岡本順治研究室

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    エスツェットって何だ?[04/20/2006],[04/25/2006],[05/13/2006]

1. 最初の疑問と,その答え
2. エスツェットに関する一般的注意
3. エスツェットの歴史
4. エスツェットのフォントあれこれ

1. 最初の疑問と,その答え

ドイツ語を学び始めて最初に出会う文字の中で, 3種類のウムラウトの付いた母音 (ÄäÜüÖö) とエスツェット (ß) という文字は不思議な存在だ. ウムラウトの付いた母音は,変音 (Umlaut) したという印が母音の上の「テンテン」 (¨) で, 実際に手書きで書く時には,縦長の2本の線として書く. 音の変化を表わした文字ということで,ウムラウトについては一件落着なのだが,エスツェット (ß) は何者か,という疑問に答えていない入門書,文法書が多い. そこでまずこれから答えることにする.

エスツェット (ß) とは, エス (s)(z) という文字の 合字(ごうじ,あわせもじ:Ligatur)だ. 2つの文字を合体させて1つの文字としたものなのだが, エスという文字は,現在広く使われている (s) ではなく「長いエス」(langes s) と呼ばれる ( ſ ) と,「しっぽのついたツエット」 (geschwänztes z) geschwaenztes z を組み合わせたもの.

sz-ligatur とすると ß に少し似て見えるでしょ?

拡大してみると,少し説得力が減ります(笑).

sz-ligatur

下の写真は,昨年,オーストリアのグラーツ (Graz) に行った時に取ってきた写真だが,Straßeß が, sz-ligatur となっているのが分かる. このように,ドイツ語圏の通りの名前を書いた看板には, まだ合字が分かるようなフォントが使われている場合がある.

Königsstraße

なお,発音記号に使われている ( ʃ ) も,「長いエス」のフォントの一種.長短の「エス」(s) の区別はギリシャ語Σの小文字にあったもので, ドイツ語でも「ドイツ活字体」(Fraktur) が使われていた時には,普通に区別されていた.ドイツ語では, 語頭と語中では,長い「エス」( ſ ), 語尾では,丸い「エス」(ein rundes s) が使われていた.

参考までに,Schwabacher と呼ばれるドイツ活字体で das Orchesterと書くと
das Orchester in der Schwabacher-Schrift
となる.また,この Schwabacher というフォントで daß と書くと
daß in der Schwabacher-Schrift
のようになる.このフォントでの「エスツェット」に注目すると,上で挙げた合字 との類似がよくわかる(これらのフォントイメージは, LaTeXyfonts を使って出力したもの). 趣があって,かっこいいですね.

2. エスツェットに関する一般的注意

(1) キーボード(タイプライター)などで,ß の文字が入力できない時は,ss で代用する.
 例1)
 Straße →  Strasse
(2) 大文字はないので,普通は大文字にしたい時,SS のように S を2つ書く.
 例2)
 Straße →  STRASSE
ただし,大文字の SS にした時に,誤解が生じる場合には, SZ も使ってよい.
 例3)
 BusseBUSSE
 BußeBUSZEBußeBUSSE としてしまうと Busse との区別がつかなくなる.)

(3) 手書きの場合は,ß の左側の縦棒は, f, g, j, p, q, y と同様に基準線より下に出る.
 例4)
 ここでは,手書き文字の例として, ペンで書いたドイツ人の筆記体文字をスキャンしたものを例としてあげる (ここでは,基準線が分かるように黒で横に線を引いた).
 Handschrift von ß
(4) ß で始まる単語はない.
(5) ß の音価は,[s] である.つまり,文字として ß が 使われたら,必ず [s] の発音になる.
(6) 新正書法では, ß の使い方が 同一の音価を持つ ss と並んで新たに定義された.即ち,
  「長母音,二重母音の後では ß , それ以外の母音(短母音)の後では ss で書く.」
これは,どの場合が ß で, どの場合が ss なのかを明確にする上でかなり有効な規準ではある.
問題点:
この新正書法の規則は,バイエルン州や,オーストリアでは, いわゆる標準的な発音とは違って短母音・ 長母音が用いられていることを考慮に入れていなかった. 例えば,旧正書法では daß と書いた接続詞は,標準的には [das] という発音だが,バイエルン州では,[da:s] と長母音になる.
同様に,Erdgeschoss という時の Geschoss も,オーストリアでは o が長母音であることから Phonetic transcription of Geschoss と発音されるので, Geschoß が新正書法でも認められているようだ(推測). しかし,このような短母音・長母音の原則を認めて2つの書き方を認めるなら, daß も認められねばならないし, 他にも候補となる単語がさらに地域ごとに出てくるかもしれない.

3. エスツェットの歴史

ここで紹介するエスツェットの歴史は, Ralph Babel 氏による Die deutsche Sprache: häufige Fragen und Antworten 解説の Eszett, Umlaute und deren Sortierung の一部を紹介したものにすぎない.詳しくは,そちらを参照して欲しい.

まず,Ralph Babel 氏が指摘するように, 問題は,文字と発音の2つの面で考えねばならない.しかし, 文字は残されていても,昔の発音(人間の発する言語音)は, 録音技術がなかった時代のものは再現できない. そこで有力な証拠となり得るものは,「他言語である言語の音を解説している文書」 や,「発音の仕方を直接説明している文書」だが,これも稀にしか存在しない.

そこで,文字と言語音の関係で普通想定されるのは, 「音を書き取ろうとしたシステムとしての文字」という側面であり, 簡単に言ってしまえば,「音に対応して文字が存在した」という仮説である.

ここで注意しなければならないのは,言語音が, 文字に比べてはるかに速い速度で変化していく,という認識である. 現在存在する多くの文字体系とその文字を使った言語を眺めてみれば, その「対応していない音・文字関係」が存在することが知られており, 多くの場合,その関係は「以前は対応していた」ものである. 1つ例をあげれば, 日本語の「わ」行の音も, ゐ(wi), ゑ(we) が以前は存在していたことが知られている(「を(wo)」は, 今でもかろうじて使われているが,発音しなくなった日本語話者が すでに大部分を占めていると言われている.wuは. もともと存在していなかったらしい).

さて,エスツェットの話に戻ろう.
文字としてのエスツェットは,上で見たようにドイツ文字(Fraktur) だと,その組み合わせがよくわかるが, それ以前ではそれほどはっきりした合字ではなかったらしい.

古高ドイツ語(Althochdeutsch) では,無声摩擦音(voiceless fricative, stimmloser Reibelaut) geschwaenztes z や, zzz で書かれていた.後になって, sz で書かれることもあった. /s/ の音(=音素) のヴァリエーションが存在したのかもしれないし, ただ特定の音に対応する文字表記が定まっていなかった, ということかもしれない.
ラテン文字には,「長いエス」(langes s) が無かったため,ラテン文字の普及とともに19世紀には,「長いエス」は, 「丸いエス」(rundes s)に吸収されてしまう. 参考 (Grimms Wörterbuch. Band 14, Spalten 1573 ff.; Band 1, Spalten LIX ff.)

Die deutsche Sprache: häufige Fragen und Antworten 解説の Eszett, Umlaute und deren Sortierung によれば,次のような音変化が起きたという.

「以前 geschwaenztes z を表わしていたものが s に近づいた. geschwaenztes zgeschwaenztes z は軟音化し, 語中音において ss と重なった. ゲルマン語の /t/ から生じた /s/ 音は,時とともに様々な文字の組み合わせで表現 された.そしてエスツェットも -- 先行する母音との組み合わせにおいて -- 異なった長さの音を表わした (Fuß > ahd. Fuo geschwaenztes z, Kuß/Kuss > ahd. chus, Nuß/Nuss > ahd. Nu geschwaenztes z ).1901年の正書法統一は,このような傾向に拍車をかけ, 語末音においては,短母音の後でさえも ss の解消のために再び ß を要求した. 」

4. エスツェットのフォントあれこれ

思えば,最初は,OCRß が読めないところあたりからこだわりだしたのだが,気がつくとそれぞれフォン トが微妙に違っていることに気がついた.そこで,手元にあるフォントを比較し てみる気になった.まずは雑誌から.

 ß aus dem Spiegel  ß aus dem Spiegel これは,Der Spiegelのノーマルなフォントと, ボールド体.

 ß aus Focus これは,Focusのノーマルなフォント.

 ß aus faz これは,Frankfurter Allgemeine Zeitungのフォント.

 ß aus
Süddeutsche Zeitung これは,Süddeutsche Zeitungのフォント.

 ß aus "
Die Welt" これは,Die Weltのフォント.

ここまで比べてみると,実に特徴的なのが分かる. 調子にのって,昔の新聞を探してみた.1993年, ベルリンに一時期滞在していた関係で,その当時の新聞が手元に残っていた. それをスキャンして並べてみた.ここでは, なつかしの daß 特集である.

 daß aus Berliner Morgenpost  daß aus Berliner Illustrierte  daß aus Hamburger Abendblatt  daß aus Tagesspiegel  daß aus "Neue Presse"
左から, Berliner Morgenpost, Berliner Illustrierte, Hamburger Abendblatt, Tagesspiegel, Neue Presse.  このように比べてみると,左の Berliner Morgenpost, Berliner Illustrierte は,同じフォントであることが分かる.

最後に TeX computer modern フォントと, psnfss package に入っているフォントを比較する. 左から順に,Normal, SanSerif, Slant, Italic と並べてみた.(ここでは,単純に並べて出力したが,例えば ChancerySanSerif は,存在しないので,他のフォントとなっているし, NormalSlant もないことに注意).

 daß computer modern in TeX これが,そもそもの Computer Modern

 daß Times (psnfss) in TeX psnfss packageTimes (times.sty)

 daß Bookman (psnfss) in TeX psnfss packageBookman (bookman.sty)

 daß Courier (psnfss) in TeX psnfss packageCourier (courier.sty)

 daß Chancery (psnfss) in TeX psnfss packageChancery (chancery.sty)

 daß Avant (psnfss) in TeX psnfss packageAvant (avant.sty)

 daß Charter (psnfss) in TeX psnfss packageCharter (charter.sty)

 daß Helvet (psnfss) in TeX psnfss packageHelvetica (helvet.sty)

 daß NewCent (psnfss) in TeX psnfss packageNewCentury (newcent.sty)

 daß MathPazo (psnfss) in TeX psnfss packageMathPazo (mathpazo.sty)

 daß Palatino (psnfss) in TeX psnfss packagePalatino (palatino.sty)

最後に,ドイツ文字のエスツェット(eszet) を見比べておこう.例によって,daß で並べてみる.
daß in der Gothic-Fraktur-Schrift daß in der yfont-Fraktur-Schrift daß in der Schwabacher-Schrift daß in der Sütterlin-Schrift daß in der Sütterlin-Schwell-Schrift

左から,Gothic, (yfont) Fraktur, Schwabacher, Sütterlin-Schrift, Sütterlin-Schwell-Schrift

ということで,今回はおしまい.微妙に違うフォントを見て,あなたは, どのß が気に入りましたか? フォントデザインとしては,ドイツ文字が圧倒的に魅力的だと思います. そういえば,「バルトの楽園(がくえん)」のポスターの背後にも, ドイツ文字が使われていますね.

修正:[05/14/2006] Internet Explorer では, geschwaenztes z が見えないことが分かったので,グラフィックイメージに変更しました. この変更に伴い,文字の間隔や文字のベースラインがくるったので, 無理矢理「微調整」をしています.
修正:[05/17/2006][05/19/2006] Internet Explorer では, phonetic transcription of Geschoss も見えないことが分かったので,グラフィックイメージに変更しました. 表示位置の微調整をCSSで行なっていますが, Internet Explorer 5.5 は, きちんとCSSを解釈してくれないので,これらのグラフィック文字は上へずれて表示されます. Internet Explorer 6 なら大丈夫なことを確認しました.

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