指導要綱による開発負担金
法学科3年 大塚 真理子
1.はじめに
私は行政法Ⅰの授業を受けているとき、行政指導の限界の判断基準に興味を持ち、この判例を選んだ。任意に基づかなければならない行政指導の本質について考えさせられたと思う。ここでは行政指導を扱った判例を集めてそれぞれの「違法性の基準の差異」について詳しく検討したいと思う。
2.事実の概要
東京都武蔵野市においては、昭和44年ごろからマンションの建築が相次ぎ、そのため日照障害、テレビ電波障害、工事中の騒音等による問題が生じ、また、学校、保育園、交通安全施設等が不足して市の行財政を圧迫していた。そこで市は、市民の生活環境が宅地開発やマンション建設によって破壊されていくのを防止することを目的として昭和46年に「宅地開発等に関する指導要綱」(以下「要綱」とする)を制定した。要綱では、事業者は市長と事前協議を行い、所定の行政指導を受けるとともに、「寄付願」を提出して教育施設負担金を納付することとされていた。指導に従わない事業者に対しては「市は下水道等必要な施設その他の協力を行わないことがある」との制裁措規定が設けられていた。
原告X(控訴人・上告人)は三階建て賃貸マンションの建築を計画し、教育施設負担金として1523万2千円の寄付が要請されたことに強い不満を抱き、事前協議にて減免等を懇請したものの前例がないとして断られ、また制裁を恐れて数日後同額を納付した。後日、Xらは、寄付が脅迫によるものであるとして意思表示の取消しを主張し、支払った負担金相当額の返還を求めて出訴した。
3.裁判所判決
(1) 一審判決 : 請求棄却
「脅迫とは違法に害悪を示し、相手方を畏怖させて意思表示をさせるもの」
・ 本件についてはYがXらを脅迫し、本件寄付の意思表示をさせたと認めるに足る証拠はない
・ Xは負担金の減額、延納等を申し出たものの、当該負担金の違法性を主張し、その納付を拒んだことはなかった
・ 教育施設負担金を負担することは建設工事の前提であり、負担金を拒否すれば工事を断念する以外にないというのが到達した認識であり、そこに畏怖の入り込む余地はない
・ Yが本件指導要綱に基づく給水等制限措置に畏怖しているのに乗じて本件教育施設負担金の寄付を強制したという認識を持っていたとはうかがえない。
⇒Yの脅迫を理由とする原告の本件寄付の意思表示の取消しはその要件を欠いている
なお、については一審では語られていない。「爾余の点につき判断するまでもなく失当であるからこれを棄却する」としている。
(2) 控訴審判決 : 請求棄却
主意的主張は原審支持
予備的主張について
・
個々の規定の文言は、事業者に対し、一定の義務を課する法規範と同様の形式をとっており、その内容も拠出する金額、土地の面積等が選択、裁量の余地のないほど具体的に定められているため、要綱の文言のみからは、右負担金等が事業者の自発的な、任意の意思による寄付金の趣旨で規定されていると認めるのはかなり困難である。
・
本件指導要綱は、100%ともいうべき教育施設負担金の納付等の運用の実態にまったく問題がないとはいえない。しかし、給水等の制限措置は規定上も当然に発動されるわけではなく、強制によるものでなく、任意に教育施設のためにとの目的をもって拠出された金員を、その趣旨にしたがって右施設の整備に充てること、そのこと自体は違法とはいえない。
・
本件指導要綱制定に至る背景、制定の手続き、Yが当面していた問題等も考慮すると、指導要綱とそれに関する制度そのものが当然に違法とまではいえない。
・
昭和50年に山基建設の工事用の水道が止められる事件によって、Xが教育施設負担金の納付をめぐって問題が生ずると、完成が伸びるかもしれないと推測し、負担金を納付したことは関連があっただろう。しかし、納付前の交渉は減額、延分納を含んだものであったし、X自身での交渉は一回限りの短い時間であった。Yの側でも、給水等の制限措置についてその発動をほのめかしたり、その他強制にわたる言動はなかった。また、Xが本訴訟を提起されたのは教育施設負担金条項が廃止されることが発表され、それに強い不満を抱いたからでありことが認められる。
→「本件指導要綱が問題を含んだものであること、その実態の状況、山基建設とYとの紛争がXの意思に影響を与えたであろうこと等を考慮しても」「教育施設負担金をめぐる具体的な行政指導が、その限界を超えた違法なものであると認めることはできない」「そうだとすると、その余の点につき、判断するまでもなく、Yの予備的請求は理由がなく、棄却する」
(3) 最高裁判決 :原判決中予備的請求に関する部分を破棄差戻し。その余の上告を棄却
主意的主張:原判決の認定基準を是認
予備的主張について
・ 本件指導要綱制定にいたる背景、制定の手続き、被上告人が当面していた問題等を考慮すると、行政指導として寄付金を求めること自体は、強制にわたるなど事業主の任意性を損なうことがない限り違法ということはでない。
・ しかし、指導要綱は事業主に対する行政指導を行うための内部基準であるにもかかわらず、水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置等、事業主に一定の義務を課するようなものとなっており、これを遵守させるための一定の手続きが設けられている。
・ 教育施設負担金に関しても、その金額は選択の余地のないほど具体的に定めており、事業主の義務の一部として寄付金を割当、その納付を命ずるような文言となっているから、右負担金が事業主の任意の寄付金の趣旨で規定されていると認めるのは困難である。しかも、その制裁措置は水道法上許されないものであり、右措置がとられた場合には建築目的を達成することができないような性質のものである。また、実際に拒否された事実が新聞等に報道されていた。
・ Xが負担金の減免等を懇請した際には、被上告人の担当者は前例がないとして拒絶しているが、右担当者の対応からは、納付が事業主の任意の寄付であることを認識した上での行政指導とするという姿勢は到底うかがうことができない。
・ 右のような行政指導の文言及び、運用の実態からするとマンション建築をする以上行政指導に従うことを余儀なくさせるものであり、本来任意に寄付金の納付を求めるべき行政指導の限度を超えるものであり、違法な公権力の行使であると言わざるを得ない。
その後、和解が成立。
(4) 検討
まず、「脅迫による意思表示の瑕疵」は裁判所がいう通り本件では棄却されるのが適当であると思う。YはXに直接負担金を支払わなければ給水拒否等の制限措置をとるといったわけではない。確かにXとしては払わなければ事業計画の承諾がもらえないと考えたのだろうが、それが脅迫によってなされた意思表示であるとまではいえないだろう。二審以降から予備的請求として「行政指導の違法性の有無」が主張され、それが本件の争点となったと言っていいだろう。原告の主な主張としては、①規制的内容を含む行政指導は法律に根拠規定がなければならないので本件行政指導は制度自体が違法である、②教育施設負担金という名目で事実上金銭の提供を強制していることは憲法41条、84条や地方自治法14条、223条、地方財政法4条の5、27条の4に違反する、という内容のものである。①に関しては従来から争いがあるが、多数説は規制的行政指導の法律の根拠は必要ないとしている。私も法律の不備の補充等、現実の必要性から判例の考え方に賛成である。詳しくは4・Ⅳ・(2)にて記載する。②については教育施設負担金が事業者の任意に基づいて行われる限り上記の法律に違反することはないと解釈される。この任意性の判断基準が重要になる。これについては後ほど詳しく考察するとして、次に要綱行政について少々に触れてみたいと思う。
4.開発指導要綱と要綱行政
(1) 指導要綱の目的・背景
武蔵野市は昭和44年ごろからマンション建設が相次ぎ、過密マンションの建設ラッシュにより住民の側には、日照権侵害、テレビ電波障害、プライバシーの侵害、工事中の騒音、工事用トラックによる交通問題が、行政庁では、上水道、下水道、道路、街路灯、交通安全施設、遊園地、保育園、学校、清掃事業、消防水利施設などの不足の問題が起こり、Yの行財政を強く圧迫した。
しかしながら建築確認の業務は東京都の所管であって、Yには右のようなマンション建築の日照等生活環境侵害を訴える市民の苦情によりはじめてそれを知るという有様でその、乱立については打つ手がなく、Yの快適な生活環境が破壊されていくのを手をこまねいて見ていなければならない有様であった。そこで、Yは昭和45年にその対策について協議した結果、建築基準法が改正されるようになるまで、宅地開発等に関する指導要綱を制定して宅地開発業者を行政指導することを決定し、昭和46年市議会全員協議にはかった後本件指導要綱を制定した。
(2) 要綱行政とは
文字通り要綱に基づいて行われる行政活動を意味する。要綱とは国や地方自治体において内部的に定められている規範を示す。要綱は行政機関によって制定されているが、正式は規範として定められているものではなく、法的拘束力をもたない。要綱行政は日照指導要綱や宅地開発指導要綱に基づいて行われてきた開発や建物の規則のための行政活動である
(3) 指導要綱の評価
<良い> 多勢の市民からは賛同を得ている
*現行法規では環境破壊や乱開発の防止に必要な法律上の手段が地方公共団体に保障されてない
*開発と関連して生じる費用について、全て市町村で賄うことは、現行の行財政制度では困難
*良好な都市環境を形成する上で重要な役割を果たしてきた
<反対> 地域エゴであるとして反感を示す不動産業者も少なくない
*法律による行政の原理との関連
*開発負担の宅地価格への転嫁により地価高騰の原因になっている
*負担金の使途が必ずしも明確でない
*要綱作成に際し、直接的負担者である開発事業者、間接的負担者である新規入居者の参加の機会が十分でない
*要綱の適用されない小規模な開発を助長する
<実態> ほとんどの事業者は被告の熱意・被告の行財政の圧迫や本件指導要綱を支持する市民グループに抗しかねて不本意ながらも行政指導に従っていた。
(4) 開発指導要綱の法的性質と法治主義
Ⅰ.指導要綱の性質
① 慣習法として法規範となっているとする見解(少数説)
② 行政内部の指導要綱を行うにあたっての基準、行政機関が守るべき原則を定めたものであって、その拘束力が住民に及ぶものではない(学説通説)→下級審判決例においても異論がなく、本判決も支持
Ⅱ.規制的行政指導と法律の留保
規制的行政指導とは相手方に対する規制的な力を持った行政指導である。非権力的行為で、法的な拘束力を有しない行政指導が相手方に不利益を与える規制的行政指導の場合、法律の留保論の観点から問題となる。
そして指導要綱(これに基づく行政指導)は、その内容からすると規制的行政指導に属するものであるが、法律の根拠を必要だろうか。
必要説:住民の建築の自由などにたいして制限・規制を加えるものであるから、法律の根拠に基づかない場合は、法治主義に抵触する。
不要説:地方自治体が条例を制定しようとしてもそれを阻む事情があるので法律の授権が必要でないとすることもやむをえない。(補助金の交付については必要な規定が法律でおかれてないといなく、要綱で定めがおかれるのが通例)
・街づくりにおいて行政と民間業者は相互に依存・協力すべき関係にあり、開発負担金の賦課と納付も両者間の任意の合意(契約)に基づくものと解する余地がある
・指導要綱に基づく行政は、法の不備を補充しつつ、地域社会の混乱と住民の生活の破綻を防止するために必要不可欠な、緊急措置であって、現実を直視すれば、相手方が自らの意思で自由に処分できる法益につき任意の譲歩を求める指針である限り、その適正が認められるなどとして現実の必要性がある(判例もこの立場)
Ⅲ.本件の教育施設負担金の納付は適法性の判断について
本判決:「指導要綱制定に至る背景、制定の手続、Yが当面していた問題等を考慮すると、行政指導として教育施設の充実に充てるために事業主に大して寄付金の納付を求めること自体は、強制にわたるなどして事業主の任意性を損なうことがない限り、違法ということはできない」
上記からわかるように、本判決では指導要綱に基づく行政指導が内容・目的からの必要性・正当性があり、相手方の任意の協力を求めるものであれば法治主義に抵触しないとし、その適法性を認めた。その根拠としては以下のようなものが挙げられる。①現行法規では環境破壊や乱開発の防止に必要な法律上の手段が地方公共団体に保障されていないこと(本件では建築確認の事実の把握すら得ない状況)、②紛争が生じた際に地方自治体としての解決・調整の責任を負っていること、③公共施設の整備に要求される莫大な財政負担が地方自治体の財政を圧迫しその緩和が求められていたこと。もし、このような指導要綱に基づいた寄付金の要請が否定されると都市施設を整備するという指導要綱の制定の趣旨、その存在意義の大半が失われてしまうこととなるのであるから、教育施設負担金の適法性を認めた点は重要である。(千葉)
5.関連訴訟
(1) 最高裁平成元年11月8日第2小法定決定
(判例百選 111事件 ~指導要綱を担保するための給水拒否~)
<事実の概要>
山基建設は武蔵野市の制定した要綱に基づく行政指導の事実上の義務強制に強く反発しており、マンション建設に際しては市と協議し一部設計変更を行い、住民同意を得る努力をしたものの市長の承認のないまま、東京都の建築主事に対し、建築確認申請を行い、確認を受け市に工事用水の供給契約の申込みをした。しかし武蔵野市は要綱に従わなければ申込書を受理しない旨応答した。建物完工後、山基建設は入居者とともに給水契約と下水道の使用の申込みをしたが、市は全関係住民の同意を得ることを求め受理しなかったため、市長と職人2名を水道法違反で告訴した。
<判決>
最高裁判決では山基建設と入居者が給水契約の申込みをした時期には、山基建設は「指導要綱に基づく行政指導には従わない意思を明確に表明し」ていた。その場合「たとえ行政指導を継続する必要があったとしても、これを理由として事業主らとの給水契約の締結を留保することは許されない」とした。また、「給水することが公序良俗違反を助長することとなるような事情もなかった」とし、給水契約の締結を拒む正当の理由がなかったと判断した。
(2) 最高裁昭和60年7月16日第三小法定判決
(行政判例百選110事件~行政指導による建築確認の留保~)
<事実の概要>
Xがマンション建築確認申請をしたところ、付近住民からの建設絶対反対の陳情書を受けたYは話し合いによる円満解決を指導した。Xは積極的に協力し、話し合いをもったが解決には至らなかった。Xは話し合いによる解決は期し難く、確認処分留保を背景とするYの行政指導にはもはや服さないこととし、金銭補償によって住民との間の紛争を解決し、Yは建築確認処分を行った。その後XはYの建築主事には建築確認申請について建築基準法6条所定の期間内に応答するべき義務があり審査が終了次第直ちにその結果を通知すべきであって、強制的行政指導を行い、その期間建築確認処分を留保するのは違法であるとしてYに損害賠償請求をした。
<判決>
最高裁はこれに関して「確認処分の留保は、建築主の任意の協力・服従のもとに行政指導が行われていることに基づく事実上の措置にとどまるものであるから、建築主において自己の申請に対する確認処分を留保されたままでの行政指導には応じられないとの意思を明確に表明している場合には、かかる建築主の明示の意思に反してその受忍を強いることは許されない」とし、「建築主が行政指導に不協力・不服従の意思を、表明している場合には、当該建築主が受ける不利益と行政指導の目的とする公益上の必要性を比較衡量して、行政指導に対する建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情が存在しない限り、行政指導が行われているとの理由だけで確認処分を留保することは違法である」と判断した。
6.行政指導の限界
行政指導とは性質上任意行為で、法的な拘束力、強制力をもたず、これに従うか従わないかは相手方の自由である。つまり、教育施設負担金の納付要請が「強制にわたるなどの事業者の任意性を損なうことがないこと」が前提である。以下のことを考慮しながら行政指導が強制的なものであったかの判断基準について考えてみる。
(1) 学説
主観説…行政指導の相手方の任意性を重視して、相手方がこれに任意に協力、服従している限りにおいて指導は強制と言えないが、相手方が指導への不服従を明白に表明した以後においてもなお指導を続けることは強制となる
客観説…指導の相手方の主観的な意思よりも、乱開発の防止など、行政指導の社会的な妥当性等の客観的な諸事情を重視して、指導が相当な方法によりかつ真摯に行われており、相手方のある程度の譲歩が期待できる限りにおいて指導を続けることは強制とはならない(行政指導の目的の正当性、様態の妥当性、方法の相当性などを客観的に総合考慮して、そうした事情が継続している限り強制とはならない)
折衷説…原則として主観説にたって相手方が指導に任意に協力している限りにおいて強制にならないとしながらも、なお、相手方が不服従を表明したときでも、他に首肯できる合理的な理由、例えば行政指導に対する相手方の不協力が社会通念上正義の観念に反すると言えるような場合は指導に正当性があるとする考え
阿部説…行政指導がどうみても正当なら、相手方の拒絶の意思が明確でもある程度の確認の留保は許され、逆に行政指導が不当なら相手方が必ずしも明確に拒絶意思を表明していなかったとしても確認の留保は違法であるとするべき
学説は主に主観説、客観説、折衷説で対立しており、相手方の拒絶の意思表示を重視する主観説に対して、「行政指導はそもそも相手方の意図に反し、あるいはこれと異なる行為にでるように相手方に働きかけるのであるから、相手が勧告、説得を一再聞かず拒絶しあるいは反撥することはむしろ当然でありこれを説得することこそが行政指導の本質に他ならない」という批判もある。また、客観説に対しても「市民の断固たる拒否姿勢をも行政側は排除できることになってしまう」「指導要綱の目的がいかに正当なものであろうとも、目的が手段を正当化するものではない」という意見がある。安部説は60年判決時に考え出された新しい考え方であり、本件判決はこの説を採ったのではないかと考えられる。
(2) 最高裁昭和60年7月16日判決・原審と、本件最高裁の相違
3つの判決の主な相違は任意性要件の具体的判断基準である。最高裁昭和60年7月16日判決は、相手方が「真摯かつ明確に」拒絶の意思を表明した段階以降の行政指導は違法になるという基準を中心に判断方法を提示しており、折衷説に立脚している立場を採った。そして、原審はそうした60年判決の「事業主の任意性」の確保をその適法性要件とする立場を採用している意味で60年判決の論理にほぼ従ったと考えられる。しかし、本件最高裁は、専ら指導要綱の文言ないし規定様態をその運用実態、及び当該相手方に対する具体的指導の様態という客観的な要素のみを重視することにより、係争の行政指導が違法であるとの結論を導き出した。昭和60年7月16日判決の基準とは異なり、またその論理に従ったと見られる控訴審判決の結論を覆すものである。
このような相違の原因は2つ考えられる。一つ目は行政指導の具体的事実・目的の正当性に関する評価の差異である。60年判決は、建築主と近隣住民との間の建築紛争の予防・解決を目的であり、本判決は教育施設負担金制度は法律に定めのない負担金支出を求めるものであり、他の規定と抵触疑惑すら提起されていた性質のものであると考えられる。ここから60年と比較して本件の正当性を相対的に低く見積もる評価姿勢が覗える。2つ目は、行政指導等を拒否すると制裁措置が行われる可能性がある点である。本判決では負担金を徴収する過程が具体的に規定され、負担金未払いのときは給水拒否等の制限措置が予め要綱に定められており、相手方の意思の選択の自由が狭められている点が大きな違いである。
7.私見
まず、私は本件は行政指導の限度を超える違法な公権力の行使であるという最高裁判決に賛成である。ここでは主に原告が主張した2つのことについて私見を述べたいと思う。
一つ目は規制的行政指導は法律の授権に基づかなくてならないという点であるが、私は上記でも述べたように、法律の授権に基づかない場合でも一概に違法となるわけでない、という通説判例に賛成である。本件においても、教育施設負担金の支払いを求めること自体はY側の深刻な財政難や住民側からの要請等、客観的状況や実際の必要性から任意に行政指導が行われる限りにおいては違法ではないと考える。行政指導は相手側に対して義務を課するものではなく、強制執行に連動していないので事業者が明白な意思表示をすれば違法にはならない。その理由として現行法では地方自治体の公共施設等の整備が十分ではないという欠陥があること、街づくりは行政と事業者が互いに協力して行うべきであるからである。しかしここで問題となるのは、実効性の確保のために制裁措置が設けられていることであろう。正直、私も制裁措置の規定を設けること自体には納得しかねるところもあるのだが、昭和60年判決のように折衷説で考える場合、「相手方が不服従を表明したときでも、他に首肯できる合理的な理由、例えば行政指導に対する相手方の不協力が社会通念上正義の観念に反すると言えるような場合は指導に正当性がある」と解釈されるため、本件での給水拒否等の制限措置は相手方の不協力が社会通念上正義の観念に反する場合などに対しての最終的な対抗手段として定めを置く限りにおいて適法だと考える。当時折衷説が判例として打ち出され、それが社会的に妥当とされていた背景から鑑みると、制裁措置の設置は違法とまではいえないだろう。
次に、行政指導が強制にわたったかどうかの判断基準である任意性判断について述べたい。上記にも述べたように本判決と60年判決とでは、そもそも任意性の判断する前提条件が異なっている。60年判決では、Xは行政指導には従わないという明確な拒否の意思表示をすればYの行政指導には従う義務はなく、Yとしてもそれ以上Xの権利義務を拘束することはできない。しかし、本件の場合XはYに拒否の意思表示をした後に、要綱に定められている給水拒否の制限措置を取られる恐れがあった。給水拒否にかんしては平成元年判決にて実際に給水拒否の制限措置を取られているという実例もあり、期日までに建物を完成させたいと思っていたXが教育施設負担金の納付をめぐって問題が生ずると完成が伸びる等の不都合が生じるかもしれないと考えたことは自然な成り行きであり、Xの行政指導を拒否するという選択肢は大変狭められていたと考えられる。(このように考えると、60年判決であげられた主観説・客観説・折衷説という相手方の意思表示の拒否が認められる場合のみ有効に働く従来の学説を本件のように意思表示の拒否があったとはいえない事例には当てはめることが適当なのかは疑問視されるところであり、本件最高裁判決は安部説寄りの考え方を取っていると考えられる。)その上、行政指導の文言からは負担金の減額も認められず、運用の実態から見てもYの行為はXがマンション建築をする以上行政指導に従うことを余儀なくさせるものであり、Xの自由な意思や任意性の尊重はなく、「行政指導の限度を超えるものであり、違法な公権力の行使であると言わざるを得ない」という最高裁の判決は妥当であると考える。このようにXの任意性の確保を認めないような場合は法律によって定められるべきであり、指導要綱で認められる限度を超えていると考えられる。
なお、本件は専ら個別事案の妥当な解決のみを志向した個別紛争解決型の判決例であって一般的な基準提起型の判決例ではない。例えば平成元年判決がなかった場合にも行政指導の違法性が認められたかどうかは疑問である。そのため本判決の射程範囲は狭い。しかし本判決では行政指導の任意性の判断基準として個人の意思表示のもつ重要性が必ずしも重視されるものではないという新たな基準を作り出した重要な判例である。
最後に授業中に討論された「Xは負担金を返してもらえることになったが他事業者は返してもらえないという結果の不平等についてどう思うか」と「寄付金として新しい住民にのみ税負担をしてもらうことの是非」について簡単な私見を述べたいと思う。まず前者に関しては結果の不平等は仕方のないことだと考える。不満に思うことがあって自ら訴訟を起こしたものと甘んじてしまったもので結果が変わってくるのはやはり当然である。また本件においては負担金は自主的にではないにしろ、強制的に巻き上げられたわけではなく寄付金として収めることを納得した上での行為であったと考えられ、それに関して不満に思っても行動に出なかったのであれば仕方のないことであると思う。次に税金に関してだが、私としては街づくりは住んでいる人全員がかかわってくる大きな問題である以上、平等にとまでは言わないが新住民だけではなく旧住民からも少々税金として集めるのが妥当ではないだろうか。この事に関しては専門的な税金のシステムがわからないので具体的なことはいえないのだが、新住民と旧住民に差をつけつつも適度な範囲で税金として集めるのが妥当ではないかと考える。
8.最後に…
本件については討論の中心となる場がわかりにくく、60年判決で使われていた学説を当てはめること自体の矛盾に気づかず討論に持ち込んでしまった。そのために私的にずいぶん混乱してしまい、反省するべき点がたくさんあった。しかし、行政指導のテーマを扱う判例を一通り勉強することによって体系的なことが理解できたように思える。大変勉強になって良かった。来年も頑張っていこうと思う。
(参考条文)
宅地開発等に関する指導要綱(昭和46年10月1日から施行)
1.目的 この要綱は、武蔵野市における無秩序な宅地開発を防止し、中高層建築物による地域住民への被害を排除するとともに、これらの事業によって必要となる公共、公益施設の整備促進をはかるため、宅地開発等を行う事業者に対し、必要な指導を行うことを目的とする
2.一般事項
2-1 適用範囲 この要綱は、次の各号にかかげる事業に適用する。
(1) 宅地開発事業でその規模が1,000平方メートル以上のもの
(2) 中高層建築物の建設事業で、その建築物が地上高10メートル以上のもの
2-2 事前協議 前項に規定する事業を実施しようとする者(以下「事業主」という)は、あらかじめ市長に申し出て、公共、公益施設の設計、費用負担及び日照障害、テレビ電波障害等について、事前に協議し審査を受けなければならない
2-3 同意、被害の補償 事業主は、事業により施設区域周辺に影響を及ぼすおそれのあるものについては、事前に関係者の同意を受け、また事業によって生じた損害については、その補償の責を負わなければならない
3.宅地開発事業
3-1 道路
(1) 事業区域内における都市計画道路及び区画道路については、事業主が整備を行い、市に無償で提供するものとする
3-2 公園、緑地
(1) 開発面積が3,000平方メートル以上の場合は、事業主は市の定める基準により、開発面積の6%以上10%以内の公園又は緑地を設けなければならない
3-5 教育施設 建設計画が20戸以上の場合は、事業主は建設計画戸数1,000戸につき小学校一校、建設計画戸数2,000戸につき中学校一校を基本として、市が定める基準により学校用地を市に無償で提供し、又は用地取得費を不難するとともに、これらの施設の建設に要する費用を負担するものとする
4.中高建築物の建設事業
4-1 日照 事業者は建築物の設計にさきだって、日照の影響について、市と協議するとともに付近住民の同意を得なければならない
4-2 テレビ電波障害
(1) 事業主は、付近住民の受けるテレビ電波障害を排除するため必要な施設を、この負担において設置するとともに、その維持管理についても必要な事項を関係者ととりきめるものとする
(2) 事業主は、付近住民の日常生活に迷惑を及ぼさないように建築物に窓の目隠しを施す等の措置をとらなければならない。
4-3 緑地 事業主は、建築物の敷地面積の20%以上の緑地を設けなければならない。
4-4 工事中の騒音、振動等 事業主は、工事の着手前において、工事中の騒音、振動等について付近住民の了解を得なければならない。
5.その他
5-2 この要綱に従わない者に対する措置 この要綱に従わない事業主に対して、市は上下水道等必要な施設その他必要な協力を行わないことがある
(参考文献)
後藤喜八郎 ジュリスト529号78頁
千葉勇夫 民商法雑誌109巻4.5号217頁
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