指導要綱による開発負担金                    担当:大塚真理子

行政判例百選Ⅱ112事件 (最高裁平成5年2月18日第二小法廷判決)

 

事実の概要

東京都武蔵野市においては、昭和44年ごろからマンションの建築が相次ぎ、そのため日照障害、テレビ電波障害、工事中の騒音等による問題が生じ、また、学校、保育園、交通安全施設等が不足して市の行財政を圧迫していた。そこで市は、市民の生活環境が宅地開発やマンション建設によって破壊されていくのを防止することを目的として昭和46年に「宅地開発等に関する指導要綱」(以下「要綱」とする)を制定した。要綱では、事業者は市長と事前協議を行い、所定の行政指導を受けるとともに、「寄付願」を提出して教育施設負担金を納付することとされていた。指導に従わない事業者に対しては「市は下水道等必要な施設その他の協力を行わないことがある」との制裁措規定が設けられていた。

 原告X(控訴人・上告人)は三階建て賃貸マンションの建築を計画し、教育施設負担金として15232千円の寄付が要請されたことに強い不満を抱き、事前協議にて減免等を懇請したものの前例がないとして断られ、また制裁を恐れて数日後同額を納付した。後日、Xらは、寄付が脅迫によるものであるとして意思表示の取消しを主張し、支払った負担金相当額の返還を求めて出訴した。

 

一審:請求棄却

争点:Xの寄付の意思表示が脅迫によるものか否か

Xの主張:①教育施設負担金の寄付は任意な自由意志に基づいてしたものではなく、Yの脅迫行為により畏怖したためであるから、その意思表示を取り消す

②本件指導要綱に基づく行政指導は地方自治法及び憲法293項、84条に違反しているので無効である

 

原審判決:①「脅迫とは違法に害悪を示し、相手方を畏怖させて意思表示をさせるもの」

・本件についてはYがXらを脅迫し、本件寄付の意思表示をさせたと認めるに足る証拠はない

・Xは負担金の減額、延納等を申し出たものの、当該負担金の違法性を主張し、その納付を拒んだことはなかった

・教育施設負担金を負担することは建設工事の前提であり、負担金を拒否すれば工事を断念する以外にないというのがXが到達した認識であり、そこに畏怖の入り込む余地はない

・Yが本件指導要綱に基づく給水等制限措置に畏怖しているのに乗じて本件教育施設負担金の寄付を強制したという認識を持っていたとはうかがえない。

⇒Yの脅迫を理由とする原告の本件寄付の意思表示の取消しはその要件を欠いている

なお、②については一審では語られていない。「爾余の点につき判断するまでもなく失

当であるからこれを棄却する」としている。

 

 

控訴審判決:請求棄却

Xの主張:主意的主張は(言葉の訂正・一部付加している以外は)一審と同様

予備的主張…本件指導要綱に基づく行政指導の違法性

(1)   本件行政指導は制度自体が違法

・ 本件行政指導は授権に基づかなくてはならない規制的行政指導である。

・ 本件指導要綱は、その細目をもって、Yに対し、事前協議をした上で、審査のための事業計画審査願及び、事業計画承認願を提出しなければならない。しかも、その書面は所定の様式が定められ、かつ、寄付願い等の書面を添付しなければならない。そして、添付されてない申請は、Yに受理を拒否される建前になっている。また、給水等を制限する措置を採ることがあると定めている。つまり本件指導要綱は、実質的にYが事業主の自由、権利を制約し、事実上これを服従されるための根拠となってきたものであり、法規とまったく変わらない性質を持ち、かつ、現実的にも変わらない役目を果たしてきた。よって本件指導要綱は地方自治法14条2項、同法244条の2の第1項違反であり、本来的には条例に定めなければならない内容を有している

・ 建築主には建築基準法61項に適合していれば建築確認を受ける権利があり、建築主事は適法な建築確認申請がなされた場合は、これを受理し、速やかに同条34項で要求されている措置を採る法律上の義務があるのに本件行政指導はそれを保障していない(Yから事業計画審査願と事情計画承認願の承認を受けないと、建築主事に建築確認申請書を提出しても、受理してもらない

(2)   本件行政指導は、法律の根拠なしに、「教育施設負担金」の名目で金銭の提供を強制するものであり、違法である

・ 「教育施設負担金は」法令の根拠に基づくものではなく、これを納付するかどうかは、関係各人の自由意志に委ねられる性質のものであるにもかかわらず、本件指導要綱では、一定の基準で算出した教育施設負担金を納付しなければ、建築確認申請が受理されないばかりではなく給水等の制限措置をとられる場合があることになっている。これは相手方の自由意思の発動を促すものとは言い難く、憲法41条や地方自治法14条に違反する

・ また、寄付金を強制的に徴収することを禁じている地方財政法4条の5、市町村の負担に属する経費は住民に転嫁してはならないという27条の4にも違反する

・ 教育施設負担金は、事実上強制されたものであり、固定資産税の二重課税にあたり、租税法律主義に違反する。また憲法84条、これを受けた地方自治法223条にも違反する

 

判決理由)

     主意的主張は原審支持

予備的主張について

     個々の規定の文言は、事業者に対し、一定の義務を課する法規範と同様の形式をとっており、その内容も拠出する金額、土地の面積等が選択、裁量の余地のないほど具体的に定められているため、要綱の文言のみからは、右負担金等が事業者の自発的な、任意の意思による寄付金の趣旨で規定されていると認めるのはかなり困難である

     本件指導要綱は、その規定の体裁、内容のみならず、100%ともいうべき教育施設負担金の納付等の運用の実態にまったく問題がないとはいえない。しかし、給水等の制限措置は規定上も当然に発動されるわけではなく、強制によるものでなく、任意に教育施設のためにとの目的をもって拠出された金員を、その趣旨にしたがって右施設の整備に充てること、そのこと自体は違法とはいえない。

     本件指導要綱制定に至る背景、制定の手続き、Yが当面していた問題等も考慮すると、右指導要綱とそれに関する制度そのものが当然に違法とまではいえず、本件行政指導が当然に公権力の行使に当たるとは認められない。

     XはYに対し、教育施設負担金について直接その問題点を指摘し納付を拒むなど、長時間にわたり意見を述べ、その額が高額過ぎるとして、その減免を強く要求するということもなかった。一方Yの側でも、給水等の制限措置についてその発動をほのめかしたり、その他強制にわたる言動はなかったとされる。

     昭和50年に山基建設の工事用の水道が止められる事件によって、期日までに建物を完成させたいと思っていたXが教育施設負担金の納付をめぐって問題が生ずると、完成が伸びるかもしれないと推測し、負担金を納付したことは関連があっただろう。しかし、納付前の交渉は減額、延分納を含んだものであったし、X自身での交渉は一階限りの短い時間であった。また、Xが本訴訟を提起されたのは教育施設負担金条項が廃止されることが発表され、それに強い不満を抱いたからでありことが認められる。

→「本件指導要綱が問題を含んだものであること、その実態の状況、山基建設とYとの紛争がXの意思に影響を与えたであろうこと等を考慮しても」「教育施設負担金をめぐる具体的な行政指導が、その限界を超えた違法なものであると認めることはできない」「そうだとすると、その余の点につき、判断するまでもなく、Yの予備的請求は理由がなく、棄却する」

 

最高裁判決:原判決中予備的請求に関する部分を破棄差戻し。その余の上告を棄却

主意的主張:原判決の認定基準を是認

予備的主張について

     本件指導要綱制定にいたる背景、制定の手続き、被上告人が当面していた問題等を考慮すると、行政指導として寄付金を求めること自体は、強制にわたるなど事業主の任意性を損なうことがない限り違法ということはでない。

     しかし、指導要綱は事業主に対する行政指導を行うための内部基準であるにもかかわらず、水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置等、事業主に一定の義務を課するようなものとなっており、これを遵守させるための一定の手続きが設けられている。

     教育施設負担金に関しても、その金額は選択の余地のないほど具体的に定めており、事業主の義務の一部として寄付金を割当、その納付を命ずるような文言となっているから、右負担金が事業主の任意の寄付金の趣旨で規定されていると認めるのは困難である。しかも、その制裁措置は水道法上許されないものであり、右措置がとられた場合には建築目的を達成することができないような性質のものである。また、実際に拒否された事実が新聞等に報道されていた。

     Xが負担金の減免等を懇請した際には、被上告人の担当者は前例がないとして拒絶しているが、右担当者の対応からは、納付が事業主の任意の寄付であることを認識した上での行政指導とするという姿勢は到底うかがうことができない。

     右のような行政指導の文言及び、運用の実態からするとマンション建築をする以上行政指導に従うことを余儀なくさせるものであり、本来任意に寄付金の納付を求めるべき行政指導の限度を超えるものであり、違法な公権力の行使であると言わざるを得ない。

 

その後、和解が成立。

 

開発指導要綱と要綱行政

     指導要綱の目的・背景

武蔵野市は昭和44年ごろからマンション建設が相次ぎ、過密マンションの建設ラッシュにより住民の側には、日照権侵害、テレビ電波障害、プライバシーの侵害、工事中の騒音、工事用トラックによる交通問題が、行政庁では、上水道、下水道、道路、街路灯、交通安全施設、遊園地、保育園、学校、清掃事業、消防水利施設などの不足の問題が起こり、Yの行財政を強く圧迫した。

しかしながら建築確認の業務は東京都の所管であって、Yには右のようなマンション建築の日照等生活環境侵害を訴える市民の苦情によりはじめてそれを知るという有様でその、乱立については打つ手がなく、Yの快適な生活環境が破壊されていくのを手をこまねいて見ていなければならない有様であった。そこで、Yは昭和45年にその対策について協議した結果、建築基準法が改正されるようになるまで、宅地開発等に関する指導要綱を制定して宅地開発業者を行政指導することを決定し、昭和46年市議会全員協議にはかった後本件指導要綱を制定した。

 

     要綱行政とは、

文字通り要綱に基づいて行われる行政活動を意味する。要綱とは国や地方自治体において内部的に定められている規範を示す。要綱は行政機関によって制定されているが、正式は規範として定められているものではなく、法的拘束力をもたない。要綱行政は日照指導要綱や宅地開発指導要綱に基づいて行われてきた開発や建物の規則のための行政活動である

 

     指導要綱の評価

<良い> 多勢の市民からは賛同を得ている

*現行法規では環境破壊や乱開発の防止に必要な法律上の手段が地方公共団体に保障されてない

*開発と関連して生じる費用について、全て市町村で賄うことは、現行の行財政制度では困難

*良好な都市環境を形成する上で重要な役割を果たしてきた

<反対> 地域エゴであるとして反感を示す不動産業者も少なくない

*法律による行政の原理との関連

*開発負担の宅地価格への転嫁により地価高騰の原因になっている

*負担金の使途が必ずしも明確でない

*要綱作成に際し、直接的負担者である開発事業者、間接的負担者である新規入居者の参加の機会が十分でない

*要綱の適用されない小規模な開発を助長する

<実態>ほとんどの事業者は被告の熱意・被告の行財政の圧迫や本件指導要綱を支持する市民グループに抗しかねて不本意ながらも行政指導に従っていた。

 

     開発指導要綱の法的性質と法治主義

(1)指導要綱の性質

     慣習法として法規範となっているとする見解(少数説)

     行政内部の指導要綱を行うにあたっての基準、行政機関が守るべき原則を定めたものであって、その拘束力が住民に及ぶものではない(学説通説)→下級審判決例においても異論がなく、本判決も支持

(2)規制的行政指導と法律の留保

規制的行政指導とは相手方に対する規制的な力を持った行政指導である。非権力的行為で、法的な拘束力を有しない行政指導が相手方に不利益を与える規制的行政指導の場合、法律の留保論の観点から問題となる。

そして指導要綱(これに基づく行政指導)は、その内容からすると規制的行政指導に属するものであるが、法律の根拠を必要だろうか。

必要説:住民の建築の自由などにたいして制限・規制を加えるものであるから、法律の根拠に基づかない場合は、法治主義に抵触する。

不要説:地方自治体が条例を制定しようとしてもそれを阻む事情があるので法律の授権が必要でないとすることもやむをえない。(補助金の交付については必要な規定が法律でおかれてないといなく、要綱で定めがおかれるのが通例)

・街づくりにおいて行政と民間業者は相互に依存・協力すべき関係にあり、開発負担金の賦課と納付も両者間の任意の合意(契約)に基づくものと解する余地がある

・指導要綱に基づく行政は、法の不備を補充しつつ、地域社会の混乱と住民の生活の破綻を防止するために必要不可欠な、緊急措置であって、現実を直視すれば、相手方が自らの意思で自由に処分できる法益につき任意の譲歩を求める指針である限り、その適正が認められるなどとして現実の必要性がある(判例もこの立場)

(3)本件の教育施設負担金の納付は適法性の判断について

本判決:「指導要綱制定に至る背景、制定の手続、Yが当面していた問題等を考慮すると、行政指導として教育施設の充実に充てるために事業主に大して寄付金の納付を求めること自体は、強制にわたるなどして事業主の任意性を損なうことがない限り、違法ということはできない」

⇒指導要綱に基づく行政指導が内容・目的からの必要性・正当性があり、相手方の任意の協力を求めるものであれば法治主義に抵触しないとし、その適法性を認めた。

 

根拠①現行法規では環境破壊や乱開発の防止に必要な法律上の手段が地方公共団体に保障されていないこと(本件では建築確認の事実の把握すら得ない状況)、②紛争が生じた際に地方自治体としての解決・調整の責任を負っていること、③公共施設の整備に要求される莫大な財政負担が地方自治体の財政を圧迫しその緩和が求められていたこと

もし、このような指導要綱に基づいた寄付金の要請が否定されると都市施設を整備するという指導要綱の制定の趣旨、その存在意義の大半が失われてしまうこととなるのであるから、教育施設負担金の適法性を認めた点は重要である。(千葉)

 

*原告は教育施設負担金は租税法律主義違反・地方財政法4条の5、同法27条の4に違反するという主張をしたが、本判決ではこの点については特に触れていない。それは教育施設負担金が任意である限り金銭の強制徴収の禁止を定めるこれらの問題点もクリアーできるからであろう。また、逆に任意の寄付ではなく強制にわたるとすればこれらに違反するまでもなく、強制自体から違法性が導かれる。

 

 

【関連訴訟】

111事件~行政指導~

<事実の概要>

山基建設は武蔵野市の制定した要綱に基づく行政指導の事実上の義務強制に強く反発しており、マンション建設に際しては市と協議し一部設計変更を行い、住民同意を得る努力をしたものの市長の承認のないまま、東京都の建築主事に対し、建築確認申請を行い、確認を受け市に工事用水の供給契約の申込みをした。しかし武蔵野市は要綱に従わなければ申込書を受理しない旨の応答した。建物完工後、山基建設は入居者とともに給水契約と下水道の使用の申込みをしたが、市は全関係住民の同意を得ることを求め受理しなかったため、市長と職人2名を水道法違反で告訴した。

<判決>

最高裁判決では山基建設と入居者が給水契約の申込みをした時期には、山基建設は「指導要綱に基づく行政指導には従わない意思を明確に表明し」ていた。その場合「たとえ行政指導を継続する必要があったとしても、これを理由として事業主らとの給水契約の締結を留保することは許されない」とした。また、「給水することが公序良俗違反を助長することとなるような事情もなかった」とし、給水契約の締結を拒む正当の理由がなかったと判断した。

 

110事件~行政指導による建築確認の留保~

<事実の概要>

Xがマンション建築確認申請をしたところ、付近住民からの建設絶対反対の陳情書を受けたYは話し合いによる円満解決を指導した。Xは積極的に協力し、話し合いをもったが解決には至らなかった。Xは話し合いによる解決は期し難く、確認処分留保を背景とするYの行政指導にはもはや服さないこととし、金銭補償によって住民との間の紛争を解決し、Yは建築確認処分を行った。その後XはYの建築主事には建築確認申請について建築基準法6条所定の期間内に応答するべき義務があり審査が終了次第直ちにその結果を通知すべきであって、強制的行政指導を行い、その期間建築確認処分を留保するのは違法であるとしてYに損害賠償請求をした。

<判決>

最高裁はこれに関して「確認処分の留保は、建築主の任意の協力・服従のもとに行政指導が行われていることに基づく事実上の措置にとどまるものであるから、建築主において自己の申請に対する確認処分を留保されたままでの行政指導には応じられないとの意思を明確に表明している場合には、かかる建築主の明示の意思に反してその受忍を強いることは許されない」とし、「建築主が行政指導に不協力・不服従の意思を、表明している場合には、当該建築主が受ける不利益と行政指導の目的とする公益上の必要性を比較衡量して、行政指導に対する建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情が存在しない限り、行政指導が行われているとの理由だけで確認処分を留保することは違法である」と判断した。

 

行政指導の限界

行政指導とは性質上任意行為で、法的な拘束力、強制力をもたず、これに従うか従わないかは、相手方の自由である。=教育施設負担金の納付要請が「強制にわたるなどの事業者の任意性を損なうことがないこと」が前提

     行政指導が強制的なものであったかの判断基準

主観説…行政指導の相手方の任意性を重視して、相手方がこれに任意に協力、服従している限りにおいて指導は強制と言えないが、相手方が指導への不服従を明白に表明した以後においてもなお指導を続けることは強制となる。

客観説…指導の相手方の主観的な意思よりも、乱開発の防止など、行政指導の社会的な妥当性等の客観的な諸事情を重視して、指導が相当な方法によりかつ真摯に行われており、相手方のある程度の譲歩が期待できる限りにおいて指導を続けることは強制とはならない(行政指導の目的の正当性、様態の妥当性、方法の相当性などを客観的に総合考慮して、そうした事情が継続している限り強制とはならない)

折衷説…原則として主観説にたって相手方が指導に任意に協力している限りにおいて強制にならないとしながらも、なお、相手方が不服従を表明したときでも、他に首肯できる合理的な理由、例えば行政指導に対する相手方の不協力が社会通念上正義の観念に反すると言えるような場合は指導に正当性があるとする考え

阿部説…行政指導がどうみても正当なら、相手方の拒絶の意思が明確でもある程度の確認の留保は許され、逆に行政指導が不当なら相手方が必ずしも明確に拒絶意思を表明していなかったとしても確認の留保は違法であるとするべき

 

主観説に対する批判

「行政指導はそもそも相手方の意図に反し、あるいはこれと異なる行為にでるように相手方に働き

かけるのであるから、相手が勧告、説得を一再聞かず拒絶しあるいは反撥することはむしろ当然で

ありこれを説得することこそが行政指導の本質に他ならない」

違法性の判断には相手方の意思をも含めて、その他に指導の社会的妥当性などの客観的な諸事情の

具体性、総合的な判断によるべきとする客観説がより妥当なものと言える。

 

客観説に対する批判

市民の断固たる拒否姿勢をも行政側は排除できることになってしまう

指導要綱の目的がいかに正当なものであろうとも、目的が手段を正当化するものではない

最高裁昭和60年7月16日判決・原審と、本件最高裁の相違

     任意性要件の具体的判断基準

最高裁昭和60年7月16日判決相手方が「真摯かつ明確に」拒絶の意思を表明した段階以降の行政指導は違法になるという基準を中心に判断方法を提示しており、折衷説に立脚している立場。

 

原審はそうした60年判決の「事業主の任意性」の確保をその適法性要件とする立場を採用している意味で60年判決の論理にほぼ従ったと考えられる。しかし、判決の中に客観説的な要素がなかったため折衷説であるかまではわからない

 

本件最高裁:専ら指導要綱の文言ないし規定様態をその運用実態、及び当該相手方に対する具体的指導の様態という客観的な要素のみを重視することにより、係争の行政指導が違法であるとの結論を導き出した。(具体的には①納付金額の具体性、②要綱の命令的な規定方法、③給水に関する制裁措置、④行政担当者の態様の4つが上げられており、昭和60716日判決の基準とは異なり、またその論理に従ったと見られる控訴審判決の結論を覆すものである。)

 

このような相違の原因

⇒行政指導の具体的事実・目的の正当性に関する評価の差異に起因していると思われる。

60年判決…建築主と近隣住民との間の建築紛争の予防・解決を目的

 

本件…教育施設負担金制度は法律に定めのない負担金支出を求めるものであり、他の規定と抵触疑惑すら提起されていた性質のもの

 

60年と比較して本件の正当性を相対的に低く見積もる評価姿勢が覗える

 

本件の判断基準について

     ② 負担金額が選択の余地のないほど具体的で、事業者に義務をして割り当てその納付を命ずるような文言になっており、負担金が事業者の任意の寄付金の趣旨で規定されているとは認められない

③ 水道の給付拒否自体が違法と評価された制裁手段&それにより建築の目的達成が事実上不可能となる措置として負担金を課するようなものとなっている。また実際に当時指導要綱に従わなかった事業主に対して制裁が発動されたという事実があること

④ 「前例がない」といって原告の懇請を拒絶した対応からは任意の寄付であるという認識の指導という姿勢が感じられない

<本判決の特徴>

⇒本判決は担当者の直接の行為・言動よりも、本件指導要綱の文言ないし、規定様態とその一般的な運用実態、及び指導要綱に基づきXに対して行われた行政指導の実態という一連の客観的事実を重視したものである。

 

*大橋先生的考え方:

     市民の平等取扱いを担保する見地から金額を定型化しておくことは合理的でもあり、定型化は寄付の任意性を必ずしも損なうものではなく、任意性は寄付をするか、しないかという選択の点に認められる

     給水等の協力を行わないことがあるといった規定は必ずしも命令的な外観を持たない

(これに対して武蔵野市市長は「水道法にも環境の改善といっているし、下水道法でも都市の健全な発達をうたっている。全く上下水道をストップするというのではなく、住民と話し合いが終わるまで保留するのだ」とコメントしている)

     給水拒否自体は違法と評価された制裁手段であり、これを用いることは指導の任意性の逸脱認められる。(問題は本件のようにすでに制裁措置が発動されていた自治体に限り違法の評価を受けるのか、前例がなくともそうした措置を規定したことで足りるのか、という点である)

本判決は③に注目して違法だと判断するものである

 

(補足)本件判決について…

      本件は専ら個別事案の妥当な解決のみを志向した個別紛争解決型の判決例であって一般的な基準提起型の判決例ではない。60年判決においては「特段の事情」が認められて初めて当該行政指導が違法とされるという<適法=原則・違法=例外>の関係が明快であったため一般的指針として多少とも機能し得ていたが、本件ではこのような原則と例外の関係が示されず、総合考慮の対象とされた諸要素の中の何れに重点が追われたのか不明である。(どこを重視した結果なのか、また仮にそれ何れかが欠けていたら異なった結論に達しえたのかが不明)=本判決は判定基準を提供するものではない(射程範囲は狭い)

      行政指導の任意性の判断基準として個人の意思表示のもつ重要性が二次的なものとなりうることが示されたと解される

 

<私見>

最高裁判決に賛成。

本件指導要綱に基づく行政指導に関してはYの切羽詰った状況を鑑みて一概に違法とはいえず、任意に基づいて行政指導が行われる限りにおいては法律の根拠がなくても適法と考える。(しかし制裁措置を条文におくことには少々疑問を感じる)

強制かどうかの判断基準に関しては、本判決は従来の3つの考え方には当てはまらないと思う。相手方の主観的な面ではなく行政指導という制度の運用実態に注目し、相手方の明確な拒否の意思表示がなくとも違法であるとした点から阿部説を採っているようにも感じられる。

そして行政指導が強制に及んでいたという事実は最高裁を支持したい。制裁措置をおいていること、実際にその制裁措置が発動した事実があること、行政指導の態様に任意性を感じられなかったことを理由に違法であるという最高裁の判断が今までにない新しい判断基準(任意性の限界の判断が相手方の主観面ではなく、事件一連の流れの客観的事実に基づいて判断され違法とされた)を示しているがそれは正当だと思う。

 

参考

<指導要綱の骨子>

     建築主は日照権その他について近くの住民の同意を得なくてはならない

     業者は予め、市長に申し出て、公共公益施設の設計、費用負担及び日照権障害、テレビ電波障害等について事前に協議すること

     建築の規模が20戸以上の場合は、教育施設負担金の負担に応じる。開発面積3000平方メートル以上のときは緑地も設置する

     違反したときは市は上下水道その他必要な協力を行わないこともありうる。

 

<行政指導の流れ>

1.建築計画の粗案を作成して予めYと基本的な事項について事前協議する

2.Y備付の定型用紙である事業計画審査願(教育施設負担金の金額、日照障害・テレビ電波障害・工事中の損音振動に関する排除施設及び方法に関する確約書、事業計画の公示板現地設置写真を添付)を審査

3.要件が整っていればこれを承認、要件が整っていなければこれを保留して更に行政指導を行う。

4.事業計画が承認された事業主にはYがこれを通知し、「承認書」を交付

5.承認後20日以内に教育施設負担金等を納付し、その後東京都多摩東部建築指導事務書建築主事に対し、建築確認申請書と友に、事業計画書を提出

6.建築確認を得た後工事に着工

Yは本件指導要綱実施に当り、東京都の欠く関係機関に本件指導要綱の実施につき協力を依頼し、建築確認申請があった場合、受理前にYと協議するよう行政指導されたい旨依頼していた。

 

<参考条文>

行政手続法(平成五年十一月十二日)

(定義)

26  行政指導 行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないものをいう

(行政指導の一般原則)
32  行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、いやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない。
 2  行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない。

 

地方自治法

14条2項 普通地方公共団体は、義務を課し、又は権利を制限するには、法令に特別の定めがあるものを除くほか、条例によらなければならない

223条(地方税)普通地方公共団体は、法律の定めるところにより、地方税を賦課徴収することができる。

244条の2の第1項 普通地方公共団体は、法律又はこれに基づく政令に特別の定めがあるものを除くほか、公の施設の設置及びその管理に関する事項は、条例でこれを定めなければならない。

 

憲法 

41  国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

84  あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする

地方自治法 

 

地方財政法

(割当的寄附金等の禁止)
4条の5  (前略)地方公共団体は他の地方公共団体又は住民に対し、直接であると間接であるとを問わず、寄附金(これに相当する物品等を含む。)を割り当てて強制的に徴収(これに相当する行為を含む。)するようなことをしてはならない。

(市町村が住民にその負担を転嫁してはならない経費)
27条の4  市町村は、法令の規定に基づき当該市町村の負担に属するものとされている経費で政令で定めるものについて、住民に対し、直接であると間接であるとを問わず、その負担を転嫁してはならない

 

建築基準法

第六条         

1  建築主は、第一号から第三号までに掲げる建築物を建築しようとする場合(中略)は、当該工事に着手する前に、その計画が建築基準関係規定(この法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(以下「建築基準法令の規定」という。)その他建築物の敷地、構造又は建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定で政令で定めるものをいう。以下同じ。)に適合するものであることについて、確認の申請書を提出して建築主事の確認を受け、確認済証の交付を受けなければならない。以下略

 建築主事は、第一項の申請書が提出された場合において、その計画が建築士法第三条 から第三条の三 までの規定に違反するときは、当該申請書を受理することができない。

 建築主事は、第一項の申請書を受理した場合においては、同項第一号から第三号までに係るものにあってはその受理した日から二十一日以内に、同項第四号に係るものにあってはその受理した日から七日以内に、申請に係る建築物の計画が建築基準関係規定に適合するかどうかを審査し、審査の結果に基づいて建築基準関係規定に適合することを確認したときは、当該申請者に確認済証を交付しなければならない。

 

宅地開発等に関する指導要綱(昭和46101日から施行)

1.目的 この要綱は、武蔵野市における無秩序な宅地開発を防止し、中高層建築物による地域住民への被害を排除するとともに、これらの事業によって必要となる公共、公益施設の整備促進をはかるため、宅地開発等を行う事業者に対し、必要な指導を行うことを目的とする

2.一般事項 

21 適用範囲 この要綱は、次の各号にかかげる事業に適用する。

(1)   宅地開発事業でその規模が1,000平方メートル以上のもの

(2)   中高層建築物の建設事業で、その建築物が地上高10メートル以上のもの

 22 事前協議 前項に規定する事業を実施しようとする者(以下「事業主」という)は、あらかじめ市長に申し出て、公共、公益施設の設計、費用負担及び日照障害、テレビ電波障害等について、事前に協議し審査を受けなければならない

 23 同意、被害の補償 事業主は、事業により施設区域周辺に影響を及ぼすおそれのあるものについては、事前に関係者の同意を受け、また事業によって生じた損害については、その補償の責を負わなければならない

3.宅地開発事業

 31 道路 

(1)   事業区域内における都市計画道路及び区画道路については、事業主が整備を行い、市に無償で提供するものとする

 32 公園、緑地

(1)   開発面積が3,000平方メートル以上の場合は、事業主は市の定める基準により、開発面積の6%以上10%以内の公園又は緑地を設けなければならない

 35 教育施設 建設計画が20戸以上の場合は、事業主は建設計画戸数1,000戸につき小学校一校、建設計画戸数2,000戸につき中学校一校を基本として、市が定める基準により学校用地を市に無償で提供し、又は用地取得費を不難するとともに、これらの施設の建設に要する費用を負担するものとする

 中高建築物の建設事業

41 日照 事業者は建築物の設計にさきだって、日照の影響について、市と協議するとともに付近住民の同意を得なければならない

42 テレビ電波障害 

(1)       事業主は、付近住民の受けるテレビ電波障害を排除するため必要な施設を、この負担において設置するとともに、その維持管理についても必要な事項を関係者ととりきめるものとする

(2)       事業主は、付近住民の日常生活に迷惑を及ぼさないように建築物に窓の目隠しを施す等の措置をとらなければならない。

 43 緑地 事業主は、建築物の敷地面積の20%以上の緑地を設けなければならない。

 44 工事中の騒音、振動等 事業主は、工事の着手前において、工事中の騒音、振動等について付近住民の了解を得なければならない。

4.その他

 52 この要綱に従わない者に対する措置 この要綱に従わない事業主に対して、市は上下水道等必要な施設その他必要な協力を行わないことがある

 

参考文献

後藤喜八郎 ジュリスト52978

千葉勇夫 民商法雑誌1094.5217

亘理格 ジュリスト102538

碓井光明 地方自治判例百選<2>12

大橋洋一 平成5年重要判例解説45

水上敏 法曹時報482229

判例時報1078

民集472

阿部泰隆 ジュリスト84584

芝池義一 行政法総論講義264