諏訪春雄通信 23


 アジア文化研究プロジェクトへようこそ。

 今回は「天孫降臨神話」についてのべます。教師にとって、一年のうちでもっともいそがしい、うっとうしい時期にはいっていますので、資料の検討などはやや不十分です。詳細はべつの機会にゆずって、見通しだけをのべることにします。

 日本古代神話のなかでも、天孫降臨神話についての研究は格段にすすんでいます。この神話が、日本の王権神話のなかでも核心となる部分だからです。松村武雄、三品彰英、大林太良、西郷信綱、松前健、吉田敦彦などという名立たる神話学者の研究がつみかさねられ、日本の天孫降臨神話が朝鮮半島から内陸アジアにかけてひろく分布している、祖神の天降り神話に由来することは定説となっています。

 これまでに上記の研究者たちによって指摘されている先行神話はつぎのようなものです。

 まず朝鮮の歴史書『三国遺事』がつたえる檀君神話です。
 天帝の子の桓雄は父の命令によって、天符印三個をもって、風・雨・雲および穀物・生命・疾病などをつかさどる神々をひきいて、太白山山上の檀の木をつたわって降臨した。このさいに、熊がよもぎとにんにくをたべて、女に化身し、桓雄と結婚して檀君を生んだ。この檀君が国をひらいて朝鮮と命名した。

 おなじ『三国遺事』がつたえる首露王神話はつぎのようになっています。
 伽耶地方の村々の首長らが亀旨峰という山にあつまって、迎神の祭りをおこなっていると、天から紫色の紐がたれさがってきた。紐の端をみると、黄金の卵が六つはいっている赤い包みがあり、そのなかの一つから伽耶国の始祖である首露がうまれた。

 もう一つ、ブリヤート・モンゴル族のゲセル神話です。
 至高神デルグエン・サガンは、マラトの民の哀願を聞き、一日も早く天神を降して悪者を退治しなければならないと考えた。彼はドロン・オドウン天に全天の諸神九十九柱の主な神々と、天上に住む数千のブルハンをあつめて、悪者征伐の大評定を開いた。最初、至高神サガンの子、カン・チュルマスを下すべきことが提案されたが、チュルマス神は老齢を理由にことわった。そして自分の末子ゲセル・ボグドゥに天下りを命じるよう乞い、四歳のボグドゥが天命を拝受した。ボグドゥは、1)全天の九つの天の主宰神がもつ智謀のすべて、2)祖父のもつ黒い軍馬、3)英雄の準備金、4)祖父の蹄縄、5)祖父の短い槍、6)一人の妻を所望し、これを手に入れて下った。

 この神話を紹介された大林太良氏は、

  1. 天神の子が天下ることをことわり、孫がその代りに天下る。
  2. 天下る神が幼児である。
  3. 日本の三種の神器にあたるものに蒙古の六種がある。
  4. 日本では荒ぶる神のいる葦原中国を平らげるために神集いにつどい、その結果国譲りがおこなわれたが、蒙古神話でも、荒ぶる神を平らげるために天神の子をくだそうとして神々の大評定がおこなわれた。

という四点の類似をあげて、「おそらく元来はアルタイ語族系の牧畜民文化を母胎とした神話であって、日本へは、皇室の先祖の起源神話として入ったものであろう」と結論づけておられる(『神話と神話学』大和書房・1975年)。

 以上、日本の天孫降臨神話を北方系としてとらえる視点が定着しています。そのばあい、私がこの通信でこれまでのべてきた日本の王権神話の源流であった南方農耕地帯の神話や習俗との関係はどうなるのでしょうか。

 じつは、南方長江流域の少数民族社会にも、民族の祖先が天から穀物をもって下ったという種類の神話や伝説は流布しているのです。いままで考慮されなかっただけのことなのです。そのなかから二つの神話を紹介します。

 まず雲南省を中心にすんでいるナシ族の神話です。

 大昔、兄弟姉妹が近親婚をはたらいたために神の怒りをかって大洪水がおこり、わずかな人類はほろびました。皮鼓のなかにはいってただ一人生きのこったツォゼルウは、天神ツラアブの娘ツフブブミと出会って恋におち、天にともなわれ、父の天神に会いました。若者が気に入らない天神は、一日のうちに九つの林の木をきる、伐採した木を一日でやきはらう、焼け跡に穀物をまいて収穫する、収穫した穀物のうちじゅずかけ鳩と蟻にたべられた三粒の穀物をとりもどす、岩羊の猟のさいに天神のしかけた罠からのがれる、川魚猟のさいに天神のしかけた罠からのがれる、虎の乳をしぼってくる、などの試練を課しましたが、ツォゼルウは娘の知恵にたすけられてことごとく突破します。さすがの天神も二人の結婚をゆるし、家畜、穀物の種などをあたえて下界へかえしてやります。二人は地上の多くの種族の祖先となりました。

 前半は省略しましたが、天地創造神話と洪水型神話が結合しており、後半はスサノオとオオクニヌシの神話と同型の難題婿の話型になっています。しかも天神の娘が人間の男とむすばれて天上から穀物をもたらし、地上の多くの種族の祖先となる話にもなっています。

 もう一つ、湖南省から広西チワン族自治区にかけて居住するヤオ族の神話を紹介します。

 大昔、天は今よりも低いところにあり、人間は大木をつたわってたやすく天へあそびにゆくことができました。そのころ天神に命じられて地上の水をつかさどっていたのは天上にすむ水仙姫でした。ある日、彼女は地上からきた若者に夢中になって、水口をふさぐのをわすれ、地上は大洪水におおわれてしまいました。天神のはげしい怒りにおそろしくなった水仙姫は、若者の手をとってにげだしてしまいました。水仙姫の両親は二人をさがしまわり、月宮の桂の木の下にいる娘と若者を発見しました。たのもしい若者と娘がいることに安堵した両親は、二人に穀物の種子とゴマの種子をあたえて地上へにがしてやりました。
 地上はすでに水がひいていました。二人は穀物とゴマの種をまき、人類や動物をつくりだしました。天神は地上が元通りに豊かになっているのみて、二人をゆるしました。ただ、地上の人間が天に上ってくるのをふせぐため、天をたかくひきあげてしまいました。このときから、地上の人間は天へ登ることができなくなりました。

 このような神話はまだ数多くつたえられています。いずれきちんと分布状況を整理したいとおもっています。

 さしあたり今はつぎのようなことがいえます。

  1. 天孫降臨神話の骨格は北方諸民族の山上降臨型神話によって形成された。
  2. しかし、その北方系神話をうけいれた基盤は、南方農耕民族の天から穀物をもたらし地上の人類の祖先となる神話、稲魂信仰、太陽信仰などであった。そのために天孫ホノニニギは豊穣な穀霊、太陽神などの性格ももつことができた。
  3. 天孫降臨神話は、シャーマニズムの二つのタイプ、脱魂型と憑霊型が融合して誕生した。

 この3についてさらに説明をくわえておきます。

 天に神がいますという信仰は、北方狩猟採集民族の脱魂型にもとづきます。他方、その神々が地上に降臨して人間にまじわるという信仰は農耕社会に優勢な憑霊型です。この二つが融合しなければ、天孫降臨神話は成立しません。

 2と3をあわせて、これまで、北方系神話が伝来したものといわれてきた天孫降臨神話を、北方、南方両系統の複合としてかんがえなおそうというのが、この通信23の主題です。

 これ以降の日本王権の展開は、北方原理にもとづく思想と南方原理にもとづく思想の葛藤・複合としてとらえることができます。その最初のモデルが天孫降臨神話なのです。これを北方原理だけとしてとらえると、日本の王権の本質は解明できませんし、永続の秘密もみえてきません。

 今回はこの辺で失礼します。


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