研究内容
狩野研究室では「従来の有機化学では不可能とされていたことを元素の特性を活用することで実現する」ことを目指して、研究を行っています。合成実験を主体とする研究で、この世に存在しなかった新しい化合物を実験によって合成します。X線結晶構造解析や多核NMRスペクトルを駆使して構造を決定し、理論計算や各種機器測定により性質を明らかにします。現在までに新規な有機合成試薬の開発、典型元素を含む新規な結合・官能基の構築、光照射による構造・機能・反応の制御、蛍光を発する含窒素π共役有機分子の開発などの研究をおこなってきました。
新規な有機合成試薬の開発
形式的にオクテット以上の価電子をもつ典型元素化合物は「超原子価化合物」と呼ばれます。いわゆる超原子価状態をとると、置換基が脱離しやすく不安定になります。超原子価状態の反応性を活用した有機合成試薬の開発に取り組んだ結果、二つの水素原子をもつアニオン性6配位リン化合物を合成しました。合成条件を変えることで二つの異性体を単離しました。
この超原子価リン化合物は水分子とプロトン交換可能で、しかもヒドリド化剤としてはたらきます。リン原子上の水素と重水(D2O)分子の重水素の交換に引き続いて基質の還元反応をワンポットで行うことで、重水分子をD−源とするカルボニル化合物の求核的重水素化還元反応を達成しました。つまり、この試薬と反応させることで水分子の水素の極性をH(δ+)からH(δ−)へと形式的に変換できることになります。
典型元素を含む新規な結合・官能基の構築
新種の結合を創ることは新しい官能基を創ることに直結する重要な研究課題です。通常より多数の置換基をもつ典型元素同士の結合をつくるには、結合の近傍の限られた空間内に原子が密集することによる立体混雑や、置換基の容易な脱離という問題を解決しなければなりません。高配位状態にある典型元素同士の結合を構築することに挑戦し、ケイ素、ゲルマニウム、スズといった5配位14族原子同士の結合(阿修羅結合)や、4配位硫黄–2配位硫黄結合(超原子価ジスルフィド結合)をもつ化合物を合成しました。これらの化合物は高配位状態に起因する特性を示します。
同種原子間の結合の他に、異種原子間の結合として5配位リン–4配位ホウ素結合をもつ化合物を合成しました。典型元素と遷移金属の結合をもつ錯体の合成にも成功し、5配位ゲルマニウム–鉄結合をもつ鉄錯体ではゲルマニウム部位がZ型配位子になることを見出しました。
光照射による構造・機能・反応の制御
有機典型元素化合物の反応性は中心原子の配位数に大きく依存するため、配位数が異なると反応性が大きく変わります。一般に配位数を変化させるには薬品を加えて化学反応を起こしますが、アゾ基を利用することで薬品を加えることなく光照射によってケイ素の配位数、構造を可逆的に変換することができました。
アゾ基を光異性化部位かつ配位部位として使用する配位数制御手法を活用した結果、有機ケイ素化合物のアリル転位反応について反応の進行のオン・オフを光照射で制御することに成功しました。
同様に、光照射でルイス酸性が変わる有機ホウ素化合物や、求電子剤に対する反応性が制御できる有機リン化合物も開発しました。
蛍光を発する含窒素π共役分子の開発
アゾ色素の基本骨格であるアゾベンゼンは光異性化するために、従来は蛍光を発しない化合物であると考えられていました。その常識を覆し、史上最高の蛍光量子収率で強い蛍光を発するアゾベンゼンを合成しました。ホウ素–窒素間の配位結合の形成が鍵であり、その数を増すと発光波長が長波長側にシフトします。合成した蛍光性アゾベンゼンは、プロトンや電子の授受によって蛍光発光のオン・オフを制御できます。
この知見を活かし、蛍光を発する芳香族イミンも合成しました。有毒なシアン化物イオンが存在すると蛍光の色が変化するシアン化物イオン蛍光センサーとして利用できます。