基地供用の差止め
法学科3年 高橋 愛
1.はじめに
今回論文を作成するに当たって身近な判例を取り上げたいと思い、厚木基地訴訟を取り上げることにした。私の住む相模原市でも朝晩問わず航空機の騒音がしている。多少離れたところに住んでいるため被害はそれ程ではないが、厚木基地周辺住民には深刻な被害を及ぼしていることは明白である。しかし、本件では民事訴訟を不適法とし、本案判決に入ることなく門前払いし、それにかわる行政訴訟の類型を提示していない。以下では、自衛隊機騒音被害と訴訟類型について検討していく。
2.争点
Ⅰ. 騒音被害を防止するため、自衛隊機の離発着の差止めを民事訴訟で求めることは許されるのか。
大阪空港事件では、民間機の離発着について、空港供用の差止めが求められたが、空港供用の差止めは、不可分一体である航空行政権行使の差止めを求めるものであるから、民事上の請求は許されないとされている。しかし本件は、自衛隊の離発着を対象とするものであるから、事情は同一ではない。
Ⅱ. 騒音被害を防止するため、米軍機の離発着の差止めを民事訴訟で求めることは許されるのか。
本件は、国を被告に、米軍機の差止めを請求しているが、これが可能であるためには、米軍機の離発着を規制する権限が国になければならない。条約や法令上、国にそうした権限がないとすると、米軍機の差止請求を国にすることは、不能なことを求める請求である。こうした請求の訴えは、却下すべきか、棄却すべきか。
3.事実の概要
厚木基地は、自衛隊と米軍が共同で使用する施設であり、神奈川県大和市、海老名市、綾瀬市にまたがって位置し、その半径90キロメートル圏内には以上のほか六市ほどが含まれている。本件は、その周辺に居住する住民たちが、同飛行場に離着陸する航空機の騒音等により精神的、身体的被害を被っているとして、国に対し自衛隊機の離発着の差止め、米軍機の離発着の差止め、および過去及び将来の損害賠償を求めた事案である。ここでは差止めの部分についてのみ取り上げることにするが、第一審第二審いずれも差止め請求についてこれを不適法として退けた。そこで原告住民たちは上告に及んだ。
4.第一審(横浜地裁昭和57・10・20判時1056号26頁)
Ⅰ.否定
Ⅱ.否定
まず、自衛隊機に関し、大阪空港訴訟大法廷判決(最判昭和56・12・16民集35巻10号1369頁)の採用した法理で、Yの本件飛行場の供用行為は、飛行場の設置、管理、自衛隊機の運航のいずれの面も、防衛行政権の行使といえるから、Xらの差止等請求は防衛行政権の行使の取消変更ないし発動を求めることに帰し、民事訴訟手続によることは許されず、訴えは不適法と判示する。
次に、米軍機に関し、本件飛行場が、日米安保条約、地位協定に基づき米軍の使用に供している施設であって、Yは米軍に右条約等の目的遂行に支障なく使用させる条約上の義務を負担することを根拠に、条約に基づき米国の権限で離着陸する米軍機の運航に我が国の民事裁判権が及ぶいわれがないこと、米軍機の運航を規制制限する権限を有しないYに対し、条約上の義務履行行為と抵触する米軍機の離着陸につき規制、制限措置を執ることを求めるのは法的に不能を強いることを理由に、本件差止め請求を不適法と判示する。
5.第二審(東京高裁昭和61・4・9判時1192号1頁)
Ⅰ.否定
Ⅱ.否定
自衛隊機について、本判決は、いわゆる統治行為論を採用し、本件飛行場の設置及び航空機の配備、運用の如き自衛隊機の具体的運営は、我が国の総合的な防衛態勢の一環をなすものであって、このような自衛権行使のための実力組織の規模、内容、程度及びその運用を如何に決定するかは、政治部門の高度の政治的、専門的裁量による判断を伴い、国の政治、経済の動向や、国際関係にも深い関係があり、我が国の存立と安全にもかかわる重要な事項であって、高度の政策的判断を不可欠とするから、いわゆる統治行為ないし政治問題というべく、本件差止め請求は不適法であるとした。
米軍機について、本判決も一審判決の引用をして不適法であるとした。
6.上告理由
自衛隊機の離着陸等の差止め請求は統治行為ないし政治問題に属し民事訴訟事項としての適格を有しないとした原審の判断につき、憲法98条1項、81条、32条の解釈適用を誤り、理由不備、理由齟齬の違法、法令の解釈適用の誤りをいうもの。すなわち、右請求は、被告が自衛隊機の飛行行為等によって原告等の私法上の権利を違法に侵害していることを理由に、原告等が有する環境権、人格権に基づき被告に対して自衛隊機の飛行の禁止等の不作為を求めるものであるから、民事訴訟によって解決されるべき事柄である。
被告に米軍機の運航を規制、制限する権限がないことなどを理由に米軍機の離着陸等の差止め請求を却下すべきものとした原審の判断につき憲法32条違反、裁判所法3条の解釈適用の誤りである。
7.最高裁
Ⅰ.否定
Ⅱ.主張自体失当として棄却
Ⅰ. 自衛隊機の運航は、国の防衛を遂行するため、防衛政策全般にわたる判断の下に行われ、それを統括する権限は、防衛庁長官に与えられている。そして自衛隊機の運航については、自衛隊法107条1項、4項、また5項により、民間機の運航について規制する航空法の適用が大幅に排除されているから、それに対応する規制は、防衛庁長官が行うことと解される。
①「防衛庁長官は、……〔自衛隊機の〕航行に起因する障害の防止を図るため必要な規制を行う権限を有する(自衛隊法8条)ものとされている……そして、自衛隊機の運航にはその性質上必然的に騒音等の発生を伴うものであり、防衛庁長官は、右騒音等による周辺住民への影響にも配慮して自衛隊機の運航を規制し、統括すべきものである。」
②「しかし、自衛隊機の運航に伴う騒音等の影響は飛行機場周辺に広く及ぶことが不可避であるから、自衛隊機の運航に関する防衛庁長官の権限の行使は、その運航に必然的に伴う騒音等について周辺住民の受忍を義務づけるものといわなければならない。そうすると、右権限の行使は、右騒音等により影響を受ける周辺住民との関係において、公権力の行使に当たる行為というべきである。」
③「本件自衛隊機の差止請求は、……航空機騒音の規制を民事上の請求として求めるものである。しかしながら、右に説示したところに照らせば、このような請求は、必然的に防衛庁長官にゆだねられた前記のような自衛隊機の運航に関する権限の行使の取消変更ないしその発動を求める請求を包含することになるものといわねばならないから、行政訴訟としてどのような要件の下にどのような請求をすることが出来るかはともかくとして、右差止め請求は不適法というべきである。」
Ⅱ. 米軍機による騒音被害を発生させているのは、国ではなくて米軍であるから、米軍機の離発着の差止めを国に対して請求することが出来るためには、国が、米軍の運航を規制し制限する立場になければならない。しかし「関係条約及び国内法令に右のような特段の定めはない。そうすると、上告人らが米軍機の離着陸等の差止めを請求するのは、被上告人に対してその支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するものというべきであるから、……主張自体失当として棄却を免れない。」(自衛隊機差止請求、米軍機差止請求につき上告棄却、過去の損害賠償請求につき破棄差戻し。)
橋元補足意見(味村裁判官も同調)
自衛隊機の差止請求を行政訴訟の対象となしうるかについて検討し、「自衛隊機の運航により一定限度以上の被害を受けることがないという周辺住民」の利益は、法律上の利益にあたるとして、その原告適格ないし訴の利益を認め、訴訟形態としては「防衛庁長官に対して、特定の飛行場における離着陸を伴う自衛隊機の運航で一定の時間帯又は一定の限度以上の音量に係るもの等についての命令を発してはならないとの不作為を求める」「無名抗告訴訟」(予防的不作為訴訟であろう)が考えられるとしている。
8.自衛隊機の差止請求について
(1) 参照:大阪空港訴訟(最判昭和56・12・16民集35巻10号1369頁)
大阪国際空港訴訟は、同空港の周辺住民が騒音被害の賠償とならんで航空機の夜間飛行の差止めを求めた、我が国初の本格的な公害予防・環境保全訴訟である。
最高裁は「本件空港の離着陸のためにする供用は、運輸大臣の有する空港管理権(空港を公共の用に供するためには法律上認められる特殊の包括的管理権能で非権力的権能を本体とする)と航空行政権(航空法その他航空行政に関する法令の規定に基づき運輸大臣に付与された航空行政上の権限で公権力の行使を本質的内容とするもの)という二種類の権限の、総合的判断に基づいた不可分一体的な行使の結果であるとみるべきであるから、[供用差止め]請求は、事理の当然として、不可避的に航空行政権の行使の取消変更ないしその発動を求める請求を包含することになる……。したがって[原告住民らが]行政訴訟の方法により何らかの請求をすることが出来るかはともかくとして……いわゆる通常の民事上の請求として[離着陸の制限を求める]私法上の給付請求権を有するとの主張が成立するいわれはない」と判示した。
・「航空行政権は」とは一体何か?
航空事業が国策に即して国家と国民の利益にもっともふさわしいかたちで展開されるよう、航空事業を広く規制する運輸大臣の行政権限が包括的に「航空行政権」という名で総括されているとみる。
・伊藤補足意見
国営空港の供用行為に関する運輸大臣の航空行政権の行使の多くは空港の利用者など直接の関係者のみを規制の対象とするもので、それ以外の一般第三者に対する関係において公権力の行使にあたる行為の性格を有しないことを認める。
しかし、航空運送事業の免許、事業計画変更の認可について、法は、運輸大臣が当該事業活動による第三者の法益侵害の可能性の有無・程度を考慮してその許否の判断をすべきものとし、これによって第三者の権利・利益を可及的に侵害から擁護することとするとともに、なおも避けえざる不利益はこれらの者において受忍すべき義務を課しているものと解するのが相当であり、したがって、当該空港と利用関係に立たない一般第三者もこれら行政処分に当然付随する規制作用の名宛人として直接規律されるものであって、その意味において、これら行政処分は、一般第三者に対する関係においても公権力の行使にあたる行為の性格を有するとみるのを相当とする。
(2) 大阪空港訴訟との比較
◇差止請求を不適法とする根拠
大阪空港
「空港の離着陸のためにする供用は運輸大臣の有する空港管理権と航空行政権という二種の権限の、総合的判断に基づいた不可分一体的な行使の結果であるとみるべきであるから」航空行政権の行使を事実上妨げる影響をもつ差止めは許されないとする不可分一体論を用いた。
・不可分一体論とは
公権力の行使を妨げる場合に、それ自体としてみれば差止めが可能な行為の民事差止めを禁止する仕組みがとられている議論である。
本件最高裁
本判決の判旨Ⅰ①より、防衛庁長官が自衛隊機の運航を規制する権限を持ち、この権限には、飛行場周辺住民への騒音被害を防止する規制権限が含まれているとする。
次に、判旨Ⅰ②は航空機騒音に関する防衛庁長官の規制権限の行使が、許容した航空機運航から生じる騒音の受忍を周辺住民に義務付ける効果を持つと述べている。
この部分は重要であり、判決の言うように、防衛庁長官の規制権限の行使に、航空機騒音の受忍を周辺住民に義務付ける効果を認めうるとすると、二つの命題を引き出すことが出来る。
⇒イ、航空機の運航を規制する防衛長長官の権限行使は、公権力の行使である。
⇒ロ、判例理由には述べられていないが、公権力行使によって騒音の受忍を義務付けているのであれば、住民が民事差止めにより義務を逃れることは許されない。
ここから一種の公定力的説明を用いたと分かる。
・ 公定力とは
行政行為は、たとえ違法であっても、行政庁自らが職権により取消し、または撤回する場合は別段、相手方等の争訟の定期に基づき行政庁または裁判所が取消の措置を取らない限り有効に通用する。
・ 取消訴訟の排他的管轄
ある者が行政行為により形成された法関係または権利義務関係に不服がある場合も、この法関係または権利義務関係を民事訴訟や当事者訴訟で直接争うことはできず、取消訴訟により行政行為の取消を求めなければならないということを意味する。
◇「公権力の行使」の意味
大阪空港
特定の法律上の根拠を示さないまま、航空行政権に関する運輸大臣の権限を「航空行政権」と称し、これに「公権力性」を認定していた。
本件最高裁
防衛庁長官の自衛隊機の運航を統括する権限を自衛隊法8条に求め、航空機の安全性に関する諸基準を定立しなければならないこと、自衛隊法107条5項が航空機による災害を防止し公共の安全を確保するため必要な措置を講じなければならないと定めているところから、防衛庁長官の航空の安全及び航空に起因する障害の防止を図るための規制を行う権限を導いている。
・「公権力の行使」に当たる事実行為の認定要件(判例・学説)
法律による個別具体的な授権規定が存在すること、その授権規定に基づき一方的ないし権力的な作用であること、内部関係者に止まるものではなく外部関係者に向けられ国民の権利義務に影響を与えるものでなければならない。
→これを本件について考えてみると……
・自衛隊法8条は内部的な規定。
・自衛隊法107条5項から防衛庁長官が周辺の環境に配慮すべき責務を負っていることは言うことができても、一般的・抽象的な責務規定から個別具体的な権力的作用の根拠を導くことは出来ないのであって、周辺住民に騒音を受忍することを義務付ける根拠規定とはなりえない。
(3) 救済方法
「公権力の行使に当たる行為」であれば、その行為に付随する「公定力」を排除するために抗告訴訟(行訴3条1項)を提起することになる。
ⅰ.取消訴訟(行訴3条2項)
行政処分の取消を求める訴訟。
まず、防衛庁長官が特定の飛行場における離着陸を伴う自衛隊機の運航を個別的又は包括的に命じていて、その命令による自衛隊機の運航に伴う騒音等により周辺住民が著しい被害を受ける場合には、その命令の全部又は一部の取消を求める訴訟が考えられる。
自衛隊機の運航に関する命令は自衛隊内部におけるもので部外者がその内容を知ることはほとんど不可能と考えられることから、取消訴訟は実際上適切な手段でない。(橋本・味村補足意見)
ⅱ.無名抗告訴訟
法定外抗告訴訟。
無名抗告訴訟の一種である行政庁の不作為を求める予防的不作為訴訟が考えられるのではないかと述べている。(橋元裁判官)
※予防的不作為訴訟とは行政庁が一定の行政処分を行わないことの義務付けを求める訴訟や行政庁の不作為義務の確認を求める訴訟である。
ⅲ.権力的妨害排除訴訟
包括的な権力的作用に対し、生命、健康等の包括的人格的利益を起訴としてその排除を求める訴訟。
原告は生命・健康等の人格権を基礎とし、端的に、包括的な公権力の行使として国営空港の供用行為の停止を求める(塩野)
ⅳ.公法上の当事者訴訟(行訴4条後段)
行政事件訴訟法の立法者は実定法上に公法と私法の区別があることを前提に、前者にかかる事件を行政事件として把握し、その中で、公権力の行使に関する不服の訴訟を抗告訴訟として別に取り出したので、その他の公法上の権利関係に関するものでいいかえれば公権を訴訟物とするものが、公法上の「実質的」当事者訴訟。
公企業と第三者との関係から生ずる紛争を事前に調整する行政法上の制度が整っていない状況の下では、差止請求について抗告訴訟か民事訴訟かで割り切るのは困難で、かかる公権力の行使を私経済作用の複合した紛争は公法上の当事者訴訟が適当であるとする。(園部、鈴木)
(4) 行政事件訴訟の限界
・統治行為論(本件2審)
高度の政治性のある行為を統治行為として捉え、概念上は法律上の争訟に当たる場合でも、一般に司法審査の対象とならないとする。
→どんな訴訟も馴染まない。
・不可分一体論(本件1審、大阪空港訴訟)については見解が分かれている。
◇塩野説
救済方法として、抗告訴訟と民事訴訟のみを考える。
大阪国際空港訴訟判決のように包括的な権力作用としての国営空港供用行為なる把握を前提とすると、これに対して個別的な権力作用を対象とした取消訴訟、予防的不作為訴訟は認められないため、民事上の救済における妨害排除法制をモデルにした法定外抗告訴訟すなわち、権力的妨害排除訴訟を想定する。
◇高木・園部・鈴木説
救済方法として、抗告訴訟、民事訴訟の間に公法上の当事者訴訟を考える。公法上の当事者訴訟は抗告訴訟でも民事訴訟でも救済されない中間領域(グレーゾーン)について活用する。
塩野説に対し、行政訴訟法4条に当事者訴訟を根拠に当然、公法上の当事者訴訟も認められるとする。大阪国際空港訴訟判決の行政権、管理権の不可分一体論より包括的な権力作用と捉え、個別的権力作用を前提とした取消訴訟、予防的不作為訴訟は認めず、公法上の当事者訴訟を用いる。
・公定力的説明(本件最高裁)
大阪国際空港訴訟では不可分一体論を用いたため、個別の法令の根拠を示さずに処分を包括的に漠然と捉えていたが、本件最高裁は公定力的説明を用いたため、処分を個別の法令毎に検討し、根拠があるかを判断している点で異なる。
・まとめ
|
|
取消訴訟 |
予防的不作為訴訟 |
権力的妨害排除訴訟 |
公法上の当事者訴訟 |
民事訴訟 |
統治行為論 |
|
× |
× |
× |
× |
× |
不可分一体論 |
塩野説 |
× |
× |
○ |
× |
× |
|
高木説 |
× |
× |
× |
○ |
× |
公定力的説明 |
塩野説 |
○ |
○ |
△ |
× |
○ |
|
高木説 |
○ |
○ |
× |
× |
× |
※民法学者は民事訴訟で解決すべきだと考えている。
○どの訴訟類型を選ぶか……
どの訴訟類型を選ぶかは本案に入って、差止が認められやすい要件の方が救済に優れている。原告にとっては勝訴しやすい訴訟類型を選んだ方がより生産的であり、一方、行政の側からすると行政の言い分が反映されるものの方が好ましい。
民事訴訟が差止を認められやすい要件を持つのであれば救済に優れていると言える。また、行政訴訟が差止を認められにくい要件を持つのであれば救済に向いていると言えない。行政訴訟においては出訴期間三箇月という制限があり(行訴法14条1項)、民事訴訟においては公共性の有無によって権利救済が認められない場合もあり、一概にどちらが勝訴しやすいとは言えない。ただ、どの訴訟も本案勝訴の確率が同一でないとすると、勝訴要件を考えて訴訟類型を選択するべきであるということが言える。
9.米軍機の差止請求について
(1) 一審、二審との比較
一審・二審
「法的に不能な給付」として却下
最高裁
訴えの適法性を否定せず棄却
本判決は特に触れていないが、一般的・抽象的には人格権侵害に基づく物権的請求権類似の妨害排除ないし予防請求権の成立の可能性を肯定する趣旨と解されている。
一般に物権的妨害排除請求の相手方は「現在妨害状態を惹起している者」又は「その妨害状態を除去しうるべき地位にあるもの」であるとされる。本判決が「米軍機の離発着の差止めを国に対して請求することが出来るためには、国が、米軍の運航を規制し制限する立場になければならない。」というのも趣旨は同一であると思われる。
(2) 参照:横田基地判決(最一小判平成5・2・25判時1456号53頁)
本件は米軍の管理・運営する横田基地の周辺住民が米軍機の離着陸による騒音被害は受忍限度を越えているとして、国に対し米軍機の飛行等の差止めと過去及び将来の損害賠償を求めた事案である。
最高裁は以下の3点を指摘した。
① Yが妨害状態をひきおこしているか
②
Yが妨害を防止しうる立場にあるか
③
騒音等による被害防止のためにY独自の対策が可能なことを理由にYに対して本件差止請求をなしうるか
最高裁は主位的請求と予備的請求とを特段に区別せず①~③の検討をした後、主位的請求の趣旨に関して、「Yに対する給付請求であることが明らかであり、抽象的不作為命令を求める訴えも請求の特定性を欠くとはいえない」と判示した。
しかし、民事訴訟による差止請求自体を適法とし、「支配の及ばない第三者の行為に対する差止めを請求するもの」という結論は、米国を直接相手取って裁判を提起することができない以上差止めという形での救済はまったく認められないことになる。
(3) 救済方法
行政上の義務付け訴訟という救済方法が考えられるが、両国間の外交交渉によって問題解決が図られなければならないため、裁判所が原告の請求を認容したとしてもその履行をどのように担保できるかという問題が残される。
地位協定2条4項(b)に該当する場合には日本側の具体的要望を米軍側に申し伝える権利を地位協定上有しているのであるから、日本の裁判所が国内法上違法な状態を除去するために、日本政府に対して地位協定上の要望権を行使するよう命令することは可能である。
10.その後の判例
第二次厚木基地訴訟
第一審(横浜地裁平成4・12・21判時1448号42頁)
Ⅰ.積極
Ⅱ.否定
自衛隊機に対する差止め請求については、Yが主張した統治行為論や民事訴訟による請求の不適法性といった主張を採用せず、訴えの適法性を肯認したが、本件における侵害行為及び被害は厚木基地において離着陸する自衛隊機及び米軍機の双方によるものであることが認められ、自衛隊機のみによる侵害行為及び被害の程度を把握するに足りる証拠がないとして請求を棄却した。
米軍機に対する差止め請求については、我が国の民事裁判権が及ばない事項であるか、行政府の高度に政治的かつ自由裁量にゆだねられた事項であり不適法な訴えであるとして訴えを却下した。
第二審(東京高裁平成11・7・23訟務月報第47巻第3号)
Ⅰ.否定
Ⅱ.主張自体失当として棄却
第一次厚木基地訴訟上告審判決と同じ判断のため省略。
11.私見
自衛隊機の差止請求について、最高裁は民事請求を不適法とし、それにかわる行政訴訟の類型をそれを「ともかく」の述べ、明確に提示していない点に不満を覚える。救済方法としては橋元裁判官のいう無名抗告訴訟が妥当であると思う。
また、米軍機の差止請求については、直接、米軍基地を訴えられない以上、少なくとも緊急の場合には、本件の如き立場にあるYに対しても地位協定上の要望権の行使を請求しうると考える。Xの求める状態を実現するにはやはり外交交渉は欠かせないと思われる。
<補足>
・空港における管理権の所在
空港騒音ないし航空機騒音に関する裁判例で問題とされた空港については、管理権の所在等により様々な類型があるため、法理論上区別して考察する必要がある。
Ⅰ空港整備法、同施行令にいう「空港」には三種類ある。
ⅰ第一種空港のうち、東京国際空港及び大阪国際空港は運輸大臣が、新東京国際空港は公団が設置、管理している。
ⅱ第二種空港(主要な国際航空路線に必要な飛行場で政令で定めるもの)には、新潟、福岡のように運輸大臣が設置、管理するものと、秋田のように運輸大臣が設置するが県が管理するものがある。
ⅲ第三種空港(地方的な航空運送に必要な飛行場で政令で定めるもの)は、地方公共団体が設置、管理する。
Ⅱ空港整備法にいう「空港」以外に民間の航空機の他、横田(米軍)、厚木(海上自衛隊及び米軍)、小松(航空自衛隊及び米軍)などの飛行場がある。
・航空機の種類
他方、被害をもたらしている主たる原因たる航空機の種類に着目するときには、民間の航空機、自衛隊機、米軍機の3グループに分けることが出来る。
(参考文献)
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古城誠 法学教室156号106頁
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遠藤博也 国家賠償法 中巻782頁
芝池義一 行政法総論講義
芝池義一 行政救済法講義
塩野宏 行政法Ⅱ
判例コンメンタール(特別法)国家賠償法322頁
田山輝明「厚木基地公害訴訟第二審判決」判評335号28頁
阿部泰隆・兼子仁・村上順
古城誠 時の判例法学教室156号107頁
大内俊身 時の判例ジュリスト1026号91頁
園部逸夫 現代行政と行政訴訟 24頁