哲学演習Ⅰ


  --カント研究(Ⅰ)--
031-A-140

担 当 者 単 位 数 配当年次 学 期 曜 日 時 限
酒井 潔 教授 4 2~4 通年 3

授業概要

 西洋近代哲学の古典中の古典とも称されるイマヌエル・カント(Immanuel Kant,1724-1804)の哲学について、第一学期はその理論哲学、第二学期は実践哲学をとりあげ、カント哲学のまずは全体像を獲得することを目指す。そのための手引きとなるテクストとして、第一学期は『プロレゴメナ』(Prolegomena,1783):「学として出現し得る将来のあらゆる形而上学のためのプロレゴメナ」)を、そして第二学期には『人倫の形而上学の基礎づけ』(Grundlegung zur Metaphysik der Sitten,1785) を取り上げる。
 第一学期のテクスト『プロレゴメナ』は、カントが『純粋理性批判』(1781)の根本思想を読者のためにわかりやすく簡潔に説明しようしたものである。「プロレゴメナ」とは予備的解説を意味する。それは、カント理論哲学の根本モチーフをコンパクトに示すとともに、作品としても読み応えのある一書であって、多くの読者を得てきた。本演習では、「空間」(Raum)と「時間」(Zeit)についての議論をとりあげる。「空間」・「時間」の問題は,諸学の可能性を問う「超越論的主要問題 第一部」で登場するのだが、カントは「空間」・「時間」を物自体に付着する性質ではなく、私たちの感性的直観の形式とみなす。たとえば空間の考察では、右手と左手は形も大きさも同じなのに重ねることはできないという事例をあげている。彼の視点は抽象的であるどころか、むしろ私たちがただ一つの世界に住んでいるという事実に向けられているともいえ、たいへん興味深い。カントによる「空間」・「時間」の定義を正確に理解したうえで、さらに「現象としての対象世界」というカント理論哲学の根本的立場に迫って行きたい。
 第二学期のテクスト『人倫の形而上学の基礎づけ』も彼の三年後の『実践理性批判』(1788)への導入という役割をもつが、しかしカント実践哲学・道徳哲学の基本構想を具体例を用いながら懇切に生き生きと説いており、日本でも最も親しまれてきた哲学文献の一つであると言っても過言ではない。この授業では、「第一編 通常の道徳的理性認識から哲学的な道徳的理性認識への移行」を読む。そこには「善なる意志とは何か」、「真の道徳とは何か」という倫理学の根本問題が、たとえば「私が困っているときには、守るつもりのなしに約束をしてもよいか」という身近な例を用いて論じらており、読者は「義務」、「定言命法」、「自律」、「自由」などカント倫理学の体系を具体的に知ることができる。なお、カントの「義務」や「人格」の概念は現代の倫理学や政治哲学(例えばロールズ、ハーバマス)にも大きな影響を与えており、時間のゆるす範囲でこの点についても解説を試みる予定である。
 毎回の授業では、ドイツ語原典テクストの精確な読解に努める。そのためにはドイツ語の文法、語法、語彙の説明や再確認が不可欠である。そのうえで、<自ら思索する者>として、「空間とは何か」、「時間とは何か」、あるいは「何が道徳的なのか」、「なぜ嘘をついてはいけないのか」などの主題について考え深め、かつグループ・ディスカッションなども交えながら意見交換して行きたい。

授業の目的・内容

この授業で読む2篇のテクストは、カントの著作のなかでも比較的平明であり、内容構成もシンプルではっきりしている。習得したドイツ語の知識をもとに、辞書をひきながら、まずは先入見なしに、カントのドイツ語原典を精確に読み解く。その作業の積み重ねのなかから、カント哲学の概要と特徴をつかむようになる。そして各自の理解を深め、同時に、<自ら思索する者>として自分の意見を持ち、借り物ではない自分の言葉で説明できるようにする。

授業計画

1 受講上の注意。一年間の授業計画。テクスト『プロレゴメナ』について。カント理論哲学についてのイントロダクション
2 カント『プロレゴメナ』「序説」(Vorerinnerung)第2節a,b,c を手引きとした準備的考察一「綜合判断」と「分析判断」について
3 カント『プロレゴメナ』「超越論的主要問題」第I部第6~13節-「空間」と「時間」を読む
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12 グループディスカッション
13 『純粋理性批判』の「空間・時間」論について(1)
ー「超越論的感性論」、空間・時間の「形而上学的演繹」
14 『純粋理性批判』の「空間・時間」論について(2)
ー「超越論的感性論」、空間・時間の「超越論的演繹」
15 第一学期のまとめーカントの空間・時間論、カント理論哲学の特徴と急所
16 カント実践哲学についてのイントロダクション。テクスト『人倫の形而上学の基礎付け』について
17 『人倫の形而上学の基礎付け』、「第一編 通常の道徳的理性認識から哲学的な道徳的理性認識への移行」を読む
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25 「第二編 通俗的道徳哲学から人倫の形而上学への移行」の概要を提示する。
26 『実践理性批判』への展望
27 グループディスカッション
28 第二学期のまとめ(1):カント道徳哲学の基本問題
29 第二学期のまとめ(2);カント道徳哲学の現代政治哲学における受容
30 一年間のまとめ:カント哲学とは何か
受講生の学習の進捗や、問題関心の推移などを見、そして受講生の意見や希望を聞きながら、授業の進度、あるいは授業の内容の一部を適宜変更する可能性がある。

授業方法

参加者全員による輪読形式。さらに適宜グループディスカッションを実施し、全員で討論する。また、夏休みレポートとして、テクストに扱われている諸問題のなかから、各自の選んだテーマについて自由に論述してもらう。

準備学習

前回の復習(約1時間)(その際、たんに訳文の確認だけでなく、カントの用語などについても、必要ならば『カント事典』(弘文堂)などを使ってはっきりさせておこう)とともに、事前にテクストの該当箇所を予習しておくこと(約1時間)。その場合たんに辞書で単語の意味を引くだけでなく、内容について不明な点はどこなのか、自分なりに意見をもつ箇所はどういうところか、ということを各自なりに整理しておいてほしい。

成績評価の方法

レポート:40%(理解力、思索力、論述力)
平常点(クラス参加、グループ作業の成果等):60%(訳読、プロトコル、質疑応答、グループ・ディスカッション、出席状況)
訳読、プロトコル、質疑応答、グループ・ディスカッション、出席状況などから総合的に判断する。なお、取り組みが不十分であると判断される場合には、追加レポートを課すことがある。

石川・大橋・黒崎・中島・福谷・牧野編『カント事典』、弘文堂1997
高坂正顕『カント』(西哲叢書)、弘文堂書房1939
小牧 治『カント』(人と思想)、清水書院1967
浜田義文編『カント読本』、法政大学出版局1989
有福孝岳・牧野英二編『カントを学ぶ人のために』、世界思想社2012
他にも、そのつど教室で指示する。

第1回目の授業に必ず出席のこと。

演習である以上は、毎回欠かさず出席すること。しかし、万一、まったく予習をしていない場合には、たとえ出席はしていても評価の対象とはしない。つまり毎回十分な予習と復習が求められる。かつ、演習で取り上げる哲学的な諸問題について、自ら思索する者として批判的に考え、かつ仲間の議論に耳を傾け、自分も意見を述べ、共に理解の進展を求めようとする積極性を望みたい。