学習院大学 東洋文化研究所The Research Institute for Oriental Cultures

研究プロジェクト

一般研究プロジェクト

A24-2 古代日本語において「特徴的」とされる構文構造の体系に関する基礎的研究(2024年度)

 

構成員
代表研究員 勝俣隆
研究員 鷲尾龍一
客員研究員 小出祥子  阿部裕
(1)研究の目的・意義

 本プロジェクトでは、古代日本語における述語と構文構造の体系とその特徴、および通時的な変遷の 経緯を明らかにするための基礎的な研究として、古代日本語に「特徴的」とされる述語形式や構文の語 邸的・構文的な特徴、そして各構文の関係について、共時的・通時的観点及び対象言語学的な観点から 調査・考察する。古代13本語には、語邸や構文的な観点から見て「特徴的」とされる、さまざまな述語 形式や構文が存在する。「係り結び」は古代日本語(おおよそ上代から中世前期頃までの日本語)に見 られる構文だが、中世後期以降の日本語の中央語においては消滅している。しかし、琉球諸語には現代 においても用いられており、これに類する構文がシンハラ語やユカギール語、トリンギット語等にも存 在することも指摘されている(「国際ワークショップ:比較的観点から見た係り結び」国立国語研究所) 。 また、「太郎は名古屋へ行く予定だ」のような「節十名詞+コピュラ」で構成され、動詞述語文と名詞 述語文の両方の特徴を持つ「人魚構文」(角田太作氏の命名)や、「II胄れ上がる」「取り持つ」「歩み 寄る」等の「動詞+動詞」型の複合動詞は、東アジアの言語によく見られるものであり、特に日本語に おいて発達していることが知られている(複合動詞は影山太郎『複合動詞研究の最先端謎の解明に向け て』(2013) 等参照) 。また、一方で古代日本語に特徴的であるとされてきた「うるはしき花かな」「花 のうるはしさ」のような「喚体句」は、それに類する表現自体は英語やフランス語の現代口語にも用い られるものの、現代日本語の口頭語における使用は稀であることが指摘されており、その位置づけは再 考すべきであると考えられる(翌尾龍一(2023) 「喚体句をめぐるいくつかの論点一英語およびフラン ス語との比較から考える一」) 。こうした問題は、従来、それぞれの構文について個別に考えられ、実 際、まだまだ個別の課題も残されてはいる。しかし、言語は体系的なものであり、相互にどう関連し合 っているのか、あるいは関連があるように見えて、実際には関わらないのか、という観点からも考察し なければ、その全体像を把握することは難しい。本プロジェクトは、その第一歩として古代日本語に「特 徴的」とされるいくつかの構文について、調査・考察を行うものである。

(2)研究内容・方法

(1) 古代日本語における「連体形述語」句の特徴に関する調査と考察  連体形結びの「係り結び」における係助詞よりも後の部分、「花のうるはしき」のような連体形終止 による擬喚述法、「雀の子を犬君が逃がしつる」のような「説明的用法」とされる連体形終止文、「連 体形+ソ」文、連体ナリ文は、すべて連体形述語で梱成されており、形式的には共通している。しかし、 互いの関連については十分に明らかにされていない。連体形終止法の説明的用法と連体ナリ文の確例は 中古になって見られるとされているため、上代・中古それぞれの用法について賂理し、名詞述語文も含 め、互いの関連の有無について考察する。 (2) 動詞+動詞型の複合動詞に関する調査と考察  古代日本語における動詞+動詞型の複合動詞の特徴と性質について調査・考察を行う。青木博史(2013) 「複合動詞の歴史的変化」では、動詞+動詞型の複合動詞は、古代日本語においては萌芽期に当たり、 中世後期以降、動詞連接が「語」としての結びつきを強めたとしている。一方、阿部裕(2013) 「古代 日本語における動詞連接「トリー」の様相」では、中古語では多くの「トリー」が語紋化した複合動詞 として確立していたとしており、その成立過程は、語によって異なったものと考えられる。人魚構文も 古代語よりも近代語の方が発達しているとされている一方で、古代語にもその萌芽は見られる。変化の 時期が概ね重なることは偶然なのか、互いに何か共通する契機が存在するのかを明らかにするための第 一歩として、古代語の複合動詞の実態を明らかにし、動詞述語文の体系に位置づけることを目指す。 (3) 助辞ラムによる構文と終助詞に関する調査と考察  テンスの違いとしてのみ理解されがちなム・ラム・ケムであるが、小出祥子(2020) 「奈良時代語に おけるラムカ構文とケムカモ構文」によれば、ラムとケムに関して、力とカモの後接に偏りが見られる ことを指摘している。このように、上代におけるム・ラム・ケムは、それぞれ文法的な特徴にテンスの 違いだけでは説明しがたい違いが見られる。また、力やカモは名詞にも後接する助詞であり、「喚体句」 を構成する要素でもある。さらに、モは文中に現れて文末の力と共起して詠嘆表現となったり、動詞文 だけでなく形容詞文にも後接したりするため、より広範な比較も視野に入れて考察していく。 (4) 対照言語学的観点からの考察  (1)~(3) で取り上げ構文について、対照言語学的な視点から考察することで、「特徴的」であ るとされる構文を類型論的な位置づけを捉え直し、新たな問題点を見出す。