格付の山一モデル論文

経営分析の究極の目的は、対象企業の企業の総合的な価値の判断である。そしてそれは、投資対象としての当該企業の価値を算出することに、その最終的な「作業」を見出すことができると言えよう。この意味で、社債の格付けという行為は、経営分析の最終的な目標の実現であると言える。債券の格付けについては、格付けに関する知識を客観的な立場から普及させ、もってフェアな格付けが浸透することを目指して2002年8月に設立された、非営利法人・フェアレーティング(NPO・FAIR−RATING)のホームページ(http://www.fair-rating.jp)に詳しいが、以下では、そのような社債の格付けに関する我が国での草分けにあたる、山一証券による格付け作業のシミュレーションに関する論稿を参照し、経営分析の理解の一助としていただきたい。

*なお、本文中で参照される図表のうち、
緑色で示されているものについては、経営財務T、および企業評価論の授業で配布するので、掲示および授業中の指示に注意すること。


企業評価に関する一考察―――財務的な定量的評価の回顧



1.企業価値の概念


@理論的側面


「企業評価」にあたる英語は、'Valuation'である。Valuationとは、まさしく「価値を計算すること」であり、今、考察の対象となっている企業が、どれだけの価値を持っているかを計算することが、そこでの目標となる。では、企業の価値とは何だろうか。我々は日常、「価値がある」というコトバと「優れている」というコトバを、往々にして同義語として使用している。すなわち、「価値がある企業」、あるいは「価値の高い企業」というのは、「優れた企業」という表現と同じであるとみなして差し支えないと思われる。では、企業が優れている、と表現した場合、その「優れている程度」は、どのようにして表されるだろうか。

 企業がどれだけ優れているか、それを調べるための方法(手段)で最も知られているものは、周知の通り「経営分析」と呼ばれるものである。そしてそれは、その経営分析を行うのが誰であるか、すなわち誰の立場(目的)から行われるかによって、内容に大きな差異が生じてくることもよく知られている。ただし、財務の世界で「企業評価」という用語を考えた場合、投資家(株主)の立場からの価値の計算を意味することが多い。こうして得られる値が、「理論的価値」と呼ばれるものにあたる。これは、企業財務の分野でも研究テーマとして長い歴史を持つ「企業評価モデル」の概念にも無理なく対応しているとされる。すなわち、その企業が株主にもたらしてくれるDCF(Discounted Cash Flow)の総額を株主の富(Wealth)と呼び、その値を企業価値と考えるものである。原則としてそれは永久に続き、DCFの発生のパターンや成長の動きなどを様々にヴァリエートさせてモデル作りが行われて来たことは、いわゆる伝統派による研究として記憶に新しいものである。すなわち、言い換えれば、このような割引現在価値の総和のことを企業評価モデルと呼んで差し支えないと思われる。そして、そこでDCFの内訳として何をとり上げるかによって、すなわち、そこでの利益請求権者としての株主、彼らに帰属するものの具体的な対象として何が適切か、具体的には配当、利益、キャッシュフローなどのうちのどれをとるかによって、営業利益説、純利益説、配当説など、様々な主張がなされてきたのである。



A実務的側面


これに対して、実務的な意味での企業の価値の概念というものも頻繁に取り沙汰されている。それは、日々形成されている株価が、その具体的な指標の代表的なひとつとされる。

 このような株価、企業の市場価値の高さと形成については、市場で「見積もられる(与えられる)」価値の高さ、という解釈が可能であり、投資家が当該企業の価値を総合的に見積もって形作られるものであると言える。

 では、その形成のプロセスはどのようなものであろうか。より具体的にいえば、投資家が、企業の良し悪しを評価するのに利用している変量は何か?この問題を検証するための方法としては、Watts & Zimmerman(1986、須田訳(1991))などのように、株価や株式投資収益率の動きと、当該企業の会計変数の動きを対照させて観察する方法と、水野(1998)や、梅田(1998)に紹介されている、英国プライスウォーターハウスによる調査のように、そのものずばりをアナリストや投資家に尋ねる(アンケートやインタビュー)という方法がある。この2つの方法のどちらが、真の状態を知るのにより有効であるかは、一概には判定できないが、少なくとも相互に補完しうるものであることは、確かである。

 ただ、「良い企業」、「価値の高い企業」とは何であるか、それを決める指標については、単一の回答を定めることは困難であろう。




B財務的な定量的評価の回顧

 こうして、企業価値の計算をめぐっては、過去、実に数多くの議論が繰り広げられてきた。ここでそのすべてをレビューすることはもちろんのこと、全体を鳥瞰することさえ、そのあまりの多様さのために、非常に困難であることは明らかである。筆者も、本稿でめざしているのはそんなことではない。むしろここでもくろんでいるのは、このような「企業評価」のひとつの大きな柱であった、そしてこれからもあり続けるであろう、「債券の格付け(Bond Rating)」を意識した、我が国における過去の財務的な定量的企業評価の回顧である。格付けの歴史については、ここでは触れないが、筆者の知るところでは、財務データを中心とした企業データによって、債券発行企業の元利支払い能力を定量的に明らかにすることを試みた、我が国で最初の偉業は、先頃その長い会社の歴史にピリオドを打った、山一証券が、1970年代半ばに内部資料として公刊した、「債券格付けの山一モデル」である。本稿ではその「山一モデル」を中心として、その後出現したいくつかの企業評価モデルの成果をレビューしていくこととする。




2.わが国の債券格付けモデルの草分けとしての「山一モデル」


ここでレビューするのは、1970年代半ばに内部資料として公刊された、「山一モデル」の概要である。 *1そこでは、現代においてさえも立派に通用すると思われる、財務比率を中心とした企業価値のスコアリングの試みがなされている。1996年1月の適債基準の撤廃をもって、わが国の格付け機関の歴史はフォーマルにスタートしたが、そこに至るまでにもやはり数多くの格付けモデルが提示され、議論の対象となってきた。その中で、この山一モデルがどの程度の評価を得てきたかについては、必ずしも一致した見解があるわけではないが、*2 こうして今、様々な債券格付けモデルが出回っている現在、その内訳を見直すことは意義のあることだと思われる。以下では、前記内部資料の一部を、若干の修正とともに見ていくこととする。なお、本文で参照される図表については、原則として必要なものを最後にまとめて掲載してある。

*1 このモデルが掲載された資料は、故・木村増三・元一橋大学名誉教授により、筆者に伝えられたものである。ここに、心から感謝する次第である。

*2 筆者を含めた多数の「肯定派」以外にも、その価値をあまり高く評価しない人々もいる。ただ、そのような否定的な見解を公的に示すことは、これらの人々にはあまり実りをもたらすことはなかったようである。むしろ、当人たちにとっては思いもしない結末をもたらした、ということも漏れ聞いている。

《山一モデル》



事業債格付け方法の推定
事業債の格付け要素は多種多様である。格付け機関が格付けに公式はないと公言しているように、
*3すべての格付け要素を統一し汎用的格付け基準を作成することは不可能であろう。しかし、フォーチュン誌の記事にみるように*4 、一部の財務比率を用いて格付けの目安をつけることは可能である。さらに、財務比率に技術的加工を施せば、完璧はもとより望むべくもないが、より精度の高い格付け推定方法が作成できよう。
そこで、各種財務比率の分析作業を行い、シミュレーションによって事業債の格付け基準を推定してみた。以下はその作業の概略である。

*3 ここでいう「格付け機関」はアメリカのそれを意味している。

*4
フォーチュン誌、1976年4月号では、インタレスト・カバレッジやその他の収益性指標の重要性を強く説いている。




1.分析対象
当作業においては、S&P「Bond Guide」1976年4月号より、米国の代表的製造業5業種を選定し分析対象とした。この5業種の種類別社債発行企業数は
第2表の通り、のべ102社である。
このうち、債権の種類および負債、資本構成における相対的地位を統一するため、SF Deb(減債基金付き無担保債)54銘柄を分析対象とした。なお、財務データの関係でこのうち31銘柄は分析不能であったため、最終的な分析対象は23銘柄となった。この23銘柄の格付け別分類は
第3表の通りである。

2.作業の前提、目的

(1)格付け要素の分類

事業債格付けの概略は以下の通りであった。
*5

*5 本稿で採り上げた節の前に、この点に関する叙述があり、作業の流れが紹介されている。

(第4図)事業債格付けの概略







図中の3要素(@、A、B)が事業債の格付けを決定する。このうち、B優先順位の格付け決定過程で占める位置は概ね画一的であるため、ここでは、分析対象銘柄の種類および優先順位を統一することによって考慮対象外とした。
残りの2要素については、これを次のように分類する。すなわち、@のb)c)のうち数量的に把握できるものを定量的要素とし、それ以外のものは定性的要素とする。なお、@のb)、c)の諸要素の中には、市場シェア等数量的に把えることのできる要素が数多く考えられるが、ここでは後述の財務比率に限定する。

(2)作業目的と手順



(第5図) 事業債格付け方法の推定









第5図に示すように、アウトプットである格付け結果は、インプットデータである各格付け要素が何らかの方法で総合的に評価されて決定されると考えられよう。当作業の目的は、インプットとアウトプットを結ぶ評価過程を明らかにし、事業債の格付け方法を推定することにある。
作業手順としては、まず財務比率の収集から始める。この財務比率を分析加工し、各種シミュレーションを行い、格付けを推定する。その結果を現実の格付け(当作業ではS&Pの格付けを使用)と比較し、最も説明力(適合率)の高いものを採用する。
インプットを定量的要素に限定しているため、シミュレーション結果が格付け結果と100%符合することはないであろうが、定量的要素のみで格付けがどの程度説明されるかを見ることも当作業の目的である。


(3)財務比率

当作業では、債権の安全性に関連する財務比率を以下のように選定した。


@ 財務内容







A収益力







注)T)長期負債=長期借入金+社債
U)R9、R10については過去5年間の平均値を用いる。
V)純利益は非経常項目前純利益(Net income before extraordinary items)を用いる。
各財務比率にはそれぞれR1、R2、……R12と記号を添付した。以後便宜上この記号を用いることとする。なお、財務データはムーディの「Industrial Manual 1975年版」より採取した。銘柄別の財務比率は
第4表に示す通りである。




3.財務比率の分布状況

シミュレーションによる格付け方法推定に先立ち、各財務比率の分布状況を分析した。まず、格付け別に対象銘柄を分類し、それぞれ財務比率別に、平均値、標準偏差、最大値および最小値を算出した。これを
第5表に掲げておいた。

(1)平均値の比較

第6図は格付け別に財務比率の平均値を比較したものである。これによると、財務比率が良いもの程格付けが高いという傾向が見られる。R1、R2、R4の3比率については、A格の平均値がAA格の平均値を上回っており、これらの3比率の格付け別の区分が不明確であることを示している。すなわち、これら3比率の12比率に占める重要性は高くないと言えよう。
また、平均値相互間の偏差が大きい比率程、格付けの区分が明確であるとも考えられよう。たとえば、R3、R6、R9、R10である。これらは偏差の小さい比率よりも格付け別の区分がはるかに明確で、12比率中の重要性は高いと思われる。
以上より12比率の重要性は次のように考えることができよう。

R1、R2、R4 < R5、R7、R8、R11、R12 < R3、R6、R9、R10



(2)散らばりの程度

格付け別平均値の相互比較によって、12の財務比率の重要性について1つの目途が得られた。では、平均値相互間の偏差が大きく重要性が高いと思われる4比率(R3、R6、R9、R10)の水準を見ることによって、格付けの目安をつけることができるだろうか。

第7図は財務比率の分布状況を格付け別に示したものである。これによると、平均値相互間の偏差が大きい比率といえども、単一の比率で格付けの目安をつけることは不可能であると言えよう。上記4比率は平均値を比較する限りにおいては格付け区分が他比率に比べ明確と言えるが、個別銘柄の比率については格付け別平均値からの偏差が大きいものが多いからである。すなわち比率の水準が同じであっても格付けが異なるものが(第7図において最大値と最小値を結ぶ直線がダブついている部分)があまりに多く、比率の水準をみるだけでは格付けを識別することはできない。

第7図におけるダブリの部分は次のように解釈される。ある比率が同一水準であるにもかかわらず格付けが異なる原因は、他の比率の高低が影響しているか定性的要素の影響である。したがって、すべての比率を織り込んだ総合指標を作成すれば、定性的要素の影響は取り除くことはできないものの、「ダブリ」の部分の大半を消去できるはずである。総合指標によっても取除けない「ダブリ」の部分は定性的要素の影響とみることができよう。

こうした考え方を背景に次項以下では各種シミュレーションを行う。


4.シミュレーションによる格付け方法の推定

ここでは前項の考え方に基づき銘柄別総合指標を作成し、これに独自の格付け基準を適用することによって、サンプル銘柄の格付けを推定してみた。
銘柄別総合指標は、銘柄別比率別に評点を与え、これに種々のウェイトを加味しこれを総合して得点化するという方法をとった。


(1)財務比率の評価

各財務比率の評点は以下の方法によって決定する。
第3表Total欄にみるように、分析対象銘柄数はAA格以上5、A格13、BBB格5である。

なお、A格債13銘柄は全銘柄23のうち56.52%を占めているが、これは正規分布においてはM±0.77σの範囲内に入ることになる。ここで、Mは平均値、σは標準偏差である。

そこで、銘柄別比率別の評点決定にあたっては、
第6表に示す基準で評点を与えることにした。これに基づき各比率の評価基準を算出すると第7表が得られる。これらを各比率に適用すると銘柄別比率別評点が得られる。これを第8表に示す。


(2)銘柄別総合指標の作成

第8表に銘柄別、比率別評点が得られたが、つぎに格付けにおける各比率の重要度に応じたウェイトを決める必要がある。ここでは銘柄別総合指標を作成するために、各比率別評点に4種のウェイト付けを行った。

〔4種のウェイトの算出方法〕
まず、12の比率にかかるウェイトの合計は4ケースとも12とする。


@12比率を均等重視
……12比率にかかるウェイトはすべて1
A9比率を均等重視
……12比率から、比較的重要でないと思われるR1、R2、R4を除外し、他の9比率のウェイトを等しくする。この場合、9比率にかかるウェイトはすべて1.3333となる。
B12比率を、相関係数を用いてウェイト付け
……12の比率系列それぞれについて、格付け結果との相関係数を求め、この相関係数総計が12となるように調整し、各比率に与えられるウェイトを算出する。
C12比率を3グループに分類し、グループ別にウェイト付け
……グループ分類は以下の通りである。
T)流動性 R1+R2+R3+R4+R5=G1
U)資産・資本構成 R6+R7+R8=G2
V)収益力 R9+R10+R11=G3
各グループの評点合計の系列であるG1、G2、G3につき、Bと同様に格付け結果との相関係数を求め、ウェイトを算出する。
B、Cのウェイト算出の詳細と、@〜Cのウェイト一覧は
第9表第10表の通りである。
財務比率のウェイトをW、相関係数をγとすれば





グループ別のウェイト算出のためには、各グループ間の財務比率数を統一する必要がある。ここではG1が5比率、G2が3比率、G3が4比率を含むので、それぞれ、4比率を含むG3と同じ基準に調整する。次に12比率にかかるウェイト合計が12となるようにグループにかかるウェイトを算出する。グループの含む比率数をGNn、各グループの相関係数をγnとすれば、次のようになる(第11表)。






(3)シミュレーション

第8表の各評点に第11表のウェイトを乗じ、これを銘柄別に累計する。これが総合評点〈総合指標〉である。(
第12表

第12表の総合評点を用い格付けを行ってみた。格付けの基準は
第13表に示す。この考え方は財務比率評価基準と同様である。

第14表
にみるように、4種のシミュレーションによって得られた格付け結果の過半が格付け結果と合致している。この適合率を第15表に示す。

これによるとサンプルの70%が定量的要素からの推定結果と一致している。残りの30%が定性的要素の影響を受けていると言えよう。この定性的要素の影響を受けている銘柄を
第16表にまとめてみた。
これにみるように3銘柄が、定性的要素がプラスに作用し、4銘柄は定性的要素によって足を引っ張られている。
また、4種のシミュレーションの結果に大きな差異はなかったが、第12表の変動係数をみると、Bが最もすぐれていると思われる。なぜなら、Bの総合評点の散らばりが最も大きく格付け区分の識別力が高いといえるからである。


(4)格付け推定基準の微調整

これまでのシミュレーション結果では、その説明力は70%であった。しかしシミュレーションに用いた格付け基準に微調整を加えることによって、ボーダーライン上にある銘柄の格付けを変えその説明力を高めることが可能と考えられる。
調整法としては格付け要素ごとの評価基準の変更も考えられようが、ここでは総合評点の評価基準の微調整を行ってみた。当初設定した格付け基準は統計的な推理にもとづいたものであり絶対的なものではない。すなわち、
第10図に示したボーダーラインを上下に若干修正する余地は残されている。
このボーダーラインの微調整を
第17表のように行った結果、新しく2〜3銘柄が格付け結果と適合し、適合率は78%にまで高まった(第18表参照)。


X 山一モデルの開発

前項において78%の説明力を持つ格付け推計モデルが開発された。微調整を施したシミュレーション@、B、Cである。しかし、使用した財務比率は妥当であったか、あるいは、実際に推定モデルを使用する際作業手順が繁雑にすぎるのではないかという疑問が残った。そこで、12の財務比率を再検討し、適用作業を簡略化する目的で再度の作業を行ってみた。

1.財務比率の選別
前項で使用した12の財務比率のグループ分類は以下の通りであった。
┌ 財務内容
│ ┌ 流動性……………R1,R2,R3,R4,R5 → グループ1(G1)
│ └資産・資本構成…R6,R7,R8 → グループ2(G2)
└ 収益力…………………R9,R10,R11,R12 → グループ3(G3)

シミュレーションCにおいてはグループ間の比率数の相違はウェイト付けの段階で調整されているため問題ないと思われるが、シミュレーション@、A、Bでは採用比率数の面で問題が残っていると考えられよう。すなわち、格付け要素という観点からみれば、収益力が最も重視され続いて流動性、資産・資本構成が続くといわれているが、上記財務比率グループ分類によれば流動性に関する比率数が収益力に関する比率数よりも多い。さらに、R1とR2、R6とR7、R9とR10のように性格的に極めて類似している比率があり、こうした比率については同一内容の格付け要素を重複計算しているとも考えられる。
そこで、こうした問題を避ける目的で12の財務比率をその重要性に応じて取捨選択することにした。選択作業に当っては
第19表に示す財務比率相互間の相関係数を使用した。
この値が大きい程比率相互間の関係が強い。したがって、同一内容のものを除外し重複計算を防止する意味で、重要度の高い比率は残しその比率と相関の強いものは除外するという方法をとった。
第20表は各財務比率と格付け結果との相関係数の大きさにもとづく財務比率の順位表である。これに各比率と相関の高いものを添付した。
〔財務比率取捨選択の方法と種類〕
@同一グループ内で比率間相関の強いものを除去する。
……R2,R4,R5,R6,R8,R10, R11, R12の8比率に集約。
A@の8比率から比率間相関の強いものを除去し、各グループからそれぞれ1比率を選定する。
……R4,R8,R10の3比率に集約。
B第6図に示される平均値相互間の偏差の大きいものを各グループからそれぞれ1比率を選定する。
……R3,R6,R10の3比率に集約。



2.シミュレーション

取捨選択された財務比率を用い、以下の4種のシミュレーションを行った。
@R2,R4,R5,R6,R8,R10, R11, R12の8比率、等額ウェイト付け
AR2,R4,R5,R6,R8,R10, R11, R12の8比率、相関係数によるウェイト付け
BR4,R8,R10の3比率、相関係数によるウェイト付け
CR3,R6,R10の3比率、相関係数によるウェイト付け
A、B、Cのシミュレーションに用いる相関係数は第20表に示されている。なお、この相関係数はWにおいて使用した相関係数とは異なる。Wでは財務比率別の評点系列と格付け結果を数量化した系列との相関係数を用いたが、ここでは、財務比率そのものと格付け結果を数量化した系列を用いた。財務比率を直接使用する方が精度の高い相関係数が得られると考えたからである。
4種のシミュレーションの総合評点は
第21表に示す通りとなった。
これから、格付けの推定を行うと
第22表に示す結果が得られた。

第22表の適合率から以下の2点が指摘される。
(@)シミュレーションAが、Wにおけるシミュレーション結果(微調整前で最高70%の適合率)を含めて最も優れている。
(A)シミュレーションB、Cによっても、かなり良好な適合率が得られており、比率を大幅に絞り込んでもさしつかえない。

3.日本企業への試験的適用

(1)格付け推定モデル
これまでのシミュレーション結果から、日本企業に適用する推定モデルとしてシミュレーションA(8比率を相関係数によりウェイト付け)を採用する。なおWで行った微調整はここでは行わない。適合率が74%弱と、定量的要素のみによる推計結果として満足できるものと考えられるからである。

(2)日本企業への適用手順
推定モデルはそのまま日本企業に適用する。ここでは日本の主要企業20社を選定した。この財務比率を
第23表に示す。

次に、
第24表に再録する財務比率評価基準を適用し財務比率別評点を求め(第25表)、第26表に示すウェイトを乗じ銘柄別総合評点を算出した。

(3)問題点と推定モデルの修正

第27表に日本企業20社に対する推定モデルの適用結果が得られたが、財務比率評価の過程で問題が残る。すなわち、財務比率が極端に悪いものにも等しく1点の評価を与えていること、総合評点が極端に低いものにも等しくBBBのランクを与えたことの2点である。
そこで、解決方法として次の2項目を推定モデルに加味する。
(@)財務比率が米国企業23社の最悪値に満たないものは評点をゼロとする。
(A)同じく総合評点が米国企業23社の最小値に満たないものはBBB未満とする。
この修正推定モデルによる財務比率別評点及び総合評点と格付け結果をそれぞれ
第28表第29表に示す。

この修正推定モデルを山一モデルと呼ぶことにする。これをとりまとめると以下の通りである。
〔山一モデル〕
〔推定手順〕





〔財務比率評価基準とウェイト〕





〔総合評点(P)による格付け推定基準〕

28.70<P AA
19.79≦P≦28.70 A
13.60≦P<19.79 BBB
P<13.60 BBB未満


4.作業のまとめ

(1)山一モデルの利用法

当山一モデルによれば、企業の収益、財務構成に関する米国流の評価が判明し、米国での債権公募に際しどの程度の格付けが得られるかおよその目安が得られる。また、当モデルによれば、企業別の総合評点が算出されている。この水準をみることによって、一段階上の格付けを目指すにはあと何点必要であるか、さらにそのためには財務内容をどのように改善すればよいかなどのおよその目安が得られる。

ところで、当山一モデルは、減債基金付無担保債を第一順位とする米国企業23社の収益力及び財務内容の分析から推定されたものである。したがって、当モデルを日本企業に適用する場合には、以下のことを念頭におかねばならない。すなわち、実際に米国で格付けを受ける時には、発行債権と既存の債務との優先順位の比較が行われる。このため、山一モデルによって推定された格付けに、発行債権の優先順位(既存の債務との相対的関係)を加味して考える必要がある。つまり、山一モデルは、厳密には企業の収益力及び財務内容の評価モデルであり、格付けを推定するためにはもう一段階分析が必要なのである。


(2)日本企業の適用例

山一モデルは米国企業23社の分析から推定されたもので、その説明力は74%であった。日本企業が米国で格付けを受ける際は、原則的には米国流の基準が適用されるものの、日本の製造業企業の特性も加味されると伝えられている。そこで、既に米国で格付けを受けた日本の製造業企業に山一モデルを適用し、山一モデルの日本企業に対する効力をテストしてみた。この結果を
第30表に示す。

これによると、格付け結果はすべて適合し、山一モデルは日本の製造業企業にも有効であることが判明した。
なお、上記3社以外の多くの日本企業に山一モデルを適用してみた。第29表に日本の主要製造業の推定結果を示したが、これによるとBBB格のいわゆる投資適格社債のランクに達した企業は20社中8社、40%であった。残りの12社は米国債券市場における債権公募発行は現状では困難ということになる。


(3)財務比率の重要性

山一モデル作成の過程で財務比率のうち何が重視されているかの目安が得られたのでまとめてみた。

@12比率中最も重視されている比率

これは以下の3点からR10(税込金利カバー等)と考えられる。
(@)格付け別平均値相互間の偏差値(第6図参照)
(A)格付け別財務比率分布状況(第7図参照)
(B)格付けと相関係数

A重要性上位3比率

格付けとの相関係数及び財務比率相互間の相関関係より以下の3比率と考えられる。
R10 税込金利カバー率
R4 キャッシュフロー/長期負債
R8 純資産/キャピタリゼーション

BR7(純有形資産/長期負債)について

R7は財務制限条項の借入れ制限に用いられたり、格付けに関する文書にしばしば登場し重要な比率と考えられている。しかし、当作業による分析結果では低い評価となった。すなわち格付けとの相関係数でみると、12比率中第7位、グループ2の中では最下位となっている。


(4)格付けアップの方策

前項Aにみるように、高い格付けを得るためには、支払利息に対して十分な収益が確保されること、流動性が高いこと、自己資本が大きいことの3点が必要であるといえよう。中でも自己資本の充実は、負債の減少、金融費用の軽減につながり、特に重要といえる。すでに、今回の不況によりわが国企業の収益力の脆さが指摘され、安定成長への移行に伴い自己資本充実の必要性が強く主張されたところであるが、格付けという観点からも自己資本充実は不可欠なのである。
世界最大の森林資源会社であるウエアハウザー(Weyerhaeuser)は、昨年ダブルAからシングルAへ格下げの危機に陥ったが、2億ドルの優先株を発行し自己資本比率を52%(1974年)から55%(1975年)へと向上させることにより、ダブルAの格付けを守ったと伝えられている。これは、格付けに対する米国企業の認識の高さを浮き彫りにすると同時に、自己資本充実の必要性を物語る好例である。


参考文献
水野博志(1998)、個人投資家の行動原理、泉文堂
梅田 誠(1998)、キャッシュ・フロー計算書の必要性、企業会計 50(10)、 pp.45-55.
Watts, R.L. and J.I. Zimmerman, Positive Accounting Theory, Prentice Hall 1986. (須田一幸訳、実証理論としての会計学、白桃書房 1991)



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