現代日本の政治思想Ⅱ
デモクラシーと「市民のための政治学」―
012-B-574

担 当 者 単 位 数 配当年次 学 期 曜 日 時 限
川口 雄一 講師 2 1~4 第2学期 2

授業概要

 「現代日本の政治思想」を考える上で不可欠の政治思想家といえば、丸山眞男(1914-1996)を措いてほかにありません。日本政治思想史を専門とした政治学者です。これまで彼は、しばしば「戦後民主主義の旗手」「戦後日本を代表する思想家」等と呼ばれてきましたが、今日では、20世紀を代表する世界的な知識人としてその意義が追究されています。
 
 政治学に関する丸山の論文は、主に戦後に展開されていきましたが、その代表的なものは「科学としての政治学」(1947)です。丸山はその中で、敗戦以前の日本の政治学の「伝統」は、まるでその意味をなさなかったと否定しました。そこには、現在に通じる戦後のデモクラシーの担い手の創出という課題意識が横たわっていました。そうして丸山は、あるべき政治学を追究しつつ、それを学生や市民に示していったのです。つまり「科学としての政治学」という主張は、「市民のための政治学」という理念を含んでいました。この論文は、発表当時、「政治学の人権宣言」という評価を受けたともいわれます。
 
 しかし「科学としての政治学」という理念は、丸山が否定した戦前日本の政治学の中に見ることができます。日本の「近代政治学の祖」などと称される小野塚喜平次(1871-1944)の政治学に、すでにそうした要素が見られます。また、彼の弟子にして大正デモクラシーの旗手であった吉野作造(1878-1933)、吉野と並び称される代表的政治理論家・大山郁夫(1880-1955)もまた、「科学としての政治学」を追究しました。
 
 「科学としての政治学」が大正デモクラシーと呼ばれる時代に主張されたにもかかわらず、時代は暗い「戦争」の時代へと向かっていきました。吉野や大山に学んだ蠟山政道(1895-1980)は、新聞や雑誌に時事評論を書いていくことで市民との接点を保ち、時の政局を支持することもありました。他方、同時代の南原繁(1898-1974)は、ジャーナリズムに書くことを厳しく戒め、哲学的な論文を著しながら、そのなかで時局を批判していきます。敗戦直後、蠟山は公職追放となり、逆に南原は、東大総長となって戦後教育改革を主導していきました。
 
 このように見てくるとき、丸山の「政治学の人権宣言」は何が新しかったのでしょうか。また、丸山は、戦前日本の政治学の何を否定したのでしょうか。彼は、過去の政治学から何を引き継いだのでしょうか。この問題への取り組みは、丸山の著作が「古典」となり「教養」となりつつある今日、政治学を学ぶ者がその意義を自覚していく上で、不可欠の作業です。
 
 本講はこうした問題意識に立って、デモクラシーの原理とその担い手(市民)に要請される政治学的素養(≒政治的教養)との関係を軸として、日露戦争以後の政治理論を敗戦直後まで辿っていきます。具体的にいえば、明治末期から大正期を経て、昭和戦前期に至り、そうした経験を踏まえ、戦後直後に先鋭化していった丸山の「政治学」とその意義を問いなおすことが本講の目的です。

到達目標

・戦前から戦後にいたる政治学の系譜を概観することで「現代日本の政治思想」の背景を理解できる。
・政治学者の学説・思想を、同時代の政治的・社会的な出来事と関連づけて理解できる。
・(日本の)政治学者が取り扱ってきた「政治」の基本的主題を把握できる。
・『政治学事典』『国史大辞典』等の専門辞書を自在に使いこなすことができる。

授業計画

1 オリエンテーション / ガイダンス
2 政治学史的前提 : 小野塚喜平次の政治学
3 大正デモクラシー期の政治学(1) : 吉野作造の政治思想(1)
4 大正デモクラシー期の政治学(1) : 吉野作造の政治思想(2)
5 大正デモクラシー期の政治学(2) : 大山郁夫の政治思想(1)
6 大正デモクラシー期の政治学(2) : 大山郁夫の政治思想(2)
7 昭和戦前期の政治学(1) : 蠟山政道の政治思想(1)
8 昭和戦前期の政治学(1) : 蠟山政道の政治思想(2)
9 昭和戦前期の政治学(2) : 南原繁の政治思想(1)
10 昭和戦前期の政治学(2) : 南原繁の政治思想(2)
11 敗戦直後の政治学 : 丸山眞男の政治思想(1)
12 敗戦直後の政治学 : 丸山眞男の政治思想(2)
13 まとめ : 丸山眞男における政治学史的回顧
14 理解度の確認
15 予備日
・詳細は初回授業時に説明する。
・受講者と相談の結果、授業計画を変更する可能性がある。

授業方法

講義形式

準備学習

・予習 : 授業内容と対応する参考文献(専門辞典を含む)を事前に読み進めておくこと(3時間程度)。
・復習 : 配布資料等に目を通すこと(1時間程度)。

成績評価の方法

第2学期(学年末試験):60%(授業内容の理解度)
平常点(クラス参加、グループ作業の成果等):40%(コメントペーパーへの記入等の質・量)

教科書

小野塚喜平次『政治学大綱』、博文館1903
吉野作造『吉野作造選集』、岩波書店1995
吉野作造『吉野作造評論集』、岩波書店1975
吉野作造『憲政の本義』、中央公論新社2016
大山郁夫『大山郁夫著作集』、岩波書店1987
蠟山政道『政治学の任務と対象』、巌松堂書店1925
蠟山政道『日本における近代政治学の発達』学生版、新泉社1969
南原繁『南原繁著作集』、岩波書店1972
南原繁『わが歩みし道 南原繁』、東京大学出版会2004
南原繋『聞き書 南原繁回顧録』、東京大学出版会1989
丸山眞男『丸山眞男集』、岩波書店1996
丸山眞男『丸山眞男集 別巻』新訂増補版、岩波書店2014
丸山眞男『丸山眞男集 別集』、岩波書店2014
丸山眞男『福沢諭吉の哲学 他六篇』、岩波書店2001
丸山眞男『政治の世界 他十篇』、岩波書店2014
丸山眞男『超国家主義の論理と心理 他八篇』、岩波書店2015
丸山眞男ほか『丸山眞男座談セレクション』、岩波書店2014
丸山眞男ほか『定本 丸山眞男回顧談』、岩波書店2016
・「教科書」は講義で取り扱う人物の主要著作を掲げた。
・授業のテーマや個人の関心に即して適宜読み進めること。

参考文献

田口富久治『日本政治学史の源流』、未来社1985
田口富久治『戦後日本政治学史』、東京大学出版会2001
南原繁・蠟山政道・矢部貞治『小野塚喜平次』、東京大学出版会1963
松本三之介『吉野作造』、東京大学出版会2008
田澤晴子『吉野作造』、ミネルヴァ書房2006
飯田泰三『批判精神の航跡』、筑摩書房1997
飯田泰三『戦後精神の光芒』、みすず書房2006
藤原保信『大山郁夫と大正デモクラシー』、みすず書房1989
太田雅夫『大正デモクラシー研究』増補版、新泉社1990
黒川みどり『共同性の復権』、信山社2000
松沢弘陽『日本社会主義の思想』、筑摩書房1973
三谷太一郎『大正デモクラシー論』第3版、東京大学出版会2013
三谷太一郎『近代日本の戦争と政治』、岩波書店2010
三谷太一郎『学問は現実にいかに関わるか』、東京大学出版会2013
酒井哲哉『近代日本の国際秩序論』、岩波書店2007
加藤節『南原繁』、岩波書店1997
加藤節『南原繁の思想世界』、岩波書店2016
加藤節『政治と人間』、岩波書店1993
加藤節『政治と知識人』、岩波書店1999
苅部直『歴史という皮膚』、岩波書店2011
苅部直『移りゆく「教養」』、NTT出版2007
苅部直『丸山眞男』、岩波書店2006
山口周三『資料で読み解く南原繁と戦後教育改革』、東信堂2009
大隅和雄・平石直昭(編)『思想史家 丸山眞男』、ぺりかん社2002
中村哲・丸山眞男・辻清明ほか『政治学事典』、平凡社1954
・「参考文献」は講義で取り扱う人物の主要な研究文献を掲げた。
・関連する人物の文献や論文・記事は授業内で紹介する。
・授業のテーマや個人の関心に即して適宜読み進めること。