日々の雑感的なもの ― 田崎晴明

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茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。


9/2/2004(木)

少し前になりますが、(アインシュタインくまさんが女子大生にだっこされている写真が話題を呼んだ)8 月 5 日の雑感で、

inflation や dark energy のミクロな起源を、安易にスカラー場とかに押しつけるのはまずいんじゃない
という趣旨のことを書いた(つもりだった)ところ、牧野さんから「微妙に困った」という感想をいただき、それに対して「臨時レスポンスコーナー」にて
ツァリスな人たちといっしょにはせんでくれ。 わしは inflation や dark energy の起源はもっとじっくりと探るべきだと言いたいだけなんだが
と書いたところ、先日、牧野さんから詳しいお答えをいただきました。 (小中学生のみなさんへ:ぶんしょうが長くなりすぎたときは、ないようを考えて、いくつかの短い文に分けるほうが読みやすいよ!) ありがとうございました。

で、牧野さんのお答えを読んでみて、ぼくの思っていた事もそれほど的はずれでなかったなあと(勝手に)思っています。 というわけで、そのあたりを少し。


まず、inflation や dark energy という「現象」そのものについては、
  1. 見るからに不自然だし気持ち悪い。こんなのが正解だったらちょっと悲しい。
  2. しかし、観測事実を虚心坦懐に見ると他の解釈は、そう易々とは、成り立たない(らしい)。 ううむ、弱ったなあ。
というのが、ぼくの素朴なリアクションです。 半ば当然のことですが、これはきわめて普通の反応で、人と話してみると、いろいろなレベルの専門知識をもっている人たちの中に、基本的には同じような感想をもっている人が結構いることがわかります。 あとは、どこまで観測結果と推論の枠組みを自分でフォローするかに応じて、2 の部分のあり方が、単なる耳学問(および同時代の他の物理学者への信頼(←これは、実のところ、現代科学にとって必須のファクターなんですけどね))のレベル(←ぼくの場合)から、自分で体得できる重みをもった「事実」のレベルまで、いろいろでありうるわけで、それに応じて 1 の方の位置づけも変わってくるのだと思います。

というわけで、このあたりの話については、「気持ち悪いねえ」という感性的な(そして凡庸な)反応を示しているだけで、別に積極的な文句はない。


一方、プロの理論物理学者として「気に入らない」とはっきり言いたいのは、まさに牧野さんが
そういう状況で「正しい」理論を構成することが可能なのかどうか私にはわかりませんが
とおっしゃっている部分。 佐々さんの「ギャグかと思った」発言も、やはり、こっちがターゲットだった。

すでに書いたことだけれど、仮に inflation や dark energy が宇宙の事実だったとしても、それを理解するのに、「妙なスカラー場があって、こんなポテンシャルがあって、宇宙が坂をごろごろと」みたいな安易な説明をしないでくれと言いたいわけです。 ぼくがこういう話を聞いたのは随分前だから、今ではもうちょっとまとまな理論になっているかもしれないけれど、しかし、背景の計量が時間変化する状況での場の量子論の時間発展の問題なんてそう簡単なものじゃないので、現時点の人類の理論技術では大したことはできないというのは変わらぬ事実だと思う。

話は飛ぶようだけど(ま、雑感なので許してもらうとして)、ぼくは、前々から言っているように Higgs mechanism だって、なんか胡散臭いと思っているのだ。 (Higgs 粒子みつからないしねえ。) せっかくきれいなゲージ場の理論のなかで、もろに Higgs だけ浮きまくりではないか。 個人的な話になるけど(ま、雑感なので当然許してもらうとして)、ぼくは、かつて青春時代に、共同研究者の原とともにスカラー \phi^4 モデルをいじくってかなり長い時間を過ごした人で、実はスカラー場が好きなのだ。 スカラー場といえども深い内容を持っているということを忘れたくないのだ。 そういう意味で、スカラー場なら単純で御しやすいだろうと決めてかかって、何か面倒な役割が生じるとそれをスカラー場のせいにして表面的に解決を図ろうという姿勢が生理的にいやなのかもしれない。

というわけで、この際、スカラー場を愛する有志をつのって

スカラー場を濫用から守る会
というのをつくるというのは、いかがだろう?
9/3/2004(金)

妻と高田馬場の町を歩いていると、

「お願いしまーす。」
と言いながら宣伝のチラシを配っている人がいる。

もちろんもらわないわけだが、ふと見ると、完璧にインド人顔のインド人のおじさんが配っている。 路地を入ったところにある小さなインド料理屋さんの宣伝をしているのか。

それにしても、このおじさんの「お願いしまーす。」は、発音といい発声といい、ほぼ完璧で、ちょっと聞いただけでは、日本人が言っているとしか思えない。 となると、せっかく本場インドの人が配っているのに、声だけでは異国情緒や本場感(ほんばかん)が伝わってこないのだ。 宣伝効果や客寄せ効果は、やや低くなるのじゃないだろうか?

語学のセンスがよいと、かえって不利になることもある、という例かも。


9/4/2004(土)

発足したばかりの

スカラー場を濫用から守る会
には、入会者が殺到しています。 一番に入会希望のメールをくださって、「スカラー場への愛はだれにもまけません」とおっしゃる九州大の H さんは、頼りがいのあるメンバーになってくれそうです。

ていうか、原はもともと名誉会長のつもりだったので、これでは増えてない。 昔からの仲間二人でこんな会を名乗って遊んでいる暇があったら、共著の本をはやく書きなさい。 > 原とおれ


午後から妻と池袋に買い物に行き、ぼくはそのまま大学へ。

Sasa-Tasaki の長い論文の長い Appendix を徹底的にいじる。 かなりの部分をばっさりと捨て、かなりの部分を書き足す。 他の部分の微修正も開始。 長いとなかなか終わらないよなあ。

そのうち、大雨が降り始め、雷もなり始める中で、仕事をつづける。

7時半頃、少し雨がやんだ気配だったので、書類を濡れないようにスーパーの袋にいれ、それをさらにナップザックに入れて、家路につく。

が、やんだ気配は嘘で、断続的に強く降る。

歩きながら考え事をするのは好きだが、大雨の中でやるのは好きじゃない。 久々に着ている服がすべてびしょびしょになった。


9/5/2004(日)

単発ネタを引っ張るのはよせというご意見はもっともだし、ぼくとしてもこの話は前回で終了のつもりだったのですが、メンバー二人でいよいよ充実の

スカラー場を濫用から守る会
にさらに入会希望者が。 より正確には、H さんという方から、「何か面倒な役割が生じるとそれをスカラー場のせいにして表面的に解決を図ろうという姿勢がいや」という趣旨に共鳴したので賛助会員になりたいとのお申し出があった。 H さんって、また原だろうと思うでしょうが、ちがうちがう。「中年の星」のアーチェリーの先生よりも年上の原なんかじゃない。もっと若い H さんだ。少年 H である。いや、それほど若くはないか。青年 H です。

というわけで、ここまで組織が拡大した以上、会を正しく運営していくための鉄の掟を制定する必要があろう。 というわけで制定だ。

  1. 会費:無料。
  2. 入退会:自由。誰に断る必要もない。(入会希望メールは送らないでください(もうネタを引っ張れないので)。)
  3. 活動:スカラー場を濫用から守るために、各自の責任で好きなことをする。とくに何もしないでもいい。
  4. その他:物理法則は守る。法律もできるだけ守る。椎名林檎などの日本の女性ボーカリストの活躍を見守る。今なら、少し大塚愛に注目するのも可。
やはり引っ張るべきではなかった。
そうそう。

昨日、ずぶ濡れになる前に妻と池袋に行ったのは、電気屋さんでビデオカメラを見るためだった。 で、(ぼくが)ビデオカメラに飽きたのでまわりを見ていたら、新しいハイビジョンのディスプレイでハイビジョン放送を流していた。 言うまでもなく猛烈にきれいなんだけど、その番組に、なぎらけんいちがでていて、「おおこの人はまだテレビに出るんだ」と感動した。 しかもハイビジョンだから圧倒的な高画質。 なぎらけんいちのほっぺの赤みやお肌のざらざらまで手に取るように見ることができる。 究極の無意味な贅沢。


9/6/2004(月)

あー、眠っ。

ビールも飲まずこんな時間(二時)まで仕事をしているんだから(ちょっと)偉い。 SST 論文は現在 77 ページ。引用文献も既に七十ほど入力済みで、最後の summary のところも、軽く書いた。 ともかくこの勢いを維持し、早々に完成させて公表します。

が、そろそろ学会の発表の準備を真面目にやらねば。


9/7/2004(火)

おっと、論文書きの勢いが止まらなくなった。 暴走気味か? と書いたら「暴走機関車」というフレーズが頭から離れなくなって、どうしても書きたくなった。 なんか、そういう題の映画があるようだが、見たこともないし、話を聞いたことがあるわけでもないし、とくに「暴走機関車」について語りたいことがあるわけでもない。 ただ、一日中仕事した頭から「暴走機関車」というフレーズが抜けなくなったので、意味なくここに書いているのです。 書いて世界中に公開することで、頭から消えるだろうと期待して書いています。 ごめんちゃい。

ASEP での weak canonicality と最小仕事の原理を独立に説明した付録を追加。 以前は自明に見えていたが、離れてみると、それなりに非自明ではある。 脚注で一行で説明されてもわからない(←時間がたったら、書いた本人にもわからなくなった)ので、単独の付録に昇格させたのだ。 文献もいくつか入力。ページ数を増やしすぎないよう、余分な改ページなどを削り、79 ページ。 ここで印刷して、主力を学会の準備と講義の準備にシフトせねば。

しかし、面白くない日記だな。 一昨日は、なぎらけんいちのお肌の話。昨日と今日は論文を書いているという話のみ。 ストイックで単調な日々の記録。 これでは読者も離れていこう。どうしたものか? (いや、別にどうもしないけど。)

実際、研究が主体の日々では、どうしても発想が停滞するときもあるし、計算からしばし離れる必要のある時間も生じる。 そういうときには、それなりに日記などを書きやすいものだ。

逆に論文書きや学会の準備が主体になっていると、はっきり言ってそれほどは頭というか生命エネルギーというかを使わないので、物理的にばてるまでずっと仕事ができてしまうんだなあ。きっと。 それに、論文を一生懸命に書くのは、日記を書いたりするのと似ているところがあるのかもしれない。 ま、というわけで、まとまった日記はなかなか書けないねえというだけの話でした。ごめんちゃい。

ところで、台風18号が日本海を通過中で、外ではときおり猛烈につよい風が吹く。 こんな強い風の夜は、ヒースクリフならずともそこはかとなく物狂おしく・・・


9/8/2004(水)

学会に行くまでは会議もイベントも何もない平和な日々がつづく、予定表にも何も書いていない(←というより9月分の予定表を印刷していないので予定表そのものがない。部屋にはカレンダーもない)し、学会の準備(と、それが終わったら論文の直しと研究)だけをすればいいぞと思っていた。


のだが、本日は、 というイベントがあった。

当然、前々から予定されていたのだろうが、ぼくは昨日になって知った。前日に知ったので、予定表を印刷して書くまでもなかった。

斎藤さんの集中講義の一部とセミナーに楽しく出席して、これで、あとは学会の準備(と、それが終わったら論文の直しと研究)だけをするぞと思っていた。


のだが、明日は、 というお仕事があるのだった。

当然、前々から予定されていたのだろうが、ぼくは今日になって知った。さっき、はじめて知ったので、明日までは忘れないだろうから、予定表を印刷して書くまでもない。


このように、毎日のように、ぼくの知らなかった翌日のイベントが明らかになる。 画面が強制的にスクロールされて右端に次々と新しい難関が現れてくる昔のマリオのような日々。
さて、斎藤さんのお話。

分子集合体の熱測定を介して何が見えるか、という基本テーマに沿って、彼が今までに手がけてきた様々な測定の結果が紹介されていく。 熱測定から堅実に求めたエントロピー変化がみごとに統計力学的な重率の計算で説明されていくのは快感。 この液晶もどきの固体・固体相転移は虚心坦懐におもしろい。

ひとことで言ってしまうと、エントロピーをありありと見て、それをもとに物質の中で何がおきているかを生き生きと語ることができる人がここにいる、という感じ。 ぼくらが驚くべき世界を見るための生きた道具として活躍する熱力学がここにある、という感じ。

すごいなあと思うのは、

という謙虚な認識から出発しつつも、単なる博物学には決して満足せず、それを越える普遍的な何かを求め続ける姿勢。 それが、ぼくなんかが見ても本当に面白いと感じられる研究を生んでいるんだろうと思う。

斎藤さん、

高校の頃に(10/3/2001 参照)、こういう話をしてくれればよかったのに。 そしたら、ぼくももっと早くから化学が好きになっていたと思うなあ。


今日の余計なひとこと: それにしても、斎藤さんなんかがしっかりと持っている
「物質」への謙虚さ
というべき心は、ある種の最新流行の物性実験が失ってしまったものなんじゃないだろうかと感じないではない。(ていうか、感じます。)
9/9/2004(木)

午前中の大学院の面接とそれにつづく会議がおわり、これで、あとは学会の準備(と、それが終わったら論文の直しと研究)だけをするぞと思っていた。


のだが、明日は、 というお仕事があるのだった。

当然、前々から予定されていたのだろうが、ぼくは今日になって知った。さっき、はじめて知ったので、明日までは忘れないだろうから、予定表を印刷して書くまでもない。


「マリオのようにスクロールされていくが、さすがに明日は何の敵も出てこない面だった」とか書こうと思っていたのだが、本当にまた出てくるとは。(ネタでやっているわけではないです。)
あ、書くまでもないですが、
東京事変「群青日和」
頭のなかでずっと鳴っています。しあわせです。

みんなもそうだと思うけど、「何とも思わない振りで笑う」のあとに「ギタア」って(頭のなかで)付け足して聴いてます。


スカ濫守会の若手支部のメンバーである H さんの日記で知った
Long-Range Order in Finite-Dimensional Spin-Glass Models (cond-mat/0409127)
タイトルをみて、焦ってダウンロード。

が、証明の短さを見て、で、定理の内容をみて、ちょっと考える。

なんじゃいな、こりは?

ランダム磁場をクエンチしておいて、単一のスピンを見れば、個々のサイトで磁場の方向を向くのはあたり前田のクラッカー。 ランダム性は関係ないし、そもそもスピン間の相互作用も関係ない。 もはや論文みてないけど、J=0 でも成り立つだろ、この定理。

要するに、命題は正しいだろうけど、スピングラスの秩序とはまったく関係のない自明の理。 スピングラスのなんたるか、というより、もっと統計力学の根本的なこと(つまり、秩序パラメターとは何か、長距離秩序とは何か)がわかってない論文だと判断していいでしょう。

要するに、クズですわ。

この間、5分以下だが、いずれにせよ、無駄な時間じゃ。オレの時間を返せ。 他の人が時間を無駄にしないように、もうちょっとだけ時間を使って、これを書いているわけです。 (もし、万が一(いや、もうちょい確率は低い)ぼくの判断がまちがっていたら、至急教えてください。)

しかし、この論文、謝辞に並んだ名前がやたら立派で、知っている人もちらほら。 名前を出されて「箔付け」に使われた方もいい迷惑。 Aernout van Enter とは、ちょっと前に彼からメールが来て、久しぶりにやりとりをしたばかりなので変な感じ。 Chuck Newman とは完全にごぶさただなあ。 西森さんともご無沙汰だけど、今度学会で会うだろうから、思い出したらこの話をしよう。 (Anton Bovier とは、なんとお互いに学生の頃、原といっしょに郵便(メールじゃなくて!!)をやりとりしたことがある。 いずれ会おうと書き合ったのだが、けっきょく(少なくとも、ぼくは)会わずに来てしまった。)


このあと、Aernout van Enter と(著者の一人と共著論文があるという)Bruno Nachtergaele に、あなたたちの知り合いがアホな論文を書いているから一言いってやってよとのメールをだしておいた。 一般論としてクズ論文は放置しておけばいいわけだけれど、一流の人の名前を謝辞に並べて、定理とかいって数理物理っぽく書かれると、だまされる人が出て無駄な混乱を呼ぶと思って。 Aernout からは速攻で返事が来て、すでに「おまえらの言っているのは長距離秩序じゃないよ」と指摘しているとこのこと。 著者らがこの仕事の無意味さに気づいてさっさと引っ込めてくれればいいんだけどね・・
個人的にはちょっとヘビーな報せも。

でも、まあ人生というのはそういうものなんだからね。


9/11/2004(土)

けっきょく、ばたばたしている内に、青森に出発する日になってしまった。 最終日の講演の OHP は青森のホテルで書き上げることにした。 ま、内容はすべてできているし、夜に時間はたっぷりある(だろう)から。

滞在が長いので、いちおう PowerBook を持って行くつもりでいますが(荷造りはこれから)、さすがにネットワークにはつながないので、メールは読みませんし、雑感も更新はしません。 (付記:あー、やっぱ、やめた。夜に少し使うかも知れないっていうだけで、こんな堅くて取扱注意なものを持って行くのはアホらしい。)


いろいろ書きたくて書いていないこと(佐々日記の「ルーチンワーク」のこととかね(理論屋のルーチンワークは「最低でも博物学に寄与」したりしない!))もあるけど、それは、また。

でも、ひとつだけ書いておこうっと。

な、なんと、昨日、妻と池袋に行って、携帯電話を買ってもらってしまった。 しかも、

1円
無料の次に高い買い物であろう。

これで、学会に行っても、ナウいヤングのように携帯で連絡を取り合いながら待ち合わせたり食事に行ったりできるぞ!


などと無駄なことを書いていないで、行ってきます。
9/15/2004(水)

青森から無事に戻りました。 久々に本格的に出席した学会は、素直に、様々な意味で楽しかった。 帰りの飛行機の窓からの眺めは最高でした。

関東地区の読者のみなさんへは、青森からのおみやげとして、さわやかな秋空を持ち帰りました。どうぞご堪能ください。

戻ってきて、公私ともども忙しくなりそうなので、学会のことを雑感に書いている暇はないかも。


今日の私信コーナー:(私信ですので、ご当人以外はご覧にならないでください)昨夜12時頃に、青森の町で飲み屋から出てきたところでお会いした若い男性へ

出発直前にあわてて書いた「雑感」で洒落たことを書こうとして完璧に間違ってこけていたことをご指摘くださってありがとうございました。 こっそり直しておきましので(なおしても、つまらんが、削除するのもなんだしなあ)、このことはどうぞご内聞に。

青森の方でしょうか? また次にそちらを訪れたときにでもお目にかかれれば幸いです。


今日の私信追加コーナー:

でーー、だまされた。

オレの書いたのでちゃんとよかったんじゃねえかよ。 「ただより高い物はない」って、ことわざを踏まえて、ちゃんと書いたんだよ。 (解説:その若者は、「1円は無料の次に高い」は間違いで、「1円は無料の次に安い」と指摘したわけです。そのまんまだったわけです。) 直して損した。また速攻で元に戻したけどさ。

あー。 青森の素直な若者(←じぇねえよ、きっと)だと思って信じたオレが馬鹿だった。 学会疲れで酔っぱらって、ころーっとだまされた。 なんか、《否定の連続》みたいなのにひかかって混乱したんだな。 青森(←ちがうって)には「ただより高い物はない」っていうことわざがないのか?

と、無理にネタにしようと思うが、だめじゃん。 これ、まとめて消すわけにもいかないしなあ。 どうまとめるか、困ったぞ。 (隣のパソコンで妻がリアルタイムで、これ見てるし。) 学会疲れということにしておこう。 ああ、疲れた(まじで)。 みなさん、お休みなさい。


9/16/2004(木)

学会では、連日、朝から晩まで、それなりにがんばってセッションに参加したり、誰かとばったり会って議論したりだべったりと活発に活動し、夜は夜で、毎晩、誰かしらと食事に出かけ迷わずビールを飲んで遅くまで外では話せないようなきわどいことについてまで話し込んで時を過ごす、という具合で、要するに実にあわただしかった。 iBook を持って行くなどというアホなことを実行しないで本当によかった。 夜遅くホテルに帰ってもお風呂に入って iPod で少し音楽を聴いてばたんと倒れることの繰り返しだったから、パソコンを開く暇などゼロだったろう。 そもそも最終日の発表の OHP を書く暇もずっと取れず、仕方なく前日の昼間にセッションをさぼって休憩室で仕上げたりしたくらいだった。

思い出す範囲で、非平衡系、高温超伝導、量子スピン系、半導体、粉体、英語セッションに出て、手を挙げて質問やらコメントをしてきた。 どこかで「田崎さんが丸くなって、過激な発言をしなくなったので面白くないねえ」と話している人たちがいたということを人づてに聞いた。 ううむ。 たしかに、某セッションで「というわけで、ここで馬鹿の一つ覚えですが、数値計算をします」と講演者が言ったとき、

まったく、馬鹿の一つ覚えだよ!
と(心の中でつぶやくのでなく)大声で言えばよかったのか?  とはいえ、ぼくは全盛期(←?)にも決して無意味に過激な発言をしていたことはなく、学会などでの質問やコメントは基本的に constructive であること(つまり質問された側や聞いている人やぼく自身にとってあとあと有益ってことね)を目指してきた(で、今も目指している)つもりなんだけどなあ。 このあたりについては、色々思うところもあり、また書くかも知れない。
というわけで、学会から戻ってみると、さすがにばてていて、今日は在宅で講義の準備をしたりメールを読み書きしたり。

「科学セミナー」のために書いたブラウン運動の解説を本に収録するための手続きが始まり、出版社の担当者からメールが来ている。 著作権についての説明や契約がいっさいなかったのだが、そこはどうなっているかと白々しく聞いてみると、やはり

著作権は日本物理学会にある
とのお返事。 いやいや、お奉行さま、とんでもございません、あっしは物理学会さんなんぞにでえじな著作権をお譲りした覚えはございませんぜ、とあくまでしらを切るオイラ。 (いや、しらを切っているのではなくて、素直な事実だ。) 望みがいかに薄かろうと、著作権を自分で確保すべく地道な運動を開始するのだ。

念のために言っておくけれど、著作権を確保したいというのは、別にお金を儲けたいとか、そういう理由じゃないよ。 困ると思う理由のいくつかを列挙すると

といったところか。

かつては科学者がものを書いたときは、すべて著作権を出版社にとられていたらしいけれど、それは今や非常識になりつつある。 物理学会だって、このあたりを考え直すべきだと信じる。 (実は、青森の学会のとき、物理学会の理事の一人とそういう話しも一瞬だけしたのだけれど。)


9/17/2004(金)

講義開始。

夏休み明けのはじめての講義、はじめて教える物理数学、そして、はじめて教える一年生のクラス。 少し緊張すべきシチュエーションであり、さすがに少しだけは緊張したが、はじめてのクラスと言ってもすでに知った顔も何人もいるし、気楽なものである。 物理数学をはじめて教えるにあたり、ついつい物理と数学のかかわりについて延々と熱弁をふるってしまった。 ま、来週からは、かっちり行きましょう。みなさん、がんばってください。


9/18/2004(土)

学会の少し前あたりから、確率過程について開発した「弱接触の方法」を粒子系(たとえば、希薄気体)に適用することを考えていた。 (実は、学会の OHP にもちらっと書いてあったのだ。)

ようやく考えがまとまってきた気がして、疲れ気味だったが、考えを落ち着けるための散歩を兼ねて大きく遠回りしながら大学に向かう。 お寺の横の長い長い石の階段を、遠く新宿のビルを見下ろしながら(←見下ろしているはずはないが、そういう感覚がある)、下りる。 おかげで、夜までには大まかな筋が見えた。 高いポテンシャルに隔てられた接触では、気体の速度分布関数の large deviation 的な性質がバランスを決める要因になる。 つまり、large deviation にこそ熱力学がみえる。 思想としては悪くないし、ポテンシャル変化法との相性もよい。 ゆらぎの関係式は自動的に出てくる。

とはいえ、速度分布関数の large deviation については、今のところ、何一つ具体的なことは知らないから、先は長い。


9/20/2004(月)

休みの日だが、業務。

明日の昼が締め切りで、どうせ朝は早くは起きられないのだから、今日中にやっつけておかないと、絶対にどうしようもない。 ということで、ともかく、やる。 夜には、なんとか、終了。あとメールを書いて、明日の提出の打ち合わせをすれば、よし。


先日、とある都市の大学生三名の訪問を受け、楽しい時を過ごした。

どことは書かないが、とある都市からやってきた彼らは、気をつかってくださって、名物の八つ橋をおみやげに持ってきてくれた。 ありがたいことじゃ。 しかも、老舗の西尾の八つ橋で、やはり、格段とうまいのである。

是非、また遊びに来て下さい。 と書くと八つ橋ほしさのようだが、いや、お気遣いはもう結構なので、また機会があったら来て下さい。 八つ橋は本当にいいですから。 (と、しつこく書くとほしがっているようだが、いや、本当にいいんです。(と、しつこく書くと【以下、略】))

で、その八つ橋を家族で美味しくいただいている時に、息子が、ぼくの想像を絶する行為におよんだのである。 すでに四十何年間かこの世を生きてきて、その間、さまざまな人生の局面で、様々な土地で、八つ橋を食べてきた、このぼくが、思い描きもしなかったその行為とは

八つ橋の皮を開いて、中のあんこのかたまりを露出させる
という暴挙だったのだ!!  平らな正方形になってしまった八つ橋の皮の真ん中に、あんこの固まりがちょこんとのっている。 なんと、八つ橋とは思えない、まったく異なった姿に愕然としてしまうのであった。

と書いてみて思うが、ぼくはゴーフルを二つに割ってクリームをなめてしまって炭酸せんべいに改造したこともちょくちょくあるし、ポッキーはチョコをなめきってプリッツにしてから食べる方がおいしいと思うし、どら焼きを割ったこともあるし、別に、お菓子に手を出して解体してはいけないというポリシーを持っているわけじゃない。 いったい、なぜ、八つ橋だけは分解しようと思いもせずに今日にいたったのか?  単なる想像力の欠如か、それとも、八つ橋に対する宗教的な敬虔さがあるのか?  これが、かえって興味深い。 自由なつもりの精神に意外にも保守的なスポットを見いだした新鮮さ。


などとアホを書いていたら、主任にメールするのを忘れてた。 ねむい。
9/21/2004(火)

がーーん。

やってしまった。

多忙な大学教員がスケジュール管理能力の低さゆえに時々おかす失敗、

ダブルブッキングによる会議の無断欠席
を、この私もおかしてしまったのだ。 関係者のみなさま、もうしわけありません。

昨日の夜まで働いて、締め切り厳守の書類を午前中に本部棟に届け、さらに、それに関するメールのやりとりや打ち合わせの小会議をおこない、それ以外の時間は、佐々さんとの論文のことなどなどについてフランスの Raphael とやりとりをし、明日の講義を例年とは違うやり方で進めることにしたのでその準備をし(←まだ終わってない、逃避でこれを書いている)、卒業研究について文献調べや本探しをし(←部屋にあるはずの本がみつからない、単に一冊をさがして費やした時間・・)、とあわただしくも堅実に過ごした一日となるはずだったのだが、実は、三時から会議だったんだよなあ。 9月の予定表も印刷して、書き込んであったのに、もう一つの仕事にかかりきりで、見ていなかった。

などと書いても、この程度の多忙さでは世間の基準からはゼロに等しいとわかっております。 言い訳はありませぬ。 深く反省しておりますので、「一日に二つ以上の仕事があるというだけで、別に時間が重なっているのでない場合は、ダブルブッキングとは呼ばない」といったつっこみはご容赦くださいませ。


9/23/2004(木)

昨日は、朝から講義、家に戻って食事や雑用をし、また大学に来て(金曜日から変更した)四年生のゼミ、その後、H さんがいらっしゃって彼らの最近の仕事について議論、と絵に描いたような多忙な一日。 とはいっても、講義は(一生懸命に聴いてもらえるので)やりがいがあって好きだし、ゼミも(とくに発表者の準備が尽きてその場で誘導しながら考えたり計算したりしてもらうフェーズに入るとスリリングで)おもしろいし、ことに、本気で頭を使って人の仕事の話を聞いて物理の議論をするのは何にもまして楽しい。 多忙だが、充実した一日。

で終わるとかっこいいのだが、疲れ気味で寝不足のまま、多忙で充実してしまったので、けっきょく、今日は朝から久々にへろへろ。 ずっと家にいて講義の準備とか論文読みとかをして過ごしまった。 (と申し訳なさそうに書いたが、祝日なので、ずっと家にいてもいいのか。)


9/24/2004(金)

16日の雑感で、ぼくが「科学セミナー」用に書いたブラウン運動の解説(日本語で書いた文章のところに移動して公開してます)の著作権のことに触れたのだけれど、少し舌たらずだったので、補足。

まず、ぼくらが、物理学会誌という雑誌に原稿を書いたり、物理学論文選集というのの編集をして解説を書いたりすると、これらの書き物の著作権は有無を言わさず日本物理学会のものになってしまう。

(長い脱線:これも重要な問題なんだよな。 たとえば、勝又さんとぼくが論文選集のために書いた Haldane gap の解説は、このテーマに貢献した実験家と理論家が共同してじっくりと書き上げた、世界的に見ても得難いすぐれた解説だ。 とうぜん英訳して公開する価値がある(実際、英訳しろという声もあった(もちろん、日本語が読めない人から))。 しかし、物理学会が著作権を押さえている以上、それは簡単じゃないだろう。 英語版を出すとしたら、物理学会が著作権の侵犯を主張できない程度に、大幅に書き直して、物理学会とは無縁なところで出版するというのが現実的な手だろう。 しかし、解説を改良するための書き直しはいくらでもやりたいと思うが、単に著作権から逃れるために構成を変えるといった作業は猛烈に非生産的でアホらしい。 そう考えた瞬間に、やる気がなくなってしまう。)
こういった場合は、実は、投稿規定とか執筆要項など、原稿を書き始める前にもらう書類のなかに著作権は物理学会のものになるということが宣言してある。 「出版して欲しければ、著作権を身ぐるみはいで置いていけ、それが嫌なら出さないのでとっとと帰れ」と、そもそもの最初から、言ってきているわけで、こうなると議論の余地がないわけである。
(短い脱線:本当は、そうやってあきらめあず、毎回、「なんとかならんか?」と問い合わせて、理事会などの議題にのせるべきなんだろうな。 それをしなかったのは怠慢だったかもしれない。 これからでも、徐々にやっていくか。)

ところが、今回の「科学セミナー」に予稿を書いた際には、著作権についての申し渡しや宣言はいっさいなかったのだ。 もう一度、前にもらった執筆要項を見直してみたけれど、そこには、どういう風に解説を書くべきかとか、TeX をどう使うべきか、とか、実質的に意味のあることがきちんとわかりやすく書いてあり(好感のもてる執筆要項だ)、著作権についての事務的な話は書いていない。 つまり、予稿を執筆して物理学会に提出した段階では、著作権についての特別の申し合わせをしていない。 著作権というのは、特別の事情がなければ、ごく自動的に書いた本人のものになるのだから、今の時点で、あの解説の著作権はぼくのものである。

以上は、おそらく問題ないと思っている。 もし裁判をすれば(しないけど)、ぼくに著作権があるということで落ち着くのだろうと思う。 いずれにせよ、予稿はたかが何百部か印刷されて配布されただけなのだから、これは無視できる話にすぎない。

問題は、これから、予稿に手を入れたものをまとめて出版される予定の単行書の方だ。 この本は日本物理学会編という位置づけで、日本評論社から出版される計画になっている。 当然ながら、すべての解説の著作権は日本物理学会のものであるとして扱うということで話が進んでいるようなのだ。

ここに来て、ぼくが、「あの解説の著作権は絶対に自分にある、それを譲る気はない」と主張したらどうなるか?

もちろん、それが認められて(そのかわり、ぼくは出版社の販売権とかそういったものを認めて)話がうまくまとまれば、言うことはない。でも、その可能性は低いだろうなあ。 ぼくに著作権を残したまま出版という線がないとすると、考えうる選択肢は、

の二つしかないように思う。

こうなると、ぼくは苦渋の決断を迫られてしまうことになる。

解説を書いたそもそもの動機は、多くの人に物理のおもしろさ、とくに非平衡統計力学の可能性を知ってもらうことだ。 アインシュタインの名を冠した本が物理学会から出版されて、そこに、宇宙論やブラックホールや弦理論などの物理ファンにとって定番の話題に並んで、非平衡統計力学の良質の解説が入っているというのは、なかなかよい話だ。 派手な話につられて本を買った読者が、ふとした拍子でぼくの解説を読んでくれて、何かを感じて学んでくれれば、大いに儲けものではないか。 そういう意味では、この本に解説を載せるためには、百歩でも千歩でも譲るべきだという考えがありうる。

他方、本が入手困難ないしは入手不可能になったとき、せっかく書いた解説が埋もれてしまうのはつらい。 あるいは、ブラックホールに釣られる必要なく、まさに、ぼくの解説だけが読みたいという方がこれから現れるかも知れない。 そんなとき、解説をネットで無償提供できず、高い本を買ってくれ(あるいは、図書館でさがしてくれ)というのは、まったくもって申し訳がない。 そういう意味では、万難を排して、著作権の確保に努めるべきだという考えもありうる。

というわけで、思いは千々に乱れますが、ともかくは、(「著作権を譲った覚えはないのですが、いったいどうなっているのでしょう?」というこちらからの問い合わせへの)出版社および日本物理学会からの回答待ち。

さてさて、これからどうなるか? 刮目して待つと待ちくたびれて期待はずれになるので、ま、適当に、忘れて待っていてください。 (そう言えば、例の書評(3/1 参照)はどうなったんだと色々なところできかれます。 はっきり言って、俺もききたい。 今年の二月に修正原稿を送ってからまったく返事がないんだよね。 どうなってんだろ??)


9/27/2004(月)

昨日、今日と、ほとんど、さぼっているのだ。

いや、週末恒例の掃除はしたし、今日の教務委員会は忘れずに出席したし、ちゃんとやっている。 でも、さぼっているのだ、研究を。不思議だけど。

研究をさぼってなにをしていたかというと、なんと微分方程式の講義ノートを書いていたのだよ。 昨日一日と今日の半分くらいで、21 ページ書いて、一階常微分方程式の部分がおわった。 TeX のおかげで(Knuth 先生のおかげで、というべきか)きれいにタイプセットされているし、俺のお陰で懇切丁寧でわかりやすい(はず)。 これは、ちょうど、「物理数学2」の講義の二回ぶんくらいに対応するのだ。 練習問題もあるぞ。

つまり、なにがおこったかというと、よくあることだろうが、

  1. 微分方程式を教えよう。
  2. いい本はないかな?
  3. ぐへえ、どの本も、いい加減か書き過ぎか、どっちかだ。
  4. これ以上さがすのは面倒だ。自分で書いてしまえ。
というわけだ。四コマ漫画にすればよかったね。つまんないけど。

この調子で講義と並行して書いていけば、学期が終わるまでに微分方程式とベクトル解析の部分ができてしまう。 その後もペースをくずさずに、集合と論理、微分積分、線形代数、偏微分方程式、変分法、確率論(この二つは、すでに素材があるなあ)、初歩のヒルベルト空間論・・・と進めていけば、二、三年のうちに物理数学のすごくいい教科書ができるにちがいない。 刮目して待て!! (そのうち、部分的にでもネット上で公開するつもりです。)

というところで、佐々さんから SST 大論文のイントロが戻ってきた。 読んでいると、素直にワクワクしてくる。

さっ、これを手直しして、論文を仕上げるぞ! 刮目して待ってておくれ、こっちはマジで。


9/29/2004(水)

日本物理学会事務局刊行担当者からメール(24 日のつづきです)。

単行本に掲載された個々の著作物の著作権は、個々の著作者のものですが、単行本全体については、日本物理学会の編集著作物という意味で奥付に、c 日本物理学会 と明記いたします。 出版契約は日本物理学会と日本評論社の間で締結いたします。
ほお。 まったく予想しなかった好回答。 ありがたいことです。 全世界に広がる「雑感」読者のみなさまの無言のサポートが効いたのかもしれません(←こういうことって、決して冗談ばかりではなくなってきたと思う)。

いちおう、こちらに公開や複製の権利があることを再確認しておこう。

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言うまでもないことかもしれませんが、私の書いたページの内容に興味を持って下さった方がご自分のページから私のページのいずれかへリンクして下さる際には、特に私にお断りいただく必要はありません。
田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
田崎晴明ホームページ

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