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公開: 2011年7月4日 / 最終更新日: 2012年11月18日
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放射線と原子力発電所事故についてのできるだけ短くてわかりやすくて正確な解説

セシウム 137 とセシウム 134

「大放出」から半年近くが経った今、多くの地域での地面の汚染の主役は半減期 30 年の 137Cs と半減期 2 年の 134Cs になった。 セシウムだけとはいえ、これらは異なった核種なので、両者が混ざっていることで話が少しややこしくなる。

以下では、2 種類のセシウムから出るガンマ線に関して簡単にまとめておく(すべて初等計算だが、ある程度の理科系の知識が必要)。 特に、除染をせず、また、セシウムがいっさい流れていかないとしても、放射線量は着実に減って 2 年で当初の約 6割になり、3 年で当初の約 5 割になることがわかる(だから、除染の目標として「2年で半減」などというのは、ほとんど何もしないのと同じ)

このページの目次

由来と存在比

放射線の強さ(吸収線量率)

放射線の強さの減衰

由来と存在比

137Cs と 134Cs は原発から放出され、あたりにまき散らされ、未だに地面にしっかりと付着している。 同じところから来た同じセシウムなのだが、その由来は随分とちがう。

137Cs はウランの核分裂で生まれる。つまり核分裂生成物だ。 一方、134Cs はウランの核分裂では出てこない。 だから、たとえば原爆から出てきた放射性物質には137Cs は含まれているが 134Cs は含まれていない。

134Cs が出てくる理由は以下のとおり。 ウランが核分裂すると 133Xe が生まれる。 133Xe はベータ崩壊して安定な 133Cs になる。 この 133Cs が原子炉の燃料の中に置かれていると、核分裂の際に出てくる中性子を捕獲して 134Cs になるのだ。 だから、134Cs の量は、原子炉がどれくらいの期間運転していたか、あるいは、使用済み核燃料がどれくらいの期間使用されていたかを反映する。

一般に、原子炉からでてくる 134Cs と 137Cs の放射能強度比、つまり
 r =(ベクレルで測った 134Cs の量)÷(ベクレルで測った 137Cs の量)
は、0.4 から 1.5 の範囲に入る。 チェルノブイリの場合、この比は 0.55 程度だった(以上は、原子力資料情報室のページによる)。


今回の福島原発の事故で放出されたセシウムの場合、上の比 r は、(放出直後には)ほぼ 1 に等しい。 土壌の調査でも、海水の調査でも、ほぼ 1 という結果が出ている。 137Cs と 134Cs はいったん放出されればまったく同じように拡散していくはずだから、これは、もともとの汚染源(燃料、あるいは、使用済み燃料)での存在比をそのまま反映していると考えられる。 それが 1 に近いことに特別の理由があるのかどうか、私は知らない。

なお、両者の量がベクレルで測ってほぼ等しいからといって、普通の意味で両者が「同じだけある」というわけではない。 崩壊率は 15 倍違うから、 通常の物質量(モル数や質量)で測れば 137Cs が 134Cs の約 15 倍あるということになる。


もちろん、134Cs と 137Cs の量の比は、これから時間が経てば変わってくる。 134Cs が先になくなっていくから、2 年後には、上の比 r は約 0.5 になる。

放射線の強さ(吸収線量率)

1 ベクレルの放射性物質があると、平均で 1 秒間に 1 回の割合で原子核が崩壊する。 ベクレルで測った 137Cs と 134Cs の量がほぼ等しいということは、それぞれの核種で同じ頻度で崩壊がおきることを意味する。 ただし、だからといって 137 と 134 から出てくる放射線の強さ(Sv/h で測る吸収線量率)が等しいということにはならない。 137Cs と 134Cs は異なった崩壊をするからだ。

「アイソトープ手帳」によると、これらの核種の 1 回の崩壊で発生する光子(←こうやって出てきた光子の流れがガンマ線)のエネルギーと頻度は以下のとおり。

137Cs(半減期 30.1671 年)からの主な光子
エネルギー [MeV] 0.662 0.0321 0.0365
頻度 85.1% 5.8% 1.3%

134Cs(半減期 2.0648 年)からの主な光子
エネルギー [MeV] 0.563 0.569 0.605 0.796 0.802 1.365
頻度 8.4% 15.4% 97.6% 85.5% 8.7% 3.0%

大ざっぱに言えば、 137Cs の 1 回の崩壊では 0.66 MeV の光子が 1 個飛び出し、 134Cs の 1 回の崩壊では 0.6 MeV と 0.8 MeV の光子が 1 個ずつ飛び出すということだ(上の表で 134Cs からの光子の「頻度」を合計するとほぼ 200 % になるのは、光子が二つでているから)。 それだけでも(ベクレルで測った量が等しければ)134Cs から倍くらいの放射線が出てくることは納得できるだろう。


Sv/h で測る放射線の強さ(吸収線量率)は、崩壊で出てくる光子の平均エネルギーに比例する(より正確には光子のエネルギーに依存するエネルギー吸収係数をかける必要があるが、ここではそこまでこだわらなくて十分)

セシウム 137 の一回の崩壊で出てくる光子のエネルギーを平均すると、 \[ \epsilon_{137}/\rm MeV\simeq 0.662\times0.851\simeq0.56 \] である(低エネルギーの光子の寄与を考えても結果は変わらない)。 セシウム 134 については、 \begin{align*} \epsilon_{134}/\rm MeV&\simeq 0.563\times0.084+0.569\times0.154+0.605\times0.976+0.796\times0.855+0.802\times0.087+1.365\times0.03\\ &\simeq1.5 \end{align*} ということになる。両者の比をとると、 \[ \frac{\epsilon_{134}}{\epsilon_{137}}\simeq2.7 \] だから、(ベクレルで測ったときに)同じ量の 137Cs と 134Cs があれば、それぞれからの放射線の強さの比は 1 : 2.7 程度になるということがわかる。 つまり放射線の 7 割程度が 134Cs から出ていて、残りの 3 割程度が 137Cs から出ているのだ。

(細かい注:IAEA-TECDOC-1162, Generic procedures for assessment and response during a radiological emergencyの p99 の表の換算係数を使うと、\({\epsilon_{134}}/{\epsilon_{137}}\) は \(5.4/2.1\simeq 2.6\) となり微妙に一致しないが、気にするほどの違いではない。)

放射線の強さの減衰

一般に、半減期 \(\tau\) の放射性物質から時刻 0 に強さ(吸収線量率) \(p(0)\) の放射線が出ているとする(これが、Sv/h で測る量)。 除染もおこなわず、また、セシウムが流さたり飛ばされたりしないと仮定すると、時刻 \(t\) での放射線の強さは \(p(t)=p(0)\,2^{-t/\tau}\) になる。
[punch] 時刻 0 (原発からの放射性物質で地面が汚染された時)では(ベクレルで測って)同量の 137Cs と 134Cs があり、両者からの放射線の強さ(Sv/h で測る量)の合計が \(p(0)\) だったとしよう。 すると、上の結果から、これのうち \((1/3.7)\times p(0)\) が 137Cs から出ており、 \((2.7/3.7)\times p(0)\) が 134Cs から出ていることになる。

各々の核種からの放射線の強さはすぐ上でみたように減衰していく。 よって、(やはりセシウムが飛んでいったり流れていったりしないとすると)セシウム全体からの放射線の強さは、両方の寄与を足しあわせた \[ p(t)=\frac{1}{3.7}p(0)\,2^{-t/30}+\frac{2.7}{3.7}p(0)\,2^{-t/2} \] という減衰を示すことになる(ここで、時間 \(t\) は「年」の単位で測っている。2011 年 4 月 1 日あたりを起点にした経過時間と考えればいい)。

右の二つのグラフは \(p(t)/p(0)\) をプロットしたもの。 上のグラフをみると、始めの 10 年くらいで放射線の強さが急激に減衰し、そのあとはゆっくりと何十年かかけて減っていく様子がわかる。これは、半減期の短い 134Cs からの放射線がまず減衰してしまい、半減期の長い 137Cs からの放射線があとあとまで残ることを意味している。 下のグラフは始めの 10 年の様子。年の単位で順調に減衰していくものの、 137Cs からの放射線が消えずに残っている。

2011 年 4 月から何年かが経過したときの放射線の強さを表にしておこう。

経過年数 123510203050
\(p(t)/p(0)\) 0.780.620.510.370.230.170.140.09

つまり、いっさい除染をしなくても、放射性セシウムの減衰だけで、おおよそ 3 年で線量率は半分程度に下がることがわかる。


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