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公開: 2013年2月8日 / 最終更新日: 2013年2月19日
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放射線と原子力発電所事故についてのできるだけ短くてわかりやすくて正確な解説

汚染された衣服による被ばくについて

今さらだが、放射性セシウムに汚染された衣服を着用することでの被ばくを評価してみた。 結論を書くと、1 kBq = 1000 Bq に汚染された服を着ることによる被ばくの線量率はざっと見積もって約 \(2\times10^{-3}\ \rm\mu Sv/h=0.002\ \mu Sv/h\) である。 つまり、50 kBq (5万ベクレル)の汚染のある服を着ていれば、あるいは、そういう布団を使っていれば、 \(0.1\ \rm\mu Sv/h\) 程度の被ばくをする可能性がある(もちろん、こういう計算は、服や布団の実際の汚染のデータと付き合わせなければ意味はないのだが)。

以下でみるように、この線量率に主に寄与するのはガンマ線である。よって、(ガンマ線をはかるための)通常の線量計を衣服や布団に押し当てて線量率が上昇するかをみれば、高い汚染があるかどうかはすぐにわかる。

このページの目次

背景、仮定

エネルギーによる考察

内部被ばくとの比較

点線源による被ばくとの比較

背景、仮定

放射性セシウムに汚染された服を着ていたらどれくらい被ばくするかということが少し話題になっていた(apital「内部被曝通信 48「それは内部被曝じゃなかった」坪倉正治(←「点線源による被ばくとの比較」で触れるが坪倉さんの評価には計算ミスがあり、すでに訂正されている)Togetter 『「それは内部被曝ではない」ではなく「そんな服を着てはいけない」が正しいのでは?』牧野淳一郎(←以下で「牧野さんの評価」と書いたら、ここにある計算のこと))。 念のため、複数の方法で計算して、だいたい同じ結果が得られることを確認したので、メモとして残しておく(よって、他の解説とはちがって、きわめて不親切である)。

(なんとなく)事故の当初を想定してセシウム 134 とセシウム 137 のベクレル比は 1 対 1 として計算する(もちろん、そんな細かいことに依存するような精度のある計算ではないが)。 つまり、セシウム 134 とセシウム 137 が 500 Bq ずつ衣服に吸着していると仮定する。

また、以下では、IAEA-TECDOC-1162 の結果を参照するが、もとのファイルはこちら(pdf への直リンク)

エネルギーによる考察

まず、教育的でもあると思われる方法から。

セシウム 134 と 137 が一回の崩壊で放出するガンマ線とベータ線の平均のエネルギーは以下のとおり。

【1回の崩壊で放出される平均エネルギー】
核種  ガンマ線   ベータ線 
 セシウム 134  1.6 MeV 0.16 MeV
 セシウム 137  0.6 MeV 0.19 MeV

ガンマ線:

ベクレルの定義を思い出せば、 500 Bq ずつのセシウム 134 とセシウム 137 から単位時間あたりに出てくるガンマ線のエネルギーは、 \[ (1.6+0.6)\times 500\rm\ MeV/s = (1.6+0.6)\times 500\times10^6\times1.6\times10^{-19}\times60^2\rm\ J/h \] つまり、約 \(\rm 6.3\times10^{-7}\ J/h\) とわかる。

もちろん、これがすべて体に吸収されるわけではない。 まず、ガンマ線のうちおおよそ半分は外に飛んでいくから体には影響しない。 また、体に向かったガンマ線のかなりの部分はそのまま体を貫通して何の影響も与えない。 ここでは、体に向かったガンマ線のうちの 3 割が体に吸収されると仮定する。この数値はけっこうあやふや(成人の内部被ばくの場合、体内から出たガンマ線の 3 割が体に吸収されるということなので、それと同じ数値にした)。 よって、上で見積もったエネルギーの \(0.5\times0.3=0.15\) 倍が体に吸収されるということになる。

さらに、Sv に直すために吸収エネルギーを体重で割る。仮に体重 60 kg とすると、被ばくの線量率は \[ \frac{\rm 6.3\times10^{-7}\ J/h\times 0.15}{60\rm\ kg}\simeq 1.6\times10^{-3}\rm\ \mu Sv/h \] と評価される(このような評価も牧野さんの Togetter のコメントに書いてあるそうです)。

ベータ線:

ベータ線についても同じ評価をする。

ベータ線は体にあたれば必ず吸収される。(さしあたって服での吸収を無視して)放射性セシウムから出たベータ線の半分が体に吸収されるとすると、1 時間あたりに体がベータ線から受けるエネルギーは、 \[ (0.16+0.19)\times 500\times10^6\times1.6\times10^{-19}\times60^2\times0.5\rm\ J/h \simeq 5.0\times10^{-8}\ J/h \] となる。 ベータ線は皮膚でほぼ完全に吸収されるので、これは純粋に皮膚への被ばくになる。 ただし、実効線量を(大ざっぱに)求めるときには、これを全身への被ばくとみなしてしまっていいので、やはり体重 60 kg で割ると、ベータ線による被ばくの線量率は \(\rm 8.4\times10^{-4}\ \mu Sv/h\) と見積もられる。 これは、上で求めたガンマ線による線量率の半分くらい。 ガンマ線がメインになるということだ。

さらに、衣服の皮膚側がびっしりと放射性セシウムに汚染されているのでないかぎりは、衣服そのものがベータ線を吸収するので人の被ばくは小さくなる。 IAEA-TECDOC-1162 (p. 102) によれば、季節に応じて、0.2 倍から 0.01 倍するということなので、そうすると、ガンマ線の被ばくに比べて、ベータ線は無視できることになる。

ベータ線(IAEA の換算表を用いる方法):

IAEA-TECDOC-1162 には、皮膚の汚染による皮膚の被ばくを評価するための表が用意されている。 こちらを使って線量率を見積もってみよう(これは牧野さんのやった評価)。

TABLE E5 によると、皮膚が \(1\rm\ Bq/cm^2\) の密度でセシウム 134 または 137 に汚染されたとき、皮膚の等価線量の線量率は、それぞれ、\(1.4\rm\ \mu Sv/h, \ 1.6\rm\ \mu Sv/h\) とのことである(別のところで、「等価線量が表に出てくるのは、甲状腺の場合だけ」と書いた気がするが、反例ができてしまった)。 男性成人の体表面積は約 \(1.7\times10^4\rm\ cm^2\) だそうなので、500 Bq ずつの汚染がある場合の、皮膚等価線量率は、 \[ \frac{500}{1.7\times10^4}\times(1.4+1.6)\rm\ \mu Sv/h\simeq8.8 \times10^{-2}\ \mu Sv/h \] となる。 さて、(これもまた ICRP 流の等価線量と実効線量の関係についての練習問題だけれど)これを実効線量率に換算するためには皮膚の組織荷重係数である 0.01 をかければよい。 その結果、ベータ線による被ばくの線量率は \(\rm 8.8\times10^{-4}\ \mu Sv/h\) となり、上のエネルギーによる評価とほぼ一致する(似たような計算をしているのだとは思うが、ここまで一致するのは偶然だろう)。

結論:

けっきょく、ガンマ線による被ばくの線量率が約 \(\rm 0.0016\ \mu Sv/h\)、ベータ線のほうは多めに見て上の評価の半分くらいとして \(\rm 0.0004\ \mu Sv/h\)。 両者をあわせると \(\rm 0.002\ \mu Sv/h\) という概算が得られる。

内部被ばくとの比較

これも牧野さんが言及している評価。 体の中に 500 Bq ずつのセシウム 134 とセシウム 137 があるときの内部被ばくの線量率(1 時間あたりの実効線量)を考えてみる。

セシウム 134 とセシウム 137 の実効線量係数は、それぞれ、\(1.9\times10^{-8}\rm\ Sv/Bq\), \(1.3\times10^{-8}\rm\ Sv/Bq\) である。 よって、500 Bq ずつのセシウム 134 とセシウム 137 を摂取したときの通算の実効線量(預託実効線量)は、 \((1.9+1.3)\times10^{-8}\times500\rm\ Sv\) である。 これをセシウムの体内の平均滞在時間で割れば、線量率が得られる。 平均滞在時間は生物学的半減期 110 日を log 2 で割ったもの(log は自然対数。なぜ log 2 がいるかは簡単な積分の問題)なので、 \[ (1.9+1.3)\times10^{-8}\times500\times\frac{\log 2}{110\times24}\rm\ Sv/h \simeq4.2\times10^{-3}\ \mu Sv/h \] が求める内部被ばくによる線量率である。

これを大ざっぱに半分にすれば、衣服からの被ばくの線量率の目安になるだろう。 結果は \(\rm 0.002\ \mu Sv/h\) となり、「エネルギーによる考察」での結果と一致する(要するに、実効線量係数を求める際に(上のエネルギーの評価と)同じような計算をしているということだ「放射性物質を経口摂取した場合の摂取量と被曝量との関係の2つの捉え方」(makirintaro さんのブログ)を参照))。

点線源による被ばくとの比較

エネルギーによる考察」でみたように、被ばくに主に寄与するのはガンマ線である。 ガンマ線の影響だけならば、点線源による被ばくのデータをもとに簡易に評価することもできる。

IAEA-TECDOC-1162 TABLE E1 (p 88) によると、1 kBq のセシウム 134 あるいはセシウム 137 の点状の線源から 1 m 離れたところでの被ばくの(実効)線量率は、それぞれ、\(1.6\times10^{-4}\rm\ \mu Sv/h\), \(6.2\times10^{-5}\rm\ \mu Sv/h\) である。 よって、500 Bq ずつのセシウム 134 とセシウム 137 からなる点状の線源から 1 m 離れたところでの線量率は(両者を平均すればいいから) \(1.1\times10^{-4}\rm\ \mu Sv/h\) になる。

もちろん、このままでは衣服からの被ばくの評価にはならないので、次のように考える。 衣服の放射性セシウムから出たガンマ線のちょうど半分が人体に向かう。 一方、人から 1 m 離れた点線源から出たガンマ線のうち、人体に向かう割合は、(線源から見た人の面積)/ (\(4\pi\rm\ m^2\)) 程度である。 人の面積の選び方が難しいが、仮に \(1.7\times0.3\rm\ m^2\) としよう(身長 170 cm、幅 30 cmとみてもいいし、表面積の 3 割とみてもいい)。 「人体に向かうガンマ線の割合」をかけて、衣服からのガンマ線による被ばくの線量率を求めると、 \[ 1.1\times10^{-4}\times\frac{2\pi}{1.7\times0.3}\rm\ \mu Sv/h \simeq 1.4\times10^{-3} \ \mu Sv/h \] となり、「エネルギーによる考察」での評価とほぼ(というより、十分に)一致する。

apital の記事での評価:

坪倉正治さんのapital「内部被曝通信 48「それは内部被曝じゃなかった」では、1 m 離れたところにある点線源からの線量率をもとに衣服からの被ばくを議論している。 どういう計算をしているのか記事には書かれていないのだが、坪倉さんに尋ねたところ、上に述べたような「立体角を考慮した計算」をしているとのことだった(上の計算は、その話を聞いたあとで、やってみた)。

実際に、アピタルの設定(3000 Bq のセシウム 137 に汚染された服)で同じ計算をしてみると、 \[ 6.2\times10^{-5}\times3\times\frac{2\pi}{1.7\times0.3}\rm\ \mu Sv/h \simeq 0.002 \ \mu Sv/h \] となる。 坪倉さんの記事にあった「空間線量(率)の増加分は \( 0.001 \rm\ \mu Sv/h\) 程度の桁にすらならない」というのは計算ミスで、既に訂正されている。


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