目次へ

公開: 2011年7月15日 / 最終更新日: 2011年7月30日
Follow HalTasaki_Sdot on Twitter 更新情報を Twitter で伝えますFollow HalTasaki_Sdot on Twitter

放射線と原子力発電所事故についてのできるだけ短くてわかりやすくて正確な解説

セシウム 137 の降下量

本文(「1960 年代の放射能汚染はもっとひどかったと聞くけど?」)で参照したセシウムの降下量のデータについて文献やリンクをまとめておく。 別に面白くないです。

このページの目次

過去の降下量

「昔は一万倍」の出所?

今回の降下量

過去の降下量

1950 年代半ばからの日本での放射性物質による汚染の状況については、気象研究所・地球化学研究部による「環境における人工放射能の研究 2009(pdf ファイル)」にまとめられている。 特に表紙あるいは 10 ページのグラフが印象的である(同じグラフはこちらの web ページにもある)。

本文でも述べたように、これによると、もっとも放射性物質の降下が多かった 1963 年 6 月には東京にセシウム 137(137Cs)が 550 Bq/m2 降り注いだ。

さらに、1957 年以前から 2005 年のあいだの東京へのセシウム 137 の降下量の総量は大ざっぱに見積もって、7.6 kBq/m2である。 これを出すため、以下のようにいくつかの期間の降下量を求めて足しあわせた(なお、以下で二つの論文を参照したPapers in Meteorology and Geophysics のトップページはこちら)。 (ぼくは数理物理学者なので数値を扱うのは不得手です(普段は不等式や定理を証明している)。以下の評価に間違いなどがあれば是非ともご指摘ください(既に間違いを指摘してもらって直した。やはりプロの実験家はすごい)。)

付記:実は、このようなデータは「環境放射線データベース」という web ページから入手できることを(このページを公開した後で)教えてもらった。 そうと知っていたら、色々な論文からデータを持ってくる必要もなかったのだが・・・ (というわけで、ぼくはこのデータベースは使っていません。ご自分で解析したい人は是非ご利用ください。) このデータベースを利用して解析してくださった方によると、1957 年以降の総降下量は 7100 Bq/m2 程度とのこと。

1957 年以前から 1962 年:

Y. Miyake, K. Saruhashi, Y.Katsuragi, T. Kanazawa and S. Tsunogai
Deposition of Sr-90and Cs-137 in Tokyo through the End of July1963
Papers in Meteorology and Geophysics 14, 58-65 (1963)
の Table 1 にあった東京への降下量を単に合計した。 最初のデータは 1957 以前の降下量の推測値も含んでいるので、それも足した。 崩壊による減衰の効果は考えていない。 1 mCi/km2 = 37 Bq/m2を使って単位を変換する(1 Ci = 3.7×1010 Bq)。 この期間の降下量の合計は 3.68 kBq/m2と見積もられる。

1963 年:

K. Hirose, Y. Igarashia and M. Aoyama
Analysis of the 50-year records of the atmospheric deposition of long-lived radionuclides in Japan
Applied Radiation and Isotopes 66, 1675-1678 (2008)
の 3.1 節に、1963 年に核実験による放射性物質の降下量がピークを迎えたとある。 この一年間での降下量は 1.94 kBq/m2とある。

1964 年から 1979 年:

Y. Katsuragi
A study of 90Sr fallout in Japan
Papers in Meteorology and Geophysics 33, 277-291 (1983)
の巻末にはセシウム 137 の降下量のデータも掲載されている。 この表の東京の部分をひたすら合計すると、 1.76 kBq/m2になる。 これは、1963 年の一年間の降下量よりも少ない。

1980 年から 2005 年:

数字のデータが入手できなかったので、上記の Hirose et al. の Fig.1 のグラフから数値を大ざっぱに読み取ることにした(これは筑波でのデータだが東京と大きく異なることはないと考えられる)。

ただし、この時期で降下量が多いのは、チェルノブイリ原発事故があった 1986 年のみ。 この年の降下量が 135 Bq/m2だったことは Miyake et al. の 3.2 にある。 他の年は少ないので、適当に多めに読み取って合計すると、この期間の総量は 0.2 kBq/m2に届かないことがわかる。

「昔は一万倍」の出所?

本文に書いた「1960 年代の放射性物質での汚染は、今回の福島の事故での汚染よりずっとひどかった」の一つの(極端なバージョンとして)「1960 年代の放射性物質の降下は現在の一万倍だったことを思えば、今の状況を心配する必要がない」というのがある。 この「一万倍」というのがどこから来たのかわからなかったのだが、上の調べ物をしている途中で筋の通る説明を教えていただいた(しかし、「内部被ばくの害は一万倍」など、謎の「一万倍言説」はいろいろなところで広まっていますね・・)。

Hirose et al. の Fig. 1 をみると、2005 年のセシウム 137 の降下量は 10-1 Bq/m2のオーダーである。 これに比べると、1963 年の 1.94 kBq/m2は 4 桁大きい。

つまり、「1960 年代のピークの時期の(セシウムやプルトニウムの)降下量は 21 世紀の(福島原発由来以外の)降下量の一万倍多かった」という主張は正しいのだ。 しかし、言うまでもないことだが、これは福島からの放射性物質の害がどれくらいあるかという話とはまったく関係がない。

今回の降下量

文部科学省が初期に公表した降下量のデータは、3月18日〜5月17日の分5月17日以降の分である。 このままだと pdf で見にくいのだが、これを有志の方がまとめてくれたものが、この web ページにある。 これは 3 月 18 日よりあとのデータであり、福島など汚染のひどい地域のデータは残念なことにきわめて不完全だ。 単位は MBq/km2 となっているが、これは Bq/m2 と等しい。

新宿の 3 月 21 日の降下量は 5300 Bq/m2であり、この期間の総計はほぼ 7000 Bq/m2である。

その後(2011年7月29日)、文部科学省から、3 月、4 月の総降下量のデータ(pdf ファイル、3 ページ)が公開された。 本文中に引用した総降下量はこれによる。


目次へ


このページを書いて管理しているのは田崎晴明(学習院大学理学部)です。 申し訳ありませんが、ご質問やご意見は(Twitter ではなく) hal.tasaki.h@gmail.com 宛てのメールでお願いします。
リンクはご自由にどうぞ。いろいろな人に紹介していただければ幸いです。 目次の URL は、http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/housha/です(URL をマウスでおさえて「リンクをコピー」してください)。
このページの各項目に直接リンクするときには、上の目次の項目をマウスでおさえて「リンクをコピー」してください。