茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。
今、新幹線に乗って京都から東京に向かう途中、膝の上に MacBook Air を広げてこれを書いている。 先ほど駅弁の夕食を食べ終わったところ(京都駅で買った「鶏めし・二段重ね」という駅弁がかなりおいしかった。1000 円という値段にしては量も種類も多くおすすめですよ)。名古屋を過ぎてかなり来たところで、外は完全に真っ暗だ。
京大で開かれた Random processes and systems という国際会議に出席して来たのだ。 今回の会議には、初日の月曜から最終日の今日まで、四日間フルに参加して、すべての講演を(かなり)真面目に聞いた。 原に誘われて、彼や外国からの招待客が泊まるのと同じホテルに泊まったので、朝、鴨川沿いに会場までの三十分強の道のりを歩くところから始まって、夜、みんなで酒を飲んでホテルに戻るまで、会議の参加者たちと、物理や数学(やそれ以外)のことをずっと語り合って過ごした。
いくつかの講演は実におもしろく、普段とは違った角度から刺激を受けたし、もっといろいろと学んで幅を広げねばという気持ちにもさせてくれた。 学問的にきわめて有意義で、かつ、個人的にもとても楽しい時を過ごすことができた。
いやいや。そんな書き方では全く白々しい。 個人的には「とても楽しい」などというレベルではなかった。 旧知の人々と(何人かとは本当に本当に久しぶりに)再会し、名前しか知らなかった人たちとも出会い、様々な話題について親しく語り合うことができた。 ほとんど涙が出そうになるくらいの素晴らしい時間を過ごしたと言っても言い過ぎじゃないと思う。
今回の会議のテーマのうちのいくつかは、ぼくが原といっしょに大学院で数理物理の研究を始めた頃からプリンストンでのポスドク時代の途中くらいまでに主に研究していた分野なのだ。 ぼくにとっては、駆け出しの研究者から徐々に一人前になっていった時代に必死で取り組んでいた懐かしい分野だ(プリンストン時代には並行して量子スピン系の研究をばんばんやっていたわけだが)。 ただし、ぼくはプリンストンから日本に戻ってからは、もっぱら量子多体系に重心を移し、こちらの分野からは遠ざかっていた。 今回はほぼ二十年ぶりに、この分野の会議に「里帰り」したと言っていいだろう(ただし、ぼくの講演は昔とは全く違う非平衡の確率過程の話題だったわけだけど)。
この二十年間で(原もぼくも他のみんなも二十年分だけ歳をとったという、もっとも当たり前なのに、もっとも納得できない事実を含めて)いろいろなことが大きく変わった。
最大の変化は、これほどまでにわれわれにとって親しみやすい研究会が数学者の主催で開催されたということかもしれない(ただし、ぼくらが若い頃にも高橋陽一郎さんらが企画し、Aizenman らを招いた先駆的な素晴らしい研究会があった)。 これは、熊谷さんら今回の研究会を主催してくださった方々の個性にも大きくよるのだろうが、この国の数学界での数理物理の位置づけが少しずつ(よいほうに)変化してきたことをも反映していると思う。
個人的にとくに感慨深かったのは、親友である原が、ポスドク時代から Gordon Slade らと開拓してきた lace expansion(ミニ解説:十分高次元では臨界点でも収束する数学的に厳密な展開方法(すごいだろ(俺はやってないけど))。self-avoiding walk やパーコレーションで開拓された。この方法をついにイジング模型に適用したのが原の学生さんだった(今は北大にいらっしゃる)坂井さん(坂井夫人へ私信:はじめまして。時々、ご主人や原からお話を伺っています。そのうちどこかでお目にかかれればと思っております)なのである)が今ではきわめてしっかりとした一つの流れになり、この分野での中核の一つになっていることだ(ちなみに、lace expansion の創始者は Brydges と Spences で、そのうちの一人の David Brydges はぼくが今回ほんとうに久しぶりに再会した人の一人)。 今や臨界点でのパーコレーションクラスターの性質や連結確率については、十分高次元であれば、二十年前にスケーリングを仮定してごちゃごちゃといい加減に議論していたようなことの多くが厳密に証明できるようになっている。 なかなかどうして、すさまじいことである。 最初の二日間の招待講演の半分くらいで、Hara-Slade とか Hara とかが最重要な過去の業績としてくり返し言及されているのを見ていると、長年の友人として、やはりうれしいし、ちょっと誇らしい気持ちにもなるのである。
ぼくは Komatsu-Nakagwa-Sasa-Tasaki の extended Clausius relation と symmetrized Shannon entropy について話した。今回は、熱伝導の確率過程に限定した新しいプレゼンテーションを作って臨んだ。 思った通りに話せたし、とても興味をもって聞いてもらえて、ほっとした。めずらしく、講演の前にはかなりナイーヴになっていたのだ。 ぼくの講演の座長が Herbert Spohn だったのは主催者のありがたいご配慮だ。 世界でも最も話を聞いてもらいたい一人だから。 Spohn をはじめ、何人かからきわめて適切な質問が出た。いくつかの点についてはこれから真面目に検討したい。 また、個人的には「証明がない」という事実をさらに強く不快に感じるようになった。 多くの優れた数学者と接することによる健全な影響だ。 わしもがんばろう(今日一日いろいろと考えているのだが、一つの方向が見えてきたような気がする。こうやって証明をさがして試行錯誤する感覚は好きだ)。
会議を通じて、日本の数学サイドの人たちが、ぼくが参加したことを素直に歓迎してくださっている実感があった(自分で勝手に感じているだけじゃないと思います)。 これは本当にありがたいことだし、そういうお気持ちにちゃんと学問的な意味で答えなければなあと心から思う。 日本の確率論の人たちのお話でも、いくつかきわめて面白いものがあった。 上手に物理サイドとの意味のある交流を作っていければと思う。
久々に書いたのに、まじめ一辺倒な日記になってしまったのお。