地下道新設に伴う石油貯蔵タンクの移転と補償
法学科3年 絹野 真奈美
1.はじめに
損失補償とは、適法な行政活動により私人に特別な犠牲が加えられた場合、その損失を補償するものである。現代の行政活動を円滑に行うためには、損失補償はなくてはならないものである。今回この判例を選んだのはそんな損失補償に興味をもったからである。
2.判例
(1) <事実の概要>
Y(モービル石油株式会社、被告、被控訴人、被上告人)が、高松市の中心部の国道11号線と県道との交差点に面する土地でガソリンスタンドを経営していたところ、X(国、原告、控訴人、上告人)が右国道の改築工事として地下横断歩道(以下本件地下道とする)を設置した。その結果、右ガソリンスタンドの地下に埋没していたガソリンタンク(以下本件旧タンクとする)が本件地下道から水平距離10メートル以内に位置することとなり、本件旧タンクの設置状況が消防法10条4項及び危険物の規制に関する政令13条1項1号イの定める基準に適合しなくなって警察違反の状態を生じた。
このためYは本旧タンクを移設し本件地下道から水平距離10メートルを超える間隔をとることによって右の警察違反の状態を解消した。
そしてYは、四国建設局長に対し(道路法97条の2)、本件旧タンクの移設費用につき道路法70条1項の規定による損失補償の協議を求めた。しかし同建設局長は、道路法70条1項は同項が列挙するような道路工事に伴う物理的障害に基づく損失についての補償を定めたものであり、それ以上に出て本件におけるような法規制上の障害に基づく損失についての補償まで定めたものではないとして、右補償要求の協議に応じなかった。
そこでYは道路法70条4項の規定に基づき香川県収用委員会に裁決の申請をしたところ、同委員会は建設大臣に対し本件旧タンクの移設費用907万円余を損失補償金としてYに支払うべき旨の裁決をしたため、国は右裁決には道路法70条1項の解釈を誤った違法があるとして、その取消しと損失補償金支払義務の不存在の確認を求め、本件訴えを提起した。
(2) <第一審判決> 原告請求棄却(高松地裁昭和54年2月27日判決)
道路法70条1項の規定は、「憲法29条の保障する損失補償制度の一つであり、公共事業としての道路の新設又は改築によって、当該道路に面した土地所有者にみぞ、かき、さくの設置等土地使用上の損失を与えた場合、その損失が道路の新設ないし改築と相当因果関係にあり、かつ、本人に、損失を負担させることが社会通念上、受忍の限度を超えていると認められる時には、道路管理者において損失の補償をなすべきことを定めたものと解するのが相当である。そして、右法意に鑑みると、同条は、道路の新設又は改築に起因する損失として、みぞ、かき、さく、その他の工作物の設置、移転等道路面と隣接土地間の高低差など物理的障害に基づく損失を例示として挙げるが、単に物理的障害だけでなく、法規制上の障害に基づく損失もまた、同条による補償の対象に含まれると解すべきである。けだし、公共のためにする財産権の制限が社会生活上一般に受忍すべきものとされる限度を超え、特定の人に対し特別の財産上の犠牲を強いるものである場合に、これに対し補償することが損失補償制度の趣旨目的と解されるべきところ、公共事業による特別の犠牲が、物理的障害による場合と法規制上の障害による場合とで、損失を受けるものにとってはなんら変わるものではなく、後者の場合をことさら損失の対象から除外する合理的理由を見出し難いからである。」
「被告は本件地下道の設置により、道路に接して所有する土地の地下に埋設し従来適法に使用してきた土地の工作物である本件旧タンクを消防法違反の故をもって移設のやむなきに至り、その移設工事を完了したのであるから、被告は道路管理者たる原告国に対し法70条に基づく損失補償を求め得るものといわなければならない。」
「本件地下道の設置により消防法違反となった本件旧タンクのうち四基は、昭和27年ないし昭和35年に設置されたもので、右設置当時、被告において本件地下道の設置を予測し得た事実は本件全証拠によるもこれを認めるに足りなく、」「被告が本件旧タンクの移設工事を余儀なくされたのは、自己の責任とか過失によるものではなく、一にかかって原告の本件地下道の設置によるものであるから、移設工事に要する費用は受忍限度を超える損失として道路管理者たる原告国において負担すべきが相当である。」
「本件旧タンクが消防法上、危険物として設置、管理上種種の法的規制ないし制限をうけるものであることは明らかではあるが、いやしくも設置当時において適法であり、かつ、将来の違法状態の到来を予測し難い場合であって自己の責には属さない後発的事態の発生により移転を余儀なくされたとき、常に、危険物の所有者の故をもって移転費用の自己負担を強いることは酷にすぎる背理というべく、むしろ、かかる場合、ことに本件の如く危険物の存在を違法ならしめた後発的事態が道路の新設又は改築という公共事業による場合はこれが移転費用を損失補償の対象とするのが、法70条の法意に適合するものというべきである。」
と判示して、裁決に係る損失補償額のうち、本件旧タンクの移設費用とは認められないとした10万円余についてのみ原告の請求を認容し、その余の請求を棄却した。
(3) <第二審判決> 原告Xの控訴棄却 (高松高裁昭和54年9月19日判決)
第一審の判決理由を全面的に引用して、国の控訴を棄却した。
(4) これに対してXが上告。上告理由は以下の通りである。
【上告理由】
1. 原判決には道路法70条が道路の新設又は改築に起因する物理的障害に基づく損失のみを補償の対象とし、法規制上の障害に基づく損失までも補償の対象とするものではなく、また同条にいう「工作物」には本件地下タンクが含まれるものではないのに、同上の解釈を誤り、いずれもこれを肯定した違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。
2. 消防法12条は、指定数量(同法9条の3)以上のガソリンなどの危険物の貯蔵等の用に供する地下所蔵タンクの所有者、管理者又は占有者(以下「保有者」という)に対して、消防法10条4項に基づく危政令13条の定める離隔距離等を維持すべき義務を課しているが、右義務は、タンク室に設置せずにいわゆる裸のまま地下に埋設する地下貯蔵タンクの保有者において社会生活上受忍すべき当然の義務である。しかるに、本件においてYに右義務を課することが社会生活上一般に受忍すべきものとされる限度を超えるものとして、Yにおいて右義務を履行するのに要した費用が道路法70条1項の規定に基づく損失補償の対象となると判断した原判決には、右の離隔距離維持義務に関する消防法令の解釈を誤り、ひいては適用すべからざる場合に道路法70条1項を適用した違法がある。
3. 原判決が道路法70条1項の規定は「憲法29条3項の保障する損失補償制度の一つである」としているところからすれば、道路法70条1項の規定をもって憲法29条3項の内容を具体化したものと解していることは明らかであるが、道路管理者が本件地下道を設置してこれを契機とする法規制上の障害を生じさせたことは道路管理者において憲法29条3項にいわゆる私有財産を「用いる」場合には該当せず、かつ、同条項を具体化したとする道路法70条にも該当しないにもかかわらず、これらに該当することを前提として、道路管理者において損失補償を支払うべき義務があるとした原判決には、その前提において憲法29条3項にいわゆる「用いる」ことの意義及び道路法70条1項の規定の解釈を誤った結果、適用すべからざる場合に道路法70条1項を適用した違法がある。
(5) <最高裁判決> 破棄自判 (最高裁昭和58年2月18日第二小法廷判決)
道路法70条1項の規定は、道路の新設又は改築のための工事の施工によって当該道路とその隣接地との間に高低差が生ずるなど土地の形状の変更が生じた結果として、隣接地の用益又は管理に障害を来し、従前の用法に従ってその用益又は管理を維持、継続していくためには、用益上の利便又は境界の保全等の管理の必要上当該道路の従前の形状に応じて設置されていた通路、みぞ、かき、さくその他これに類する工作物を増築、修繕若しくは移転し、これらの工作物を新たに設置し、又は切土若しくは盛土をするやむを得ない必要があると認められる場合において、道路管理者は、これに要する費用の全部又は一部を補償しなければならないとしたものであって、その補償の対象は、道路工事の施工による土地の形状の変更を直接の原因として生じた隣接地の用益又は管理上の障害を除去するためにやむを得ない必要があってした前記工作物の新築、増築、修繕若しくは移転又は切土もしくは盛土の工事に起因する損失に限られるとするのが相当である。したがって、警察法規が一定の危険物の保管場所等につき保安物件との間に一定の離隔距離を保持すべきことなどを内容とする技術上の基準を定めている場合において、道路工事の施工の結果、警察違反の状態を生じ、危険物保有者が右技術上の基準に適合するように工作物等の移転を余儀なくされ、これによって損失を被ったとしても、それは道路工事の施工によって警察規制に基づく損失がたまたま現実化するに至ったものにすぎず、このような損失は、道路法70条1項の定める補償の対象には属しないものというべきである。
これを本件についてみると、原審の適法に確定したところによれば、被上告人Yは、その経営する石油給油所においてガソリン等の地下貯蔵タンクを埋設していたところ、上告人Xを道路管理者とする道路工事の施工に伴い、右地下貯蔵タンクの設置状況が消防法10条、12条、危険物の規制に関する政令13条、危険物の規制に関する規則23条の定める技術上の基準に適合しなくなって警察違反の状態を生じたため、右地下貯蔵タンクを別の場所に移設せざるを得なくなったというのであって、これによって被上告人Yが被った損失は、まさしく先にみた警察規制に基づく損失にほかならず、道路法70条1項の定める補償の対象には属しないといわなければならない。
3.損失補償の意義
本判決では損失補償が争点となっている。損失補償の意義は「適法な公権力行使による財産上の特別の損失に対し全体的な公平負担の見地からする財産的補償」であり、根拠規定は憲法29条3項となっている。
4.道路法70条の性質
道路法70条は道路工事によって道路と隣接地の間で高低差や排水障害などが発生した場合に隣接地所有者等との紛争を避けて工事の円滑な施工を図るため設けられた規定である。類似の規定は河川法21条、海岸法19条1項等に見られ、これらの規定は土地収用法93条にならって制定されたものである。これらの諸規定による補償は「みぞかき補償」と称されている。みぞかき補償とは第三者補償の一態様である事業損失補償である。つまり、間接的に不利益を受ける第三者に対する補償の一種であり、被収用者以外の土地の溝や垣根の修復が必要になった場合の補償をいう。みぞかき補償の立法趣旨としては①公平負担の見地に立った被害者の救済、②残地工事費補償(土地収用法75条)との均衡、③事業の円滑な施工があげられる。
5.争点
道路法70条1項の損失補償の対象は、同項に列挙の物理的障害による損失に限定されるのか、それとも道路などの工事の結果警察法規による規制が顕在化し対応工事が必要となる場合の損失(法規制上の損失)まで含まれるのか
(1) <一審、二審判決の立場>
道路法70条1項にいう「その他の工作物」に本件旧タンクが含まれる。同条のいう物理的障害に基づく損失とは単なる例示であり、法規制上の障害に基づく損失も補償の対象として含む。
(2) <最高裁の立場>
道路法70条1項の補償の範囲をその文理どおり厳密に解釈し、その範囲は以下の場合に限られるとし、法規制上の損失は70条1項の補償の範囲外であるとした。
① 隣接地の用益又は管理上の障害が道路工事の施工による土地の形状の変更を直接の原因として生じること。
② ①の障害を除去するためにやむを得ない必要があってした工事に起因する損失であること。
③ ②の工事は、工作物の新築、増築、修繕若しくは移転又は切土若しくは盛土の工事であること。
④ ③の工作物は、通路、みぞ、かき、さくその他これに類する工作物であること。
6.警察規制との関係
最高裁は続けて、本件タンクの移転は「道路工事の施工の結果、警察違反の状態を生じ、危険物保有者が右技術上の基準に適合するように工作物の移転を余儀なくされた」ためだとし、「道路工事の施工によって警察規制に基づく損失がたまたま現実化するに至ったものにすぎ(ない)」との見方を示しており、危険物の設置者はその物をつねに安全状態に保持すべき状態責任を負い、状況の変化により警察違反の状態が生じたならば自費で当該物件の移転・修繕などを行い警察違反を解消すべきであるとしている。
【状態責任】
状態責任とは「物」から生じる効果について、警察に対しておう責任のことである。本件のような危険物の所有者はその周囲に被害を発生させないように、その周囲の特定の物件と一定の距離(保安距離、離隔距離)をとるよう義務づけられている。例えば住宅とは10メートル以上距離を保つ必要がある。(危険物の規制に関する政令9条1号イ)危険物の所有者がその周囲の10メートルの土地を取得していれば問題ないし、周囲が野原であれば、それが他人の土地でもさしあたりは危険物の設置が認められる。しかし、危険物の設置後その野原に所有者が住宅を建築すれば危険物の方は移転を命じられる。これでは危険物の所有者は大きな損失を被るがやむをえない。なぜなら何人も他人の土地を危険状態にして自己の営業を継続する権利を有しないと考えられているからである。(警察制限、財産の内在的制約ともいう)そして危険物の設置者はそれを避けたければあらかじめ周囲の土地を買うか、住宅を建築しないという不作為義務を定めた地役権を設定してその損失を回避すればよい。
つまり、危険物の所有者は、住宅や地下道から10メートルの距離を置かねばならないという義務を当初から負担しているのであるが、その近隣に住宅や地下道が来ないときはその危険は現実化しないから、その義務も潜在的なものにとどまっているにすぎない。しかし、近隣に住宅や地下道が来たときはその義務が顕在化するので、危険物の所有者としては移転するのは当初からの義務の履行にすぎず補償を要求する筋はない、というのが本件最高裁の見解である。
7.一審、二審判決に対する批判
Ⅰ.本件旧タンクが消防法令の定める離隔距離保持義務に違反する状態となったのは、地下街及び地下鉄の場合でも同様であるから、原判決及び第一審判決のように解すると、何故に地下道の場合だけ法規制上の障害が補償されるのかを合理的に説明することが難しい。
Ⅱ.各種の警察法規によって保安物件に指定されている公共施設としては、道路、鉄道、発電所、ガス工作物、学校、公民館、病院、公園などがあるが、これらの公共施設の設置に関する根拠法規においてみぞかき補償の規定がおかれているのは道路法のみであるから、原審および第一審のように解すると、これらの公共施設が設置されたこと自体により、既設の危険物に警察違反の状態が請ずることになるが何故に道路法上の道路の場合だけ法規制上の障害が補償されるのかを合理的に説明することが難しい。
Ⅲ.道路法70条1項は道路の新設又は改築の工事により「当該道路に面する土地について」工作物の移転が必要となった場合に限って損失補償をすべきものとしている。仮に右損失補償が本件におけるような警察規制による損失補償をも含むものとすれば、なにもこのように物理的に隣接した土地についてのみ補償することとする理由はなく、同条が何故に「当該道路に面する土地について」生じた損失のみを補償することとし、中間に他の土地が介在しているような場合を除外することとしているのか、合理的説明ができない。
Ⅳ.本件における損失は直接的には警察規制により生ずるものであるから、これに対する補償の可否は当該警察規制の根拠となる消防法等により決せられるべきものであり、立法の趣旨・目的を異にする道路法を根拠として決せられるべきものではない。
つまり一審、二審判決は、道路法70条1項の補償の範囲には法規制上の障害による損失も含まれるとしているのに対し、最高裁では道路法70条1項は同項に列挙されている物理的障害による損失のみを補償するものとし、又、危険物所有者は常に状態責任を負っており、状況の変化により警察違反の状態が生じたならば自費で当該物件の移転・修繕などを行い警察違反を解消すべきであるとしている。
8.その他法令適用による補償の可否についての検討
※ 判決では直接言及されていないがその他の法令等を適用した場合に損失補償が認められるのかについて以下検討してみる。
(1) 各種警察法規による補償の可否
消防法は防火対象物に対する改修等の命令があった時には一定の場合に補償を義務づけているが、危険物に対する規制についてはなんら補償規定を設けていない。また、一定の保安物件を指定した上、危険物保有者に対し、その保有する危険物と保安物件との間に一定の離隔距離を維持すべき義務を課している警察法規は電気事業法50条を除いてはなんら補償に関する定めを置いていない。
このような場合、危険物の所有者は自己の責に帰すべき事由とは言えない後発的な環境の変化によって危険が顕在化した場合であっても、すでに危険が物自体の内に内在し、安全状態を継続的に保持する状態責任を負っているのであるから特別の定めがない限り補償を要求することはできないであろう。
(2) 憲法29条3項による補償の可否
憲法29条3項の補償に関しては、法律に補償規定がない場合に憲法29条3項の適用を許すか、損失が社会生活上受忍限度を超え特別の犠牲を課すものにあたるか、の二点が問題となってくる。
※ 法律に補償規定がない場合の損失補償の許容性
プログラム規定説 29条3項をプログラム規定と見る説
直接請求権発生説 損失を受けた者が国等に対し直接に損失補償を請求することができるとする説
違憲無効説 損失補償規定を持たない法令を違憲無効とする説
※ 損失補償の要件~「特別の犠牲」の意義
1. 形式的基準→一般的な制約ではなく特定の人を制約するものであるか
2. 実質的基準→侵害の強度+侵害の目的+侵害の原因
(ⅰ) 本来の効用を妨げる場合→要補償(例えば土地の収用)
但し、権利者の側にこれを受忍すべき理由ある場合→不要
(ⅱ) 本来の効用が残る場合
財産権に内在する社会的拘束の範囲内→不要
他の特定の公益目的のために偶然課せられる制限→要補償
* では本件事例において憲法29条3項による補償を認めることは可能なのだろうか?
「消防法が本件のような場合に生じた損失について補償をする旨の規定を置いていないのは、同法10条、12条の規制により危険物の保有者に課せられる制約は、公共の福祉のためにする必要最小限度の制約であって、それは危険物に係る財産権に内在する制約であるというべきであり、これによる損失は社会生活上当然に受忍すべき限度内のものであって、特別の犠牲に当たらないと解しているからと思われる。」(川勝)
⇒警察制限であり、29条3項の補償は不要である。
「消防法上の危険物の場合、危険物ということによる内在的制約に加えて、危険物所有者は危険物を扱うことによって通常利益を得ているという事情の存することから、なお一層危険物規制にかかわる費用を国や地方公共団体等の公が負担するいわれはないと考える。但し、場合によっては危険物の規制に係る費用を、個人または私企業に負担せしめることは酷に過ぎると思われる事例が全くないとは言い切れない。それゆえそのような場合は、すでに学説、判例の認めるところとなっている方法、すなわち憲法29条3項の直接適用 によって救済すべきであろう。」(村上)
⇒本判決においては29条3項による補償は認められないが、事例によっては補償すべきである。
「警察違反の状態の発生が当事者の責に帰すべき場合であっても、それに対して加え得べき財産権の制限には、当然一定の限度(いわゆる比例原則)が認められるべきであって、その限度を超える財産の制限まで財産権に課せられる内在的制約と認め、補償しないことが許されると解すべきかどうか甚だ疑わしい。かような見地からすればその限度を超える財産権の制約に対する補償は、単なる立法政策的考慮に基づいて恩恵的に与えられたものではなく、憲法上、必要な補償を定めたものと解すべきではないかと思われる」(田中)
⇒警察違反の状態の発生が当事者の責に帰すべき場合であっても、一定限度以上の損失に対しては憲法上の要請として完全補償ではなくとも補償がなされるべきである。
9.検討
ⅰ 道路法70条1項の補償の範囲内→要補償
ⅱ 道路法70条1項の補償の範囲外→(同法による)補償不要
ⅲ 憲法29条3項の補償の範囲内(本件の損失が社会生活上受忍限度を超え特別の犠牲を課すものにあたる)→要補償
ⅳ 憲法29条3項の補償の範囲外(本件の損失は内在的制約の範囲内で特別の犠牲を課するものではない)→補償不要
10.私見
最高裁判決に賛成。
道路法70条1項は、物理的障害に基づく損失のみを補償する趣旨であり、法規制上の障害に基づく損失までも補償するものではないだろう。仮に法規制上の障害による損失までも含まれるとすると、地下鉄や地下街の場合に補償されないことの説明がつかない。そもそも消防法上の規制により生じた損失を、立法の目的を異にする道路法で補償するのには無理があるのではないだろうか。
又、本件は地下道設置者がたまたま国であったが、仮にこれが私人所有の地下室等であった場合も当然に危険物の所有者は危険物を移動させる必要が生じる。そして、この場合私人に対して補償を請求することはできないであろう。このことから見ても、危険物所有者に課せられたこれらの義務は内在的制約であり憲法29条3項による補償も不要であろう。しかしながら、危険物の規制にかかる費用を、私企業等に負担させることが酷であると認められるような事情がある場合には29条3項の直接適用によって救済すべきであると思う。例えば、本件地下道が全く必要のないものであるにも関わらず、建設されたような場合にまで、私人に全額の負担を強いるのは酷であろう。
ところで、地下道建設によりタンクの移動が必要となる事は、計画段階で当然に予測できたはずであり、事前に話し合い等はなされなかったのかという疑問が沸く。無論、お互いの利害が対立しているような場合に、お互いが納得のいく解決策を見出すことは難しいであろう。本件において、事前に話し合い等が行われたかどうかは不明だが、結果的に多額の負担を強いるような場合には、行政の側も他の手段が無いかどうか検討する等して、事前解決を図るよう努力していく事が必要となっていくのではないかと思う。
(参考文献)
阿部泰隆 法学セミナー380号124頁
宇賀克也 法学教室33号96頁
川勝隆之 民事研修323号21頁
小高剛 「移転補償の最近の課題」法学雑誌35巻1号47頁
鈴木芳夫 昭和54年行政関係判例解説416頁
並木茂 昭和58年行政関係判例解説401頁
原田尚彦 昭和58年度重要判例解説44頁
村上敬一 最高裁判所判例解説民事篇昭和58年度41頁
村上義弘 判例評論260号2頁