住民訴訟の対象性

                        法学科4年 上里 亮太 

1.はじめに

 地方分権の時代といわれている昨今、行政法という括りの中で、何がより重要な役目を果たし、注目されていくのかと考えるとき、間違いなく住民訴訟はその一つである。多様な行政行為、それに対する不当・違法の申し立てというように、多種多様で複雑な行政に係わる活動があるが、住民訴訟は一度に多くの人の関心を引き、かつ地方自治にとり重要な役目を果たすものである。そこで、住民訴訟における諸問題のうち、行政のいかなる違法行為に対して住民訴訟を適法に提起できるのか、この問題について判例を中心に検討することとする。

 

2.住民訴訟の意義、目的

 行政事件訴訟法第5条によると、国又は公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟で、選挙人たる資格その他の自己の法律上の利益に関わらない資格で提起するものが『民衆訴訟』である。民衆訴訟は国民個人の利益と関係なく、もっぱら行政の客観的な是正を求めるものである。行訴法42条は、民衆訴訟は法律の定める場合において、法律の定める者に限り提起することができるとしている。つまり、法律にこれを許す規定がない限り訴訟の対象とはならないのである。そして、民衆訴訟の一つとして地方自治法に定められているものが『住民訴訟』である。

 地方自治体の財産は究極的には住民の税金で構成されているのであるから、地方自治体の財政の健全性は、租税の負担者である住民の監視により維持されることが望ましい。地方公共団体の財産管理や財務会計上の行為の適否を監視するために、住民は地方公共団体の財務会計上の行為の違法、不法を監査委員に対し監査請求し、指摘することができる。これは住民監査請求といわれる。

 監査請求に基づく監査委員の監査結果若しくは勧告、又は勧告に対する執行機関又は職員の措置に不服があるときは、実定法上の一定の要件のもとに住民訴訟を提起することができる。その要件とは、監査請求前置、当事者適格、請求の範囲、損害発生、出訴期間などのいくつかのものである。

 住民訴訟は、アメリカにおいて一般に納税者訴訟といわれていたものを範として導入され、我が国の地方自治を支える直接民主主義的な手続きとして重要な機能を果たしている。

 

3.請求の対象

地方自治法242条の2は普通地方公共団体の住民は、当該団体の長若しくは委員会若しくは委員又は職員について、違法な①公金の支出、②財産の取得、管理若しくは処分、③契約の締結若しくは履行、④債務その他の義務の負担、⑤公金の賦課徴収を怠る事実、又は⑥財産の管理を怠る事実があると認めるときは、監査請求手続きを前置したうえで、次の各請求をすることができる。

a.当該執行機関又は職員に対する当該行為の全部又は一部の差止めの請求

b.行政処分たる当該行為の取消し又は無効確認の請求

c.当該執行機関又は職員に対する当該怠る事実の違法確認の請求

d.普通地方公共団体に代位して行う、当該職員に対する損害賠償若しくは不当利得返還の各請求、又は当該行為若しくは怠る事実に関わる相手側に対する法律関係不存在確認の請求、損害賠償の請求、原状回復の請求若しくは妨害排除の請求

以上のように規定している。通常これら①~⑥を総称して、財務会計事項と呼んでいる。実定法上、住民監査請求及び住民訴訟は、財務会計上の行為に限って認められるものである。

判例においても、「住民訴訟は地方公共団体の事務又はその機関の権限に属する事務全般を監督するための事務監査請求制度とは異なり、地方公共団体の財政上腐敗行為を防止、匡正する制度である」とか、「住民訴訟の目的は地方財務行政の適正な運営を確保することである」としている。なお、住民監査請求は違法又は不当な行為又は怠る事実が対象となり、住民訴訟については違法のみが対象となる。

 

 以上のように、住民訴訟の請求の対象は財務会計上の行為に限られるのであるが、特に、財務会計上の行為のうち「財産の取得、管理若しくは処分」「財産の管理を怠る事実」の内容となる「財産」概念の範囲について議論になる。例えば地方公共団体が、ある物を取得あるいは処分をした場合、そのある物が242条の2のいう財産に含まれるのであれば住民訴訟の対象となるが、含まれなければ適法に住民訴訟を提起することができなくなるのである。

 

4.判例

<事実の概要>

 福山市は昭和56年9月5日、土地区画整理法(以下「法」という。)96条2項、104条11項に基づいて備後圏都市計画事業東部土地区画整理事業の事業施行者として当該保留地を取得し、昭和57年8月27日、商業店舗用地として株式会社天満屋に対し随意契約により売買代金22億7338万9566円で売却した。上告人らは、本件事業の施行規程所定の要件がないのに随意契約の方法で売却した違法及び時価より低廉な価額で売却した違法があると主張して、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、同市に代位して右売却当時同市の市長の職にあった被上告人に対して、時価と売却価額との差額相当分の損害賠償を求めた。

 土地区画整理事業とは

   都市計画区域内でありかつ道路・公園等の都市基盤公共施設が未整備である土地において、公共施設の整備改善および宅地の利用の増進をはかり健全な市街地にするために、地区内の権利者から道路公園等の公共施設用地などに必要な土地を少しずつ公平に負担提供(減歩)してもらい、これらの整備とともに宅地の区画や形状を整え、宅地の利用価値を高める事業である。

保留地とは

   区域内の土地所有者は、事業資金の一部を確保するために、自分たちの土地を提供しあい(減歩)、保留地(宅地)として整備して一般の人に売却する。

  つまり、保留地は道路や公園などの都市基盤が整理された良好な土地の中にある優良な宅地である。

 

<一審>

市による保留地の売却は、地方自治法242条1項にいう「財産の処分」ないし「契約の締結」にあたり、住民訴訟の対象となるとしつつも、本件売買処分は違法とはいえないとして請求を棄却。

 

<二審>

 市が事業の施行者として取得する保留地は地方自治法242条1項にいう「財産」にはあたらず、その随意契約による処分は「契約の締結」にもあたらないとして、訴えは不適法として却下。

 

<最高裁>

破棄差し戻し

 住民訴訟は、地方自治法242条1項所定の財務会計上の違法な行為または怠る事実を対象とするものでなければならないところ、普通地方公共団体所有の不動産は、公共財として同法237条1項、238条1項1号において「財産」にあたるものと規定されているから、普通地方公共団体の住民の負担に係る公租公課等によって形成されたものであると否とを問わず、同法242条1項所定の「財産の処分」として住民訴訟の対象となる。

 本件の保留地は、本件事業の換地処分の公告があった日の翌日である昭和56年9月5日に福山市の所有に属することとなり、同市がこれを同57年8月27日に随意契約によって売却したというのであるから、右売却当時同市の「財産」であったものであり、右売却行為は、「財産の処分」及び「契約の締結」に当たり、住民訴訟の対象になるものというべきである。

 

5.検討

 本件の大きな論点は、保留地の随意契約による売却処分が、地方自治法242条1項の「財産の処分」及び「契約の締結」に該当するのか否か、ということである。保留地売却処分を住民訴訟で争うには、①保留地売却処分そのものを地方自治法242条1項にいう「財産の処分」とみるか、②売却に際して締結された契約を同項のいう「契約の締結」とするかの二つの方法が考えられる。

 また、保留地売却処分が「財産の処分」になるには、その前提として保留地が「財産」に該当しなければならない。

 土地区画整理法は、換地処分の公示がなされた翌日をもって当該地方公共団体が保留地の所有権を取得すると規定している(同法104条9項)。福山市が本件土地区画整理事業の換地処分の公示があった翌日に保留地の所有権を取得し、本件保留地が福山市の財産となったことは間違いないが、民衆訴訟の対象となる「財産」ということができるであろうか。

 

被告側の主張によると、土地区画整理事業のもとでの換地処分は、地方公共団体の財務会計上の処理を直接の目的とはしておらず、土地区画整理事業の結果として保留地を取得したとしても、それは土地区画整理事業の実施のために土地区画整理法の規程にしたがって土地を集めたにすぎないものであり、本来的な地方公共団体の財産ではない。よって、保留地の処分は住民全体の利益を害するような住民訴訟の対象としての財務会計行為性を有しないとしている。

第二審も、住民訴訟の対象となるべき「財産の処分」における「財産」とは、地方公共団体の住民の負担に係る公租公課等によって形成された地方公共団体の公金及び営造物以外の財産を意味するものと解すべきであり、したがって、住民訴訟の対象となるべき「契約の締結」も、財産の処分を内容とするものである場合には、右の意味における「財産」の処分を内容とするものでなければならない。換地処分の公示があった翌日に保留地の所有権を取得するが、それはあくまでも土地区画整理事業施行者としての市が取得するのであって、地方公共団体としての市が取得するのではなく、保留地の処分としての随意契約も地方公共団体としての市が締結するのではなく、あくまでも土地区画整理事業施行者としての市が締結するものである。よって、市が土地区画整理事業の施行者として取得する保留地は、右の意味における「財産」には当たらず、その随意契約による処分は右の意味における「契約の締結」に当たらない。保留地は土地区画整理事業の費用に充てるため、または規準、規約若しくは定款に定める目的のために、換言すれば土地区画整理事業遂行という目的のために設定されるものであり、その処分は本来的な地方公共団体の財産の処分とは異なる。そして、そもそも保留地は、実質的には減歩を受けた土地所有者全員の共有に属するものであり、市の財産処分に関する法令の規定は適用されないので、地方自治法242条の適用もない。このように判示している。

 

これに対して最高裁は以下のような考えにたつ。住民訴訟は地方自治法所定の財務会計上の違法な又は怠る事実を対象とするものでなければならず、普通地方公共団体の所有に属する不動産は、公有財産として地方自治法における「財産」に当たると規定されている。よって、普通地方公共団体の所有に属する不動産の処分は、当該不動産が当該地方公共団体の住民の負担に係わる公租公課等によって構成されていると否とを問わず、242条の2の「財産の処分」となり住民訴訟の対象となる。

福山市は、土地区画整理事業者として保留地を取得し処分したものであるが、地方自治法2条3項12号によると土地区画整理事業は地方公共団体の事務であるので、地方公共団体の地位と土地区画整理事業施行者としての地位とが別個独立してあり、これに従い保留地を取得・処分したとはいえない。

 

では、第二審と最高裁との違いはなぜ生まれるのであろうか。この違いは、基本的判断枠組みの違いによるものが大きい。二審の特徴としては、住民訴訟制度の目的という視点を軸にして住民訴訟の対象となるべき「財産」の意義、財務会計上の行為であるか否かを判断しているところである。

昭和38年の最高裁判決を引用し「住民訴訟制度は、地方公共団体の公金、財産及び営造物が、地方公共団体住民が納付する租税その他公課の収入によって形成され、地方自治行政の経済的基礎をなすものであるとことから、役職員による地方公共団体の公金、財産及び営造物についての違法な支出、管理、処分行為を防止匡正し、そのことによって地方公共団体の利益をはかることを目的としたものである。」として、この考えを軸に構成された判断である。

一方最高裁は、住民訴訟制度の目的という視点から限定を加えずに、地方自治法における「財産」の意義を明確にし、また、二審のように保留地取得の目的、取得の経緯に注目はせずに、現に「当該不動産が当該普通地方公共団体の所有に属する」ことの着目し判決している。本件土地区画整理事業の換地処分の公示があった翌日に保留地の所有権を取得し、本件保留地は福山市の財産となった事実に着目し、保留地の売却処分は「財産の処分」「契約の締結」にあたり住民訴訟の対象となるとしたのである。

 

二審判決において、土地区画整理事業施行者としての市と地方公共団体としての市は別の地位であるとしているが、地方自治法2条3項12号には地方公共団体が処理すべき事務として土地区画整理事業があげられていることから、地方公共団体が施行者としての主体となりうると考えるのが妥当であるように思える。地方自治法の財産の意義について住民訴訟制度の目的から判断をしているが、もう一度、現行住民訴訟制度を丁寧にみていくと、住民訴訟の目的が納税者の利益を擁護することであり、住民訴訟の訴権を与えられているのは納税者であるならば二審の判断も妥当であろう。しかし、訴権を与えられているのは普通地方公共団地の住民であると地方自治法242条の2に明示されている。また、昭和58年最高裁判決によると、現行住民訴訟制度の目的は、第一義的には地方公共団体の執行機関又は職員の違法な財務会計上の行為を予防・是正し、それにより地方財務行政の適正な運営を確保することであり、ひいては地方公共団体の構成員である住民全体の利益を保証するところにある。したがって、住民訴訟の目的に昭和38年判決を引用した第二審は誤りであると考えられる。

 

保留地は土地区画整理事業の費用に充てるため、または規準、規約若しくは定款に定める目的のために、換言すれば、土地区画整理事業遂行という目的のために設定されるものであり、保留地の処分は本来的な地方公共団体の財産の処分とは異なるとする。しかし、保留地の売却処分は土地区画整理事業の費用を捻出するために行われるので、その財産的価値に着目して行われる行為にほかならず、一般の財産処分に関する規定は適用されないものの、保留地の処分は施行規程にしたがわねばならず、そのうち保留地に関する規定を財務会計上の規範ととらえれば、本件保留地の売却処分について住民訴訟の対象とすることができるのではないか。また、保留地の処分は私法上の売買契約であるから売却行為は財務会計上の行為であると、最も単純に考えても最高裁判決は妥当であろう。

 

一方で、本件保留地売却処分も究極的には土地区画整理事業の達成という一定の行政目的実現のために行われたものであり、直接に財産の取得を目的としたものではないと考え、財務会計行為性を否定し住民訴訟の対象にはならないとすることも可能であるとも思われる。しかし、今日の行政活動の多くには、何らかの財務的処理との関わりがあり、行政の財務的行為全ては最終的にはある一定の行政目的達成のためにあると考えると、この場面で持ち出すべき考えではない。

 

保留地に関しての判例として、保留地所有権の取得に関する各行為の財務的行為性が問題になった昭和51年判決がある。保留地所有権の取得は換地処分の結果であって別個独立の財務的行為が介在しないことから、換地処分は財務的事項に適さず、換地処分によって地方自治体が財産を取得する場合があっても、地方自治法242条の2の定める住民訴訟の対象とはならないとしている。土地の取得は「財産の取得」であるが、直接には財産の取得を目的とせず、土地区画整理事業の達成という一定の行政目的実現のために行われる行政処分の直接の結果として、他に財政的行為が介在せず財産を地方公共団が取得した場合である。このような場合に住民訴訟の対象として認めてしまうと、一般行政上の違法を住民訴訟で争うことになり住民訴訟の目的を逸脱してしまうからである。

 

6.住民訴訟の対象の範囲

 財産的事項か非財産的事項であるかは、その行為又は事実が直接又は間接に地方公共団体に財政上の損失をもたらすかどうかではなく、その行為又は事実の性質いかんによるものであるとする考えがある。つまり、財務的処理を直接の目的とする行為を財務会計上の行為とし、住民訴訟の対象とすべきであるとし、住民訴訟の対象を目的面から限定していると思われる。

 これに対して、住民訴訟の対象性の判断として、行為の目的が財務的処理に当たるかではなく、行為の効果として財産上の損害を発生させているか否かを判断の中心におく考え方もある。

 二つの中間的立場に立つものとしては、財務的処理を直接の目的としながら、直接かつ本来の効果として地方公共団体に財産的損害を与える行為を住民訴訟の対象とするものもある。

 

上記3つは判決に表れた考えであるが、住民訴訟制度を地方公共団体の財政統制であるとするならば、財務的処理を目的としている必要がある。また、財務会計上の行為であっても、現実に財産的損害を生じさせていないものを住民訴訟の対象とすべきではない。したがって、財務的処理を直接の目的とし、財産的損害を与える行為を住民訴訟の対象とすべきである。

住民訴訟の対象となるのは財務会計上の行為であるが、今日の行政活動の多くは何らかの財務的処理と関係することがあり、何が財務的事項で何が非財務的事項なのかという区別が難しくなっている事実がある。

最近の住民訴訟の特徴は、典型的財務会計行為そのものの違法を争いつつ、財務会計的行為を足掛かりにはするが、典型的財務会計的行為を越えて行政一般の違法性を争うことが目立つようになってきたことである。

また、そうしたなかで議論になるのが、住民訴訟の対象の非財務会計事項への拡張議論である。非財務会計事項について現行法の中で争える可能性を論じるものである。例えば、先行行為である非財務的事項の違法性が、引き続く財務的行為を違法にする場合に、後行行為の違法を争うことにより先行する非財務的行為を争うことができるか否かということになる。そして、最高裁は「住民訴訟の対象が財務会計上の行為又は怠る事実に限られるのは規定上明らか」とした上で、「単にそれ自体が直接法令に違反する場合だけでなく、その原因となる行為が法令に違反し許されない場合の財務会計上の行為もまた違法となる」と判示している。

住民訴訟の提起には住民監査請求前置を要するが、同じように住民の直接参政制度の一環として、事務監査請求がある。事務監査請求は広く地方公共団体の事務一般について監査請求ができるが、その要件としては、地方公共団体の選挙権を有する者の50分の1以上の者の連署を要し、また請求後の措置は監査結果の公表にとどまっている。したがって、監査結果に対する司法統制まで要求することはできず、最終的には政治的責任の問題として処理されてしまう。こうしたことから、非財務会計的行為も現行住民訴訟の枠内で争うことができれば、地方行政の住民による統制がより確実になるといえる。しかし、これに対して、最高裁が「住民監査請求及び住民訴訟の制度は、財務に関する地方自治法第9章に規定されており、また、住民訴訟制度は本来司法権に属するものではなく、法律によって特に例外的に司法権に認められた民衆訴訟である」としていて、地方自治法が、地方行政の分野の中でも司法的統制に比較的馴染み易い財務的事項に限って住民訴訟という司法的統制を認めたと解し、財務会計上の行為の範囲についてもみだりに拡張すべきでないとする見解もある。

先ほどあげたように、非財務的先行行為の違法性を実質的に判断した判決があることから、住民訴訟を提起するにあたって公金支出を伴うようなケースにおいては「財務会計上の行為」という概念を用いることが無意味になる可能性もあるといえる。

 

7.今後の住民訴訟

 現在の行政の流れは中央から地方の時代といわれ、地方分権が強く押し進められており、各自治体も自らの力で生き残らねばならない時代といえる。地方自治体が住民と協力し、住民の意見を反映した住みよい「まち造り」が行われていくことが理想ではあるが、近年公務員の不祥事をよく耳にすることからもわかるように、行政自身の統制とともに住民の直接参政の手段などを通した統制も重要な役割を果たすはずである。そのなかで住民訴訟はどのような位置づけで活用されていくべきなのであろうか。

 

 住民訴訟のために「職員が過度に慎重になり、事なかれ主義や責任回避、士気の低下による公務の低下が生じる」との総務省の見解もあったが、当たり前の行政行為を遂行してどうして過度に慎重になることがあるのかという批判もある。違法行為をすれば責任を追及され正されるべきである。そうした当たり前のことに耐えられる責任ある人物に行政は任され運営されるべきであるので、行政側も自己啓発を推進すべきである。住民訴訟は住民が違法であると判断して初めて提訴されるものであるから、行政活動をするにあたり、常に住民の視線で行政を運営していれば「過度に慎重になり、事なかれ主義や責任回避、士気の低下による公務の低下が生じる」ことは少なくなるはずであり、地方自治とはそうあるべきである。

 地方分権化とともに住民の地方行政への関心が高まることが望まれる。行政活動に積極的に住民が関わり、行政行為などが行われる前に住民への十分な説明、協議がなされていけば、事務監査請求や住民訴訟などの事後的統制も少なくてすむであろう。しかし、そのような住民自治が達成されることは現実にはなかなか難しいことであり、住民の関心が高まれば今まで以上に住民訴訟が増えるのではなだろうか。こうした訴訟が増加し、住民が納得するよう争うことは歓迎すべきことである。財務会計上の行為を足掛かりとした行政一般に対する住民訴訟が増えてきているが、純粋に財務会計上の行為のみを争う以上に住民訴訟の対象を広げていて乱訴とならないのか。「情報公開の定着にあわせて、住民訴訟の件数が増えている」(朝日新聞01,3,9朝刊)「住民側の勝訴は7%弱で乱訴の傾向が見られる」(毎日新聞01,3,20朝刊)とのことである。だが、勝訴しなくても提訴という行為によって行政側が自主的に違法な行政を改善したり、改善を約束しつつ取り下げるなどの、訴訟目的が達せられるという実質的勝訴が多いこともあり、この数字で乱訴といえるかどうかは微妙である。

 地方公共団体の財務会計の管理・運営を適正かつ公正に行うことは、行政の腐敗を防止し、自治に対する不安を除去し、地方自治を確立していくうえでは重要なことである。地方自治法に定められている各種の制度や手段を利用し、財務会計上の違法や不正を正すことは地方自治にとって欠かせないことである。しかし、行政が有効に機能し理想的なまち造りをするうえでは、そのために用いられる住民訴訟などを含めた各手段が、地方自治に対する不当な干渉・圧迫とならないことが重要である。住民訴訟は今後増加するであろうし、それに伴う課題も多いであろうが、住民による行政の統制が有効に行われ、かつ行政活動に余計な干渉・圧迫などを与えずに機能することが、望ましい住民自治への一つの条件であることは確かである。

 

8.最後に

 行政法を二年間学び判例をいくつも議論するなかで、行政側の対応、考え方に疑問を感じるときがあり、行政と住民を結びつける制度である住民訴訟を最後にとりあげてみました。数年後、数十年後に本稿を読み返したときに、現在の自分の考えに対してそのときの自分がどのように感じるのか楽しみでもあります。

行政法ゼミでの二年間はとても有意義なものでした。ゼミに入る前と比べて、自分でも驚くほど成長できたと思います。他人の意見をしっかりと聞くこと、自分の意見をわかりやすく伝えること、この二つのことは当たり前のことのようですが、実際はなかなか難しいことであると痛感し、私もほんの少しはできるようになったかと思います。常岡先生やゼミ生に対しては感謝の気持ちでいっぱいです。

 

 

(参考文献)

民集528

判時1435

判タ867

関哲夫・住民訴訟論

三好達「住民訴訟の諸問題」新実務民事訴訟講座9

小高剛・地方自治判例百選

成田頼明「住民訴訟」行政法講座3・行政救済

仲江利政・住民訴訟の実務と判例