車両制限令上の道路管理者の認定

法学科3年 藤原 俊介 

1.はじめに

最近では国立のマンション訴訟が話題となったが、業者と住民、その間に立つ行政の立場、というのは非常に難しい問題である。住民として、その意見はどこまで尊重されるべきなのか。業者として、その利益はどこまで保護されるのか。行政として、何を中心に考え、その権利行使はどこまで許されるのか?・・・等々。

本判決は、裁量の解釈とともに、行政指導の限界の問題を考えるについて、重要な判決である。

裁量については、学説上、塩野宏先生が提起した「時の裁量」が一般に認められたことで知られる。

行政指導の限界という問題にあたっては、参考判例との比較についても検討してみた。非常に似た事案である2つの判例は、なぜその結論が違うのか?

以下、その点についても検討していきたいと思う。

 

2.判例、最高裁昭和57年4月23日第2小法廷判決

() 事実の概要

上告人(原告・控訴人)は、不動産の賃貸および売買などを目的とする会社である。は、本件6階建共同住宅を建築するため、建設との間で建築工事請負契約を締結し、建設は、本件建物建築工事に必要な建築資材の搬入を鉄筋および運輸に依頼した。

ところで、右建築資材を本件建物建築現場に搬入するために用いる本件各車両が、本件区道との関係で道路法47条4項、車両制限令5条2項に定める車両の幅の制限の基準に抵触し、車両制限令12条による道路管理者である被上告人(中野区)の特殊車両通行認定を受けなければ本件区道を通行することができないため、鉄筋および運輸は、に対し、本件各車両の本件区道の通行について通行認定申請をし、右申請は、昭和48年5月11日、により受理された。しかし、認定に関する処分が行われなかったので、右両社は、昭和48年9月10日、に対し、本件通行認定申請手続に対して、何らかの行為をすることを求めて異議申立てをし、は、右の異議申立てに関し、右両社に対し、折から本件建物建築に対して反対運動を進めていた付近住民との話合いが円満解決し、建築工事が円滑に進められるようになるまで認定を留保する旨を通知した。その後、右両社は、同年10月3日、に対し、再度、同旨の異議申立てをし、は、10月19日、本件通行認定申請に対する認定手続を行った。

そこで、は、車両制限令12条の認定は、の公務員である中野区長の専決事項とされており、本件通行認定申請に対して、区長が5ヶ月余の間通行認定を留保したことは違法であり、これにより工事遅延による損害を被ったとして、国家賠償法1条1項に基づき、に対し、右損害賠償請求訴訟を提起した。

 

 

() 争点

●車両制限令12条に定める認定の性質

Xの主張

本条の規定は、車両の幅等の制限の基準に抵触する車両の当該道路での通行を、道路管理者において一定の要件が存在するものと認定した場合に認める趣旨のものである。そして、道路管理者の認定は、その行為の性質上確認的判断作用であり、道路管理者の裁量は、これを入れる余地がない。すなわち、客観的な経験則に従ってされるべき覊束行為である。

Yの主張

本条にいう認定は、道路管理者の裁量の余地のない確認的行為ではなく、道路管理上の目的すなわち、道路構造の保全および道路交通の安全の確保の範囲内において合目的性の判断余地のある行為であり、法令による一般的禁止を特定の場合に解除することを本質とする行為すなわち、講学上の許可にあたるものである。

 

●Yによる本件通行認定申請留保の違法性の有無

Xの主張

道路管理者としては、同条項に基づく認定申請がされた場合においては、できるだけ速やかにこれを審査し、要件が具備していることが確認されれば、ただちにこれに対して通行認定をすべきである。

Yの主張

付近住民約400名は、本件通行申請がされる以前から、本件建物の規模の縮小を求める活発な建設反対運動を展開していた。特にその代表者は、Yに対する陳情の際、本件各車両が通行する場合には、座込みなどの実力でこれを阻止する旨を明言するなど強硬な反対姿勢を示していた。

Yは、このような状況のもとで本件通行認定申請に対して認定を行うことより、本件各車両が通行の場合に付近住民との間に激しい衝突が生じ、交通の安全が阻害されることが高い蓋然性をもって予測しえたので、原告と付近住民との紛争が解決し道路交通の安全が確保されるまでは認定をすべきではないと判断し、認定留保をしたものである。

また、右認定を留保していた期間中も、道路管理者としての責務を放棄していたのではなく、早期に認定ができるよう種々の努力を重ね、これにより最終的には両者の歩み寄りを実現させ、本件各車両が通行しても実力による衝突が生じない状態にした上、本件通行認定申請に対する認定をした。

以上のとおり、認定留保は住民の安全確保上やむをえないものであり、認定留保中に紛争解決の努力を重ねてきたことも考えれば、違法性がないというべきである。

 

() 第1審判旨(原告請求棄却)

        車両制限令12条に定める認定は「許可」ではなく、「道路管理者に裁量の余地のないもの」である。

        車両制限令12条の認定もしくは認定の却下は、「その性質上できるだけ速やかに行うべきであるから、不相当に長期にわたりこれを留保することは、原則として違法に解すべきである」

        実質的にみても、本件認定留保の理由は、反対住民と原告側との間の実力による衝突を回避するところにあり、車両制限令5条2項の道路の幅員との関係における車両の幅の制限に抵触することにより直接惹起される交通の危険の回避にはなかったので、右認定留保は本来許されないというべきである。

        しかし、次の理由によりその違法性は阻却される。「ところで、地方公共団体は、日常法令に基づく種々の事務処理を行っているが、これについては、単にその直接の根拠となる法令等のみではなく、これと密接に関連する他の法令等の要請をも考慮して行うべきことは当然であって、たとえ他の法令等の不遵守があっても、他の法令等の要請を実現するため根拠法令等を遵守することが困難でありやむをえないときには他の法令等の要請の内容、実現の方法の相当性等に照らし、根拠法令等の不遵守による違法性が阻却される場合もありうるというべきである」

本件において、Yは、Xと附近住民との道路上での衝突を回避することによりその地区の秩序の維持と地域住民の平穏を図り、地方公共の秩序を維持すべき権限と責務を負っていたのであり、これを本件認定をなすべき責務に優先させることはやむをえない。さらにYが種々斡旋等に努力したこと、Xも話合に応じていたことなどを考慮すると、認定留保の措置は相当であった。

 

() 第2審判旨(控訴棄却)

第一審と同旨のため、省略

 

() 最高裁判旨(上告棄却)

 道路法47条4項の規定に基づく車両制限令12条所定の道路管理者の認定は、同令5条から7条までに規定する車両についての制限に関する基準に適合しないことが、車両の構造又は車両に積載する貨物が特殊であるためやむを得ないものであるかどうかの認定にすぎず、車両の通行の禁止又は制限を解除する性格を有する許可(同法47条1項から3項まで、47条の2第1項)とは法的性格を異にし、基本的には裁量の余地のない確認的行為の性格を有するものであることは、右法条の改正の経緯、規定の体裁及び罰則の有無等に照らし明らかであるが、他方右認定については条件を附することができること(同令12条但し書)、右認定の制度の具体的効用が許可の制度のそれと比較してほとんど変るところがないことなどを勘案すると、右認定に当たつて、具体的事案に応じ道路行政上比較衡量的判断を含む合理的な行政裁量を行使することが全く許容されないものと解するのは相当でない。
 これを本件についてみるのに、原審の適法に確定したところによれば、被上告人の道路管理者としての権限を行う中野区長が本件認定申請に対して約5か月間認定を留保した理由は、右認定をすることによつて本件建物の建築に反対する附近住民と上告人側との間で実力による衝突が起こる危険を招来するとの判断のもとにこの危険を回避するためということであり、右留保期間は約5か月間に及んではいるが、結局、中野区長は当初予想された実力による衝突の危険は回避されたと判断して本件認定に及んだというのである。右事実関係によれば、中野区長の本件認定留保は、その理由及び留保期間から見て前記行政裁量の行使として許容される範囲内にとどまるものというべく、国家賠償法1条1項の定める違法性はないものといわなければならない。

() 最高裁の理論構成

本判決中の「具体的事案に応じ道路行政上比較衡量的判断を含む合理的な行政裁量」をどのように解するか

 

・時の裁量

(行政行為を行う時期についての裁量)

学説上、本判決は、「いつ認定するか」についての裁量(時の裁量)を認めた例として理解されている。すなわち、工事車両の安全通行を確保するという道路法上の目的を、認定処分を出す時期を遅らせることによって達成しようとしたというわけである。つまり、中野区長は、道路法上の権限行使にあたって、「いつ認定するか」の裁量を行使した結果、即時あるいは一ヶ月後というのではなく、実力衝突の危険のない状態を自ら行政指導することで作り出し、その状態が達成された時点をもって認定すべき時点とするという選択肢を選び取ったということである。

※ しかし、この判例では、時の裁量として考慮してよい事項として、紛争の激化防止があげられているが、これは当該認定行為の根拠法条とは直接関係のない事柄であり、およそ一般的に行政行為をするに当たって紛争回避考慮権限があるといってよいかどうかは、問題となるところである。

 

・要件裁量

本判決は、路上での衝突の危険性が大きいようなケースでは特殊車両通行認定申請を拒否しうるという趣旨とみることができる。

この場合、認定処分の遅延が問題となる。すなわち、拒否処分をなしうる場合に、直ちに拒否処分をすることなく、認定処分を行いうるように行政指導を実施し、実力による衝突の回避を図るべく努力していたということになる。そして、上記の危険が回避された時点で認定の要件が充足され、認定が行われたということになる。

 

() 原審判決と最高裁判決の理論構成の違い

原審判決は、車両制限令12条に定める認定については道路管理者に裁量の余地はなく、本件認定留保は同条に違反するが、Yが地方公共団体として負う地方公共の秩序維持の責務に優先させることはやむをえないから、同条の不遵守による違法性は阻却されるとする。

これに対し、最高裁判決は、車両制限令12条所定の道路管理者の認定は、基本的には裁量の余地のない確認的行為の性格を有するが、右認定に当たって、具体的事案に応じ道路行政上比較衡量的判断を含む合理的な行政裁量を行使することが全く許容されないものと解するのは相当ではないと判示している。

 

3.参考判例(最高裁昭和60年7月16日第3小法廷判決)

行政指導による建築確認の留保(行政百選110事件)

() 事実の概要

         X(被上告人)は、昭和47年10月28日本件マンション建築確認の申請をしたところ、付近住民からのマンション建設絶対反対の陳情書を受けた東京都Y(上告人)の紛争調整担当職員から、本件建築物の建築に反対する付近住民との話合いにより円満に紛争を解決するようにとの行政指導を受けた。それ以降付近住民と十数回にわたり話合いを行い、右職員の助言等についても積極的かつ協力的に対応するとともに、上告人の適切な仲介等を期待していた。

         ところが、Yは、翌昭和48年2月15日に、同年4月19日実施予定の新高度地区案を発表し、2月15日以降の行政指導の方針として、右時点で既に確認申請をしている建築主に対しても新高度地区案に沿うべく設計変更を求める旨及び建築主と付近住民との紛争が解決しなければ確認処分を行わない旨を定め、同月23日Xに対しても設計変更による協力を依頼するとともに、付近住民との話合いを更に進めることを勧告した。

         Xは、このまま住民との話合いを進めても右新高度地区の実施前までに円満解決に至ることは期し難く、その解決がなく確認処分を得られないとすれば、新高度地区制により確認申請に係る本件建築物について設計変更を余儀なくされ、多大の損害を被るおそれがあるとの判断のもとに、もはや確認処分の留保を背景として付近住民との話合いを勧める上告人の行政指導には服さないこととし、同年3月1日、東京都建築審査会に本件確認申請に対する不作為の違法を理由として審査請求の申立をした。

         しかし、その後もXと付近住民との話合いは継続され、結局、Xは建築審査会の採決を待っていたのでは新高度地区案による高度制限を受けざるを得なくなるおそれがあるため、同年3月30日金銭補償によって住民との間の紛争を解決するとともに、4月2日に審査請求を取り下げ、Yの建築主事は本件申請についての建築確認処分をした。

         Xは、Yの建築主事には建築確認申請について建築基準法6条所定の期間内に応答すべき義務があり、中断通知をなした場合であっても審査が終了次第直ちにその結果を通知すべきであって、審査が終了しているにもかかわらず付近住民との話合いを権力的、強制的に行政指導し、その期間建築確認処分を留保するのは違法であるとして、確認留保期間中の請負代金増加額及び金利相当額の損害賠償を請求した。

         第1審はXの請求を棄却したが、第2審は建築審査会に対する審査請求以降のYの建築確認留保を違法とした。

 

() 判旨(上告棄却)

建築確認処分自体は基本的に裁量の余地のない確認的行為の性格を有するものと解するのが相当であるから、処分要件を具備するに至った場合には、建築主事としては速やかに確認処分を行う義務があるといわなければならない。しかしながら、建築主事の右義務は、絶対的な義務であるとまでは解することができないというべきであって、諸般の事情から直ちに確認処分をしないで応答を留保することが法の趣旨目的に照らし社会通念上合理的と認められるときは、その間確認申請に対する応答を留保することをもつて、確認処分を違法に遅滞するものということはできない。

規定(地方自治法二条三項一号、七号、建築基準法等)の趣旨目的に照らせば、関係地方公共団体において、当該地域の生活環境の維持、向上を図るために、建築主に対し当該建築物の建築計画につき一定の譲歩・協力を求める行政指導を行い、建築主が任意にこれに応じているものと認められる場合においては、社会通念上合理的と認められる期間建築主事が申請に係る建築計画に対する確認処分を留保し、行政指導の結果に期待することがあつたとしても、これをもつて直ちに違法な措置であるとまではいえない。

右のような確認処分の留保は、建築主の任意の協力・服従のもとに行政指導が行われていることに基づく事実上の措置にとどまるものであるから、建築主において自己の申請に対する確認処分3を留保されたままでの行政指導には応じられないとの意思を明確にしている場合には、かかる建築主の明示の意思に反してその受忍を強いることは許されない筋合のものであるといわなければならず、建築主が右のような行政指導に不協力・不服従の意思を表明している場合には、当該建築主が受ける不利益と右行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量して、右行政指導に対する建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情が存在しない限り、行政指導が行われているとの理由だけで確認処分を留保することは、違法である。

したがって、いつたん行政指導に応じた場合でも、右協議の進行状況及び周囲の客観的状況により、行政指導にはもはや協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明し、当該確認申請に対し直ちに応答すべきことを求めているものと認められるときには、他に前記特段の事情が存在するものと認められない限り、それ以後の右行政指導を理由とする確認処分の留保は、違法となる。

 

() 本判決との比較

同じような2つの事案において、なぜその結論が異なるのか?

 

宇賀説

本判決と参考判例は、行政指導を継続して許認可等を留保することが違法となる基準について、異なった判断をしているようにもみえるが、参考判例も、審査請求提起後の建築確認留保がただちに違法となると判示しているわけではなく、一定の留保を付した上で、かかる特段の事情はないと判断したのである。

本判決は、参考判例が、行政指導を継続し、処分を留保しうる場合として挙げていた「当該建築主が受ける不利益と右行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量して、右行政指導に対する建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情が存在し」た場合にあたると認定したとみることができる。

すなわち、本判決は、特殊車両通行認定を留保しなかったら、周辺住民と建築主の間の実力による衝突の危険があったという区長の判断を是認しているので、参考判例よりも調整的行政指導の必要性が大きい事案であったとみることができる。そうすると、異議申立て後も、なお実力による衝突の危険が存在したので、認定留保を違法としない特段の事情があり、実力による衝突の危険が回避されて直ちに認定を行ったので、全体として違法でないと判示したとみることもできる。

このように解すると、本判決と参考判例の間には、齟齬がない。

 

中川説

アプローチの手段が違う。

最高裁の意図として考えられるのは、本件による指導は中野区によるもので、(参考判例における)東京都による建築あっ旋とは別に路上の実力衝突を回避する目的で行われていたものであって、建築主と付近住民の間の住環境をめぐる建築紛争それ自体を収束させようとするものではなかったようである。

だから、本判決は参考判例のようなアプローチは使いにくかったと言える。

 

4.判例の評価

肯定派

園部説

     本件における認定は、講学上の許可とも確認とも割り切ることのできない性格を持っており、本件認定に条件を附することができるというような確認行為としては変則な制度を設けているのもそのあらわれとみることができ、原判決の条件に関する判断も、そのように変則な条件規定の解釈として理解することができる。

     認定の法的性格について許可の性格を有しないので裁量性が全くないものであると定義してしまうのは概念的で行政の現実から遊離しており、実務上の解釈としては、事案に即したより柔軟な対応もありうると思われる。理論上も、確認を法律行為的行政行為と見る考え方もあるのであるから、講学上の許可であれば裁量性があり、許可でない確認的判断作用であれば裁量の余地が全くないとするのも概念的かつ形式的に過ぎるといえないことはない。

     本件は建築公害とこれに対する付近住民の反対運動との関係でYとしては適切な行政上の規制権限がないために苦肉の策として認定留保の手段をとったもので、この程度の行政裁量が全く認められないとすると、行政の遅延による損害賠償をおそれるあまり杓子定規な融通のきかない行政におちいらせ、建築行政の最前線にある当局にみすみす紛争の招来を座視することを認めることになる。

厳格な文理解釈により損害賠償を認めるか、あるいは合目的的解釈により本件認定留保そのものを適法であるとするか、比較衡量の問題と思われる。

本件は後者をとったものである。

 

否定派

杉村説

     認定の法的性質については、許可と異なり、判断の表示行為であることは、同条が、「当該認定に係る事項については、第5条から第7条までに規定する基準に適合するものとみなす」と定めていることから明らかである。

     車両制限令12条に基づく本件認定は車両の幅の制限の基準抵触にかかわるものであり、仮に、本判決がいうように、右認定については条件を附することができ、右認定の制度の具体的効用が許可の制度のそれと比較してほとんど変わるところがないとしても、また、それ故、裁量の行使が許容されうるとしても、これらは、いずれも、車両の幅の制限の基準抵触にかかわるべきはずのものであり、実力による衝突の危険の回避は、事実上、考慮せざるをえないにしても、それは車両の幅の制限の基準抵触より直接生じる交通の危険とはいえず、本来、同条の全く予想しないところであることは同条の規定から明らかであり、さらには、同条に定める認定は判断の表示である確認行為であって、本来、道路管理者は、同条に定める要件事実が存在すると判断するかぎり、認定を留保することは許されず、本判決が認定につき行政裁量の行使を許容する理由付けにも、原審判決で一部説示しているように、疑義があるからである。この点、本判決には原審判決に比較して無理があると思える。

 

5.考察

本件判決においての結論、つまり行政側の勝訴という結果は、業者と付近住民との衝突という危険を避けるためであったことを考えれば、妥当であったようにも思われる。しかし、果たしてその論理構成として正しかったのか、に焦点を当てて見たとき、疑問を抱かずにはいられない。

まず、確認の性質については、特に異論はない。そこに裁量を認めるとする結論にかわりはないからである。そもそも裁量というものは、行政の運営において必要不可欠なものであり、それが非常に大きな役割を果たしていることは周知のとおりである。

問題は本件最高裁判決が、根拠法規に基づかない範囲にも別段の事情があれば裁量が及ぶ、とする点にある。裁量の目的が、本来車両制限の問題なのに対し、住民の安全に配慮した結果として認める、ということになっているのである。裁量の幅をここまで広げてよいのだろうか?前例をここまで認めてしまうことは、行政庁の規制的行政行為の行使の幅を大きく許すことになり、その暴走に対しても救済されなくなるという事態に発展しかねない。

では、どういうプロセスにおいて認めるべきだったのだろう?

そこで、本件事例において、参考判例である昭和60年判決のアプローチをあてはめて考えてみたい。

まず、確認の留保については、「行政指導を行われ、建築主が任意にこれに応じているものと認められる場合には、確認処分を留保することが直ちに違法な措置であるとまではいえない」ということから認められる。

仮に本件の建築業者がこれ以上行政指導に従わないことを宣言したとしても、住民との間に「実力による衝突の危険」が存在していたことを考えれば、それが「当該建築主が受ける不利益と右行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量して、右行政指導に対する建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情が存在」した場合であるといえる。つまり、認定留保は許されるという結論を導くことができるのである。

 

では、この60年判決のアプローチがなぜいいのか?

60年判決のアプローチ

・確認の性質→原則  速やかに処分を行う義務 = 裁量なし

例外  社会通念上合理的なとき → 裁量あり

     ↓

・相手方の不服従の意思表示がある

原則                      → 行政指導、不可

例外  拒否が社会通念上正義の観念に反する場合 → 行政指導、可

     相手方の拒否が正義の観念に反する場合は、相手方の不利益と行政指導の公益を比較して判断。

 

一方、本件判決(57年判決)を見てみる。

     一,二審判決

「根拠法令等を遵守することが困難でありやむをえない」

「他の法令等の要請」

「実現の方法の相当性」

が満たされれば違法性は阻却される。 →裁量を認める

 

     最高裁判決

「具体的事案に応じ道路行政上比較衡量的判断」によって裁量を認める。

 

以上の点からも、60年判決の方が、絞り込むことで裁量の幅を狭め、かつ判断基準を明確にしていることがわかる。

 

6.まとめ

本判決を調べる中で、これは非常に難しい問題であると実感させられた。それは両者、つまり建築業者と住民、双方の立場にとって良い結論を模索することが難しいのである。その利害が相対立するような本件事案のような場合、もし私が行政の立場であれば、どちらの立場にたつべきなのか?また、仮に私が裁判所の立場であれば、どういう結論を導くべきなのか?

これは簡単には結論を出せない問題である。

もともと、個人的には、区役所(行政)は住民側にあるべきである、というスタンスをもっている。しかし、本当の住民のため、とはどういうことなのか?住民のためを考えればその街の発展を考えることも行政の役目なのではないのか?

マンションの建設は住民の増加につながり、その街の活性化に働く。それを喜ぶ商店街のような立場の住民もいれば、静かな雰囲気を好んでその街に住んでいた住民のように反対する立場もあるだろう。どちらの立場にたつのか、行政はその判断を下さなければならない。

理想の街づくりとは何なのか?

行政として何をすべきなのか?

 

司法が判断するのは、今の状況である。住民が求めるのは、今の利益だろう。だが、行政は10年後、20年後の街づくりを視野に入れて考えていかなくてはならない。

私の生まれ育った兵庫県西宮市は、かつては年齢層の若い町だったという。居心地のいい町である。彼らは住み続けた。しかし、数十年という月日の経過とともに、彼らは歳をとり、西宮市は老人の町になった。年金で暮らす老人達からの税収はあまり期待できない。西宮市は衰退の道を進みつつある。

旧住民の意見を尊重することは大事かもしれない。だがそれは、その街の10年後、20年後を考えた時に必ずしも正しいことではない。

長い目と、広い視野でその街の将来について考え、計画していかなければならないのは、他ならぬ行政の責務であろう。

その行政の将来計画の中で、不満のある住民がいたとしても、行政の街づくりの前に、個人のエゴが制限されることは、仕方のないことなのかもしれない。

 

 

(参考文献)

千葉勇夫・行政判例百選Ⅰ 66事件

三辺夏雄・行政判例百選Ⅰ 110事件

杉村敏正・行政判例百選Ⅰ(第2版)52事件

東孝行・判例タイムズ373号50頁

山田幸男・判例評論257号16頁

園部逸夫・法曹時報35巻4号203頁

木村実・判例評論290号21頁

宇賀克也・国家補償法196頁

宇賀克也・行政手続法の解説152頁

コンメンタール行政法Ⅰ 219頁

中川丈久・行政手続と行政指導 283頁

塩野宏・行政法Ⅰ 103頁、109頁

芝池義一・行政法総論講義