審議検討に係る情報の公開
(意思形成過程情報の情報公開について)
法学科3年 北村 浩嗣
1.はじめに
私は今年一年、(結果的にだが)情報公開というものを常岡ゼミでテーマとして扱った。それは、たまたまみんなが扱わなかったということも要因であるが、大きな要因は今までニーズがあったにもかかわらずなかなか実現されてこなかった、そして、最近になって法制化された新しい行政法の分野だからということである。まだ若い分野に、どんな問題があるのか興味を持ったのである。
法律は人間が作ったものなのでおかしなところがたくさんある。行政法の分野でもそれは当てはまる。私が1番最初に思いつくのは「公定力」である。違法な行為が行政機関の行為だと適法とみなされるという訳の分からない論理である。「公定力」から始まり「取消訴訟」に関する様々なことがら、「行政行為の分類」、そして、「国家賠償」と、どれをとってもおかしなところが出てくる。それは、近年になって確立した情報公開の分野でも同じである。情報を公開するはずなのに不開示でいい(ものがある)というおかしさ。私はそれを扱ってみることにしたのである。もちろん例外というものはどんなことにも存在すると思うが、しかしそれは矛盾と紙一重の違いである場合が多いだろう。
私の考えから言ってしまえば、おかしなことになる場合というのは、法律の矛盾が第一で、次に何らかの裁量に任せる部分、つまり、具体的な規定が無い部分というのが、おかしなことになる要因であるということである。このことを理解していただくために、情報公開の非開示情報の中でも特に意思形成過程情報の分野を扱ってみることにする。
2.意志形成過程情報とは
まず、意思形成過程とは、特定の事務事業の最終的な意思決定の途上のことであり、また、その途上で生じた各種個別の案件もこれにあてはまる。そして、その途上で生じた各種個別の要件に対する決裁等が積み重ねられて、しだいに最終段階へと収束していく。右の途上で生じた各種の事案に関する情報が、意思形成過程情報となる。これを最終的な情報と比較するのであれば、いまだ未成熟な情報ということになるだろう。
しかし、とりわけ公共事業の進行過程での最新情報などは、近隣住民等の強い関心をよぶことが多く、住民参加の観点からみても、その進行過程は可能なかぎり公開状態にあることが望ましい。他方、公共事業は多年を要して進行されるものが多く、その過程は直線的に進行するわけではない。審議会等の報告書や各種の調査、関係地域の住民等との折衝や協議、政治動向や経済効果などの様々な要素が絡み合って、行ったり来たりしながら展開していく。従って、ある時点で一定の情報を公開することによって、事業の進行や最終的な意思形成過程でおこなわれる調査・研究等、審議・協議等に関する情報の中で、右のような支障を生じる恐れがある情報に対し、情報公開条例は、開示請求を拒否することができるとする規定を置くのである。
そのような意思形成過程情報として、通常、①審議検討中でいまだ不確定のものや内容の正確性が確認できていない資料等で、公開すると、住民に無用の混乱や誤解をまねくと認められるもの、②事業予定地情報など、公開によって土地投機の原因となるなど、特定のものに不当な利益を与えることになると認められるもの、③会議・協議等の記録で、公開すると、行政内部での事由闊達な意見交換が妨げられることになると認められるもの、④公開すると関係者の不快をかうなどのため、以後必要な協力や資料提供等が得られなくなると認められるものなどがあげられる。
では、次に具体的な事件・判例を見てみよう。
3.判例
(1) 関連判例1 鴨川ダム訴訟
Ⅰ.事実の概要
京都市に事務所を置く市民運動団体(X)が、鴨川の河川管理者である京都府知事(Y)の設置した鴨川改修協議会に提出されたダムサイト候補地点選定位置図(以下、本件文書)の公開を京都府情報公開条例(以下、本件条例)に基づいて請求したところ、Yは本件文書について、本件条例5条6号に該当する公文書にあたるとしてこれを非公開とする旨の決定をしたため、Xは右非公開決定の取消を求める訴訟を起こした。
この本件文書はダム構想の検討資料として担当部課が25000分の1の地形図を元に鴨川流域において貯水可能な地形を選定し、当該地点20箇所を流域図に整理番号を付して示したものであり、「ダムサイト候補地点選定位置図」と称するものの、地質等の自然条件や用地確保の社会的条件についても全く考慮されておらず、ダムサイト候補地点としても未成熟な初期段階の資料である。
Ⅱ.第1審判決(京都地判平3・3・27):原告請求認容(本件不開示処分は違法)
「公開条例は・・・民主主義の根幹をなす、知る権利を具体化する立法であって、その重要性に照らすと、公開を原則とすべきものであり、・・・厳格に解釈しなければならない。そしてこの解釈基準に照らすと、公開条例5条6号前段が意思形成過程の情報であって、『公開することにより、当該若しくは同種の意思形成を公正かつ適切に行うことに著しい支障が生じるおそれのあるもの』につき非公開を決定し得る旨を規定しているのは、次の趣旨に解するべき」とし、本件公開条例5条6号前段の非公開の基準について、「行政における内部的な審議、検討調査研究等が円滑に行われることを確保する観点から情報公開の適用除外事項を定めたものであって、行政における意思決定は、・・・その間の行政における内部情報の中には、担当者レベルの検討素案や機関として未決定の検討案のように未成熟な情報や内部的な検討材料として外部から得た資料が多く含まれており、これを公開すると、府民に無用の混乱や誤解を生じさせたり、一部の情報利用者にのみ不当な利益、不利益を与えたり、行政内部の自由かつ率直な意見の交換が妨げられたり、内部的な検討のための必要な資料が得られなくなるので、これを阻止しようとするところに本号の趣旨がある。」とした。
そして、意思形成過程の公文書の公開除外には、「①行政内部で審議中の案件又は内容の正確性の確認を終了していない資料等で、公開することにより、府民に無用の誤解や混乱を招くおそれのある情報、②調査研究の結果等又は統一的に公にする必要のある計画、検討案等で、公開することにより、請求者等の特定のものに不当な利益を与えるおそれのある情報、③行政内部の会議、意見交換の記録等で、公開することにより、行政内部の自由な意見又は情報の交換が妨げられるおそれのある情報、④事務、事業の企画、検討等のために収集した資料等で、公開することにより、行政内部の審議等に必要な資料を得ることが困難になるおそれのある情報」の4つのパターンがあるとした。
他方、イ「情報公開の民主制社会における重要性」と、ロ「住民自治の理念」から「府政の意思形成過程への住民参加を保護すべきことが要請されている」という公開の必要性を2点提示し、これと公開の除外との比較衡量において、「ここにいう行政の適切な意思形成の『著しい支障』は、客観的にかつその著しい危険の高度の蓋然性が存在しなければならない」とした。
以上を規定したうえで本件文書が5条6号前段に該当するか否かを検討し、「本件文書は、・・・被告職員が、2万5000分の1の地形図を基に、・・・机上で貯水が可能な地形をダムサイト候補地点として、20か所を選定し、これを・・・概要図に整理番号を付して記載したものであって・・・これが協議会にダムサイト候補地点選定位置図として提出されたことが認めら」れるとして、本件文書は条例5条6号所定の意思形成過程文書であるとした。
しかし、「本件文書は、・・・ダムサイト候補地点を20箇所も概要図に整理番号で書き込んだものにすぎず、それ自体からして既に被告主張(*)のような誤解を生む蓋然性は乏しく、その高度の蓋然性があるとは認められないし、また、本件全証拠によっても、右の誤解による事実に基づかない議論が高まることが客観的かつ高度の蓋然性を持って認めるに足る的確な証拠がない」として、本件文書は本件条例5条6号前段に該当しないとした。
*被告の主張
ダムサイト候補地点を公表すれば・・・・
1:あたかもダム構想が決定されたかのように誤解され、住民の間に事実に基づかない議論が始まる
2:土地の投機的取引を助長する
3:ダム建設反対運動などにより鴨川改修協議会員に心理的圧迫を与えるおそれがある
4:たとえ、ダムサイト建築が放棄された後でも、意思形成過程の情報が公開され得るとすれば、同種の協議会での忌憚のない議論に支障が生じる
Ⅲ.第2審判決(大阪高判平5・3・23):原判決取消(本件処分は相当。Xの請求棄却。)
判旨は、①協議会について、「鴨川の改修に関して、忌憚(きたん)のない意見の交換・積み重ねを通じて公正かつ適切な提言の取りまとめを図る趣旨から、その会議を非公開として、・・・第一回開催時、各回の会議終了後審議内容の概略を発表することを決めた」こと、②協議会において、「鴨川の治水対策の基本となる安全度については、大都市を流れる川であることから、100年に一度起こりうるとされる豪雨を対象とすることとし・・・土地利用の現状や都市景観の保全、治水事業の効果などを総合的に考慮して・・・ダム構想、分水路構想、二階河川構想等の方式が検討なされた」こと、③本件文書が、「ダムサイト候補地選定の重要な要素となる地質・環境等の自然条件や用地確保の可能性等の社会的条件についての考慮を全く払うことなく、作られたものである」こと、④ダム構想のあること、その図面が協議会に提出されたことが発表された結果、 「協議会委員に対し、ダム建設について、交渉を申し入れる団体や面談を強要する者があり、また、協議会委員宅に無言電話があり、また、電話で種々強い調子で申し入れをする者が現れ、委員の中には、その職を辞任したい意向を示す者がいた。河川課に対しても、ダム建設について交渉を申し入れる者がいた」こと、等の事実認定をしたうえで、本件文書は、「協議会の意思形成過程における未成熟な情報であり、公開することにより、府民に無用の誤解や混乱を招き、協議会の意思形成を公正かつ適切に行うことに著しい支障が生じるおそれのあるものといえる」とし、控訴人(被告府知事)が本件文書を公開条例5条6号前段該当の文書として非公開の決定をしたのは相当であるとした。
Ⅳ.最高裁判決:上告棄却
第2審判決をそのまま是認したため、省略。
(2) 関連判例2 安威川(あいがわ)ダム訴訟
Ⅰ.事実の概要
大阪府の住民(X)が、大阪府が茨木市に建設計画中の安威川ダムのダムサイト調査資料の公開を大阪府公文書公開条例(本件条例)に基づき請求したところ、同条例所定の実施機関である大阪府知事(Y)が、本件条例8条4号に基づいて調査の担当者名および調査の実質的内容を記載した部分を非公開とする部分公開決定をしたため、Xが非公開部分にかかる決定の取消を求めて訴訟を起こした。
この資料は1971年度から1983年度に地質調査専門会社に委託して実施した安威川ダムサイト地質調査報告書のことである。
Ⅱ.第1審判決(大阪地判平4・6・25):原告請求棄却
まず、ダム建設事業において、「事業推進に当たっては、一般の公共事業以上より一層地元の意向を尊重しなければならないという特殊性が存する」とダム建設事業の特殊性を述べた上で、本件文書には「本件地質調査についての担当者名のほか、調査地域の地形、地質状況、ボーリングコアの観察結果、・・・各調査に基づく調査地域のダムサイト予定地としての適格性についての比較検討・・・」等が記録されており、「本件非公開情報はいずれも本件条例8条4号の『府の機関・・・が行う調査研究、企画、調整等に関する情報』に該当すると認められる」と8条4号前段に該当するとした。
次に同号後段部分については、①「地元住民は一貫して本件ダム建設反対の立場を維持しており、地質調査に対する協力を得ることも非常に難しい状況が存していた」こと、②「本件処分の時点では地質総合解析が行われていたが、・・・新たなボーリング等の追加調査が必要とされる」こと、③「本件公開請求について、・・・各自治会は、本件公開請求に係る文書の公開に反対し、・・・大阪府からの協議申し入れにも応じなくなった」ことなどの事実から、「本件非公開部分を公開すれば、地元住民の強い反発を招き、その後の調査や生活再建対策、地域整備事業等についての地元の理解、協力を得られなくなるおそれがあっものということができ、・・・本件処分時点においては、実施済みの地質調査は、十分なものではなく、情報そのものが限定されているため、同時点で、本件予定地全体の地質状況について、一応の判断を下すことは格別、最終的判断を下すには、いまだ必ずしも十分ではない段階にあったものと認められる」とした。さらに、公開されると、「それが必ずしも最終的判断とみなすことができるものではないにもかかわらず、一人歩きし、地元住民等の関係者の間に不安を引き起こし、今後の地質調査や各種協議等への非協力につながるおそれがあった」といえ、ダム建設事業の遂行が困難になるから、本件非公開部分を、「『公にすることにより、当該又は同種の調査研究、企画、調整等を公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれ』が存した」といえるとした。
また、原告の、本件条例8条4号の「著しいおそれ」は、具体的かつ客観的に存するべき、という主張に対して、府の条例の精神から見ても、「単に実施機関が自らの立場で主観的に判断したところに従うべきでなく、客観的、具体的に存在していることが必要である」が、非公開による弊害や公開による有用性等を総合的に検討することまでは必要でない、とした。
Ⅲ.第2審判決(大阪高判平6・6・29):原判決取消
本件の非公開情報は本件条例8条4号前段に該当する、とした上で、8条4号該当性について、まず、「本件非公開情報は、専門家が調査した自然界の客観的、科学的な事実、及びその分析であると推認されるのであり、その情報自体において、安威川ダム建設に伴う調査研究、企画などを遂行するのに誤解が生じるものとは考えられない。・・・本件非公開情報は、外部の地質調査専門会社に外注して得られたものであって、それ自体としては完結した地質調査結果であり、大阪府の純粋な内部文書ではない。・・・そのことを前提として評価されるべきものであるし、またそのようにしか評価できないものである。・・・本件非公開情報を公開することによる誤解が生じるものとは、認め難い」とし、その結果、「本件非公開情報を公開することにより、安威川ダム建設の調査研究、企画などを公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれがあったものとは認められず・・・本件条例8条4号後段の要件を充足するものではない」とした。
Ⅳ.最高裁判決:上告棄却
第2審判決をそのまま是認したため、省略。
4.論点
この2つの事例で最高裁の判断が分かれたポイントはおおきくわけて2つ。「請求対象となった公文書の性格の違い」と、「著しい支障が生じるおそれの判断」の2つである。
まず、「請求対象となった公文書の性格の違い」だが、これは、鴨川の事件の公文書は専門的検討を経ていない情報であり、安威川事件の公文書は専門的検討を経た科学的事実に関する情報となっている。
次に、「著しい支障が生じるおそれの判断」という面では、鴨川1審判決では、「未成熟な資料だからこそ、ダム構想が決定されたかのような誤解などは生まないだろう。」「協議会委員への心理的圧迫などは、情報公開理念と住民参加の重要性から、あえて排斥する。」などの理由で、支障は無いと判断されたが、かわって鴨川2審・鴨川最高裁判決では、「ダム構想公表後の反対運動の広がりから本件処分時では、いまだ無用の誤解や混乱を招き、協議会の意思形成を阻害するおそれがあった。」と、反対運動という具体的事例の広がりがあったことを根拠に恐れがあったと判断された。安威川1審判決では、「調査資料は客観的かつ科学的な分析である。しかし地元住民は一貫して建設に反対であり、もし調査資料を公開したならば情報が独り歩きし、今後の調査や協議等への非協力につながるおそれがあった。」として恐れの存在を認め、安威川2審・安威川最高裁判決では「当該資料自体は誤解を生むような性質のものではないことに重点を置き、地元住民の反対は、右資料の公開に直接起因するものとは認めがたい」と判断した。
5.学説
OO説というような細かい説は、少ないようである。統一的な見解の多数説として、どちらの事件でも「基本的に情報は公開する」という原則にのっとって、そして、客観的に明白な著しい支障が生じる恐れがある蓋然性が存在しないならば公開するべきだったとする説がある。
またアメリカやカナダ・デンマークの意思形成過程の情報公開では、「事実に関する事柄は公開しなければならない」としている。これをそのまま主張する説もある。この説からいくと、安威川2審・安威川最高裁判決は的を射ている。最高裁はこれを意識したのかもしれない。
6.私見
発表では、論点のうち前者の「請求対象となった公文書の性格の違い」の方しかじっくり議論できなかったのだが、未成熟な情報でもそのことをしっかり説明して公開すれば問題は無いという意見と、未成熟なものは誤解や混乱を招くという意見に分かれた。が、終始説明つきで公表派が優勢だった。しかし、そういう方向に展開してしまうと、市民が誤解するかしないかというあまりに不確定要素が強いどうとでも判断できる話になってしまいどちらともいえないと私は考える。どんなに丁寧に書こうが、誤解するかしないかは市民次第というのは予見不可能に近いだろう。
後者の「著しい支障が生じるおそれの判断」の方は、深くは踏み込めなかったが、「協議会委員への心理的圧迫などは、情報公開理念と住民参加の重要性から、あえて排斥する。」ということに似た意見で、「協議会委員になるということは心理的圧迫や嫌がらせなどを受けることがあるのは承知で入ったはずだから、この人達に対する圧力、それによる忌憚なき意見の発言不可能という事態はかばわなくて良い」というような、過激(?)な意見が出て少し驚いた。しかし、公表することでほぼ確実に暴動が起こることがわかっているような特殊な状況でも公表するのだろうか?それはおかしいであろう。
鴨川の判例のように、1審後、協議委員の元に無言電話や嫌がらせ電話など2審や最高裁で争うときに著しい蓋然性があったといえなくも無い。しかし、これは結果論にしか過ぎない。結局、行政の裁量・判断によるところが多く情報公開の空洞化につながりかねないといえる。欧米諸国のように事実に関する事柄は全て公開するという方法が一番良い手段なのかもしれない。
(参考文献)
情報公開法制 藤原静雄
情報公開法の理論 宇賀克也
情報公開法 右崎正博・田島康彦・三宅弘
情報公開法 松井茂記
ケースブック情報公開法 宇賀克也
よくわかる情報公開制度 青山彰久
情報公開・プライバシーの比較法 堀部政男
判例時報1463号
法学教室201号
法律時報69巻1号
判例タイムズ1101・890・828・775号