この演習では、ジョン・ロックが、『人間知性論』において、人間の「行為の自由」および「意志の自由」をどのようなものとして理解したかを考察し、それを評価しようと試みる。これによって、近代から現代にかけて継続している自由と必然に関する論争の一端を明らかにし、この論争のもつ射程の広さと問題の深さを知る手がかりとしたい。 西洋近代においては、ルター対エラスムスの自由意志をめぐる論争、あるいは哲学的により洗練されたホッブズとブラムホールの自由と必然をめぐる論争に見られるように、自由意志論と決定論ははげしく対立している。ロックがこの論争とどう関係するかは容易に判定することはできない。しかし、ロックのテクストは、彼がこの論争に独自の解決策を見出そうと努力していることを示している。そのテクストとは、John Locke, An Essay Concerning Human Understanding, Book 2, Chapter 21 Of Power'[ロック著『人間知性論』2巻21章「力について」]である。今年度は、この長い章の中心部分の議論を理解し、ロックの立場の複雑さを踏まえたうえで、それがいかなる価値をもつかを考察してみたい。 以前にロックを読んだことがない人でも、自由意志や決定論に関する問題群の一部分に関心のある人ならば歓迎する。そもそもすべての出来事は先行する原因によって決定されているのか、あるいは逆に、人間の行為(あるいはそれに先立つ意志の働き)のなかには、先行する原因によって決定されないものもあるのか、自由と必然性は両立するのかしないのか、道徳的責任を帰するためには自由意志は必要なのか、神の創造と人間の自由意志や救いはどう関係しているか、といった哲学的諸問題のどれかに関心をもつ人は参加してほしい。
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序論-テクストと文献の紹介、分担決定、ゼミの方針説明
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An Essay Concerning Human Understanding, Book 2, Chapter 21 Of Power'を読む。必要に応じて、ホッブズとブラムホールの論争からの抜粋など関連文献も参考にする。詳細はゼミ開始後に決定する。
教材はプリントで配布する。ただし、『人間知性論』の原典を購入したければ、Oxford University Pressから出ているPeter Nidditch編のAn Essay Concerning Human Understanding(ペーパーバック版)を購入するのがよい。これが学問的にもっとも信頼できる版である。