体的にもほとんど変わらない。当事者訴訟ならば許されるというのは論理矛盾ではないのか。

 

(3)   無名抗告訴訟 「権力的妨害排除訴訟」

包括的な権力的作用に対し、生命、健康等の人格権を基礎としてその排除を求める訴訟

 

※ 通説・判例は、抗告訴訟とは行政庁の個々の処分権限の発動・不発動の適否を訴訟物として争う訴訟と解している。(参照:行訴法3条)

権力的妨害排除訴訟は個々の処分権限の発動・不発動の適否を争う訴訟ではないから、抗告訴訟の手続に則した審理に適合するのだろうか。

 

(参考)東京地決昭451014行集21101187

横断歩道橋の設置は、行政庁の住民に対する高権的権力行為とはいえないけれども、「行政庁の行う行為であって、しかも、地元住民の日常生活に広い係わり合いをもつものである以上、これを個々の行為に分解して行政庁の自律や私法法規にゆだねるよりも、これを行政庁の一体的行為と把握して公法的規律に服せしめるとともに、権利救済の面においても、行政事件訴訟法三条にいう『公権力の行使にあたる行為』と解して、これに抗告訴訟や執行停止の途を開くのが(適切である)」。    → 複合的行政過程全体に処分性を認めて、権利救済の途を広げている。

 

 

(4)   無名抗告訴訟 「義務付け訴訟」

行政庁が取締権を発動して社会的危険を規制すべきであるのに、規制権の発動を怠り危険を放置している場合に、関係の国民が行政庁に対し規制処分の発動を求める。

法が行政権の発動を発動を覊束している場合,具体的事実との関連で裁量権がゼロ収縮し行政介入が義務付けられる場合には、原則的に事前の給付判決を認める。

事後では権利救済の実行を期待できない場合

不可償の権利侵害の危険が差し迫っており他に救済の手段がない場合

 

※ 行政権行使の第一次的判断権は行政権に留保されるべきである。司法権が行政権に対し、作為・不作為を命じあるいは義務を確認するのは、司法権の行政権に対する不当な干渉であり、三権分立の趣旨に反する、との主張がある。

 

     そもそも差止を求めることは妥当な手段なのか

     43号線が使えなくなれば、他の道路に車がまわるだけではないのか

     他方で、差止をしなければ、根本的な解決にはならないのではないか

 

 

 

U.国家賠償法二条について

<最高裁>

(1.営造物の「設置又は管理の瑕疵」の意義)

「国家賠償法二条一項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いている状態、すなわち他人に危害を及ぼす危険性がある状態をいうのであるが、これには営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連においてその利用を生じせしめる危険性がある場合をも含むものであり、営造物の設置・管理者において、このような危険性のある営造物を利用に供し、その結果周辺住民に社会的生活上受忍すべき限度を超える被害が生じた場合には、原則として同項の規定に基づく責任を免れることができないものと解すべきである。」

 

(2.予測可能性・回避可能性)

「所論は、要するに、本件道路の設置又は管理に瑕疵があったとするには、財政的、技術的及び社会的制約の下で上告人らに被害を回避する可能性があったことが必要であるのに、この点の判断をしないまま、右の瑕疵を認めた原判決は、判断遺脱の違法又は国家賠償法二条一項の解釈適用を誤った違法があるというものである。」

「国家賠償法二条一項は、危険責任の法理に基づき被害者の救済を図ることを目的として、国又は公共団体の責任発生の要件につき、公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったために他人に損害を生じたときと規定しているところ、所論の回避可能性があったことが本件道路の設置又は管理に瑕疵を認めるための積極的要件になるものではない」。

「原審は、国家賠償法二条一項の解釈について右と同旨の立場に立った上で、上告人ら(国・公団)において本件道路の供用に伴い被上告人(周辺住民)らに被害が生じることを回避する可能性がなかったとはいえない旨判断している」のであり、この認定判断は、正当として是認できる。

 

(3.違法性 受忍限度論)

本件道路の公共性につき、「本件道路は、産業政策等の各種政策上の要請に基づき設置されたいわゆる幹線道路であって、地域住民の日常生活の維持存続に不可欠とまでは言うことのできないものであり、・・・・・・周辺住民が本件道路の存在によってある程度の利益を受けているとしても、その利益とこれによって被る前記被害との間に、後者の増大に必然的に前者の増大が伴うというような彼此相補の関係はなく、さらに、本件道路の交通量等の推移はおおむね開設時の予測と一致するものであったから、上告人ら(国・公団)において騒音等が周辺住民に及ぼす影響を考慮して当初からこれについての対策を実施すべきであったのに、右対策が講じられないまま住民の生活領域を貫通する本件道路が開設され、その後に実施された環境対策は、巨費を投じたものであったが、なお十分な効果を上げているとまではいえない」。

「そうすると、本件道路の公共性ないし公益上の必要性のゆえに、被上告人らが受けた被害が社会通念上受忍すべき範囲内のものであるということはでき」ない。

 

 

1.営造物の「設置又は管理の瑕疵」の意義

国賠二条の“設置又は管理の瑕疵”

     物的性状瑕疵
  営造物の物理的・外形的な欠陥から危害を生じる場合

     供用関連瑕疵

営造物が供用目的に従って利用される結果、利用者以外の第三者に対して危害を及ぼす場合

 

判例は、大阪国際空港訴訟をはじめとして供用関連瑕疵についても認めている。

学説でも、広く支持得ている。

 

 

2.予測可能性・回避可能性

国賠法二条一項の責任

     無過失責任である
  公務員の故意・過失の有無を問わない

     結果責任ではない
  予測可能性・回避可能性、不可抗力の抗弁を認める

 

[論点]回避可能性を立証責任との関係でどう位置付けるかについて

<学説>

     請求原因説
営造物の設置・管理者において、被害の発生を予見することが可能であったこと、及び、被害の回避可能性のあったことが権利の発生要件として請求原因事実となる

     抗弁説
予見可能性のなかったこと又は回避可能性のなかったことが権利の発生障害要件として抗弁事実となる

 

 

<第一審> <控訴審>(第一審判決の判示を引用)

「営造物設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠如していることをいい、通常有すべき安全性とは、営造物がその設置目的との関係において、通常予測し、かつ回避可能な、他人に危害を及ぼす危険性を有していない状態をいう。」

 

国・公団の主張

     財政制約論

     縦割り行政論

   └→ ここでは、道路公害対策として必要な施策は、道路を管理する行政庁(例えば建設大臣)以外の行政庁(発生源対策は運輸大臣や環境庁長官、交通規制は県公安委員会等々)の権限であり、被害の回避は道路管理権の範囲外であって法的に不可能、と主張

 

<最高裁>

 → 抗弁説に立つことを明らかにした

 

 

3.違法性 受忍限度論

瑕疵の有無を判断するにあたっては、被害が社会生活上受忍すべき限度を超えるか否かを基準にするという、いわゆる受忍限度論に依拠している。

 

受忍限度の判断要素は、本稿5ページ(受忍限度については〜)を参照

 

[論点]違法性の導入に賛成か反対か

 国賠二条は行為責任でなく状態責任ではないのか,違法性を要件としていないのではないか

 賛成的

     騒音といっても色々の程度、段階があるわけであるから、社会通念上限度を超えた騒音を付近の住民に撒き散らすことによって、はじめて供用関連瑕疵といえる。限度を超えた騒音であるかどうかは、付近住民の受忍の限度を超えるものかどうかで決まる。(古崎)

     違法と評価されるような損害を引き起こしたことが安全性の欠如となる。(淡路)

 否定的

     瑕疵が供用行為に違法性のある場合にのみ認められるということになり、瑕疵と違法性は同一内容の責任概念として理解されることになるわけであるが、国賠法二条の営造物責任を問題にする場合に、果たしてそれでよいのであろうか。(伊藤)

     国家賠償法二条の危険責任の原理からすれば、設置・管理の瑕疵によって被害が生ずればその損害を賠償することが原則でなければならないと考える。(潮海)


V.私見

(差止請求について)

差止の請求を民事訴訟で請求することができるとした点は評価できる。しかし、結果として差止が棄却された点については異議がある。道路の供用が、損害賠償請求については受忍限度を超えた違法なものと判断されるにもかかわらず、なぜ被害者側が差止請求を退けられて受忍を強いられ続けなければならないのか、釈然としない。将来の賠償請求が認められないのであるし、生活妨害といっても十分保護に値する法益であると考えられるから、差止を認めても良いのではないだろうか。

他方で、本件道路が臨海部の産業発展のために建設され、実際に産業活動に多大に便益を与えてきており、現在も与え続けていることは確かである。この供用の差止(様々な差止の方法があるにせよ)をした場合の影響が少なくないことも考慮する必要がある。また、本件道路の差止をしても、車は別の道路を使用するのであり、その道路の沿道にまた公害を起こし、新たな不幸を生みかねないとも言える。

現在、高速道路のあり方について国会議員の間でも激しく議論されているところである。本件のような問題を根本的に解決するには、国の公害環境行政や道路行政が大きく転換されなければならず、それが時代の要請でもあると考える。

 

(国家賠償について)

国賠法二条の「瑕疵」に供用関連瑕疵を含むのは当然である。

回避可能性について抗弁説に立ったことも、主張・立証責任の分配の面で被害者救済に大きく道を開くものとして評価できる。

違法性の導入については、確かに騒音にも程度があるのだから、受忍限度を超える場合に瑕疵があるというのはわかる。ただし、受忍限度の判断に当たっては、侵害される利益の性質と内容に重点をおいてされるべきである。

 


(参考)差止でどのような行為を請求しうるか

イ)侵害行為自体の禁止・制限
 ex.車の総量規制、車線の縮小、夜間の走行規制、大型トラックの走行規制

ロ)侵害結果の除去・防避
 ex.緑地帯の設置、家屋への防音装置の取り付け要求

 

(参考)抽象的請求適法説

学説は重要な提言は行ってはいるが、現在のところ抽象的請求の適法性の問題は解決されたものとはいえない。

     少なくとも例えば「被告は、ある事業を遂行するに当り、原告に〜の損害を与える行為をしてはならない。」というような権利侵害の発生源を侵害結果による特定で足りる。(竹下守夫)

     例えば「被告は、騒音を原告の敷地内に〜ホンを超えて侵入させてはならない。」というような禁止される侵出行為(侵害行為の露出部分)をその形式・態様の面から具体的に特定すべきである。
提訴時には一応の目安としての特定で足り、原告は被告の防御反応や訴訟の審理の推移を見ながらそれを適宜変更することが許され、また、裁判所も釈明による変更を促すことができる、といったような、訴訟物を機能的・段階的に捉える。(松浦馨)

     「権利侵害判決」と「救済形成判決」の二段階的裁判手続を導入する。
提訴時点では、例えば「被告は、ある事業を遂行するに当り、原告に大気汚染物質〜による損害を与える行為をしてはならない。」という申立てでよい。権利侵害判決の言い渡し時点までには「被告は、大気汚染物質〜を原告の敷地内に一時間値の一日平均値〜ppmを超えて侵入させてはならない。」(ただし、数値化できない場合にはその必要はない)という程度に特定されれば良い。
救済形成判決では「この目的を達成するために、排煙浄化装置その他適切な措置を実施しなければならない。」というような「救済指針付差止判決」とでも呼ぶべき判決主文が言い渡される。(川嶋四郎)

 

(参考文献)

秋山義昭・ジュリスト1081102                         浅野直人・判例タイムズ89297

荏原明則・法律時報671118                          大塚直・判例タイムズ91862

神戸秀彦・法律時報671112                          國井和郎・私法判例リマークス1996(下)74

櫻井敬子・平成七年度重要判例解説(ジュリスト1091号)38

潮海一雄・判例評論45134頁(判例時報1570188頁)

田中豊・ジュリスト108170                               橋本博之・法学教室18224

本多滝夫・行政法判例百選U342頁(165事件)        村松昭夫・法律時報671125

川嶋四郎「差止請求」・ジュリスト98168          芝池義一・行政救済法講義[第二版]

西埜章「国家賠償法二条の解釈論」・判例時報105614

小幡純子・法学教室14692                                 野村豊弘・公害環境判例百選124

國井和郎・私法判例リマークス660                   潮海一雄・ジュリスト86969

原田尚彦「公共事業の差止訴訟」・法曹時報441135

本多純一=伊藤高義・判例タイムズ6389