諏訪春雄通信 47


 アジア文化研究プロジェクトへようこそ。

 朝日新聞学芸部の加藤修氏から一昨日(7月19日)つぎのような内容のFAXが届きました。

〈先日は電話でのお願いにもかかわらず、執筆をご快諾いただきありがとうございました。「笑う妖怪、うらめしい幽霊」というタイトルで、夏のやわらかな読み物になればいいなと考えています。
 
幽霊支持派代表の諏訪先生には、妖怪の方はブームで漫画や書籍だけではなく、玩具なども売れているのに、幽霊は「冷や飯をくっている感じ」という、やるせなさがにじむ原稿をいただければいいなあと思っています。(笑)〉

 〈あと、変なお願いなのですが、諏訪先生に早めに原稿をいただけそうなので、お相手の方(小松先生が25日まで海外出張中なので、その後交渉します)に諏訪先生の原稿をみせてもいいでしょうか。原稿のトーンを合わせるのと、だぶりを防ぐためです。〉

 小松先生というのは小松和彦さんです。この小松さんについては、通信31でふれました。加藤さんのFAX文に私のことを〈幽霊支持派代表〉とあるのは、小松さんたちが幽霊を妖怪のなかにふくめるのにたいし、私は、1988年に初版の出た岩波新書『日本の幽霊』以来、一貫して幽霊と妖怪を区別するからです。

 幽霊と妖怪を区別する視点はすくなくとも4つあります。

 幽霊 人間である 死者である 祖霊信仰の産物  他界に住む

 妖怪 人間でない 生者である アニミズムの産物 異界に住む

 私は妖怪の存在価値を否定しているわけではありません。そのことは、通信1617で、「千と千尋の神隠し」を分析した私の妖怪論をお読みいただければわかります。妖怪も幽霊もともに人間の自分探しの旅の産物です。その点ではおなじ価値をもっています。また幽霊についての詳細は『日本の幽霊』その他の私の著作物をご参照ください。

 昨日(20日)、朝日新聞の学芸部に送った文を掲載します。文章はそのままですが、読みやすいように段落分けします。


〈今年はだれがきてくれるんだろう〉

 毎年お盆がちかづくと心待ちにしていることがある。去年は四谷怪談のお岩さん、その前の年は絹川の累さん。〈今年は皿屋敷のお菊さんあたりがこないかなあ〉

 幽霊がお中元を届けてくれるのである。近頃、妖怪におされてさっぱりふるわない幽霊のために、孤軍奮闘、その存在価値をあちこちで声高に宣伝する私に感謝をこめて、他界から使いがやってくる。

 時代にとりのこされた幽霊たちの届け物はまずしい。仏壇やお墓にそなえられたキュウリやナスビ、果物などにしなびた花をそえて持参する。

 幽霊はもともと仏教とは関係がない。子孫に鄭重に祀ってもらえない先祖の霊魂が怨霊となってさ迷った。ただ、日本では死者の霊の扱いは仏教にもっぱらまかされるようになったため、幽霊が集団で里がえりする季節は仏教行事のお盆とかさなる。

 昨年の使者お岩さんは、深夜にひっそりと私の室を訪れた。久しぶりに理解者に逢ったせいかうちとけていた。毒薬で腫れた顔をそむけるようにして窓の側にすわったお岩さんはぞっとする美しさである。

「私たちは人間なの。人間のなかでももっとも素直な心の持主が周りから迫害され、死んで幽霊となるの」

 夫伊右衛門に裏切られ、毒薬まで飲まされて怨霊となったお岩さん。お岩さんにかぎらず、幽霊は男女の別なく、純真な信じやすい人たちである。この世でいじめをうけてもいじめ返すすべを知らない。そんなか弱い、しかし、一途な人たちが幽霊になる。

「誰にでも祟るわけではなく、迫害した人たちだけに恨みをはらします。人が幽霊を怖がるのは心にそれぞれのやましさや邪心を持っているから」

 お岩さんは、死の原因となった隣家の伊藤家全員をとりころし、執拗に夫を追いつめて錯乱におとしいれた。はっきりと目的をもって出現し、無差別にこの世の人を苦しめるわけではない。幽霊はたしかに怖い。それは幽霊が人の恐れる死の象徴であり、人の嫌悪するあの世(他界)の住人だからである。しかし、人が死を恐れるようになったのはそんなに古いことではない。死が怖いのは、人の心のやましさからとお岩さんはいう。

「私たちの歴史は妖怪に比べるとはるかに新しいものです。人間が先祖を敬うようになってから誕生しました」

 それでも遠いむかし、人間は自然とは異なる自分を意識し、文化をつくりだした先祖を敬う信仰=祖霊信仰をもつようになった。そんな時代に子孫の許に出現した先祖の霊が幽霊であった。幽霊は、もともとはむしろ子孫にとってなつかしい存在だった。

「私たち幽霊は、人間の姿の半面、陰の部分である弱さと醜さをありのままに示すためにこの世に出現します。今、幽霊への関心が薄れたのは、世間の人たちが自分たちの陰の部分から眼をそらして生きるようになったからなの」

 さびしそうにつぶやいたお岩さん…。彼女がふっときえた跡には朝の光が淡くさしこんでいた。

〈今年はだれがくるんだろう〉


 冒頭部分、多少ふざけすぎかとも思ったのですが、メールとFAXの両方でおくったこの文にたいし、早速、加藤さんから以下のようなメールが届きました。

 〈原稿は、小説風のやわらかなタッチの中に幽霊の現状と定義をもぐりこませて、味わい深い文章でした。こちらの要望はほとんど細かい調整だけです。〉

 とあって、やはり冒頭の幽霊のお中元部分(じつはこの部分は私の得意なギャグなのですが)について多少の手直しをもとめ、

〈導入部以外は、文句のつけようがないすばらしい原稿でした。〉

とむすばれていました。

 私の文章は小松さん(京極夏彦さんも候補にあがっています)の文章とともに、朝日新聞8月6日(火曜日)の朝刊文化欄に掲載される予定ですので、ぜひご覧ください。私は、そのときは中国貴州省にいますので、もどってからみることになります。

 現在進行中の出版企画三種のうちの三つめは、じつは『ゆうれい・ようかい大全集』(仮題、ポプラ社)です。日本の代表的な幽霊と妖怪の物語をわかりやすいストリーと解説でつたえようというねらいです。幽霊を表にうちだしたところに、幽霊応援団としての私の意図があります。私にとってはやはり「夢と志の実現」となるやりがいのある出版企画です。いずれまたこの通信で紹介しましょう。

 日本近世文学会が創立50周年をむかえました。学会の機関誌『近世文芸76号』(2002年7月)は、記念号として、昭和26年の第1回研究発表会から平成13年第101回までの研究発表者一覧を掲載しています。

 私は院生時代から現在までの半世紀をこの学会とともにあゆんできました。昭和32年10月に宇都宮大學で開催された第13回で、「小春治兵衛劇系譜考」という発表をしたのが、私の最初の学会発表でした。博士課程1年のときで、修士論文の一部をぬきだしたものです。

 この一覧表の索引によると、私はこれまでに23回の研究発表をこの学会でおこなっています。よくやったものだと、自分でも感心したり、あきれたりしています。統計表をつくってみたら、全会員1000名のうち、私が発表回数トップでした。ベスト10はつぎのようになります。

1位 諏訪春雄 23   2位 暉峻康隆 19  3位 野間光辰 18
4位 中村幸彦 16   5位 石川潤二郎 15 6位 浜田啓介 14
7位 信多純一 13   7位 長谷川強 13  7位 水田紀久 13
10位 本田康雄 12

 いずれもなつかしく、おそろしい学問の大先輩の方々です。私にとって衝撃的なのは、このうちの半数の方々がすでにお亡くなりになっていることです。ベスト5までですと、私をのぞく4人の方が鬼籍にはいっておられます。自分もこれからどのくらいの期間、研究活動をつづけることができるのか。そんなことをふとかんがえさせられた記念号でした。

 次回の通信は中国から、現地調査の成果をお送りできればと願っています。パソコンは携帯しますが、電源の確保すらむずかしい中国の山奥にはいりますので、うまく日本へ送信できるかどうかはまったくわかりません。そのときはあとで、北京、上海からまとめてお送りすることになります。

 では、今回はこの辺で失礼します。


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