日々の雑感的なもの ― 田崎晴明

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茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。


10/5/2004(火)

ずっと書いてませんが、元気です。 元気ですけど、忙しい。よく仕事しています。

昨日から今日にかけて、長い論文を、一生懸命、ていねいに読み込んでいます。

実に長くて、しかも文章が延々と書いてあるような論文なのですが、なかなかどうして、面白い。 ストーリーを追いながら読んでいると、どんどん引き込まれていき、思わずところどころで深く感心してしまう。 ううむ、よく考えてあるなあ、とか、ほお、これだけのことを出発点にとうとうここまで来てしまうのか、と。

この際なので、本当に、ていねいに一字一句に注意しながら読んでいます。 あれ、この部分はちょっと説得力が弱いぞ、とか、この議論は先に出てくるはずだからそこに言及していた方がいいぞ、とか、ここは複数形の方がいいだろ、とか、a じゃなくて the だね、とか、つっこみを赤で入れながら。

ううむ、こんなわくわくする論文を書いた著者っていったい誰だろ。 お、Sasa と Ta.. って、ばれてますね。久々に書いた割にベタですみません。仕事します。 あ、そういえば連日のように雨でいやですね。イチローはすごいですね。


ノーベル賞は、Gross, Politzer, Wilczek か。

asymptotic freedom は、重要な概念だと思うし、理論的にもたいへん面白い。 ぼくが Princeton にいた頃も、そろそろ asymptotic freedom じゃないかという話はあったし、その後も、しょっちゅう話題にはのぼっていたよな。 (asymptotic freedom にノーベル賞がでなかった理由は、とるべき三人を並べると、二人は明らかにすばらしい物理学者なのだけれど、一人があまりぱっとしない奴なので、あんな奴にやるのかよという異議がでるんだ --- という噂をむかし聞いたことがある。ただの噂なので真偽のほどは知りません。)


10/6/2004(水)

今日も、朝いちばんの講義にはじまって、教務関連や教室関連のメールをたくさん書いたり、論文の仕上げをして佐々さんに送ったり、そのまま休まず講義ノートをタイプしたり、夕方から夜まで一年生の講義担当者で集まって講義内容を総合的に検討したり、と一日中猛然と働いたのだけど、それで疲れ切って家に戻ったら、息子が懐メロブームなのか、サザンの CD を聴いていたのだが、そのとき、とつじょとして私の脳裏に

一頭身のエリー
というだじゃれがひらめいたのであり、しかし、どうせ誰かが書いていてグーグルでひっかかるだろうと思い、これまた息子に検索してもらったら、なんと誰も書いていない(一等親のエリーも誰も書いてない)ということがわかったので、ここにめでたく一番乗りで書いておこう (しかし、こういうのの一番乗りって後からは主張できないよなあ。プレプリントサーバーみたいなので、タイムスタンプをおして管理するとか・・)。
10/11/2004(月)

原に家に来てもらって、いろいろと相談や雑談。 Ising 本の打ち合わせも、ばっちり、やりました。共立出版の関係者のみなさま、ご迷惑をおかけしておりますが、進んでおります。書いてます。半分以上はきれいにタイプセットされて、ばっちり。わあ、もう本みたいだ。(がんばります。)

原が九州大学に移ってから会うのは、はじめてだ。来てもらってよかった。

ところで、ちょうど夕食のころ、パリーグのプレイオフなるものをやっており、(私とちがって普通の少年なので野球好きの)息子が試合結果を気にしている。 原は、この4月から福岡ダイエーの地元に住むようになったわけで、そういった話題でも盛り上がる。

しかし、なんだな。

テレビの野球中継をぱっとつけてみると、プレイオフ最終戦、同点、九回裏ダイエーの攻撃、2アウト、ランナー二、三塁で、バッターボックスには今年の三冠王が!!

マンガみたい、と思った。


10/12/2004(火)

ちょっと前の親子の会話

息子:(新聞をもって)おい、おやじ。デ・リ・ダ(←読みにくそうに)が死んだぞ。

わし:あー、死んだらしいね。

息子:なんだ、知ってんのか。

いかにも知らなそうな、変な名前の外人の死亡記事がでているので、それをネタとしてふって、ボケに持ち込もうとしたのであろうが、息子よ、俺はそいつが引用されている本を訳したし、そいつの甥は優秀な理論物理学者で俺たちの論文を引用してくれている。 世の中は狭いのだよ。

あ、そうか。ひょっとして

「デリダ? それは、でりだ?」
という親父ダジャレを誘発してやろうという作戦だったのかも知れない、と今、これを書いていて気づいたぞ。

というわけで、これで、日々の雑感も、デリダの死に言及する文系ブログの仲間入りである。 実際、過去の雑感(2/1/2004)でも脱構築について語っている私であるしな。


10/13/2004(水)

あわただしわい。

ともかく、明日は、以下のセミナー。


講師: 田崎晴明 氏 (学習院大学理学部)

題目: 格子ガス系における非平衡定常状態
(Raphael Lefevere(パリ第七大学数学科)との共同研究による)

日時: 2004年10月14日(木)16:00-

場所: 大岡山本館3階理学部小会議室

講演概要:

マクロ系の熱平衡状態がカノニカル分布などの平衡分布で普遍的に 特徴づけられるのとは対照的に、非平衡状態をいかに普遍的に特徴 づけるべきかは(そもそ も、そのような特徴づけが可能かも)まっ たく理解されていない。ここでは、普遍的な特徴づけへのヒントを えることを最終目標にすえつつ、より具体的に、 非平衡系のひとつ の標準的なモデルと考えられている driven lattice gas(外場駆動 格子ガス)における並進対称な非平衡定常状態の構造を調べる。

まず、driven lattice gas の定常状態についての素直な(しかし厳 密ではない)高温展開の方法と結果を述べる(cond-mat/0407552)。 二次元以上では、高温展開の最 低次(二次)の範囲をみると、きわ めて一般の時間発展ルールにおいて、ルールに依存しない非平衡の 有効相互作用が現れる。これは三体の相互作用 で、$1/r^{2d+1}$ のようにべき的に減衰する。しかし、同じ高温展開の最低次でも、 Metropolis法を用いると、有効相互作用の形は定性的に異なっており、 $1/r^d$ のように減衰する二体の有効相互作用が現れる。

このようなルール依存性をより詳しくみるため、二体の driven lattice gas の非平衡定常状態を詳しく調べる(cond-mat/0407262)。 $1/r^d$のように減衰する長距離の二点相関の有無と大きさは、時間 発展ルールの選択に依存することがわかる。非平衡定常状態の無限 体積極限は、一般のルールにお いては Gibbs 状態ではあり得ず、 指数型ルールを採用したときにのみ Gibbs 状態になる可能性が残る ことがわかる。


10/15/2004(金)

昨日の東工大訪問は、とても充実して、楽しかった。

12時頃あちらについてから7時頃にたつまで、とちゅう昼食とセミナーをいれて、あとはずっと、西森さん、押川さん、笹本さんらと様々なことを話し続けていた。 セミナーには上田さんも来てくださっていて、普段のぼくらとは違う視点からびしびしと質問をしてくれた。 湯川さんもわざわざ聴きに来てくれていた。 さらに、数学の内山さんがきちんと聴いて下さって面白がってくれたのは、予期せぬ喜びであった。

driven lattice gas の非平衡定常状態については、ぼくらがやり始める前に比べれば、相当に景色が見えるようになってきたと思っている。 しかし、その景色を科学としてどう解釈して、そこからどういう方向に向かっていくべきかという肝心の点について、今のぼくらには力強い答えが出せずにいる。 昨日は、そういう現状認識を包み隠さず(むしろ、悲観的に過ぎるくらいに)話してきたが、それでも、聴いた人たちが面白がってくれて、いろいろな論点を出してくれたことに、励まされる。


昨夜は、遅く家に戻ってから、今日の講義の準備。 疲れて充実した一日だったので、ついつい遅くまでビールを飲んでしまう。

今日は、朝、少し早めに大学に行って、講義で配るプリントの最後の加筆と印刷。それから講義。そこで、ばてて、ソファーで小一時間ほど昼寝をしてから、お弁当にゼミ、卒業研究の打ち合わせ。

さすがに疲れたので、さっさと寝よう。 明日から、SST 論文の(最初の公開の前の)最後の仕上げをする。


10/17/2004(日)

さあて、明日くらいから少しあわただしくなって仕事をする時間が減りそうなので、昨日、今日は午後から大学に行って雑用やら卒業研究の相談やら論文の直しやらをする。 とはいえ、週末だし天気も回復してきたので、行き帰りは思い切り遠回りをする。 公園とかお寺の横の階段とか街中の急な坂とかを通って、すたすたと歩くことで体脂肪の燃焼をうながして週末にビールを飲んだ埋め合わせをするとともに、歩きながら考え事をすることでここしばらくやってきた仕事を振り返ってここから先に進むべき方向を嗅ぎあてることにつとめるのだった。

(今、最終調整中の)SST 論文の付録には、格子ガスでの(非平衡)自由エネルギーの構成法がのっている。 そこでは、高いポテンシャル壁を隔てた弱結合による接触を用いて、系の熱力学を特徴づけている。 同じ思想で、より一般の非平衡系においてもミクロな情報をもとに熱力学を構成できるのではないかということを今、考えている。 これは、たとえば希薄気体の場合、速度分布関数の large deviation が温度や化学ポテンシャルを決定するということを意味する。 large deviation の挙動は、基本的にガウス的だろうと思うので、この予想はさほど無茶ではない。

仮に非平衡統計力学ができた後のことを勝手に夢想して(お寺の大きなお墓の横の階段を降りているときだから、そんな夢想もしていいのだ)同じことを考えると、おそらく話の持って行き方が逆なのだ。 非平衡統計力学においても、少数のマクロパラメターを使って系の分布を特徴づけるのだろう。 その少数のマクロな情報を「どのへんに、いれるか」みたいなことが、きっと肝要なのにちがいない。 平衡のときは、ある意味、「どこにいれてもよかった」。 あまりに分布がきれいでタフだったから。 非平衡統計の場合は、それほど簡単じゃなくて、ちょうど適切なところを少数のマクロパラメターで特徴づけるべきなんだ。 その、ちょうどよいスポットというのが、ある種の large deviation のふるまいだというのは、なんとなくありそうな話ではないかな?  もしそんな楽観が万が一正しかったとすると、ぼくらは、熱力学の接触問題をミクロに実現することを模索する中で、未来の非平衡統計の一つの「常識」を見いだしつつあるということになるんだろうなあ。 そうだったらうれしいけど、もちろんそうじゃない可能性の方が高いわけだから、色々な可能性を念頭においてがんばりまっせ。

あと、夜ベッドに入ってからは、なんとスピングラスの duality のことを考えていたりする。 もちろん、東工大で西森さんと話して、二次元スピングラスの三重点についての彼らの予想を聴いたのがきっかけ。 別に、ぼくのやり方で解決するだろうなんて思ってないけれど、今のところ、ちょっと楽しい。 実は、スピングラスでボンドをランダムに決めたあとのフラストレートしたプラッケトのパーコレーション問題を考えようと思って随分と長い時間を使ったことがある。 まだ Princeton にいた頃だから、ずっと前だけど。 いくつかのことは考えた気がするけど、けっきょく、あれはどこにも行かなかった。 少し関連する問題を考えはじめると妙に懐かしいし、(前にも書いたと思うけど、ぼくの場合、仕事についてのアイディアや夢想と、それを考えていた場所が妙にリンクしているので)普段は思い出すことのない Princeton でのアパートやオフィスの景色を鮮やかに思い出すのがおもしろい。


10/18/2004(月)

全学の FD 委員会にでたら、6時にはじまって、終了が7時45分。そのあと、委員長や教務部長と立ち話をしていたら、きっちり8時。

がーん。これが、ぼくの知らなかった大学教員の裏の世界。 講義も事務仕事もおわって、研究に集中できるはずの時間がきっちり会議でつぶれてしまうのだ。 いやいや、学長補佐とか教務部長とかそういう人たちにとっては、この程度はまだまだ甘いのだろう。 もっともっと遅くなるのは当たり前、夜も昼もなく時間がつぶれまくって、休みも返上して書類をつくり、散歩をしているバックグラウンドでも研究じゃなくて事務雑用のことを考える・・・

くわばら、くわばら。 どうか、そういうものにひっかからずに大学教員生活を定年まで過ごしたいものである。 (ま、ぼくなんかは、会議でも適当な服装だし、いかにも気紛れでいい加減な感じを漂わせているので、そういう危険がおよぶ可能性はほとんどないつもりだが。)


10/29/2004(金)

17 日の日記にも軽く予告していたように、純粋に私的な理由でなのですが、きわめて忙しくなってしまい、web をみたり日記を書いたりどころではなくなっていました。 (書きたいなと思うことは、たくさんあったのですが。) ぼくは元気です。

一山こしましたが、まだ、しばらくは、あわただしいでしょう。 メールの返事が滞っている方など、ご迷惑をおかけします。 (私的な話で、申し訳ありません。)


ちょっと疲れがたまったせいもあるのか、今朝方、延々と学校関係の悪夢をみてしまった。 学校関係の悪夢というと「試験を受ける」というのが定番だけど、教員をずっとやっていると
「講義の直前なのだが、準備がぜんぜんできていない」
という悪夢をみます。

変な食堂にいて、混んでいて、もう間に合わないからと食事をあきらめ、わけのわからない建物や廊下をとおって教室に走る。 教室にはつくのですが、しかし、教えようと思っている内容がまだわからない。 本を見て、これをやるんだと思うが、わけのわからないゲームのルールみたいなのが書いてあって、頭にあったのとは違ってパニック。 (頭にあったのは、カードを一列に、縦か斜めかにおいていくものだった。 本には、コインが三列くらい並んでいて、見た目がぜんぜん違う。 ていうか、何の授業??) 居室に戻ってノートを取ってこようと思うけれど、もう講義の開始時刻で、学生も集まっている。

しかも、それが身も知らぬ殺風景な教室で、学生も知らない人ばかり。 きいきいと言っている年上の人もいる。 夢だと認識する余裕もなく、本当につらい。


ひるがえって本物の講義。

伝えたいことは頭に入っているし、講義ノートも、メモよりはましなものが、ちゃんと、ある。 黒板にむかって、学生さんの顔を見ながら話していると、準備のときに考え損なっていた点にいくつか気づき、それを補いながら、授業を進める。 なんと言っても、うれしいのは、教室に並んでいるのが慣れ親しんだいつもの物理学科の学生さんたちだということ。 いつも通りの変な髪の色、いつも通り真剣に聴いてくれる奴、この前は前の方にいたのに今日は後ろの方にいる女の子、いつも通り途中で寝る奴(、いつも通りもぐりで堂々と聞きに来てくれている人)。

夢は逆夢(さかゆめ)と心で祝ひ。

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田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
田崎晴明ホームページ

hal.tasaki@gakushuin.ac.jp