2002613

担当:鎌田,絹野

ジュリスト重要判例解説  平成12年度

墓地経営許可に対する周辺住民の原告適格

(最高裁平成12317日第二小法廷判決)

 

 

 

<事実の概要>

 本件は、大阪府知事Yが宗教法人Aに対し墓地、埋葬等に関する法律(以下、墓埋法)10条1項に基づいてした墓地経営の許可について、その墓地の周辺に居住等するXらが、その取消しを求めた事案である。

 墓埋法は、墓地等の経営許可の要件について得に規定しておらず、また、許可の基準に関する定めを条例に委任する旨の規定もないが、大阪府においては、大阪府墓地等の経営の許可等に関する条例(以下、墓地条例)が制定されており、その7条1号に墓地及び火葬場の設置場所の基準を規定している。Xらは、本件墓地から墓地条例指定の300m以内に居住等するものであるから、本件墓地が墓地条例所定の距離制限を満たしていない旨主張して本件許可の取消しを求める原告適格を有する旨主張した。

 

 

 

<第一審>

墓埋法が「墓地経営の許可に係る区域の隣接地及び周辺住民の生命、身体、財産等の個別的利益をも保護すべきものとする趣旨を含むものと解することはできない」

→ 原告等の原告適格を否定して訴えを却下

 

 

<第二審>

原判決を引用した上で、墓地条例は「周辺住民等の個別的具体的な宗教感情等の保護を理由として、墓地の経営、管理、営業等を規制したものとすれば、それは法の許さない、法律以上の強力な権力規制を認めたいわゆる上乗せ条例であり、違法なものとして無効である」から「国民一般の宗教感情等の公共の福祉の見地から墓地経営等の拒否の判断に資するため内部的な一応の許可基準を定めたものにすぎない」と解すべき

→ 原告適格の根拠とならないなどとして、控訴を棄却

 

 

<最高裁>  上告棄却

 

(1)「墓埋法101項は、墓地、納骨堂又は火葬場(以下、墓地等)を経営しようとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならない旨規定するのみで、右許可の要件について特に規定していない。これは、墓地等の経営が、高度の公益性を有するとともに、国民の風俗習慣、宗教活動、各地方の地理的条件等に依存する面を有し、一律的な基準による規制になじみ難いことにかんがみ、墓地等の経営に関する拒否の判断を都道府県知事の広範な裁量に委ねる趣旨に出たものであって、法は、墓地等の管理及び埋葬が国民の宗教的感情に適合し、かつ、公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障なく行われることを目的とする法の趣旨に従い、都道府県知事が、公益的見地から、墓地等の経営の許可に関する拒否の判断を行うことを予定しているものと解される。法101項自体が当該墓地等の周辺に居住する者個々人の個別的利益をも保護することを目的としているものとは解し難い。」

 

(2)   「大阪府墓地等の経営の許可などに関する条例71号は、墓地及び火葬場の設置場所の基準として、『住宅、学校、病院、事務所、店舗その他これらに類する施設の敷地から300メートル以上離れていること。ただし、知事が公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障がないと認めるときは、この限りではない。』と規定している。しかし、同号は、その周辺に墓地及び火葬場を設置することが制限されるべき施設を住宅、事務所、店舗を含めて広く規定しており、その制限の解除は専ら公益的見地から行われるものとされていることにかんがみれば、同号がある特定の施設に着目して当該施設の設置者の個別的利益を特に保護しようとする趣旨を吹く者とは解し難い。したがって、墓地から300メートルに満たない地域に敷地がある住宅等に居住する者が法101項に基づいて大阪府知事のした墓地の経営許可の取消しを求める原告適格を有するものということはできない。」

 

 

 

<判例の意義>

 墓地経営の許可の取消訴訟と周辺住民の原告適格について、最高裁として初めて明示的判断を示した

 

 

 

<論点>

① 経営許可がなされた墓地の周辺住民に原告適格はあるか

 ② 条例の「300m」という規定は、事実上無意味な規定なのか

 
 

 

 

 

 

 


<論点① 原告適格について>

原告適格とは

  取消訴訟において処分性が認められた場合にその処分の取消しを求めて出訴することの出来る資格のこと。

 

 

 

原告適格が問題となる場合

 

       通常                三面関係

 

 

 

 

 

 

 

 


学説

  行訴法9「取消しを求めるにつき法律上の利益を有するもの」

 

A.法律上保護された利益説

    処分の根拠法規が保護している利益を有している者が原告適格を持つ

 根拠法の解釈で原告適格の有無が決まる

B.法律上保護に値する利益説

 裁判的保護に値する利益を有している者が原告適格を持つ

 裁判的保護に値するかどうかの有無で決まる

 

※ 両説とも利益侵害の発生を要件としている
     両説とも原告適格者を一義的には決められず解釈を必要とする

  後者の方が原告適格の範囲が広い

 

 

判例の動向

一般論  判例は法律上保護された利益説を採用している

 

 新潟空港事件(最判平成元・217民集43256 百選Ⅱ-201)

  「『法律上利益を有する者』とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであるが、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数の具体的利益をもっぱら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当た」る。

 

  この判断については、「当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規及びそれと目的を共通する関連法規の関係規定によって形成される法体系の中において、当該処分の根拠規定が、当該処分を通して右のような個々人の個別的利益をも保護すべきものとして位置付けられているとみることができるかどうかによって決すべきである」。

 

 

営業上の利益

 公衆浴場営業許可事件(最判昭37119民集16157 百選Ⅰ-16)

  公衆浴場法の許可制は、被許可者を乱立による経営の不合理化から守ろうとするものであり、適正な許可制度の運用によって保護されるべき業者の営業上の利益は、単なる事実上の反射的利益にとどまらない。

   → 公衆浴場法が距離制限制度を採用していることに着目して、既存者の保護利益性を認めた

   ⇒ 法律上の距離制限制度や地域独占性が存在しないと既存業者に原告適格は認められ難い

 

周辺住民等の利益

 新潟空港事件(最判平元・217民集43256 百選Ⅱ-201)

  新たに付与された定期航空運送事業免許に係る路線の使用飛行場の周辺に居住していて、当該免許に係る路線を航行する航空機の騒音によって社会通念上著しい障害を受けることとなる者は、当該免許の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する。

   → 保護利益の判定に際し、直接の根拠条項だけでなく多くの情報を集めて判断する方法を導入

   ⇒ 周辺住民の原告適格を認める

 

 もんじゅ訴訟(最判平4922民集466571 百選Ⅱ-202)

  核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律24条1項3号所定の技術的能力の有無及び4号所定の安全性に関する審査が許可の要件として設けられた趣旨、右各号が考慮している被害の性質等にかんがみると、右各号は、単に公衆の生命、身体の安全、環境上の利益を一般的公益として保護しようとするにとどまらず、原子炉施設周辺に居住し右事故等がもたらす災害により直接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲の住民の生命、身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含み、その住民の範囲は、当該原子炉の種類、構造、規模等の当該原子炉に関する具体的な諸条件を考慮に入れた上で、当該住民の居住する地域と原子炉の位置との距離関係を中心として、社会通念に照らし、合理的に判断すべきものである。

   ⇒ 周辺住民の原告適格を認める

 

 伊方原発訴訟(最判平41029民集4671174 百選Ⅰ-83)

⇒ 原告適格には特に触れていないが、これを認めている原審の判断を維持

 

川崎市マンション建設(最判平9128民集511250

  開発許可の要件について定める都市計画法33条1項7号は、がけ崩れ等により被害が直接的に及ぶことが想定される開発区域内外の一定範囲の地域の住民の生命、身体の安全等を、個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含む。

   → 目的規定に個別的利益を保護する趣旨が見当たらなくても個別条文が個別的利益を保護する趣旨を含む

   ⇒ 周辺住民の原告適格を認める

 

 

消費者・利用者の利益

 主婦連ジュース訴訟(最判昭53314民集322211 百選Ⅱ-178)

不当景品類及び不当表示防止法の規定により一般消費者が受ける利益は、公正取引委員会による同法の適正な運用によって実現されるべき公益の保護の結果として生じる反射的利益ないし事実上の利益である。

 ⇒ 消費者に原告適格を認めない

 

 近鉄特急事件(最判平元・413判時1313121

  地方鉄道法21条による地方鉄道業者の特別急行料金の改定についての認可処分に対し、当該路線の周辺に居住し通勤定期券を購入するなどしてその特別急行列車を利用している者は、その取消しを求める原告適格を有しない。

   ⇒ 利用者に原告適格を認めない

 

文化的利益

 伊場遺跡保存訴訟(最判平元620判時1334201 百選Ⅱ-204)

  文化財保護法及び静岡県文化財保護条例に基づく史跡指定解除処分に対し、遺跡を研究の対象としてきた学術研究者はその取消しを求める法律上の利益を有しない。

   ⇒ 研究者に原告適格を認めない

 

判例のまとめ

 ・ 判例は法律上保護された利益説を採用している。

 ・ 根拠法規の解釈を柔軟に行い、また関連法規の援用などにより原告適格の範囲を拡大している

     → 法律上保護に値する利益へ接近している

 

 生命・身体健康に対する被害,関係者が地域限局的 ⇒ 原告適格が認められやすい

 経済的被害,関係者が一般公衆          ⇒   〃  認められにくい

 

 

墓埋法に関する従来の下級審判例

【事例1】平成5年11月12日 大阪地裁判決

―― 納骨堂の経営許可を周辺住民が争った事例

 

墓埋法1条「国民の宗教的感情」とは国民一般の感情を指し、「公衆衛生その他の公共の福祉」も公益を意味するのであり、法が個人の個別的利益の保護を目的としていると解することはできない、として訴えを却下した。

 

【事例2】昭和59年2月9日 宇都宮地裁判決

―― 火葬場の経営許可を争った事例

 

「近隣土地所有者等に対して公衆衛生上甚だしい影響を与えて居住性に多大の困難を生じしめるなど公益的観点からもこれを放置できないと認めるに足りる特段の事情は、・・・法律上保護された利益であると解するのが相当である」としつつ、事案は、土地周辺の墓地では一般に土葬の例によるものが多く昭和54年から56年までの間に埋葬された88.7%が土葬であったけれども、周辺雨水は住民が使用している井戸水の水源ではない上、専用上水道給水対象地区内にあるから給水を受ければ足りるので、特段の事情は見出しえないとして訴えを却下した。

 

【事例3】昭和55年3月27日 熊本地裁判決

―― 原告Xが熊本県知事Yに墓地経営の許可申請をしたが、自然環境の保護及び災害防止を理由として不許可処分を受けた。その処分の取消しを求め争った事例。

 

「公共の福祉の見地とは国民の宗教的感情に適合するとか、公衆衛生の見地とかの同法1条に規定されている内容から推し量られるものに限るべく、これから大きくかけ離れる事情までも公共の福祉の見地に含むものと解することはできない。
この点において自然環境破壊と災害の危険性の防止は、墓埋法1条の公共の福祉に含まれるものと解することはできず、本件墓地経営不許可処分は知事の裁量権行使の範囲を逸脱したものである。」

 

 ◎ 墓地経営の許可の要件は白地であるが(墓埋法10条1項)、1条の目的規定の制約を受ける。

   宗教的感情、公衆衛生上の理由に近いものだけが公共の福祉に含まれる。

 

       本件について、墓埋法からは、一般的公益の保護に加えて個々人の個別的利益をも保護すべきものとする趣旨を含むことを読み取ることは困難。

墓地条例からは、ある特定の施設に着目してその設置者の個別的利益を特に保護しようとする趣旨を含むものと解するのは困難。

     ⇒ 周辺住民は原告適格を有さない

 

 ☆(阿部)墓地も街づくりの一つであり、街の健全な形成は公共の福祉に含まれると考えられる。

 

 

<論点② 条例の距離制限について>

  墓地の経営の許可要件が白地なのは、もともと墓地の経営が高度の公益性を有するとともに、国民の風俗習慣、宗教活動、各地方の地理的条件など、国による一律的な裁量基準になじみにくく、各地方毎の判断に委ねるのが妥当と考えられたため。

(厚生省生活衛生局企画監修・逐条解説墓地、埋葬に関する法律)

 

 

現代の墓地問題

墓埋法制定当時は、土葬による公衆衛生への影響という観点から許可の諾否を決すれば足りたので墓埋法1条のような規定で支障は少なかった。

しかし現在は、

     火葬化により公衆衛生の見地から問題となることは少なくなった。

     墓地需要は増大しているが適地を都市周辺に見出すことが困難。

     墓地は周辺住民にとって「迷惑施設」の性格を強めており、紛争が各地で多発している。

このように、「国民の宗教感情」や「公衆衛生」では説明がつかなくなってきている。

   ↓

現在では墓地の立地には都市計画的な配慮が不可欠となっている。

300mといった距離制限は、周辺の土地利用と墓地との調整のための基準と考えられる。

 

 

距離制限規定の意味は

 

(最判平101217民集5291821

  風営「法は、善良の風俗と清浄な風俗環境を保持し、及び少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止するため、風俗営業及び風俗関連営業等について、営業時間、営業区域等を制限し、及び年少者をこれらの営業所に立ちいたせること等を規制するとともに、風俗営業の健全化に資するため、その業務の適正化を促進する等の措置を講ずることを目的とする(法1条)。右の目的規定から、法の風俗営業の許可に関する規定が一般的公益の保護に加えて個々人の個別的利益をも保護するものとする趣旨を含むことを読み取ることは、困難である。」

 

  「良好な風俗環境を保全するため特にその設置を制限する必要があるものとして政令で定める基準に従い都道府県の条例で定める地域内に営業所があるときは、風俗営業の許可をしてはならないと規定」する法422号は、これらの政令や条例「が公益に加えて個々人の個別歴利益をも保護するものとすることを禁じているまでは解されないものの、良好な風俗環境の保全という公益的な見地から風俗営業の制限地域の指定を行うことを予定しているものと解される」。

 

   ⇒ 委任立法が独自に原告適格を拡大することを認めている

 

     (石森)地域の条件を考慮する必要のある事務ならば、なおさら個別法律の目的だけに拘泥されず条例を制定する必要がある。むしろ「地方自治の本旨」に反する法律規定があれば、その法律規定の方が憲法違反である。

     (山田)墓埋法の規制目的も、立法当初のように「公衆衛生」や「国民の宗教感情」に狭く限定して解釈するのは適当でなく、土地利用調整や環境保全といった都市計画的考慮をも射程に含むものと解すべきであろう。

 

 

<私見>

基本的には最高裁判決に賛成。

しかし、墓埋法の規制目的も、立法当初のように「公衆衛生」や「国民の宗教感情」に狭く限定せず、土地利用調整や環境保全といった都市計画的考慮をも射程とするよう、立法的な手当てを考えてはどうだろうか。

 

 

<参照条文>

憲法

94条【地方公共団体の権能】

 地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条令を制定することができる。

 

行政事件訴訟法

第9条 (原告適格)

処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴え(以下「取消訴訟」という。)は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる。

 

101項(取消し理由の制限)

取消訴訟においては、自己の法律上の利益に関係ない違法を理由として取消しを求めることができない。

 

墓地、埋葬等に関する法律

1

この法律は、墓地、納骨堂又は火葬場の管理及び埋葬等が、国民の宗教的感情に適合し、且つ公衆衛生その他公共の福祉の見地から、支障なく行われることを目的とする。

 

101項 

墓地、納骨堂又は火葬場を経営しようとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならない。

 

大阪府墓地、埋葬等に関する法律施行条例

(墓地及び火葬場の設置場所の基準)

第七条 墓地及び火葬場は、次に掲げる基準に適合する場所に設置しなければならない。

一 住宅、学校、病院、事務所、店舗その他これらに類する施設の敷地から三百メートル以上離れていること。ただし、知事が公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障がないと認めるときは、この限りでない。

二 飲料水を汚染するおそれのない場所であること。

 

 

<参考文献>

 判例時報170862

 山田洋一・自治研究773125

 塩野宏・行政法Ⅱ[第二版]

 阿部泰隆・宗教判例百選<第2版>192

 野呂充・法学教室226136

 行政判例百選Ⅰ・Ⅱ<第4版> 本文に挙げたもの