諏訪春雄通信103
アジア文化研究プロジェクトへようこそ。
諏訪春雄通信94でふれましたNHKのBSテレビ番組『東海道四谷怪談』の録画取りが、9月18日(木曜日)に私の研究室でおこなわれました。制作担当会社AMAZONの倉内均さんが、メモにもとづいて質問され、私がこたえるという形式でした。
質問は勉強の成果がよくあらわれていました。
『四谷怪談』が『忠臣蔵』と組みあわされて上演されたのはなぜか
主人公民谷伊右衛門のキャラクター
浅草寺に序幕の場面が設定された理由
お岩の役割
直助権兵衛について
事件が江戸の周辺でおこるのはなぜか
死骸のながれついた川の意味
鶴屋南北はどのような作者か
現代に『四谷怪談』がもつ意味
などなど、全部で一時間をこえました。これまでの知識を整理することができ、私にとっても充実した、しかしきつい時間でした。放映の期日と時間はまだ聞いていませんが、今年の冬に予定されています。
この通信でながくお送りしてきた『天皇の比較民俗学』と『妖怪・幽霊・鬼』のうち、後者が『妖怪・幽霊・鬼―日本と中国の霊魂観―』という書名で先行して、吉川弘文館から刊行されることが決定しました。A5判、350ページ前後で、図版もかなり入れます。
〈質問〉トン族の信仰や神話が日本の国生み神話の唯一、直接の源流となっているのでしょうか。
ちがいます。私はトン族神話が日本の国生み神話の唯一、直接の源流などとは考えていません。日本の国生み神話で重要な要素になっている男女神の柱めぐりが、トン族神話にはありません。その一事だけでも唯一の原型とはいえません。
日本の王権神話は一つの原型にもとづいて形成されたものではありません。いりくんだ複数の素材から編集、構成された総合的な体系です。その素材のおそらくもっとも大切な部分が、中国南部の少数民族社会に、これも複雑にいりくんだ総合体として存在しています。総合体としての日本の国生み神話と、これも総合体としての中国南部の少数民族神話とのあいだに、重要な対応関係があるというのが、私の基本的な考えです。
具体例で説明しましょう。中国南部のミャオ族につぎのような洪水神話がつたえられています。
大昔、天から雷鳴とともに雨が降りそそいだ。雷のしわざである。一人の勇敢な男が鉄の檻を用意して雨のなかにとびだし、雷をとらえた。男が市へ出かけたあと、雷はるす番の子どもたちの兄妹にたのんで水をそそいでもらった。そのとたん、雷は檻の外へとびだし、天にとび去った。雷は兄妹に礼として歯を一本わたし、土中に埋めるようにいいのこした。二人の子どもがいわれたとおりにすると、大きな瓢箪が生えた。雷の怒りで大洪水になり、地上の生き物はすべて死にたえたが、瓢箪のなかにかくれた二人は生きのこることができた。
あるとき、兄が妹に結婚しようと申し出たが、妹はことわった。兄がなおもたのむと、妹は自分を追いかけてつかまえたら結婚すると約束した。兄は大きな木のまわりをめぐりながら妹を追いかけた。兄は急に向きをかえて妹をつかまえた。結婚して間もなく生まれた子は、手足のない肉の塊であった。二人は肉塊をこまかにきざみ、天の神にたずねるために天への梯子をのぼりはじめた。しかし、大風がふいて肉の包みが解け、地におちて人間が生まれた。こうして人類は誕生した。(君島久子『中国の神話』筑摩書房、一九八三年)
こちらのほうがトン族の神話よりも日本神話との類似性を多くもっています。前章で分析した七つの要素のうち、「ア 混沌のなかから男女神が出現する」、「イ 男女神の柱めぐり」は完全にそなえていますし、「ウ 最初の結婚の失敗とやりなおし」も、肉塊を生み、その理由を天の神にたずねにゆく途中で、包みがとけて地におちてしまうという筋のなかに多少変形しながら保存されています。
じつは、洪水で兄妹が生きのこり、結婚して人類と国土を誕生させるという、いわゆる洪水神話は、中国の南部で九十話ちかくも発見されています。はやく中国のトン族出身の民俗学者林河氏は五十八話を紹介しています(『儺史―中国儺文化概論―』台北東大図書公司、一九九四年)。私じしんはさらにこれに二十七話をあたらしくくわえています。
それらの神話の分布状況を、民族の居住地域によって整理してしめすとつぎのようになります。
雲南省・・・38種 貴州省・・・15種 湖南省・・・11種 広西チワン族自治区・・・7種 四川省・・・5種 海南島・・・4種 湖北省・・・3種
内蒙古自治区・・・3種 遼寧省・・・3種 福建省・・・1種 台湾・・・1種 河南省・・・1種 青海省・・・1種 黄河辺・・・1種 黒竜江省・・・1種
総数が九十五種となるのは、同一話が二つの地域にまたがって分布している例があるからです。
いわゆる洪水神話の分布の中心は、近東地方、インド、東南アジアからオセアニアにかけての地域、南北アメリカ大陸であり、アフリカやヨーロッパ、中央・北アジアではあまり発達していないか、欠如しているといわれています。このような広い分布にたいして、大きく三つに分類できる説がこれまでに提出されています(田村克己「洪水神話」『文化人類学事典』弘文堂、一九八七年)。
(一) 世界的大洪水という歴史的記憶がこのような洪水神話のひろがりを生んだ。
(二) 地方的な大洪水が洪水神話を各地に独立に発生させた。
(三) 神話上のモチーフや意味内容の共通性がみとめられ、影響・波及関係をかんがえなければならない。
中国南部の洪水神話にかぎったばあい、以上の(二)と(三)をかんがえなければならないでしょう。中国北部にほとんど流布していないのは、河川や湖沼の多い南部の地域の特殊性をかんがえる必要があり、主として(二)の理由がはたらいているとみることができます。またこの地域の洪水神話がきわめてよく似た構造をもっているのは(三)を考慮しなければなりません。
中国南部の洪水神話にはきわめて注目される研究がこれまでに提出されています。村上順子氏の「西南中国の少数民族にみられる洪水神話」(『東アジアの古代文化 別冊』大和書房・1975年)です。氏の結論の部分だけをはじめに引用して、あとで説明をくわえることにします。
西南中国地方の少数民族たちの間にみられる洪水神話は、洪水の原因においては、ミャオ・ヤオ族に多くみられる闘争型のものと、イ語系所属に多くみられる予告・懲罰型のものとに大別され、それぞれが、避水具、生き残った者の構成に差異を生じさせている。
闘争型の場合の避水具の与えられ方は、生き残るべき者に対してのみであるのに反し、予告・懲罰型の場合には、生き残らないものにも一応は与えられる。また生き残る者も、闘争型の場合には兄妹を主とする同胞であるが、予告・懲罰型の場合には同胞以外に、男一人だけということもあり、この場合には天女との結婚譚と結びつくことがある。また、要素E(同胞婚の結果)、F(切り刻むモチーフ)、G(人類起源)は語形別、神話の型別とは無関係であって、生業形態と深い関係を持つものである。
同胞配偶の禁忌の緩和のために、同胞の配偶者を求めての放浪、結婚をすすめる第三者の介在、神占い、不具児あるいは邪悪なもの等の生み損じが語られるが、神占いの型は臼によるものと煙によるものが種族を越えて最もよく知られている。ものめぐり系の神占いは、ミャオ・ヤオ族共にみられるが、イ語系諸族においてはみられず、また、数量的なものから判断すると、本来、臼系統の担い手はミャオ族であり、煙系統の担い手はヤオ族であったのではなかろうかと思われる。
イ語系諸族においても、ミャオ・ヤオ系と共通の神占いの型はみられるが、ミャオ・ヤオ族の場合に比べると数量的に少なく、また、その流布種族も耕作民的要素の強いものに限られている。狩猟民的要素の強い種族で、天女との結婚という形をとるものには神占いの要素はないから、イ語系諸族にみられる神占いのモチーフは、イ語系諸民族本来のものではなく、西南中国地方という地域性の問題に帰した方がよいのではなかろうか。
村上氏は中国南部の洪水神話を闘争型と予告・懲罰型に二分します。この区分法はウィーンの神話学者レオポルド・ヴァルクが東南アジア(インドの一部も含む)に特徴的に分布している洪水兄妹婚神話を、
一 原初洪水型 二 宇宙争闘洪水型 三 宇宙洪水型 四 神罰洪水型
に四分類した説(大林太良『神話と神話学』大和書房、一九七五年)を適用したものですが、村上氏は独自にこれまでに紹介された多くの神話を分析してつぎのように説明します。
ミャオ族の場合、雷公とその闘争相手については「天上のA―F(雷)と、地上のA―Zieの二人兄弟は、財産を分けることで争っていて仲がよくない」、「雷公と姜央の兄弟二人は、分家するにあたり、雷公が値打ちのある一切のものを持っていき、姜央は田を耕す牛さえも皆なくしてしまった。ある時、姜央は、雷公に牛を借りて田を耕した後、雷公の牛を殺して食べてしまったので、雷公は大層怒った」などとあるように、互いに兄弟関係を持つとされており、又、二人は天に住む者と地に住む者との象徴でもある。
闘争の直接きっかけとなるのは「雷公の大嫌いな鶏肉を食べさせた」、「最も嫌いな、鶏糞をこやしにしてつくった野菜を食べさせた」とか、「蜂を雷公の家の窓から入れた」とかである。又、雷公を捕える理由に、「老母の重病を癒すために必要な雷公の心臓を取ろうとして」というものもある。
こうした形の闘争型洪水神話は、湖南省の西部、貴州省の東北部、貴州省の東南部等の地に分布している…略…。
また、ヤオ族の場合においても、洪水の原因が、雷公との闘争結果に帰結されることはミャオ族の場合と全く同じである。
これにたいし、懲罰型についてはつぎのように説明しています。
イ族の「人間が悪くなったため、Tse−gu−dzihが天の門を閉じて」とか、「天に住む有力者、額梯古自が、腹心の召使い阿碧を地上の人間に殺されたため」とか、ナシ族の「五人の兄弟と六人の姉妹の結婚により天地が穢れたため天神が」とか、リス族の「天神の怒りにふれて」とかのように、至高神的性格を持つものの懲罰の結果にあるとして、洪水の原因の明確なものもあるが、ミャオ・ヤオ族における闘争結果に求められる程、明確なものではない。
ただし、パイ族の場合には、「盤古が竜王の第三子(紅魚)を捕えたため、その報復として、竜王が洪水をおこす」といったミャオ・ヤオ型の闘争結果が原因になっている。概して、イ語系諸族においては懲罰型、ミャオ・ヤオ語族においては闘争型をとることが多いといえよう。
闘争型ほど明確ではないが、懲罰型の傾向がイ語系の少数民族にみられるということです。
もうすこし、村上氏の論を紹介しましょう。イ語系、ミャオ・ヤオ語系という区別は村松一弥氏の四つの文化圏設定(「現代中国諸民族考―民間文学研究のためのー」『東京都立大学 人文学報 36号』1963年)によっています。
T 南部山地居住農牧民文化圏
U 南部山地焼畑耕作民文化圏
V 南部河谷居住水稲犂耕民文化圏
W 南部狩猟栽培民文化圏
イ語系とはTに属するチベット・ビルマ語群の高原農牧民、ミャオ・ヤオ語族はUに属します。
また、村上氏は、エヴリーヌ・ポレ=マスプロの提出した洪水・動物始祖神話の仮説的テーマ(大林太良氏前掲書)に手直しをくわえて
1:洪水の原因 2:洪水の予告と免れる手段の教示 3:避水具 4:生き残った者 5:同胞婚の忌避 6:同胞婚の結果 7:切り刻むモチーフ 8:人類起源
という八つの構成要素をとりだしています。
村上順子氏の研究はすぐれた研究です。確認してみましょう。イ語系の属する少数民族は、
イ リス ナシ ハニ ラフ アチャン ペー チノー
トゥチャ
の九族であり、ミャオ・ヤオ語系は、
ミャオ コーラオ ヤオ ショオ
の四族です。
数値を明確に出すことが可能な林河氏の前掲『儺史―中国儺文化概論』によって懲罰型と闘争型にわけて数値をかかげてみます。
懲罰型
ミャオ 1 ヤオ 1 ペー 3 ハニ 3 ナシ 4 リス 3 チノー 2 コーラオ 1 ラフ 1
闘争型
ミャオ 4 トウチャ 1 コーラオ 1
例外を多くふくみながらも、イ語系の懲罰型は十七種、闘争型は一種、ミャオ・ヤオ系の闘争型は五種、懲罰型は二種となって、氏の指摘が正しい方向をしめしていることがわかります。
もちろん、洪水神話の分布はこの二つの語群にかぎられるものではなく、トン、スイ、プイ、リーなどのカム・タイ語群、プミ、トゥルン、ヌーなどのチベット・ビルマ語群、モンゴルなどのモンゴル語群、ワなどのモン・クメール語群などにも洪水神話をみることができます。中国南部を中心分布地としながら広範囲にひろまっていった神話でした。
懲罰型と闘争型のうち、おそらくより古い形態は懲罰型であったろうとおもわれます。その理由は二つかんがえられます。理由の一つは、分布範囲の広がりと量です。どちらもはるかに懲罰型が闘争型を凌駕しています。もう一つの理由は、闘争型において、人間に代表される地上の力が雷に代表される天の力を圧倒していることです。そこには天のまえにひれふした懲罰型から、天の力に対抗し、ときには圧倒してしまう地の力の伸張をみとめることができます。
日本の国生み神話が闘争型でないことは確実であり、懲罰型ともかなり違います。前述した神話学者レオポルド・ヴァルクが原初洪水型とよんだものに近い型をしめしています。この型は、原初に万物をおおう洪水があり、その水中から最初の岩がそびえ出てきて、この岩のうえに最初の一組の男女が降りたち、この岩が拡大して大地となるという展開です(大林太良氏前掲書)。ただこのタイプには、柱めぐりや結婚の失敗などという要素はありません。
ヴァルクはこの原初洪水型の分布地を東南アジアとしていますが、このタイプが中国になかったとは断定できません。中国の洪水神話には、懲罰でもなければ闘争でもない、原初洪水型とおもわれる神話が、ヤオ、リー、コーラオ、ペー、イ、リス、ナシ、プミ、チノー、ヌーなどの諸族のあいだにひろまっており、しかも兄妹婚、結婚の失敗などのモチーフももっています。
中国の少数民族神話は、古型がそのままに記録にとどめられたものではなく、口伝えに語りつたえられたために、昔話、伝説、民話などに変化したものがほとんどです。そのために各種の要素が複雑に習合しているばあいが多いのですが、洪水神話の原型はそろっています。国生み神話の源流は東南アジアより、中国南部にもとめられなければなりません。
〈質問〉日本の国生み神話にはイザナギによる黄泉国訪問譚があとにつづきます。中国の洪水神話にもこうした物語があるのでしょうか。
この質問には次回でお答えします。
今回はこの辺で失礼します。