行政処分の効力の発生時期と特許権
法学科4年 谷萩 佳代子
1.はじめに
輸入の流れに関しては、税関のみが輸入許可を行っているところではなく、専門分野についてはその関係省庁による許可がおりない限りは日本への輸入がなされないこととなっている。この審査に関しては、時間と手間がかかり、物が海外から運ばれてきたとしても保税地等にとどめておかねばならず、専門家が携わり正確さについては保障の余地があろうかとは思われるが、迅速な許可申請が行われているかというと疑問が残るところである。
そこで、輸入に限らず物として我々に関係してくる商品の行政の許可についての問題点について解明したく思い、ノバルティスアーゲー事件を選んだところである。
2.事実の概要
A社は発明の名称を「新規ポリペプチド類、その製造方法、そのポリペピチド類を含む医薬組成物及びその用途」とする特許権を有し、これは平成元年8月28日に設定登録された。A社から特許発明の実施の許諾を受けたB社は、特許発明にかかる医薬品につき薬事法23条、14条6項に基づいて、製造される化合物を含む医薬品をアレルギー性鼻炎に効能がある点鼻薬を製造・販売するに当たり、厚生大臣による製造承認、すなわち医薬品輸入承認条項一部変更承認(以下「本件承認」と称す)を平成3年6月28日付けで受けた。医薬品に関わる特許権の場合、薬事法所定の承認を受けなければ特許発明の実施ができないため、特許法67条3項(平成5年法律26号による改正前、現在は特許法67条2項に繰り上げられている)は、必要な処分を受けるために「特許発明の実施することができなかった期間」があったときは、特許権の存続期間の延長を認めている。そこでA社は特許権の設定登録の日から本件承認にかかる承認書を受領した日の前日までがこの期間にあたると主張して、2年12日間の延長登録出願をした。これに対して、本件承認の効果は承認された日から生じ、右期間は設定登録の日から承認がなされた日、すなわち承認書記載の日付の前日までの1年364日間であって、A社が延長を求める期間はこれを超えているとして特許法67条の3第1項4号(平成11年法律41号による改正前、現在は3号に繰り上げられている)にも基づいて拒絶査定(以下「原査定」と称す)がなされた。A社はこれを不服として審判請求をしたが、右査定を維持する審決(以下「本件審決」と称す)がなされたため、特許庁長官Yを被告として審決の取消を求めて出訴した。
* B社(以下「X」と称す)は、平成8年12月20日に合併によりA社の権利を承継した者である。
* 審決の要旨
本件発明を実施したアレルギー性鼻炎に効能がある医薬品としては、既にA社によって内服カプセル製剤について厚生大臣の製造承認が与えられており、今回の承認は初めての承認ではなかった、という点にある。すなわち、薬事法上は剤形が異なるごとに厚生労働大臣の製造承認が必要とはされるとしても、この前回の承認により、その用途に使用する物について特許発明の実施ができたはずであり、今回の承認は必要がなかった、という議論である。そしてこの審決は、特許権存続期間の延長制度に関する特許庁の運用指針に照らしても、処分が複数ある場合、有効成分及びその効能効果が同一の他の承認(剤形のみが異なる承認)を受けることは、その特許発明の実施に必要であったものとは認められない、とするものである。
3.Xが掲げた本件審決の取消事由
1. 特許法第67条第3項は、医薬品の場合についていうと、特許発明の実施に薬事法の規定による承認を得ることが必要であったために特許発明の実施が2年以上できなかったことのみを延長登録要件としている。最初の承認であることは必要条件とはされていない。
2. 本件審決は、有効成分を物、治療目的としての効能を特許法第68条の2の用途として一義的に把握している。しかし経口投与剤(錠剤やカプセル)や外用剤(点鼻薬や軟膏)というより狭い意味で把握すべきである。
3. 本件の場合、最初の承認は特許期間延長制度の創設以前のものであり、アレルギー性鼻炎についての本件発明の実施について,特許期間の延長が一度もなされていないから、今回の承認が最初の承認である。
4.原審(東京高判平成10.3.5)
請求を棄却
1. 同じ物及び同じ用途に使用されるものに特許期間の延長効果を何回も付与することは法の予定するところではない。よって特許期間の延長登録が認められるためには,最初の承認であることを要する。
2. 特許法第68条の2によれば,剤形に錠剤,カプセル剤,点鼻薬などの違いがあっても,いずれにも延長後の特許権の効力が及ぶから,これらを別の物の用途についての特許発明の実施とみるべき理由はない。
3. 特許期間の延長制度の導入に当たっては,格別の経過措置も設けられていないから,やむを得ない。
5.Xから上告受理申し立て
(1) ①医薬品の製造又は輸入を業として行うためには、薬事法に基づく許可を受けなければならないが(薬事法12条、22条)、その許可の申請者が、製造又は輸入しようとする医薬品につき、承認を受けていないときは、その品目について右許可を受けることができない(同法13条1項、23条)。承認は、医薬品の有効性、安全性を公認する行政庁の行為であるが、これによって、その承認の申請者に製造業等の許可を受け得る地位を与えるものであるから、申請者に対する行政処分としての性質を有するものということができる。そうすると、承認の効力は、特別の定めがない限り、当該承認が申請者に到達した時、すなわち申請者が現実にこれを了知し又は了知し得べき状態におかれた時に発生すると解するのが相当である。
②そして、関係法令を検討しても承認の告知方法を定めた規定は存在しないが、薬事法14条1項、13条1項等の文理からすれば、告知に関する規定がないことをもって、同法が、承認について申請者への告知を不要としているものとは解されず、他に申請者への到達なしに承認の効力が生ずることをうかがわせる定めはない。
また、特許権の存続期間の延長に関する特許法の諸規定(旧法67条3項、67条の2第3項等)も、延長登録の理由となる処分はその処分が相手方に到達した時に効力を生ずることを前提としているものと解される。
したがって、延長登録の理由となる処分としての承認は、申請者に到達した時にその効力が発生するものというべきである。
③上のように、延長登録の理由となる処分である薬事法所定の承認が申請者に到達した時に、承認の効力が生じ、承認を受けることが必要であるために特許発明の実施をすることができない状態が解除されることになるから、その効力が生じた日は、旧法67条3項、67条の3第1項4号所定の処分を受けることが必要であるために特許発明の実施をすることができなかった期間には含まれず、右期間の終期は、承認が申請者に到達した日の前日となる。
⇒ 原判決には、特許法67条3項、67条の3第1項4号にいう「特許発明の実施をすることができなかった期間」の終期についての解釈を誤った違法がある。
(2) 特許法67条の3第1項4号所定の「延長を求める期間」は、出願時に限定されるべきでないにもかかわらず、変更の余地がないと解釈した原審の判断は、法令の解釈を誤ったものである。
⇒これについては排除決定とされている。
6.最高裁 (平成11.10.22第二小法廷判決)
原審判決破棄、審決を取り消す。
1. 登録の理由となる処分である薬事法所定の承認は、申請者に到達したときに効力が生じる。
2. 承認の効力が生じた日には、特許法67条3項、67条の3第1項4号所定の「処分が受けることが必要であるために特許発明の実施をすることができなかった期間」には含まれない。
3. したがって、上記期間の終期は、承認が申請者に到達した日の前日になる。
⇒ 特許法67条の3第1項4号にいう「特許発明の実施をすることができなかった期間」
始期 ・医薬品に関して承認を受けるのに必要な
試験を開始した日 のうちいずれか遅い方の日
・特許権の設定登録の日
終期・承認が申請者に到着することにより処分の効力が発生した日の前日
⇒ 本件承認がXに到達した日を確定することなく、承認書に記載された日付の前日をもって期間の終期と解して本件出願を拒絶した本件審決は、違法であって、取り消されるべきものであるとして、原判決を破棄し本件審決を取り消す旨の自判を出した。
7.解析
(1) 「承認」のしくみ
薬事法は、医薬品の製造業と輸入販売業についてほぼ同様の規制を受けており、製造業に関する諸規定を輸入販売業に準用する。では、輸入販売業に関する規制の仕組みについて考えていきたい。
医薬品の「輸入販売業の許可」を受けた者でなければ、業として医薬品を輸入することができない(薬事法22条1項)また、申請者が輸入しようとする「物」が「厚生大臣の承認」を受けていないときは上記許可は与えられず(薬事法23条、13条1項)、この「承認」は別途「品目」ごとに与えられる(薬事法23条、14条1項)。つまり、業として医薬品を輸入しようとする者は、医薬品の品目ごとに「輸入承認」を受け、その上でその品目に係る「輸入販売業の許可」を受ける必要があり、二重の規制がかけられている。旧薬事法においては「許可」において一括して行われていた審査が、現行法では医薬品に関する「承認」と業者に関する「許可」に分解されたわけである。
1. 「承認」 申請にかかる医薬品の名称、成分、分量、用法、効能、効果、性能、副作用等を審査し(14条2項)、不適当な医薬品の出現を防止するという観点からその品質、性状が適切であり、有効かつ安全な医薬品であるという判断をするものである。この判断については厚生大臣の専門的裁量に属するとされている。
2. 「許可」 営業所ごとに与えられるものであり(薬事法23条、12条2項)、承認を受けた品目に関し営業所の構造設備、管理方法が基準に適合していること及び申請者の人格適格性を審査するものである。一般の解除としての意味をもつ。
1.「承認」と2.「許可」は別個の規制ということもできようが、1.「承認」は2.「許可」の絶対的要件として、ある品目にについて輸入承認を得ておかなければ当該品目にかかる輸入販売業の許可が与えられないという形で関連づけられており(薬事法23条、13条1項)、承認が取り消されれば、許可が当然に取り消しとみなされる(74条の2第4項)。
⇒この「承認」と「許可」の分解については、桜井教授も言っているところであるが承認にあわせて許可がおりるような運用がなされていくことをのぞむ。専門分野に特化しているという点で優れた分析ができるところもあろうかとは思うが、縦割り行政により処分の遅延等の弊害が出ていることは否めない。承認方法についてこれから先検討していくことが必要であろう。
(2) 特許発明の実施をすることができなかった期間
始期 最高裁での自判のように考えられているところであるが、ここでは更に詳しく見ていきたいと思う。
Ⅰ.試験に要した期間
規制法の目的、体系等により多種多様な試験が行われ、ここの性格によって異なってくる者と考えられているが、処分を受けるために必要不可欠な試験であって、その実施にあたっても方法、内容等の各面に付いて行政庁が定めた基準にそって行なう必要があるため企業の試験に対する自由度が奪われており、かつ、規制と密接に関係した試験を行なう期間のみが対象になるものと考えられる。
Ⅱ.処分の申請から処分を受けるまでの期間
これは行政庁が純粋に審査を行なっている期間であるから、完全な意味で政府規制期間であり、まさに処分を受けるためだけの期間であるといえる。
⇒ 結果的に始期については特許権の設定登録後の期間ということになり、一般的には、特許権の設定登録の時点では、既にかなり進行していることが多いので、通常は試験開始日をどう捉えるかはあまり論議の有意義さがないと感じられている。
これを本件のような医薬品に当てはめてみれば、2.の期間については「承認」申請から「承認」日の前日までであり、1.の期間については必ずしも規制と密接に関連した試験期間であるともいえないところがあり、対象とならないものと考えられると新原氏はいう。
1.について対象にならぬ理由として、第一に、臨床試験期間については、その実施に当たって、方法、内容等の各方面について厚生省が定めた基準に沿って行なうことが求められており、規制と密接に関連した試験期間であるので対象となるものと考えられそうであるが、第二に、前臨床試験期間については、医薬品の有効成分である化学物質の有効性を研究開発する期間としての正確が濃く、他の分野でいえば製品開発期間に近いものと考えられているためとしている。薬事行政の運用の変化等でこれらの期間の性格が変化するようなことがあれば、それに応じて運用を変更することを検討する必要があろうとしている。
終期 この点に関しては本事件の論点にもなっており、後に詳しく述べるところでもあるので詳細はその記載に譲り、概要だけ述べる。
(3) 特許延長制度
Ⅰ.変遷
わが国では長い間医薬自体には特許が認められず、医薬として有効な化学物質の製法の形でしか特許は得られず、新しい医薬を開発した企業または発明者には不利だった。1976年には医薬事態に特許が認められるようになり,このような不利は解消された。
しかし、医薬発明の場合,他の技術分野の発明と大きく異なる点がある。例えば、機械,電気などの分野では、新しい機械、装置などについて特許を得れば,開発にいたるまで多大の費用や期間を要しても,市場環境が許す限り公告後15年(出願後20年以内)の期間、独占権による利益を享受し,投資費用の回収を図ることができるのに対し、医薬の場合、それがきわめて困難なことである。
医療は国民の健康,生命につながるものであるため,わが国では新しい医薬は薬事法上の承認を得なければ製造,販売することができない。その新薬の安全性,有効性を確認するのに長時間にわたる多くの実験を必要とし,また、この実験により得られた資料にもとづいて、審査を受けて承認を得るまでにまた長期間要する。したがって,その医薬について特許出願し,すでに特許権を得ていても、それから承認を受けるまでに平均5年6ヶ月もかかり、膨大な額の投資をしながらその間,特許権による利益を享受できないと言う問題が生じていた。そこで、医薬関係業界は、政府の規制による,このような新薬開発時特許権上の保護の不公正を改善するよう求めて強く運動した。この結果、政府はこの問題は特許制度の基本にかかわるものであり、これを解決するには特許期間の延長を図ることが必要と認め、これにより、1988年から医薬の分野の発明については、その状況に応じて2年以上5年以下,その期間を延長できるようにした。
このような特許延長制度は、米国においても医療などですでに導入されており、またお隣の韓国でも5年以内の延長を認める制度になっている。
Ⅱ.仕組み
特許制度は、発明者に一定期間その権利の占有を認めることにより、発明を奨励し、もって産業に寄与することを目的とする(特許法1条)。特許権は設定登録により発生するが、(66条1項)、その存続期間については、本件当時、出願広告の日から15年をもって終了するが出願の日から20年を超えることができないとされていた(旧特許法67条1項。出願広告の制度は平成6年に廃止され、現行67条1項は、特許出願の日から20年をもって終了すると定められている)。しかしながら分野によっては、特許権がすでに発生しているのにもかかわらず、他の法律による処分を受ける必要があるために特許発明の実施を直ちに行うことができず、その存続期間が事実上短縮される事態が生じていた。
⇒昭和62年に存続期間制度の延長制度が創設され、旧法67条3項は、安全性の確保を目的とする法律の規定による処分で、相当期間を要するものとして政令で定める処分を受ける必要があるために、特許発明の実施をすることが2年以上できなかったときは、5年を限度して延長登録の出願を認めることとしこれを受けた特許法施行令1条の3は、医薬品の製造承認及び輸入承認並びにこれらの承認条項一部変更承認を上記処分として掲げている。(なお平成11年の改正により2年以上という延長要件は撤廃され、「特許発明の実施を2年以上できなかったとき」が「特許発明の実施をすることができない期間があったとき」と緩和された。
(4) 事実について整理
本件は『「特許発明をできなかった期間」についての終期』が問題となったものである。
2年12日 7/10
<Xの主張>
1年364日 6/27
<拒絶査定>
平成元年 平成3年 平成3年
6/28 6/28 7/11
特許権設定 承認 輸入承認書
登録 受領
この査定に関しては、2年未満と解され特許法67条の3第1項4号によりXの出願を拒絶したものである。(無論、同項3号により拒絶することも可能であるが、本件については4項にて拒絶したものである。)
(5) 問題の所在
特許法67条3項、67条の3第1項4号にいう「特許発明の実施をすることができなかった期間」の始期については、最高裁の自判に異論はない。「特許発明の実施」という以上、特許権の設定登録後の期間を指すのは当然である。この点につきXも争っていない。
本件において問題となったのは終期であるが、2点につき検討する必要がある。
Ⅰ.処分を受けた日
学説については2つある。
① 承認日説 ─ 承認日(承認書の日付)とする
② 告知日説 ─ 承認の告知の日または承認書の到達日とする
特許庁の運用基準は「承認を受けた日」としており、①②のいずれを採るのか、必ずしも明確ではない。
原査定、審決及び原判決は①承認日説を採用した。つまり、輸入承認はおよそ申請者への告知または到達を要することなく効力を発生すると解することによると思われる。確かに、法令に輸入販売業の許可の告知方法を定めた規定があるのに対し、輸入層人の告知についての定めはない。そこにもってきて、最高裁は②告知日説を採用した。これは輸入承認が申請者に告知され又は到達しないのに輸入承認書に記載された日付で効力が発生したと解することは相当ではないと判断したためである。
行政処分の成立については行政庁内部において単なる意思決定があるか右意思決定の内容を記載した書面が作成されているだけでは足りず、右意思決定が何らかの形式で外部に表示されることが必要である。また行政処分の効力発生については,特定の相手方に対して行われる行政行為に関しては、一般的に告知により効力を生じるものとするのが通説、判例の一致した見解といえる。これを準用し、延長登録の理由となる処分に関しても、その処分が相手方に到達したときに効力を生ずる頃を前提としており、ここに②告知日説を採るのが相当であるとしている。
Ⅱ.処分当日の算入
学説については2つある。
① 処分当日説 ─ 処分当日も期間に参入し、期間の終期は政令で定める処分を受け
た日である
② 処分前日説 ─ 処分当日を算入せず、期間の終期は処分を受けた日の前日である
※ 特許庁の実務は、②処分前日説の見解により、医薬品の場合には、「承認を受けた前日」として運用されている。
禁止の解除は承認ではなく許可によってなされるものであるところ、厚生労働省の運用上承認を受けた当日に同時に許可を受けることも可能とされており、許可を得れば承認当日に現実に実施することができる。すなわち、許可を受けた当日は、規制法による禁止が解除され、解除された範囲で特許を実施することができる。他方、承認を受けた当日に仮に許可を得ていなくても、それは許可を得ていないため実施できないだけであって、承認という「政令で定められた処分を受けることが必要なために実施することができない」日ということではない。故に、特許法67条3項、67条の3第1項3号、4号にいう「特許発明の実施をすることができなかった期間」の終期は、処分を受けた日の前日、承認の告知日の前日と解するのが相当である。
(6) 検討
原審判決に関しては、同一の用途について剤形が異なる薬剤について既に厚生省の製造承認がなされている場合には、新しい剤形について製造承認が与えられたとしても、延長登録は許されない(最初の製造承認に基づくものであることを要する)、という判断を下したものですが、妥当とは思われない。特許法第67条の3に記載されているどの拒絶理由にも当たらないからである。そして同条第3項では「延長登録の出願について拒絶の理由を発見しないときは、延長登録をすべき査定をしなければならない」とされ、拒絶理由は限定列挙であるといわれている。それ以外の理由を拒絶理由とすることは許されないものといわなければならない。勿論、すべての法制度はその立法理由を存するのであるから、例えば一度ある期間の延長登録がなされたのに、再度同一の期間について延長登録を求められたような場合等を考えれば、複数の延長登録出願が拒絶されうるものであることは分かる。例えば、特許法第123条第1項に規定する無効審判を請求するには、特に法に規定はなくとも、法律上の利害関係が必要である、とされていることに対比できます。しかしながら、今回は2度目の延長登録出願ではなく、2度目の製造承認に基づく延長登録出願であり、しかもl度目の製造承認を基にしては(この延長制度が制定される以前の承認であったため)延長登録出願がなされなかったのでる。このような場合に、延長登録出願を認めることは、正に立法趣旨にかなうのではないだろう。しかも仮に同一の用途ではあっても、剤形ごとに製造承認が得られるまでの期間の長さが異なり、後の製造承認に基づく延長期間の方が長いような場合には、やはり延長登録を認めないと、特許権者に酷ではないでだろうか。薬事法第14条第2項の規定によると,単に前回の製造承認とは剤形が異なる場合ではあっても,新たな製造承認が必要であるとされているのである。
原審判決では、特許法第68条の2の規定により、特定の剤形についての延長登録ではあっても、その用途全体について延長の効果が認められることを理由の一つとしている。しかしながら,薬事法の規定によれば,特許権者といえども製造承認がなければ実施することができなかったのである。その用途全体について特許権が及ぶからといって,延長登録を拒絶することを正当化するものとは考えられない。
(7) 「特許発明の実施をすることができなかった期間」にこだわる理由
Ⅰ.特許制度
特許制度とは、特許権者に業として特許発明を実施する権利を占有することを認めるものである。特許権存続期間を法定しているところ、旧特許法67条3項は、特許発明の実施について安全の確保等を目的とする法律の規定による処分を受けることが必要であるためにその特許発明の実施をすることが2年以上できなかったときは、5年を限度として特許権の存続期間を延長することを認めている。(なお平成11年の改正により2年以上という延長要件は撤廃された)延長制度が認められなかった場合、独占的に市場を占めていたはずの特許権者は、特許権を失うことにより、同種製品による他企業の市場への参入を可能とさせてしまうという点で、当事者には大きな問題であろう。特に医薬品の場合は、特許を取得しての,薬事法にもとづく厚生労働省の審査の遅れにより、実際には特許を実施することができない場合がある。たとえ1年遅れでもその影響は大きいといわれている。例えば、抗生物質『ガラマイシン』の特許権者は、特許期間が満了した翌年の1981年に他社の製造開始により売上が68%減少し、4000ドル失ったという結果も報告されているところである。
Ⅱ.特許切れの後発医薬品が拡大という背景
後発医薬品が国民医療費の削減に寄与するものとして注目されている。後発医薬品とは大手メーカーが開発した医薬品の特許が切れた後に、中小メーカーが同じ成分で製造する安価な医薬品のことである。欧米では広く普及しているが、わが国では薬価基準で薬価の支払が保障されているため普及が遅れている。こうした中、わが国では今年四月に診療報酬の改定が行われ、医療関連制度としては初めて「後発医薬品」という分類を診療報酬に設けた。医薬分業において処方箋料が引き下げられたが、厚生労働省は後発医薬品の使用を促進するため、後発医薬品の使用に対して加算点を与えている。例をあげると、後発医薬品の処方が含まれていれば二点、調剤料でも後発品加算が二点、また後発医薬品の品質情報を提供すれば十点、などである。後発医薬品各社は、医薬分業での後発医薬品処方の増加を見込み、地域薬剤師会での説明会を活発に行っているが、各会場とも盛況で薬局側の関心の高さが窺える。昨年はおなじみの山之内製薬の抗潰瘍剤「ガスター10」(2001年度の国内売上高828億円)の国内特許が切れ、また今年も国内特許切れの商品が相次いでいる。こうした特許切れした大型薬については後発医薬品各社が販売を計画しており競争激化が予想されるとしている。
Ⅲ.医薬品と特許係争
特許期限内に製造承認を目的として、各種試験を行うことの違法性が問題になっている。特許制度は、発明を奨励し、発明の保護および利用を図ることにより、産業の発達に寄与することを目的とするものである(特許法1条)。また、特許権の存続期間は原則として20年であるが、医薬・農薬の場合には例外的に最高25年まで延長される場合がある(改正特許法67条)。 新薬メーカーは、研究から製造承認を得るまでには、約15年の歳月と約150億円の費用を要する。一方、後発品メーカーの場合は、先発医薬品と同じ成分であることを証明する生物学的同等性を中心とする一定の試験を行うだけで、比較的簡単に承認を得ることができる。後発品メーカーは、「特許切れ直後から発売しても良い」と判断して、特許期限切れを見込んでその2~3年前から申請のための試験を行い、承認を得、期限切れ直後から発売しているのが現状である。(下記にその問題の期間を図示)
出願 発売 特許権切れ
先発医薬品
発売
後発医薬品
この期間が問題
無論、ここで問題となる条文について詳細を書くことは本論文の焦点からずれるものなので記載することを控えるが、新薬メーカーが後発品メーカーに対し、特許期限切れ直後の後発品、いわゆるゾロ品の発売に関して、特許権の侵害であるとして、警告を発するまたは、裁判所に提訴することが目立つようになっているという事実を伝えたい。
Ⅳ.海外の動向と今後の展開
欧州の特許法の多くは、日本と同じようにいわゆる試験・研究を特許権の範囲外としているが、判例は後発品メーカーの特許期間内の承認取得のための試験行為を違法とするものが圧倒的多数である。米国では新薬メーカーの特許期間を最大5年間延長する法律の成立と引き換えに後発品メーカーの特許満了前の試験を合法としたが、特許切れ前に製造承認申請書を提出することは侵害とみなされるとしている。このような判例からみて、特許期間内に行う承認申請のための試験は、「業としての実施」であり、「試験又は研究」には当たらない特許権侵害行為(違法行為)として定着すると思われるという。
今後の展開として、新薬メーカーは後発品メーカーが行った特許期間内の準備行為に相当する期間の発売延期を求めたり、場合によっては損害賠償の請求を求めたり、することも考えられます。
この問題について厚生省は、「特許期間の終了を見込み承認審査の標準的事務処理期間を考慮して後発品の承認申請を行うことは差し支えない」としながらも、基本的には特許問題は厚生省が取り扱う問題ではなく、当事者間で解決されるべきとしており、今後の裁判の結果によって見直しも当然考えられる。
8.まとめ
特許権の存続制度の延長制度が定められて以来、延長の期間について判断した初めての判決であり、実務に与える影響が大きいといわれているところである。特許法平成11年改正により、延長を求める期間につき2年以上という制限がなくなったため、特許発明を実施できなかった期間が1日でもあれば延長登録ができるようになった。本判決は、平成11年改正法の下でもより大きな意義を有するものといわれ、私は本判決に対し同意するところである。特許一つについても、現在は電子出願の受付を世界で初めて実施しているところであり、特許申請の迅速化が実施されていることの現れであると感じている。無論、インターネネットを通じた電子出願には、セキュリティ対策や回線容量といった技術面での問題がはだかっていることは否めない。しかし、私がここで問題といたいのは、某機関に勤務する方からも聞いたところではあるが、縦割り行政が定着している日本におけるさまざまな弊害が浮上していると思われる。知的財産権一つにとっても特許・商標・意匠・実用新案に関しては特許庁、著作権に関しては文化庁、不正競争防止法に関しては通商産業省がそれぞれ管轄することとなっている。
東大法学部教授である中山氏はこのことに関し「最優先課題として、知的財産県庁を創設することが急務だ」という。IT革命にのっとっていくら電子政府の構築を叫んでも、この縦割り行政に対しメスを入れていかなければ、本来の目的には到達できないと予測するとともに、その必要性を感ずるところである。
9.あとがき
本論文において、知的財産権についてもう少し検討してみたい点があり、少々心残りの部分がある。末筆ではあるが、今回の論文はここに終始したいと考える。さて、今論文を書きながら、ふと3年生のゼミナール選択時期のことを思い出している。私はゼミナールには行政法をと考え希望を出した。しかし、私は教職の授業と重なっていたことをそのときは気付かなかったのであるから、不覚であった。しかし、当時迷わず本ゼミナールに入ることを決意し、来年度に教職の授業の時限が変更してくれることを祈るばかりであった。しかし、4年の春やはり結果は本ゼミナール前半部に値する木曜4限であった。本ゼミナールに所属していてよいものなのか、考えた時期もあった。しかし、同期に背中を叩かれ今年もこのようにして現在論文を書き終えようとしているところである。私情により、ゼミナールを後半部分のみしか出ることができなかった上に、まともな発言さえもすることのできなかった私を本ゼミナールの一員としていただけたことに、先生をはじめ3年生、同期にこの場を借りて感謝したいと思う。本当にありがとう。
(参考文献)
平成13年重要判例ジュリスト
判例時報1693号133頁、判例タイムズ1018号211頁
新原 浩朗 「改正特許法解説」
日刊工業新聞社「国際化時代の知的所有権」
岸 宣仁「特許封鎖」