教育

教育活動の全体像 [27/04/2009]

教育活動は,
1. ドイツ語教育
2. 言語学 (ドイツ語学,意味論,認知言語学,理論言語学)
3. 現代ドイツ語圏地域事情
4. 言語情報処理
に分けられます.

1. ドイツ語教育

学内でのドイツ語授業は,その年によってどのような教科書を使い, どのような内容の授業となるか異なります.


2009年は,
○ ドイツ語R(=Reading)という, 大学2年生の読解のクラスを担当しています.
テキストは,特定の教科書ではなく、 さまざまな中級レベルの文章を読んでいます。 中級レベルのドイツ語の文章を見つけるのはなかなか難しいのですが、 これまでの経験から読んでいて面白いもの、 先を読みたくなるもので短かめの文章を選んでいます。

2007, 2008年は,
○ ドイツ語B(=Basic)という, 大学一年生の初級文法のクラスを担当しました.
テキストは,Prolog zur deutschen Sprache を使っています.一年ぶりに,初級ドイツ語文法の授業をやることになり, 思いを新にしています.学生からすると, 初めてやる外国語の文法の授業の良し悪しというのは, 後々に与える影響が大きいので,文法の面白さ, 必要性を理解してもらうのが目的です.


学外でのドイツ語教育に関する活動
19954月〜 9月:「 NHK ラジオドイツ語講座 応用編」
19974月〜 19983月:「 NHK テレビドイツ語会話」
2003年,2006年:ドイツ語技能検定試験の実行委員
などを担当しました.


その他に,「独検対策 準1級ドイツ語問題集」(2008)を妻との共著で出しています。 これは、 「独検対策 2級ドイツ語問題集」 (初版 1997年,改訂版2001年: 白水社)の改訂版です.気がつくと、 それまでの2級の過去問が、10年前のものが入っているという「古い」問題集になってしまっていたので、 改定しようと思っていた矢先、独検の方で、2級をそれまでの1級と2級の間として位置づけるという改変を行い、 それまでの2級が準1級になってしまったため、急遽、名称変更することになりました。 従って、「独検対策 準1級ドイツ語問題集」は、それまでの「独検対策 2級ドイツ語問題集」 の改定版となっています。十分注意して作ったつもりでも、 やはり残念ながら誤植や「うっかりミス」がありましたので、 独検対策準1級問題集 Errata のページを作りました。
なお、レベルダウンした新2級のための問題集は、しばらくでないでしょう。というのも、このレベルは新しい試みで、 しばらく傾向を見ないと問題のレベル/傾向をつかめないからです。

文法の教科書である Prolog zur deutschen Grammatik は, 2007年に重版になりました.思わぬ人達から評価してもらい, それなりの評価をうけているのはうれしいことですが, 売り上げは,ごく普通の教科書なみのようです. 中級の文法書を書いてくれとの要望もありますが, 今の私には時間がありません. 現存する中級から上級者向けの日本の文法書は, すでに古いものばかりです (関口存男の著作にいつまでも頼っているわけにもいきません). 現代の言語研究の成果を取り入れたようなものができればいいのですが.


ドイツ語の授業での方針:「楽しく,厳しく,疑問を後に残さない」
ただ「楽しい授業」というのには賛同できません. 結果として何か残るような語学の勉強には, 厳しさも必要であるという考え方です.質問は,大歓迎. ひょっとしたら,とても難しい問題で,私にも解説できないかもしれませんし, 逆にとても簡単なことかもしれません.どちらなのかは, 尋ねてみるまで分からないことが実に多いのです. 「『不定冠詞』って何なんですか?」という質問をうけたこともあります. Prolog zur deutschen Grammatik には, 簡単な解説がありますが,それだけでは不満だったようです. これは,質問としては,難問に分類されますね (現在,市場に出ているドイツ語文法の教科書で,「冠詞とは何か?」 にまともに答えているものは,ほとんど無いでしょう). 実は,英語を中学,高校を通して学んできた過程で, 文法をまともに習ってきていない学生が多くなっています. そうした学生にとっては,英語の "a" "the"と同じだよ, と説明しても,結局理解できません.自分で考えろ,と言っても, 日本語に直接対応表現が無いので困難です. 中学や高校で文法をほとんど教えないというのは,間違っていると思います.


ドイツ語学習者の減少について
日本では,ドイツ語が第二次世界大戦前まで,かなり広範囲に受け入れられ, 学ばれてきました.しかし,戦後, 日本社会が圧倒的にアメリカ中心に回るようになり, アメリカ流のプラグマティズムと国際語としての英語に重心が移ると共に, ドイツ語学習熱が急速に冷え込み,現在に至っています.
「**語は実用的な言語ではないからやる必要がない」という論理で, 大学での第二外国語は,広範囲に切り捨てられています. 社会では「国際化」 (globalization) が叫ばれているにもかかわらず,外国語の学習熱は, どんどん低下しているように思えます. 「英語だけしか外国語ができない」という状態は, 極めて片寄った見方しかできない「非国際人」を作り出すことを, 多くの人達は気づいていないようです.
「英語を通して得られた情報で十分だ,こと足りた」 と思い込んでしまうのは危険です.マスコミは, 海外の情報を忠実に伝えているように見えて, 実は, アメリカの見解をそのまま流したりするからです.また, 日本では報道されないような事件も数多くあります.
テレビでは,外国でのインタビューにも,外国語の部分がカットされ, あたかも日本語で質問して日本語で答えが返ってくるように見せていたりする番組が多く, 海外でもそのまま日本語が使えるような幻想を与えています. 外国語や外国文化への本当の意味での関心の低さは, 諸外国に関する基本的認識の誤りを生み出すでしょう.

「ドイツ語は実用的な外国語ではないからやる必要がない」 と主張するのはおかしなことです(ドイツ語に限らず, 英語以外の外国語すべてに対しても).実際に使われている言語は, その言葉の話されている地域では「実用的」であり, その言葉を使っている地域の文化や社会を理解する上では, 必須のものです.ドイツ語圏の社会や文化を理解するには, ドイツ語は実用的価値を持ちます (「実用的=日本で直接お金に結び付く」と考える人には理解できないでしょうが).

20054月から 20063月まで 「日本におけるドイツ年2005/2006」 が開催されていました. さまざまなイベントが企画されましたが, 2006年は, サッカーのワールドカップがドイツで開かれました. ドイツでのワールドカップ の様子を,ドイツ語を学んで直接知るというのも貴重な体験だったと思います. 興味深いことに,サッカーのワールドカップ後に, ドイツやドイツ語に興味を持った若い人達が増えたように思います.


2. 言語学

私は,大学院からドイツ語が第一外国語,英語が第二外国語になってしまって以来, 言語学と言ってもドイツ語を対象にする研究が中心になってしまいました. もっとも,大学院では,言語学専攻でしたから,音声学,音韻論,統語論, 意味論と一通りのことは学んできました.教える立場になってからは, そのような経緯もあり,一般言語学的な視点からドイツ語を見る 「ドイツ語学概論」の授業と,現在の中心的な関心領域である「(認知)意味論」の授業が中心です.

従って,私が担当する授業は,
○ ドイツ語学概論
○ ドイツ語学特論/特講
というものが多くなります.
過去には,言語研究入門,ドイツ語意味論,ドイツ語音声・音韻論などの授業を担当しました.


2009 年度の大学院向けの授業では, 前年度の続きで、 Lemnitzer, Lothar/Heike Zinsmeister, Korpuslinguistik: Eine Einführung. Narr, (2006) の5章、6章を読むことになりました。同書の1章、2章をあらかじめ読んでいることを前提にしています。

◎ 2008年、2009年の学部向けでは,「言語・情報コースゼミナール」で、認知言語学の概観をします。 また、「言語・情報専門講義」では、「ドイツ語の構造」というタイトルで、 言語学的にドイツ語文法を概観します。こちらの講義では、実践的な文法の話ではなく、 ある程度ドイツ語の力があり、言語学的知識もある人を対象にしています。 どちらも2年目なので前年度の反省の上に、授業のレベル向上を目指しています。


2008 年度の大学院向けの授業では, 非人称受動(Impersonal passives) を扱う予定でしたが、受講者の中に、言語学ではない学生もいたことから、 Lemnitzer, Lothar/Heike Zinsmeister, Korpuslinguistik: Eine Einführung. Narr, (2006) を読むことになりました。 言語学のかかえるデータの扱い方の問題、近年のKorpuslinguistik の動向を理解することを目指します。


2007 年度の大学院向けの授業では, 文法化(Grammatikalisierung)がテーマでした。 導入としては,品詞論のドイツ語で書かれた小論文から入り,最終的には, TAM(Tense-Aspect-Modality) の問題を扱います。

◎ 学部向けでは,これまでの3年ゼミナールでやっていた「辞書から見たドイツ語の言語文化」 を,言語・情報コース演習という科目に移しました. 本年度からカリキュラムが大幅に変更になり,この演習科目になることで, 3年生でも4年生でも受講できることになりました.また,半期科目でもありますので, 学期単位で履修が可能です.ちなみに,一学期は,「名詞」を中心に,二学期は 「動詞」を中心に展開します.

◎ 学部向けの授業では,「言語・情報入門ゼミナール」(半期)もやっています. 学期単位で終わる入門ゼミで,基本的には,「言語学入門+初級言語情報処理」 をやります.一学期も二学期も内容は同じです.


2006 年度は,大学院向けの授業で,以下の本を読んで議論しました.

Dimroth, Christine (2004) Fokuspartikeln und Informationsgliederung im Deutschen. Studien zur deutschen Grammatik 69. Stauffenburg Verlag: Tübingen.
一年間かけて読んでみると,最初の方で明確に問題設定をして, 問題を切り分けているのですが,結局,肝心の分析部分が少なく, 独自性も見えてこない論文でした.

◎ 学部向けでは,Goldberg, Adele E.の『構文文法論』 (Constructions: A Construction Grammar Approach to Argument Structure.)を読みながら, ドイツ語の対応構文を考える「ドイツ語学演習」をやりました. 理論的には,比較的ハードルが低いと思っていた構文文法ですが, やってみると意外に学生にとっては難しかったようです.

◎ ゼミでは,昨年に引き続き,「辞書から見たドイツ語の言語文化」 をやっています.学部学生に (1) 独独辞典のひき方を学んでもらう, (2) メタ言語を使って語の意味を説明する,ということは, どのような困難を伴うか,(3) 言語研究入門,という3つの側面があります. また,グループ発表を通じて,プレゼンテーションの仕方を身につけてもらう, という目的もあります.


2005 年度:

◎ 「ドイツ語学概論」の授業は,200112月に 「現代ドイツ言語学入門」 (ISBN 4-469-21269-5) (大修館書店)が出版されて以来,この本を使うことにしています. 私は,この本の著者(野村泰幸・吉田 光演・保阪靖人・岡本順治・小川暁夫 ) の一人として,「言語認知論:ドイツ語における空間認識と移動」 (pp.95-130.) を書いています. 講義では,統語論,意味論と基礎的な話をするためのテキストとして利用し, 認知言語学や類型論,言語獲得の話をする資料として活用しています.
ちなみに,練習問題の解説と解答例は,上記のページから参照できます.

大学院向けの授業で,

Ernst, Peter (2004) Germanistische Sprachwissenschaft.  Wien: Facultas Verlags- und Buchhandels AG.

を使って言語学の基礎的な話をしました.なかなかよくできた入門書です.

◎ 専門の講義では,

Portner, Paul H. (2005) What is Meaning? Fundamentals of Formal Semantics.   Malden, MA: Blackwell Publishing.

を使って形式意味論を, ほとんど論理式なしに教えるという試みに挑戦しました. Portner だけでは, どうしても基礎的な部分が欠けてしまうので,その部分は, Allwood et alLogik für Lingusiten を使って具体的な部分を補充しました. 言語学者にとっての論理学入門として,Portner (2005) は,非常に面白いところがあります (論理式を使わない分,説明はまどろっこしいのですが,例えば,複数や mass terms の意味や kind の解説もあります).

◎ ゼミナール(学部3年生向け)では, 「外国語としてのドイツ語」を意図して作られた5つの 独独辞典 の記述の比較をしています.前期は, 名詞に関する発表11件の予定が決まっています.読めば読むだけ, 5つの辞書の違いが浮彫りになると同時に, 独和辞典では漏れているような意味や用法が分かってくるので, 本当に面白いですね.後期は,動詞や形容詞になります.


★ 学外では,これまでに「ドイツ語のさまざまな構文」, 「ドイツ語の不変化詞動詞」に関する集中講義, 「言語と文化」,「ことばと人間」に関する総合科目などに参加してきました. その他に, 都民カレッジ(すでに廃止されてしまいましたが)でも, 1回だけですが「会話の論理性を探る」(19997月,於:東京国際フォーラム) を担当しました.当時,知的好奇心が旺盛な参加者から,多くの刺激を受けたことを思い出します.


3. 現代ドイツ語圏地域事情

○ 2009年度は、「現代地域事情入門ゼミナール」を担当しています。 この授業は、いわゆるLandeskunde を学生発表中心に行うものです。 ドイツ語圏の地域事情を広く扱うのですが、 1年生を対象にしますので、要約の仕方、引用の仕方、 コンピュータを使ったプレゼンテーションの仕方を指導しながら行います。 グループ発表という形式にも慣れてもらう必要もあり、 各グループの調整、発表の準備なども必要なところから、 大学院生の TA にもお手伝してもらっています。


2007年、2008年度は,「現代地域事情コースゼミナール」 を担当しました。 これも学期ごとに完結するゼミですが,私の専門は, 環境問題です.(私を知っている言語研究者は,「えっ?」と驚きそうですが, 実は,大学3年の時のゼミが「環境哲学」だったのです.あの頃は, 大学院で「環境科学」とか「エコロジー」を専攻したい, なんて考えていました.)
一学期は,ドイツ語圏の「自然環境」を中心に調査して,発表してもらい, ディスカッションをします.二学期は,具体的な「環境汚染」を取り扱いました. 環境問題を理解するためには, 科学技術に関する知識がかなり必要ですが, 同時に社会・文化や哲学的な問題とも向き合わなければなりません. 大変ですが,今,本当に真剣に考えねばならない問題です. ゼミでの発表では,プレゼンテーション・ソフトで行なってもらっていますが, コンピュータはネットに直結していますので, ディスカッションの資料をリアルタイムに調べることができ, 重宝しました.


4. 言語情報処理

○ 2008年、2009年度は、学部向け授業で情報処理関係のものはありません。 大学院の授業で、コーパスの使い方などを少しやる程度です。 統計学にも多少踏み込みます。

○ 2007年度は,「言語・情報入門ゼミナール」で若干, 言語処理の基礎をやりますが,与えられた時間は少ないので, 本当に基礎の基礎しかやりません.

○ 2006年度は,「特別演習」で,ドイツ語とドイツ語情報処理の基礎をやりました. 当初は,「日本語と英語に特化されたコンピュータ環境から脱却し, ドイツ語を扱えるオープン・ソース・ソフトウエアを使う」予定でしたが, 教育用の計算機環境が思ったように使えなかったことから, 「非英語,非日本語の情報処理環境」の基礎知識の講義と演習, 表計算ソフトの使い方,プレゼンテーション演習,WWWの説明と, 簡単なホームページ作成演習しかできませんでした.XMLの話から, 簡単なプログラミングまで進めればよかったのですが, それをやるには,最低2年必要ですね.