SUWA HARUO 通信9

アジア文化研究プロジェクトへようこそ。

ようやく帰国しました。今回は、3週間の中国調査の総括的報告をします。

はじめに私のかんがえた調査の目的は、三つありました。第一は、アジア稲作の発現地の長江中流域に日本とおなじ太陽信仰、稲魂信仰などが、どのようにあらわれているか。第二は、湖南省の土家族のあいだにつたえられている民俗芸能のマオグースーの再調査。第三は、貴州省イ族の民俗芸能ツォタイジの再調査です。いずれも、現在、私のとりくんでいる研究テーマに直結する問題でした。

この調査のために、湖南省の有名な民俗学者の林河氏に、旅程の設定を依頼しました。林河氏は十年来の私の友人で、これまでも幾度も一緒に中国各地を旅行したことがあり、また日本に招待して、長崎、天草、熊本などの盆行事を一週間ほど一緒に見てまわったことがあります。

林河氏は、しかし、今年、公職の定年をむかえて、各役所などへの根回しの自由が利かなくなったために、自分の教え子の、若手の民俗学者であり、女流作家としても名を知られている劉芝鳳さんに一切を依頼しました。したがって、今回の私たちの調査計画は、劉さんが立てたものであり、二人は、三週間の全行程に私たちに同行しました。

劉さんの計画は、最初の一週間は、彼女が組織責任者になっていた中国トン族稲作と祭祀国際学術研討会に私たちを出席させ、あとの二週間で、湖南、湖北、貴州三省の少数民族地帯を調査するというものでした。この段階で、私の第三の調査目的であったツォタイジは日程的に無理があるということで放棄し、かわって、おなじ貴州省トン族・ミャオ族の芦笙節の見学があたらしくくわえられました。

同行は、日本側から、私、学習院大学中国語講師涼雲鳳、大学院生李頴、同三島まき、やはり私の教え子で上海に留学していた森万土香の5名、中国側は、前記2名に、その都度つきそう地方の関係者が数名でした。

この10名近い人数の21日間の全費用、各地で関係者に払う謝金、宿泊費、食事代、交通費、見学費など、一切をふくめた全経費は、日本円で約200万円、中国元で13万3千3百元になりました。中国僻地の農家一戸の年間収入が1000元、上海の近代企業の初任給が、月給で2000元から3000元くらいという、中国の貨幣価値をかんがえると、この費用は、かなり高額であったといわなければなりません。

この経費に見合うだけの、研究上の成果はあったのか、という問いには、まだ確信をもって答えることはできません。これから、時間をかけて資料を整理し、考えをまとめて答えを出したいとおもっています。

さしあたり、現時点ではつぎのような感想をもっています。

T、中国の長江中流の稲作地帯には、日本と同様に太陽、鳥、稲魂、女神などの信仰が根強く、天の信仰は希薄である。これは、通信6までに私がのべてきた東アジアの王権論の強力な理論的な援護射撃になる。

U、あたらしく貴州省黎平県の肇興のトン族部落で発見した来訪神儀礼にしても、肝心の湖南省永順県土家族のマオグースーにしても、変化がはげしい。マオグースーは、10年ほど前に、私がはじめて見たときに比べても変質はすすんでいる。この変質を考慮しながら、論は組み立てられなければならない。

V、この変化に拍車をかけているのが、中国の少数民族地域にわきおこっている観光開発ブームである。私たちは、いたるところで、その地の観光開発についての見解を関係者やジャーナリズムから質問され、インタビューをうけた。

中国では、文化財保護のルールがまだ確立されていないだけに、民俗は大きく変貌する危険にさらされている。

W、すでに通信の8でものべたように、日本の歌舞伎舞踊、たとえば、女歌舞伎の大踊りや江戸歌舞伎の六法にみられる、足と手を同時にうごかすナンバの所作が、トン族やトウチャ族のバイショウ舞という総踊りにはっきりと見られる。ナンバを日本文化固有とみなす見解はあきらかに偏狭であり、すくなくとも、東アジア規模の視野で検討されなければならない。この問題については、同行した凌雲鳳さんが、関心をもって資料の収集にあたっているので、いずれなんらかの結論を出すであろう。

X、同様に、中国のトン族固有の建築物とかんがえられている鼓楼についても、日本の柱の信仰にもとづく神社建築との比較が可能である。この問題については、同行した三島まきさんが、沖縄の神アシャギとの比較をすでに試みて、旅行中、中国で発表している。これもまた興味ぶかい研究テーマである。

Y、私は、中国では、国際的比較民俗学者として紹介されました。いたるところで、その立場からの見解をもとめられました。最後の日の夜、部屋で、貴州テレビ局からのかなり長時間のインタビューをうけて、比較民俗学について説明したとき、普遍性と固有性という、二つの視点で説明しました。

たとえばミャオ族の芦笙節などの行事は、日本や韓国には見られない固有性のつよいものです。しかし、その固有性も、じつは、本質に分け入ると、音楽と舞踊という、日本や韓国にも共通する普遍性に到達します。比較民俗学とは、表面の固有性のなかに普遍性を発見し、その普遍性がいかにして固有性となって各民族にあらわれるかを検討する学問であると説明しました。

今回の総費用に見合うだけの成果を生む比較民俗学の作業は、今、はじまったばかりです。

9月21日(金曜日)の午後5時から学習院大学百周年記念会館小講堂で、「中国少数民族の祭りと芸能―トン族・ミャオ族・トウチャ族の世界―」という題で、今回各地で収録したビデオを使用して、調査報告会を開催する予定です。関心のある向きはどうぞご参加ください。

では今回はこの辺で。                        

 


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