毒物劇物輸入業の登録 ~登録拒否の可否~

法学科3年 石崎 彩弥香 

1.序

この事件では、毒物及び劇物取締法、いわゆる毒劇法においての登録拒否の可否について検討する。

毒劇物の輸入業者である原告は、ストロングライフという、催涙在を使用した護身用具を輸入・販売していた。ところが同法の改正によって、催涙成分であるブロムアセトンが同法所定の劇物に該当してしまったため、輸入・販売業者として登録をしようとしたところ、行政側が行政指導のようなことを繰り返し、最終的には原告の登録を拒否したというのが本件である。

本件の護身用具は、使用者に有益である一方、保健衛生上の危険性を有している上、その悪用によって社会問題を発生させる危険をも含んでいる。このような場合、輸入・販売を許可して業者側の経済的自由権を優先するべきなのか、それとも保健衛生という観点から国民全体の生存権を優先すべきなのか。

本件では最終的に登録拒否を認められていないが、この結論に至るまでの考え方、特に解釈の始まる視点について、判例や従来・現在の学説で適当か、また妥当な解決を導き出せるのかという疑問をテーマにしたい。

 

2.事実の概要

本件は、前記法所定の劇物とされた催涙剤ブロムアセトン(ブロモアセトンとも呼ばれる)の稀釈液をポケットサイズのカートリッジに入れ、霧状に噴射し、相手を開眼不能にさせる護身用具(商品名ストロングライフ)をドイツから輸入しようとしたX(原告・控訴人・被上告人)が、昭和41年6月に、毒物及び劇物取締法(以下、単に法という)3条2項・4条1項に基づき、厚生大臣Y(被告・被控訴人・上告人)に輸入業の登録(以下、単に登録という)申請をした。Yは、昭和44年5月に至り、ストロングライフは、劇物であるその内容液を人又は動物の眼に噴射し、その薬理作用によって永続的なものではないとしても諸種の機能障害を生じさせ、開眼不能の状態にさせるものであり、それ以外の用途を有しないものであるとの理由で、輸入業の登録を拒否する処分を行った(以下、単に登録拒否という)。そこでXが、本件の登録は羈束行為としての許可であり、法所定の拒否事由が存しないのに登録を拒否したのは違法であるとして、Yのした登録拒否処分の取消しを訴求したものである。

 

3.第一審判決(東京地判昭和50625日)

「法規は、一定の人的欠格事由をあげるほか、もっぱら毒物及び劇物の貯蔵、運搬などの設備が不備であることあるいは管理の体制が不十分であることを持って登録拒否事由としている。しかし、右規定の仕方を見ると、前記の一般的な禁止を解除するにつき解除要件をかけ、それを充足するときは積極的に登録すべきものとして規定しているのではなく、いわば消極的な面から登録拒否自由を掲げるという形式をとっている。したがって、右登録拒否自由に該当すれば、登録が拒否されることになるのは当然であるけれども、毒物及び劇物につき、保健衛生上の見地から必要な取締りを行うことを目的としている法の趣旨に照らし、右登録拒否事由がなければいかなる場合でもそれだけで直ちに当該登録申請を許可すべきものとは必ずしもいえないのである。」

「法5条、規則4条の4が専ら設備の不備をもって登録拒否事由としたのは、…保健衛生上の危害の発生の可能性が強いと考えられる場合のみをかかげたのであって、…法の目的、趣旨にかんがみると、必ずしも登録拒否の場合をそれだけに限定する趣旨のものと解する事はできない。」

登録「拒否事由はなんら存しないけれども、…右事由が存する場合と同程度あるいはそれ以上に保健衛生上の危害発生の危険性が予測されるような場合などには、法が毒物及び劇物の取締りを行う目的、趣旨に照らし、厚生大臣としては、法5条、規則4条の4を類推適用して当該品目につき輸入業などの登録を拒否することができるものと解するのが相当である。」

法の規定の仕方が消極的形式をとっていることから、登録拒否事由がなければ常に登録がなされるという趣旨とはいえない。

 

4.第二審判決(東京高判昭和52922日)

「もともと、毒物または劇物といえども、本来は、何人も、自由にこれを製造したり輸入したり、販売したりできるはずである。…法の規定が設けられるに至ったのは、…その危険を防止するため、法は、その製造、輸入、販売を業として行うことを一般的に禁止し、一定の要件を具備する申請人に対してのみ営業の登録を認め、適法に毒物または劇物を取り扱うことができるとしたものである。したがって、同法にいう「登録」は、講学上の広い意味における「許可」に相当し、申請人に対し右の一般的禁止を解除して適法に当該行為をなし得る自由を回復せしめるものであ」る。

「職業選択の自由は憲法の保障するところであって、」同法は「国民の営業の自由を制限するものであるからかかる自由の制限は、必要最小限度にとどめるべきである。また普通の許可にあっては、許可を与えるべきかどうかについて行政庁に或る程度の裁量の余地が残されている場合もあり得るが、登録にあっては、その性質上、法律の定める要件を具備する申請人に対しては、登録を拒否することができない拘束を行政庁に課する趣旨が含まれているものと考えるべきである。したがって、法5条は、登録の申請を拒否し得るばあいを、…設備が同法施行規則4条の4所定の基準に適合しないと認められるときだけに限定」している。

「このことは、法5条が…消極的な規定の仕方をしているということによって、左右されるものではない。」

「法は、…販売業をも規制しているので、…その販売方法に適切な条件を附すること等により危害を未然に防止するものというべきで」あり、設備基準の適合性から登録が拒否される場合以上の保健衛生上の重大な危害が発生する可能性があったとしても、「それは、所詮、立法の問題であって、」第一審判決のような「類推解釈を導き出すことは、前記登録制度の趣旨に徴し、現に許されないところ」である。

本件「カートリッジが法5条の「設備」に当たるという…見解のとり得ないこと」は明らかである。

 

5.最高裁判決 (昭和56226日、第一小法廷)

「同法は、毒物及び劇物の製造業、輸入業、販売業の登録については、登録を受けようとする者が前に登録を取り消されたことを一定の要件ものとに欠格事由としているほかは、登録を拒否しうる場合をその者の設備が毒物及び劇物取締法施行規則4条の4で定める基準に適合しないときだけに限定して」いる(5条)。

「毒物及び劇物の具体的な用途については、同法2条3項にいう特定毒物につき…(3条の2第4項)、及び(3条の2第5項)を定めるほかには、特段の規制をしていないことが明らかであ」る。「他方、人の身体に有害あるいは危険な作用を及ぼす物質が用いられた製品に対する危険防止の見地からの規制については、他の法律においてこれを定めたいくつかの例が存するのである(例えば、食費衛生法、薬事法、有害物質を含有する家庭用品の規制に関する法律、消費生活用製品安全法、科学物質の審査及び製造等の規制に関する法律等…。)。」つまり「毒物及び劇物取締法それ自体は、毒物及び劇物の輸入業等に対する規制は、専ら設備の面から登録を制限することをもって足りるもの」である。「どのような目的でどのような用途の製品に使われるかについては、前記特定毒物の場合のほかは、直接規制の対象とはせず、他の個々の法律がそれぞれの目的に応じて個別的に取り上げて規制するのに委ねている趣旨であると解するのが相当である。」

 

6.検討

それぞれの判例の解釈の要旨をまとめると、以下の通りである。

 

第一審

・法は消極的事由を列挙する形式をとっている。

・法5条、規則4条の4は限定列挙ではない。

・法の目的は設備面の規制のみではなく、保健衛生上の見地からの取締りをも含んでいる。

→登録拒否事由に該当しないからといって直ちに登録をしなければならないわけではない。(行政裁量の余地を認めるということか。)

・法5条、規則4条の4を類推適用して登録拒否をすることは許される。

→登録拒否事由と同程度かまたはそれ以上の危害の発生の予測があればよい。

 

第二審

・本件登録は講学上に言う警察許可にあたる。

・法5条、規則4条の4は限定列挙である。

・限定列挙であるということは法が消極的事由の列挙という形式をとっていることに左右されない。

・保健衛生上の問題は立法の問題である。

・法5条、規則4条の4を類推適用して登録を拒否することは許されない。

 

最高裁

・法5条、規則4条の4は限定列挙である。

・法の目的は専ら設備面での規制である。

→具体適用との規制は個別法に委ねる趣旨である。

・本件カートリッジは同法にいう設備には当たらない。

 

第一審や被告たるYは、法を人の生命健康の保障という保護法駅論を基盤においた積極的行政概念で捉えているのに対し、第二審は伝統的な警察法的思考で、最高裁はさらに厳格な警察法的思考で捉えようとしたといわれている。そこで、解釈の切り口となる視点の違いから三つの判決の争点をまとめると、以下の様になる。

 

A.登録の性質からのアプローチ

     法5条、規則4条の4は登録拒否事由の限定列挙か。

     ①は法が消極的事由の列挙という形式をとっていることに起因するのか。

B.法の目的からのアプローチ

     法は設備面の規制のみを意図しているのか。(1条にいう保健衛生上の見地からの取締りは意図していないのか。)

     法の目的に照らし、法5条、規則4条の4を類推適用することは許されるのか。

C.法の個別の条文、列挙事由からのアプローチ

     本件登録の講学上の性質は何か。

     裁量の許される行為なのか。

D.その他

     本件カートリッジは法に言う設備に該当するのか。

 

視点の広さから考えると、①が最も広く、下に行くにしたがって狭くなり、⑦が最も狭い。

この争点についての解釈を整理すると、以下の表になる。(-:判断なし)

 

 

第一審

×

×

第二審

×

×

警察許可

×

第三審

×

 

これらの判例に対する批判としては、以下のようなものが挙げられる。

 

第一審

・類推適用という言葉がどういう意味合いか不明瞭である。

・類推適用ではなく類推解釈ではないか。

類推解釈は法自体から演繹的に導き出され、裁量の問題ではないのに対し、類推適用は法の解釈が定まった上で、行政庁がいかなる処分をなしうるかの問題ではないか。

・行政庁の恣意の抑制という観点からは問題が残る。

 本来は全く裁量の許されるべきでない行為であっても、そこに新たに裁量の余地を生み出してしまう可能性がある。

・そもそも法の制定形式が裁量の余地を決定付けるのか。

 

第二審

・警察法的思考では、目的条項の軽視が問題になる。

・本件登録は公証行為にあたるのではないか。

・羈束行為であっても直ちに裁量の余地なしとは言い切れない。

 さらに近時の相対説から考えて、反対に、消極的な定め方をしていても羈束行為となりうることもある。

・同じ警察許可の中でも、裁量の幅が均一とは限らない。

 

最高裁

・第一審、第二審の大きな争点のひとつである、本件登録の講学上の性質もしくはその裁量の余地についての解釈を避けている。

・法5条、規則4条の4から直ちに法の趣旨・目的を設備面からの規制に限定したのは問題である。

 1条の「法の目的」は無意味な規定なのか。

・警察法思考の徹底により、事前に行われていた保健衛生上の見地から、行政指導や販売登録に附款を付すといった手段も取れなくなる。

・判例に挙げられた個別法によっては本件のような護身用具は規制できないのではないか。

・個別法の存在の有無はそもそも前提問題か。

 警察法的思考で徹底すれば、他に個別に規制する法の存在は関係ないはずではないか。

 

7.学説の見解

宇賀説

・法5条、規則4条の4は限定列挙である。

法4条によって製造所、営業所、店舗ごとの登録になっている。

法5条は製造、輸入、貯蔵、陳列、運搬の瑕疵の防止を目的としていることは明らかである。

・法の目的は具体的用途の規制ではない。

銃刀法の厳格な譲渡規制に比べ、非常に消極的である。

特定毒物については、法の改正により新たに所持目的の規制が設けられたにもかかわらず、それ以外の毒劇物については依然改正がなされていない。

・法5条、規則4条の4の類推適用は、設備に関する範囲でのみ可能である。

法の目的が前述のように設備面での規制に限られているところから。

具体的用途に関する規制については、本件護身用具に劇物が含まれているということからではなく、それがまさに人または動物に危害を加えることを本来の用途とし、それ以外に社会生活上有効な用途を有しない、「性質上の兇器」であるという観点から行われるべき。

・特定毒物のように、新たに所持目的に規制を設けるべき。

これがあれば保健衛生上の見地からの規制は不可能ではない。

 

下山説

・行政側の「指示」を活用する。

本件登録が拒否される前に、行政庁の職員から数回にわたって行われていたという事実がある。一種の行政指導と考えられる。ただし、保健衛生上の見地から行われたことが明らかであるため、最高裁の考え方に徹すれば、この指示の内容はその解釈に反するものになる。

・保健衛生上の見地からの規制は販売登録に附款を付すことで行う。

二審判決意見の中にも現れている。最高裁の考えによるならば、やはりこれも否定的。

・法の目的は国民の生命・健康の保護である。

目的条項である1条から明らか。

・法5条、規則4条の4は限定列挙とは言い切れない。

法の保護法益が保健衛生である以上、有害なものの禁止解除(本件では登録)にはそれ以上の保護法益が必要で、その保護法益が同じく保健衛生上からのものであれば、必ずしもその禁止解除の要件が個別的に明示されていなくともよい。

 

新村説

・個別の条文を総合的に見て判断する。

 1条、3条、3条の2、3条の3,3条の4,11条、12条、13条、13条の2、14条、15条、15条の2から。

・他の法律との比較

具体的用途については他に個別の法律が存在しいている。

特定毒物以外は具体的用途に関すると件の規制がないことが条文から明らかである。

・法の目的は具体的用途の規制ではない。

・保健衛生上の見地から登録拒否をすることは許されない。

立法を待つべき。

 

林説

・本件登録は公証行為にあたる。

 

原田説

・法の目的はもっぱら設備面からの規制である。

・保健衛生上の見地から登録拒否することは許されない。

法治行政の原理の観点から、法の予想しない公益目的と結合させて国民の自由を権力的に抑制することは許されない。

 

細川説

・行政庁を拘束する法に条理を含めて解釈する。

制定者意思の尊重。

・法の目的は国民多数の生命身体の安全確保にある。

・法の目的を積極的に実現すべく解釈すべき。

 

解釈のための視点として、判例の取っていないものを挙げると、「性質上の兇器」という観点から具体的用途に関する規制を行うとする宇賀説、保護法益の比較考量をする・行政指導を活用する・販売方法に附款を付すとする下山説、法5条、規則4条の4だけではなく個別の条文を総合的に見て判断する新村説、法治行政の原理から考える原田説、行政庁を拘束する法に着目する細川説がある。

 

8.私見

結論として、登録拒否を適法とすることには賛成である。その主な理由は悪用防止である。しかし、現在の法の条文からは、その趣旨・目的は主に設備面の規制であると読み取らざるをえないと考える。

この矛盾を解決すべく思案してみると、まず、言葉尻のみにとらわれすぎている感があるので、法の制定形式から裁量の余地を判断する視点には賛成しかねる。第一審に言う類推適用は、その文言自体の意味が不明瞭である上、その手法においても限界を感じる。近時の相対説から考えて、第二審は本件登録を羈束された許可としているが、それ故直ちに裁量の余地がないとすることに疑問を感じる。列挙された登録拒否事由のみから法の趣旨・目的を導き、目的条項を考慮していない最高裁の考え方にも賛成しかねる。

もっとも賛同できるのは宇賀説である。目的条項と、専ら設備面のみに関する登録拒否事由のギャップを埋めるため、保健衛生上の見地から、新たに毒劇法の内部に所持目的に規制を加えるというのは、法の自己矛盾の解消としてよい手段だと思われる。それができない場合には、具体的用途に関しては、本件のような護身用具がその内容物に劇物を含むからという理由ではなく、それが性質上の兇器であり、また悪用防止という本来の規制目的の観点から、別の立法によって規制を行うべきだと思われる。

判例・学説の手法の限界を感じる事例である。

 

(参考文献)

宇賀克也・法学協会雑誌9911154

篠原一幸・行政関係判例解説(1981年)64

下山瑛二・民商法雑誌855102

新村正人・法曹時報3511189

園部逸夫・裁判行政法講話(1988年)16

林修三・時の法令111247

原田尚彦・判例評論27119頁(判例時報1007165頁)

東平好史・昭和56年度重要判例解説(ジュリスト768号)40

細川俊彦・法律のひろば31374

村上義弘・民商法雑誌86498

山村恒年・自治研究602111

別冊ジュリスト行政判例百選Ⅰ第4版(No.15019992月)

芝池義一・行政法総論講義

図解による法律用語辞典(全訂版、自由国民社)

第一審判決:行集266842

第二審判決:行集2891012

最高裁判決:民衆351117頁(昭和52年(行ツ)第137号輸入登録拒否処分取消請求事件)