雪の結晶は、だれにとっても、神秘的で美しいものでしょう。 私も、スキー場でリフトに乗っているとちゅうでふわふわの雪が降り始め、手袋の上にふわりとおりた雪片(スノーフレーク)のあまりの精緻さに感動して、見とれていたことを覚えています。
美しく神秘的なものは、また、科学者の研究心をくすぐります。 ここでは、雪の結晶についての科学の研究のほんの一部を紹介しましょう。
なお、雪の結晶の科学の詳しい解説として、すでに紹介している
ケネス・リブレクトをおすすめします。 このページでもお借りしている美しい雪の結晶のカラー写真がたくさん載っていますし、雪の結晶の科学についてのわかりやすい解説も読めます。 冬の贈り物に最適です。
スノーフレーク(山と渓谷社)
今日では、水は(この場合、液体の水と思っても、物質としての水と思ってもかまいません)、大きさが 3 オングストローム(1 オングストロームは、1000万分の1ミリメートルです)程度の水分子が、数多く集まってできたものだということが、わかっています。 さらに、一つ一つの水分子は、二つの水素原子と一つの酸素原子からできていることもわかっています。
左の絵(wikipediaからお借りしました)は、まん中の酸素原子に、二つの水素原子がくっついて、水分子を作っているようすを表わしています。 もちろん、本当の原子には、こういう風な色がついているわけでは、ありません。 そもそも、原子は、どんな顕微鏡を使っても(光をあてて形を見ているかぎりは)決して見えないほど小さいのです。 そして、あまりにも小さな原子の性質やふるまいは、私たちが知っている普通のものの性質やふるまいとは、まったくちがいます。 今では、これらの性質やふるまいは、「量子力学(りょうしりきがく)」と呼ばれる(ちょっと高級な数学を使う)理論を使うことでかなり正確に理解できるようになっています。 どうして、目に見えない分子や原子について、そんなくわしいことがわかるのだと疑問に思われることでしょうが、これは、科学者たちが、長い年月をかけて、さまざまな角度から自然を研究してきた結果、ようやくわかったことなのです。 くわしく説明したい気持ちはあるのですが、それをやっていると、本が何冊も書けてしまうので、今は、がまんしておきます。 中学生以上で、理科が好きな人は、少しむずかしいかもしれませんが、江沢洋「だれが原子をみたか(岩波科学の本)」という本を読んでみることを、おすすめします(現在は、品切れのようです。とてもよい本なので、残念です)。
さて、このような水分子が、たくさん集まったのが、私たちの知っている(液体の)水です。 (液体の)水の中で、水分子たちは、けっこうぎゅうぎゅう詰めになっているのですが、それでも、ごにょごにょと、ある程度は自由に動きまわっています。 ご存知のように、水の温度を下げていって、0度よりも低くなると、水は「固体のH2O」である氷になります(少し細かい注:正確には、0度ちょうどで、水は凍りません。しばらく0度よりも低いが液体のままという過冷却(かれいきゃく)の状態にいて、それから凍るのが普通です。 実は、水がマイナス何度まで過冷却の液体でいられるのかは、未解決問題です。 マイナス40度くらいまで、液体のままで冷やすことができたという報告もあります。 一方、氷を暖めていったときは、1気圧のもとでは、かならず0度で液体の水になります。 0度より高い温度の氷はないのです。 これも、おもしろいことです )。 固体である氷になると、水分子たちは、もはや自由に動くことはできず、(ほとんどのところは)規則正しい形をつくって並ぶようになります。 右の図(クリックすると大きくなります)は、固体のH2Oの中での分子の規則的な並び方の模式図です(これも、Libbrecht 教授のホームページから許可を得てお借りしました)。 赤い丸が、酸素原子の位置に対応していると思ってください。 きれいな六角形の形をつくっていることがわかるでしょう。
今までは、「液体のH2O」である水を冷やしていって、「固体のH2O」である氷をつくることを考えてきました。 実は、「固体のH2O」をつくる方法は、もう一つあります。 それは、「H2O分子が含まれている空気」つまり、水蒸気を含んだ空気を低温にして、固体の核となる部分に次々とH2Oの分子をくっつけていく、というやり方です。 このような固体の育て方を、専門用語で「気相成長(きそうせいちょう)」と言います。
気相成長で作られる「固体のH2O」には大ざっぱに言って「霜(しも)」と「雪」の二種類があります。 地面などの表面にH2Oの分子がくっついてできるのが霜で、空気中の塵(ちり)などにH2Oの分子がくっついてできるのが雪です。 霜と雪をよく似ていますが、細かい性質には違いがあります。
「水からの伝言」で「水の結晶」と呼んでいるものも、やはり気相成長で作られる「固体のH2O」です。 普通の言い方では、「霜」に近いものです(「ちゃんと実験をして結晶の写真をとっているのだから、本当なんじゃないの?」の詳しい説明のページをご覧ください)。
水を凍らせてつくった氷も、空気中の水分子からつくられた霜や雪も、どれも「固体のH2O」です。
とても小さな部分をみれば、どちらも水分子が右上の絵のように六角形に並んだものなのです。
このような、美しく、多彩な雪の結晶の形は、いったいどうやって決まってくるのか。 それは、科学者にとって、とても魅力的な問題です。 私たちは、雪の結晶というのが、たくさんのH2O分子が寄り集まってできているものだということを知っています。 また、とても小さな距離でみれば、この分子たちは右上の図のような六角形の配列をしていることも知っているのです。 美しい結晶が六角形になる大元の理由は、結晶をつくる分子が六角形に配列しているからです。 しかし、分子はとても小さいですから、分子の結合がそのまま結晶の形として見えているわけではありません。 ものすごい数の分子が集まっているから、目に見える、あるいは、顕微鏡で見える結晶の形ができてくるのです。 ですから、分子の結合のしかたという「基本のルール」を知っているだけでは、顕微鏡や目で見える大きさの結晶がどういう形になるかは、わからないのです。
それほどよい喩(たと)えではないですが、チェスや将棋のルールを知っているだけでは、実際のゲームの多彩さ、複雑さ、面白さがわからないのと似ているかも知れません。 ともかく、科学者にとっては、わりと簡単にみえる「基本のルール」から、複雑で、多彩で、そして、美しいふるまいが、どんどん出てくるというのは、もっともワクワクする場面なのです。 「基本のルール」から、どうやって、あんなに色々なことがでてくるのか、その魔法みたいな仕組みをなんとか理解してやろうと思うわけです。
はるか上空ではなく、地上の実験室で雪の結晶をつくることができれば、雪の結晶がつくられる条件がよくわかるはずです。 このような「人工雪」の研究を、世界に先がけて本格的に進めたのは、日本の物理学者の中谷宇吉郎です。 中谷宇吉郎は、北海道大学の実験室に低温室をつくり、人工的に雪の結晶をつくる研究を進めました。 そして、ウサギの毛を核にして雪の結晶を成長させる独自の方法を開発しました。 長年の研究の結果、どのような条件で、どのような雪の結晶ができるのかについて、再現性のある(つまり、くり返し実験しても、同じ結果がでるような)結論を得ることができたのです。
その結果を、かいつまんで言えば、空気の温度と、水蒸気の過飽和度(空気のなかに水蒸気がどれくらい含まれているかの目安)という二つの条件を整えれば、雪の結晶の形は基本的には決まってしまうということです。 核の形や素材、空気中の不純物など、ほかの要因は、それほど重要ではないということがわかったのです。 言葉や音楽が重要でなかったことも、言うまでもないでしょう。 さまざまな気温と過飽和度で、どのような形の雪の結晶ができるかをまとめたグラフは「中谷ダイアグラム」とも呼ばれています。 もっと詳しくお知りになりたい方は、丸山稔さん(大阪市立大学)のインターネット講座2004「雪の結晶」をご覧ください。
中谷宇吉郎は、
雪は天からの手紙であるという言葉を残しています。 空の上でなにがおきているかについてのメッセージが、雪の結晶という美しい手紙にしたためられている、ということです。 むかし、人間は、その手紙を見ても、そこにこめられたメッセージを読むことはできませんでした。 でも、中谷宇吉郎の研究の結果、雪の結晶の形をみることで、それが作られた、はるか天の上の、気温や過飽和度が推測できるようになりました。 しかも、一つの雪の結晶が作られるあいだ、結晶は、風に吹かれて空の上をさまよい、異なった温度や過飽和度の場所を通過します。 一つの結晶の中に現れる様々なパターンを調べれば、空の上で一つの結晶がたどった「歴史」さえをも推測することができます。 つまり、天からの手紙を、ある程度は、読めるようになったのです。 かっこいいですよね。
中谷宇吉郎は、幅広い教養をもち、また文才にもめぐまれた人でした。 彼の書いた文章は、今、若い人たちが読んでも、楽しく有益だろうと思います。 「雪は天からの手紙 --- 中谷宇吉郎エッセイ集(岩波書店) 」は手軽に入手できるので、小学校高学年以上の方は、読んでみてはいかがでしょうか?
実は、このような研究は、今でも続いています。 雪の結晶がつくられていくとき、結晶のどの部分に新しい分子がくっつきやすいか、いったんくっついた分子は、どれくらい離れやすく、どれくらい動きやすいか、といった要素が、とてもデリケートにからみあって、結晶の形を決めているようです。 しかし、この「デリケートなからみあい」というのは、なかなかの難問で、最先端の理論物理学を使っても、完全には理解できないところなのです(詳しい方への注:雪の結晶の形を決めるのは、時間に依存する成長をあつかう非平衡の問題です。平衡統計力学の問題であれば、少なくとも原理的には、今日の物理の知識で理解できます。しかし、非平衡の問題は、未だに基本原理さえわからないから、本当にむずかしいわけです)。 最近では、大規模なコンピューターの計算を使った結晶成長の研究もおこなわれるようになっています。 「天からの手紙」を解読するための努力は、今でも、続いているのです。
装置の作り方と実験の仕方については、
平松式ペットボトル人工雪発生装置とは?をご覧ください。
私も、このページだけを見て、家で実験をしてみましたが、とても美しい樹枝状の雪の結晶ができて、感激しました。 少し条件が変わるだけで、結晶の様子が大きく変わるので、雪の結晶成長がデリケートな現象だということも実感できます。
上のページの説明で十分なのですが、少しだけ、わたしの経験にもとづいて、補足しておきます(大学から道具を借りるのは「ルール違反」だと思ったので、すべての材料を普通のお店で調達しました)。
装置作りで一番めんどうだったのは、発泡スチロールの箱に穴を開けるところでした。 私は原始的に普通のカッターを使い、小さめの穴を開けてからがりがりと削ってちょうどいい大きさにしました。 とにかく発泡スチロールのクズがたくさんでるので、掃除機を横に置いて、しつこく掃除する必要があります。
ゴム栓は普通のお店で売っていないし、間違ってサイズの違うものを用意したりするとバカらしいです。 私は、百円均一ショップで安物の粘土を買ってきて、適量をこねたものにサランラップをかぶせ、それを蓋に利用しました。大きさについて悩まなくていいし、粘土ならどこでも買える(小学生のお子さんがいらっしゃるおうちなら、必ずあるでしょうね)ので、これはおすすめです。
また、糸や髪の毛につける重りも、粘土を少量まるめたものを使いました(ちなみに、長い髪の毛二本をセロテープでくっつけ、その部分を粘土で覆ったら、ちょうどいいものができました。 髪の毛や釣り糸の端にはビニールテープなどを貼っておくと、どこかへ行ってしまわないので楽です)。
育ってきた結晶を観察するための照明をどうするかは、悩むところです。 私たちがやったときは、これまた百円均一ショップで買ってきた小さな LED の灯りを使いました。 LED の光だと、結晶を暖めて融かしてしまう心配もありませんし、小さいので、様々な方向から光をあてることができます。 色も赤、白、青とそろっていますので、ムードを変えて結晶を見ることもできます。 あと、焦点距離が長目のルーペがあると観察が楽になると思います(なぜかわが家にルーペがなかったので、私は肉眼で一生懸命に見ましたが)。
ともかく装置を完成させて、すぐに実験を開始できるようになってから、ドライアイスを調達するのがいいでしょう。 わが家では、31 アイスクリームで、(アイスクリームも買いましたが)ドライアイスを 1.5 キロ買ってきました。 450 円だったそうで、今回のもっとも高価な買い物です(発砲スチロールのケースはたまたま家にあったので、ドライアイス以外に新たに買ったのは粘土と LED の合計 200 円でした)。 31 のドライアイスは板状になっているので、手で簡単に割って適当な大きさにすることができました。 もちろん、ドライアイスを触るときには軍手をします。 1.5 キロもあると、ずいぶん長持ちして、数時間は実験を楽しむことができます。
クール宅急便か何かで、ちょうどいい発泡スチロールのケースが届いたら、是非、人工雪実験を試してみて下さい。
このページの執筆者:田崎晴明