第六十一回物理学会年次大会(2006 年 3 月)シンポジウム「『ニセ科学』とどう向き合っていくか?」概要

「水商売ウォッチング」から見えたもの

天羽優子(山形大理)


私の本業は「液体のダイナミクスの分光学的研究」だが、液体、特に水について正しい知識を普及させることを狙って、「水商売ウォッチング」というウェブコンテンツを1999年2月から作り始めた(http://atom11.phys.ocha.ac.jp/wwatch/intro.html)。こんなことを始めたきっかけは、たまたま出掛けた同窓会で、酒造会社に就職した後輩に「クラスターの小さい水を使うといい酒ができるという話は本当か?」と訊かれたからである。水研究の業界では10年も前に誤りと分かっている話が未だに産業界ではびこっているのは、やはりまずい。そこで、科学的に間違っている俗説を具体的に取りあげて、何がおかしいか議論してウェブで公開することにした。試しに、浄水器や活水器(これも曖昧な呼び名だが)を作っている会社のウェブサイトに掲載されている宣伝文句を読んでみたら、どう見ても科学的に間違っているものがたくさんあることがわかった。また、間違っているとは言えないが、宣伝に使うには明らかに時期尚早だというものもあった。そこで、水処理の方式をいくつかにグループ分けし、具体的な企業名と製品名にリンクして、どこがどう変かを指摘する文書を公開した。

批判は、「公開されている宣伝の内容」に対して行い、決して「製品に対する批判」にはならないように注意した。製品に対する批判は、実際に実験してからでないとやってはいけないことだからである。この基本は今も守っている。

実際にニセ科学、しかも企業の利害がからんでるものと本気で向き合うとどういうことになるかを、以下に簡単にまとめてみる。

やってみてわかったこと

水に関する限り、企業の宣伝で製品の科学的な仕組みを説明した部分に明白な間違いや怪しい部分が多かった。多くの企業が全く同じパターンで間違えているのは、誰かが言い出した間違いをチェックせずにそのまま宣伝に使っている企業が多数あるということを意味している。科学の知識そのものを欠いているため間違えたというだけではなく、科学とは方法論の1つであるということを理解していないために、科学っぽい用語が出てくるだけのニセ科学を科学と誤認していることもあった。

水の変化は物質の変化(不純物組成など)であるというのが基本である。このことを十分確認せず、水が物理的変化を起こすと考えたことが、多くの間違いのもとになっていた。

こういうウェブサイトを公開すると、しばしば問い合わせのメールがやってくる。一人の人と複数回やりとりしたのも含めて、現在までに約1500通の問い合わせのメールをもらっている。騙されかかっている消費者の方から、企業の研究者、役人まで、様々である。ほとんどは、問い合わせについて正しい科学的説明をすればわかっていただけるが、中には完全に間違った説を信じてしつこく長文メールを送ってくる人もいる。お役所からは「こんな補助金申請書が届いてるんですが内容が怪しいのでは?」という問い合わせが来ることがある。時にはすでに怪しい理論の申請書に数千万から億程度の補助金が出ていたこともある。まっとうな科学とニセ科学は、実は限られた研究費のパイを奪い合う関係でもある。

特許が権威だと思われていることが多い。実際には、特許の取得と書かれた内容が科学的に正しいかどうかは関係がない。

科学の知識があればニセ科学批判ができるかというと、そうでもない。科学の知識を押しつけても理解は得られない。科学の射程距離のようなものを併せて説明する必要がある。個人でこの手の批判活動をするのは、企業の利害にからむだけにそれなりに面倒である。実際、訴えてやると脅しをかけてくる人が何人かいた。相手のはったりを見抜けないと活動を続けるのは難しいだろう。私は、相手の法律上の主張に教科書レベルの間違いがあるかどうかでチェックしている。プロがついていれば初歩的な間違いをすることはあり得ないから、単なる脅しと判断する。真実を主張していて脅しに屈したら逆に信用を無くすことになる。ニセ科学批判に際しては、科学の知識だけでなく法律の知識が支えになっていることが多い。相談できる弁護士を確保する努力は怠らないようにしている。

博士や医師、大学教員の肩書きで怪しい商売に手を貸す人もいる。手を貸すつもりがなくても、うっかり相談にのっただけで、「○○先生も確認済み」と、企業の宣伝に勝手に使われることがある。怪しい製品ほど権威を頼りたがる傾向がある。産学連携を進める動きがあるし、大学の社会貢献も要求されているが、無闇に利用されないようにガードしなければならない。勝手に名前を使われた場合の対策の1つは、そのことを速やかにウェブで公表することである。守るべきは大学と研究者の信用であり、無断で権威を利用しようとした企業のそれではない。

ウェブサイトは共同研究先のお茶の水大冨永研究室で公開していたが、企業が大学にクレームをつけたため、大学がウェブサイトを公開停止にしたことがあった。このときは、阪大の阿久津・菊地グループのウェブサーバに間借りして公開を続けた。並行して、企業のクレームの取り扱いを巡って、私がお茶の水大を訴えることになった。その後、話し合って、大学は法律に基づいたウェブ運営規則を作り、手続きに従ってコンテンツをお茶の水大に戻した。「特定の誰かの利害に反しても真実を公開する」ということが大事だということを、大学に対してもアピールしていくことが大事である。

まとめ

「水について正しい知識を広める」という理学部なりの社会貢献としては、それなりの成果が出たと思う。例えば、ウェブサイトがきっかけで、警視庁が「水クラスターを小さくする」という宣伝で浄水器を売っていた団体を摘発したとき、浄水器の鑑定嘱託を引き受けることになった。このときは浄水器を通しても水素結合に変化がない裏付けとなるデータを出した。怪しい浄水設備を購入した自治体を市議会で追求するため、市会議員から水について相談されたこともある。また、情報を得るために研究室まで来られた方も何人もいる。雑誌や新聞の取材もあった。

私は、たまたま専門が液体の研究だったから、水をテーマにしてニセ科学批判をやったが、ニセ科学はもっと他の分野にもあると思う。研究者全員がニセ科学批判をする必用はないが、一つの分野に数人程度、手がける人が出てくれば、助かる人が多いのではないか。

科学の世界では、新規なことを主張する側が立証責任を負う。しかし、社会の全てがそうではない。最近、景品表示法が改正されて、宣伝内容の根拠の立証責任を企業が負うようになり、科学っぽいが根拠のない宣伝にもある程度法規制をかけられるようになった。この動きは大事にしなくてはいけない [脚注:だから、ニセ科学てんこ盛りの宣伝を見かけたら公正取引委員会にどんどん通報しよう。 ]。

意外なことに、憲法で保障されている「学門の自由」が、企業の利害と対立する形で正面切って裁判所で争われた例は無い。いくらニセ科学を批判し正しいことを主張しても、誰かの利害と対立して裁判で負けるようでは意味がない。最終的に社会でニセ科学批判が効力を発揮するには、単なる批判だけではなく、訴えられたときに勝てるかどうかも先読みしながら活動することが望ましい [脚注:法的紛争は近代社会における個人の自立の証である。]。物理と社会の関わりの中には、紛争を伴う形のものだってあり得るし、「社会貢献」はきれい事では済まないが、やる意味は十分にある。


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