日本語学演習
  沖縄の古歌謡『おもろさうし』

担 当 者 単 位 数 配当年次 学 期 曜 日 時 限
田中 寛美 講師 4 2〜4 通年 3

授業の目的・内容

沖縄には『おもろさうし』という古歌謡集が存在する。1623年に成立したこの古歌謡集への見方は、従来、「日本古代の信仰・宗教を髣髴とさせる」というものである。しかし、日本本土とは異なる世界の大航海時代の只中にあって交易を繰りひろげ、豊かな富を享受した琉球王国が古代のままの心性にあるわけがない。日本古代の宗教儀礼を思わせる神女祭祀も、琉球王国の官僚制の一環としてなされたのである。そのような視点に立って、『おもろさうし』を読んでいくと、従来の見解とは全く異なる琉球統一王国の成立前後の情景が見えてくる。
担当者が関心を寄せるオモロ(古歌謡)世界への新しいアプローチの方法は、オモロの語彙を検索し、用例を集め、分析する、というきわめてオーソドックスなものである。その方法によって新たな見解が立てられていく面白さを受講生と共に味わっていきたい。

授業計画

授業方法の提示と『おもろさうし』概説を行う。オモロ世界で最も著名な聞得大君(きこへおほきみ)という国王に対応する最高神女について概説する。
オモロが祭祀の場で謡われていたのと同時代に編纂された『琉球国由来記』の歌謡は祭祀の場で謡われたものをそのまま記載した、と考えられる。その歌謡を概観することによって、オモロがいかに新しいか、逆に認識できる。由来記の歌謡を中心にみていく。
「神女祭祀概説」神女とは神の世界と地上を結ぶ存在である。神女の頂点に立つ聞得大君は卑弥呼と男弟の関係、つまり日本古代の神聖王権同様な存在とされてきたが、そうではないことを述べる。
「ニルヤ・カナヤ信仰概説」ニルヤ・カナヤ(ニライ・カナイ)は海の彼方の他界への信仰と言われてきたが、古くは地の底への信仰だったことを述べる。
「オボツ・カグラ信仰概説」オボツ・カグラは天上他界である。天上他界観は琉球列島に流入した北方的文化要素のひとつである。天上と地上を往還する神女のあり方は北方的シャーマニズムの原型にそっている。そのこともあわせ、述べる。
「三機能体系概説」日本神話・ギリシア神話には「主権・武力・豊饒」という三つの機能が主権(第一)機能を頂点に補い合って完全な世界となる、という三機能体系が存在している。この三機能体系はオモロ世界にも存在している。そのことを神話学的に概説する。
以下の回は受講生の発表と、担当者のコメントを中心に展開する予定。

演習につき、授業は発表者の関心にそって展開する。オモロは記紀万葉と比べ、研究史が短い。それは、手付かずの研究分野が多い、ということでもある。オモロの魅力と沖縄を研究対象にすることの可能性を知ってほしい。

授業方法

第1学期の初めは担当者が『おもろさうし』概説、またオモロ研究方法提示のため講義をする。その後、受講生は各自の関心にそったテーマで発表すること。発表は一回の授業で多くて三人までとする。

成績評価の方法

第1学期中から第2学期に掛けて一回必ず発表をし、発表時の問題点を掘り下げて第2学期末にレポートを提出すること。発表、レポートのどちらが欠けても単位は認められない。

教科書

外間守善校注おもろさうし上岩波書店2000
外間守善校注おもろさうし下岩波書店2000
吉成直樹琉球民俗の底流古今書院2003
『おもろさうし上・下』はオモロのテキストとして現在最もコンパクトなものである。また、『琉球民俗の底流』はオモロを琉球民俗の資料として用いている。オモロを琉球の正史の空白の時代の歴史史料、あるいは民俗資料として用いることの可能性を『琉球民俗の底流』は示している。

参考文献

福寛美沖縄と本土の信仰に見られる他界観の重層性DTP出版2003
吉成直樹マレビトの文化史第一書房1995
外間守善南島の神歌 おもろさうし中央公論社1994
外間守善南島の抒情 琉歌中央公論社1995
『沖縄と本土の信仰に見られる他界観の重層性』はオモロ、日本民俗等を論じた担当者の拙著である。オモロの土地信仰とヨ(豊饒の生命力)関係の語彙や海の彼方の他界とされるニルヤ・カナヤについて詳しい記述がある。
『マレビトの文化史』は琉球民俗世界に去来する来訪神問題を中心に記述が展開している。時を定めて他界から来訪する異形のカミの正体と本質、その文化複合の位相を詳しく分析することにより、新しい琉球民俗像が形成されていく。その作業仮説と実証が綿密に示されている。テキストとして用いる『琉球民俗の底流』の著者の著書である。
『南島の神歌』と『南島の抒情』は、オモロと琉球のウタ、琉歌(りゅうか)への入門書である。簡潔で読みやすい著者の語り口により、読者はオモロと琉歌の豊かな文学的広がりを享受するであろう。

その他

演習という授業形態上、受講生は最高40人までとする。初回授業出席のこと。