日々の雑感的なもの ― 田崎晴明

一覧へ
最新の雑感へ
タイトル付きのリスト
リンクのはり方

前の月へ  / 次の月へ

茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。


11/3/2003(月)

夕方、用事があって、大学の居室をでた。

大学祭の後夜祭というやつか、ステージでバンドが演奏している。

あ、「そばかす」。
冷たい雨の中を傘をさして歩きながら、この曲を Judy and Mary のライブで聴くことは絶対にできないんだろうなあと妙に納得した。

学祭がおわると、大学に冬が来る。


11/4/2003(火)

あからさまに

みるな〜
と言われると、ついつい見たくなってしまうのが人間というもの。

忙しくて破滅気味なのに、印刷して見てしまう私であった。 だって、本当なら、やっぱり文化的大事件だから。 (決してアブナイものではありませんぞ。 親ページはこちらです。(私信:M さま、ぼくの結婚式のスピーチで君が使ったのと同じネタだ、ごめん)

(付記:三次元ポアンカレ予想の現状についての John Milnor の解説記事にリンクしたわけですが、ちょっと読んでみたところ、これは、難しいわ。 ぼくは、昔ちょっとだけトポロジーを勉強したことがあるので少しは読めるかなと思ったのですが、まったく甘かったようです。 というわけで、「みるな〜」というメッセージは正しかったのですな。)


確率過程+弱い接触でみえている(10/26 の茶文字の部分の 3 を参照) については、真剣に実験での確認を提案すべきだろうと思い始めた。

われわれが主張しているのは、

(流れに邪魔されない)うまい方向の接触や操作だけに限定すれば、平衡系で知っているのと同じことが見えまっせ
ということであり、(FIO などと違って非平衡ならではの現象ではないので地味と言えば地味なんだが)もちろん、自明とはほど遠い。 たとえて言えば、囂々(ごうごう)と音を立てて流れる川に、普通に踏み込めば流されるが、えええと、こう、薄い板を、ええと、こういう風に巧みに川の流れにそって差し込んで、えええと、それを、ええと、




たとえを考えるのが面倒になった。

ともかく、ま、それほどに、ぜんぜん自明じゃないのである。 ちょっとでも「うまい方向」からずれれば、いくらでも流れからエネルギーが取り出されるから、たちまち、第二法則も何もなくなるのだから。

なにか、ばりばりに非平衡な状況をつくって、ゆらぎと圧力差が同じ自由エネルギーで表されることがわかったら、相当にインパクトがあるに違いない。 ばりばりに非平衡な状況って言うと、こう、囂々(ごうごう)と音を立てて流れる・・

ともかく、これが、本当に実験的にオッケーということになれば(温度一定・非平衡度一定での)「伝統的 SST」の確定的な検証になる。 そして、このような現象論を保証するためのミクロな測度の性質である「弱カノニカル性」は、定常状態のミクロな記述が満たすべき根本的な性質ということになる。 これは、定常状態の統計力学の建設の際の強い制約(すなわち、裏を返せば、足がかり)になるはずである。


講義の準備が終わると楽観的になるのが、大学教員(を兼ねる研究者)の性なのである。
11/6/2003(木)

spam(迷惑ダイレクトメール)が来た。 もちろん、毎日、たくさん来るのだけど。

削除するとき、ふと冒頭を読んでしまうと、曰く

Hal.tasaki

Your wish has come true:

そうか。

望みがかなったのか。


でも、"my wish" って、なんだ?

理論が成功すること --- たとえば、SST の予言通りのことが実験で次々と検証されるとか、田崎モデルに基づいて新物質が合成され脚光をあびるとか??

多分ちがうな。

理論家にとっての真の望み・真の喜びというのは、きっと、そういう宝くじに当たるようなこと(予言をしたりモデルで証明するのは宝くじを買うのとはちがうけどね。でも、まあ過去にやったことが、こちらの真の努力とは無関係に成功につながる、という意味で)からは得られない。 長い長い探検の日々の後に、自分のなかで、本当に力強く、美しい理論が形作られたときにこそ、本当の喜びがあるのだと思う。 たとえば、SST にしろ、強磁性の問題にしろ、(たとえば実験から)解きがたくも美しいパズルをつきつけられ、何年間も悶絶し絶望し闘い続けた後に、全てを理解できれば、本当の喜びを味わうはず。

理論家としての "my wish" は、そういうこみ入ったもののような気がする。 すぐには、かなわない。


あるいは、この年齢に達した以上、"my wish" は、一人の研究者を離れた視野の広いものであるべきなのかもしれない。

学習院の物理学科・理学部は、これまで、ぼくに最高の研究環境を提供してくれている。 そして、自分の身近で、この物理学科が、さらに発展しているのを見るのは、純粋にうれしいことだ。 こういうことも、ぼくが望むことだろう。

あるいは、ぼくが重要だと思う研究分野 --- 統計力学や数理物理 --- が、日本で、いや、人類の文化の中で、よりしっかりと育ってくれることも、ぼくにとっては真摯な願いだと思う。

そう考えれば、物理学が、あるいは真摯な科学が、きちんと発展し次の世代に継承されることも、切実に(危機感をもって)望むべきことなのかも知れない。 (いや、もちろん、「戦争と貧困のない世界」とかも望みたいけど、ここは、これまで科学者として生きてきたぼくという人の世界との関わりと直結した望みということで。)


やれやれ、いったい "my wish" って、何なんだと、柄にもなく真面目に考えたりもしてしまうのでした。

というところで、その spma mail のつづきを引用すればさしあたってのオチはつくのですが、それをやると下品になるので、オチはつけずに終わらせていただきます。


Raphael がやってきたので、さっそく「村から出たところにいた、めちゃめちゃ強いスライム君(10/15)」を紹介する。

二人で午後ずっと攻略法を検討。

まったく歯が立たないかと思ったが、最後になって、かなり有望な路線が見えてきた。 こいつは、うれしい。

いったい、どういう非平衡補正が見えるか、かなり面倒な計算をおこなわない限り皆目検討もつかないようだ。 こういう計算はやりがいがある。 (夜中に一人で考えていて、非平衡の補正は距離の逆数で減衰するだろうと思った。 遠距離で発散しないでくれれば、それで十分よい子だと思えるようになっている。 まだ、ちゃんとやっていないから嘘かもしれないけど。 ようやく長距離相関のしっぽを、この謹厳実直なアプローチで、つかまえられそうかな、という感じ。 有限濃度では長距離相関がないらしいが、その絶妙のキャンセレーションは、もちろん、まったく理解できない。 翌日に付記: なんと、補正は距離の三乗分の一で減衰することがわかった!! これは予期しなかった驚きである。 非平衡系おそるべし、おもしろがるべし!  さすが、馬鹿強いスライム君。 ほぼ倒したものの、きわめて戦い甲斐のある相手であったぞ。)


11/9/2003(日)

人もすなるアンテナといふものを、おいらもしてみむとてするなり(←コロ助みたいなり)

いちおう(少なくとも、ぼくには)便利に使えるようになったので、(かなり私的なページということにはなりましょうが)ここからリンクしておきます。

Hal Tasaki's logW antenna
です(名前に芸がないけど)。
d=1 driven lattice gas の定常状態の最低次の摂動展開
またの名を
当たり前でない非平衡定常についての真面目な計算のなかで、おおよそ考えうるもっとも簡単なもの
またの名を
村から出たところにいた、強すぎのスライムくん
との闘いは、基本的には、金曜におわった。

木曜には、 Raphael に詳細を説明しながら、二人で闇雲に仮設をたてて計算して敗退したものの、Raphael が最後になって相互作用の最低次に着目すれば方程式がずっと楽になることを指摘。 けっきょく、それは変な格子の上の Poisson-Laplace 方程式に過ぎないと認識して、金曜日にがんがんと攻めて、基本的には、解析はおわった。 二次元の四分の一の空間での方程式を解いているつもりだったが、方程式の形を素直にみると、実は正三角形を大きくしたような六分の一空間の問題だったのだなあ。 議論しているさいちゅうに気づいた。 これがわかると、けっきょくは、二次元空間の原点にある六重極モーメントのつくるポテンシャルを求める問題に帰着し、非平衡補正が距離の三乗分の一で減衰するという、おもろい結果がでるのである。

水曜に、Raphael に説明するために摂動計算の詳細をまとめていたときには、こんなもの解けるわけがないと思いこんでいた。 しかし、まあ、二人でやけくそになって黒板で闘っていると、案外あっさりと見通しがついてしまった。 やっぱ、数理物理の研究にも、協力して馬力でがんばるみたいなノリは大切なのだといまさら痛感。 だいたい、一人ではやる気にならない計算というのもけっこう多いからね。

Raphael には、

Thanks for coming back.
とお礼を言ってしまった。

とはいえ、倒したのは、しょせん雑魚、スライム一匹である。 ここから、より強い敵との戦いがはじまるのだ。 さっそく、二次元以上の対応する解析の一般構造を探り始めている。 一次元の場合、最後に六分の一空間での鏡像法がうまくいったのは、ある意味で、幸運な偶然に過ぎない。 一般の場合も、変な空間での Poisson-Laplace 方程式がでてくるのは確かだろうが、さて、漸近評価までもっていけるかどうか。 四体以上の項の満たす方程式については、三体の寄与の引き算が難しく、しばらく考えたが頭がくらくらしてしまった。 だが、負けるな、ぼくら。 がんばれ、ぼくら! (強引に盛り上げて終わっているなどと言わないように。理論物理学者というのは、基本的には、この程度に無邪気なものなのです。)


11/14/2003(金)

今週は、なかなかどうして忙しく大変なこともあったのだが、けっこう ─ というより、実は自分で思っていた以上に ─ がんばって一山越えられたので大いにほっとして、今はビールを(普段よりも多めに)飲んでいるのである。

いちおう、今週のがんばりについては

タザキのじこひょうかが、1あがった!
と記録しておこう。 単位も基準もわからないけど。
Raphael と取り組んでいる
Driven Lattice Gas Quest
の方だが(って、英文字二文字だけあわせて、どうすんじゃい。Quest は、まんまだし・・)、最初のスライムくんを倒して以降はこれがけっこう好調じゃあございませんか。 多体補正の方程式の形も見えたし、高次元版も基本は理解した。 f についての高次の摂動も、原理的には、どんどんできる体制だ。 (相互作用についての摂動は最低次のままなんだけどね。これの高次は苦しいのじゃ。) いまや、ふるさとの村を遠くあとにして、中ボス攻略のための武器を次々とつくっているところ。 こうなってくると、理論物理屋家業は愉快痛快やめられない(別に苦しい時でも、やめようとは思わないけどな!!(←括弧の中でりきむのは恥ずかしい))。
11/17/2003(月)

朝、屋上から富士山がくっきりと見えた。

冬だ。


一般次元での Laplacian の構造は、昨日の深夜に解明。

今日は、Raphael が source term (Laplace-Possion 方程式の電荷に相当する)の構造を調べ全てが三体の source の和でかけるだろうとして、外力と相互作用の最低次では定常測度への補正は三体までしかないと予想、つまり、大胆だけど、それが正しければ展開が実に見通しよくきれいになるという「うまい話」が成立していると予想した。

ぼくは、そうなっていればハッピーだけどと思いつつも、半信半疑で、その場で Raphael の予想を帰納法で証明しようとして、黒板に証明を書き始めた。 すると、何個か目の場合分けを調べているところで、証明が破綻。 これは予想がまちがっているのだと即決したぼくは、証明の破綻具合をにらんで、Raphael の予想への反例となるべき粒子の配置を描いた。

○●○●●○
○○●●○○

どう? この反例?

Raphael の予想が正しければ、この配置の「電荷」は0でなくてはならない。 しかし、計算すれば(といっても、粒子が動く前と後でのまわりの粒子の数を数えて、足したり引いたりするだけの、小学生的計算なんだけど)この配置の「電荷」は1である。 ひとつでも反例があれば、予想は不成立。 おわりである。

しかし、と Raphael は彼の書いた「電荷」の一般的な表式を指さす。 これを、このように解釈すれば、かならず、こうなるはずではないか。

いや、しかし、ここに反例がある。 その、一見もっともらしい考えには、かならず穴があるはずだ。

それから、しばらく、 三十分以上(あるいは、もっとかな?)になると思うけれど、いくつかの式と、粒子五つの配置の絵をにらみながら、二人でうなり続けた。

Raphael: It's impossible!!
Hal: But, here's a conter example. It's a fact.

といった会話をしながら。

そして、ついに二人の頭脳を総動員してもこの矛盾が解消できないかとあきらめはじめたとき、Raphael が一つの事実に気づいた。

上の配置でいちばん左側の粒子を右にひとつ動かすと、

○○●●○
○○●●○○

と、なる。 ここで、動いた後の粒子(←赤で描いた)のまわりにある粒子の個数を数える。

黒板の計算には1個と書いてあるけど、どう見ても、2個じゃねえか・・・・
というわけで、これで計算し直すと、Raphael の予想と(もちろん)一致。 呪われた5個の粒子の配置をにらみながら瞑想し続けたあいだに、Raphael の頭の中には、彼の予想(この時点では既に命題)の証明もできあがっていた(ぼくの帰納法の破綻も、嘘であると判明)。

いやあ、よかった、よかった。

ずっと前(3/7/2002)に

2 と 1 のかけ算ができない数理物理学
という話しがあったけど、今度はついに
2個か1個かが数えられない数理物理学者
にバージョンアップ。

私もいよいよである。


これで driven lattice gas の定常状態測度の摂動計算は、一般次元での最低次の寄与については、ほぼ完全に構造が見えたことになる。 平衡系からは想像もつかない摂動論の構造であり、定常状態測度の形も面白い。 ここまでの進展は予想もしていなかったので、うれしいかぎり。
11/21/2003(金)

りんごのうた」購入。 武道館でマラカスを振りながら軽やかに歌っていた林檎様の姿をありありと思い出します。 あの時はあまりに艶っぽい歌だったので、まさかこれが(NHK の「みんなのうた」で放送される)「りんごのうた」だとは思わなかったのでした。

またしても CCCCD なのだ。 しかし、今回は(2/24 参照)何の苦もなく iTunes に取り込むことができた。 知らなきゃ CCCCCD だとは思わない。 今後、どうしても CCCCCD を出すなら、こういうのを希望します。

今度のシングルもさることながら、来月に出るライヴの DVD が愉しみ。 普通、こういうライヴツアーでは、最新のアルバムからの曲はほとんどアルバムどおりのアレンジで演奏され歌われるのでさほど面白くなく、古い曲を新しいアレンジで聞くのが楽しいものだ。 でも、今回は KSK がもともとロックバンドとは無縁のアレンジであるだけに、最新アルバムの曲こそ、まったく耳新しいアレンジで聞くことが出来た。 「これぞ俺のアレンジだ!」という亀田誠治氏の自信に満ちた声が聞こえてくるような素晴らしいでき、ぞくっとするようなすごみがあった。 「ドッペルゲンガー」は、アルバムではあまり好きではなかったが、ライヴで感動して評価がかわってしまったほど。 Stem もよくやったよなあ。 「おだいじに」のおさえたピアノ伴奏から、最後の・・・ と書いているときりがないのでやめよう。ネタバレにもなるし。

あ、言い忘れましたが、赤い文字で書いてある部分は、相当に細かい林檎ネタなので、林檎ファンの以外のふつうの読者の方は読み飛ばしてください。


今回の Raphael の滞在は、今日まで。

前回は、ずっと二人でうなりながら問題の難しさのみを味わっていたのだが、今回はまったく対照的に、ほぼ毎日なにかしら新しいことがわかる ─ という理想的な展開であった。 Driven Lattice Gas というおもちゃではあるが、非平衡定常状態の測度の構造について、またそれを決定するルールについて多くを学んだ。 おまけに、最後は、怒濤のように輸送現象にまで話しが及んでしまった ─ ま、入り口だけど。

ゆっくり書いている暇がないので、今週やったことを箇条書き。


11/22/2003(土)

新曲「りんごのうた」を口ずさみながら掃除機をかける。

先ほど読んだ佐々さんの日記(日々の研究 11/21)によれば、佐々さんは大昔のレコードのリミックス(なのかな?)を聴いているようだ。 ふふふ。 年寄りじゃのおお。 こちらはつねに明日を向いて、発売されたばかりの新しい曲を歌っているのだ。

差をつけた気分になり、掃除機をかけ続けながら、佐々さんの日記のことを思い出していた。 佐々さんが他のおっさんたちといっしょに Beatles CD を買っている姿を思い浮かべたりして。

あれ?

今、掃除機をかけながら俺が歌っているのは・・・





Across the Universe

(俺も買おうかな)


同じ佐々日記に
例えば、(同僚でない)田崎さんと偶然遭遇する確率は限りなくゼロだもんな。
と書いてあるけど、実は、むかし Raphael とぼくが青木さんに会いに慶応に行こうと思って渋谷で電車に乗っていたら、すぐそこを清水さんが歩いていったことがあったのだ。 (声をかける余裕はなかったんだけど。) 東京を電車で移動しているとそういう第一種偶然遭遇(なに?)みたいなのってあるんだよねえ。
11/26/2003(水)

昨日は長岡さんのセミナーに出席するため、雨のなかを駒場へ。

Let It Be... Naked は、国内盤は CCCCD なので、(値段も安い)輸入盤を買うべしと M に教えてもらった(だいたい、国内盤には、多くの場合うるさいだけのアホな解説がついているし)。 せっかく町に出る(?)から、駒場に行く道すがらに買おうと思ったのだが、けっきょく時間がなくて、セミナーに直行。


セミナー(というか、ほとんど集中講義(佐々さんによると5時間半))は、情報理論の入門とエントロピーの評価についての長岡さんらのお仕事の明快な解説。 統計力学の立場からは、Boltzmann entropy と Shannon entropy の間の関係であり、基本的には理解しているはずの内容だったが、ここまで少ない仮定で、ここまで一般的なことがいえると知ったのは有益だった。ものを考える際の枠組みになる。 何よりも驚いたのは、証明が衝撃的なまでに簡単なこと。 情報理論の簡単な練習問題の証明方法から出発して着実に証明の筋道をわからせてくれる長岡さんの明快な説明があったから一層それが際だって感じられたのだろうが。

とちゅう、Boltzmann entropy (というか、状態数)の表記を log Ω とするか log W とするか、どちらにしようかという話になって、ぼくは

「ぼく個人としては logW がいいです。」
と言おうかとも思ったのだが、i) 客層を見渡しても何人に受けるかは不明、ii) やはり人様のセミナーである、などの事情を考慮して断念。 「構想されシミュレーションされたものの、使われずに消えてしまったネタの墓場」へと送られていったのでした。

講義の眼目は、エントロピーの同じ評価を軸に、統計力学的な視点と情報理論の視点の両者を自在に行き来しながら、情報圧縮についての理論のいくつかの着想の本質と、重要な定理の証明の骨格となるアイディアを説明するところだったと思う。 かなり一般的に言える経験事実なのだけど、複数の分野を見渡している人は、それぞれの分野の具体的な問題についても生き生きとした一流の視点をもっているものだ。 広い範囲を見渡すことで科学者としての目が磨かれるのか、それとも、そもそもそういう素質をもった人だけが複数の分野を見ることができるということなのか?  いずれにせよ、Cover-Thomas の教科書を読んで情報理論の生半可な知識を得ていたぼくにとっては、この講義をとおして(ある程度の)明快な見通しをもてたことは何よりもうれしい。 (実は、Cover-Thomas を読んでいたひとつの理由は、昨日の長岡さんのセミナーを愉しむための準備だったのだ。)


今日は、午前は講義、午後は大輪講と忙しい日だったが、昨日の話しを忘れないうちに、統計力学と直接に関わる部分だけをまとめて証明し直したノートを作った。 とくに、長岡さんの話で確率収束を議論していた部分を、期待値の収束に読み替えるように評価をやり直した。 こういうところは、微妙な文化の違いなのだけれど、物理屋にとっては確率よりも期待値の方が何となく把握しやすいのだ。 (何が本当に物理的かということを真面目に考えるとけっこう難しいのだけど。)
Raphael が帰る寸前に相反関係を示すために作った流れの表式は、実は、なかなかよい形をしているのだ。 かなり一般の確率過程において mobility についてきれいな上限下限を出すことができる可能性がある。 ま、この分野についてはぼくは何も知らないので、既知の結果の最導出である可能性は高いけれど、うまくいけばけっこう気持ちがよいので、きちんと整理したいと思っているのだ。 (と、書いてから、ちょっと式の形が心の目で期待したより「歪んでいる」ような気もしてきた。落ち着いてやろう。)
ちょっと茶色文字がつづいたので話題を変えて。

林檎のページ(会員じゃなくても見られる方)を見ていたら、今度の DVD に収録する(予定の)曲がのっていましたね。

当日の演奏曲目と比べると、「依存症」「本能」「歌舞伎町」の三曲以外はすべて収録されるみたい。 たしかに、この三曲は「下克上」の DVD に入っているからいいといえばいいのだけど、(林檎にも中盤の疲れが出ていた(ような気がする)「本能」「歌舞伎町」はともかく)今回も「依存症」は名演だったと思うので、収録されないのは悲しい。 などというのは欲張りであって、よく考えると、三曲以外は全部収録(予定)というのは喜ぶべきことなのだ。 「港町十三番地」なんて感動的にうまくて、思わず美空ひばりの CD を借りてこようかと娘と相談してしまったくらいなのですよ。

ところで、どうでもいいことですが(少なくとも、現時点では)class="ringo" と指定されているこの部分の文字色は、林檎日記「日々のコヱ」の冒頭部の文字色と同じにしてあります。 でも背景とかページデザインが全然ちがうので同じ色には見えませんなあ。


あれ?  なんでだか自分でも分からないけど、ぼくは子供の頃だったか(←若干、時間感覚に錯誤があるかも知れません)GRAPE のことを初めて聞いたときから、なぜか渋いつや消しの真っ黒なボディに包まれた大きなコンピューターをいつも想像していたのだ。

でも、この GRAPE-6 の写真をみると普通に金属色で手作り感あふれるものなんだなあ(もとのページは、こちら)。 (勝手に黒いのを想像していただけなのだが)ちょっと意外で、親しみがわく。 というか、この外見を達成するだけなら、そのあたりの学生実験の部屋にある装置を適当に線でつないでラックに並べるだけでもオッケーではないか。 あ、もちろん、外見を達成しても、世界最高速は達成しないわけですが。


11/27/2003(木)

午前中は、家で、仕事のメールを読み書きしたり、確率過程の定常状態の表式をいじくったりしながら過ごし、午後から大学へ。

散歩(=歩きながら研究することを、そう呼ぶ)をかねて池袋経由で大学まで歩き(定常状態を決める方程式の変分形について大まかなことを理解し)、とちゅうで HMV によって懸案のLet It Be... Naked (輸入盤)を購入。 輸入盤のくせにかっこいいブックレットもついているし、まともな CD だし、安いし(税込みで 1888 円でした)、国内盤を買う理由はないと思いますよ。

自分のほしい人のレコードが CCCD で出てしまった場合、それだからといってボイコットできるものではないですよね。 でも、この Beatles みたいに、国内盤が CCCCD で、輸入盤がまともな CD なら、皆が異常なまでに輸入盤を買うということで、馬鹿なプロテクトを止める契機になると思うんだけどな。

それにしても、ぼくは HMV のような池袋のビルの中にある店に行くときは、99 パーセント妻といっしょであり、(当然ながら買い物のエキスパートである)彼女は、地下道やビルの接続通路などを縦横無尽に駆使して店から店へと込み入った池袋の巨大ビル群の内部を移動していく。 そういうとき、「絶対方向感覚の把握に不自由な人」であるところのぼくは、ただ、もう目まぐるしく変化するきらびやかな光景にとまどうばかりで、おまけに、きれいなショウウィンドウや、おいしそうな食べ物や、面白そうなおもちゃや、かっこいい電気製品や、きれいな店員のおねえさんや、着飾った若い女の子や、いろいろなものに目を奪われながら妻の後をはぐれないように必死でついていくだけなので、もちろん、自分がどこをどう歩いているかなど全く理解できないのである。 で、どの店がどこにあるかなど、これっぽっちも頭に入らない。 要するに、一人で池袋に行くと、何がなんだかわからないのだ。

というわけで、今日も、一人で(家を出るときに教えられたとおり)メトロポリタンプラザを目指したのだが、やはり、迷った。

迷った理由は明確で、ぼくは、これまでメトロポリタンプラザと池袋芸術劇場を同一視していたのだ。 どちらも、きらきらしていて、かつ、外の広場から上に向かうエスカレーターがあるのだから、まったくもって無理もない! 同じ誤解をしている方は、たくさんいらっしゃるにちがいない!!

今日も、芸術劇場の地下に降りれば東武東上線の乗り場があるはずだと信じて、エスカレーターの近辺をうろうろしてしまった。 しかし、この大胆なる小冒険によって、ついに、積年の誤解が解けて、二つの建物は晴れて別のものと認識されることになったのであーる。

「絶対方向感覚の把握に不自由な人」にはおわかりだろうが、こういう風に認識が改められる瞬間というのは、なかなかどうして楽しいものである。 なにか、こう、これまで縮退していた二つの巨大ビルが、ごごごごごおおおっとばかりに、二つの異なった建物に分裂し、その間に新たに生じた空隙を、ビルやら道路やらが流れ込んできて充填する、という感じのイメージをリアルに味わうことができるのだ。 「絶対方向感覚の把握に不自由な人」だけに許されたポストモダンな愉しみと言ってよいのであろう。


などと、駄文を書いている暇は、実は、ない。

ぜんぜん、ないのである。

ずっとずっとずっと前に服部さんに頼まれ、ずっとずっと先送りにし続けた名古屋大でのセミナーが、ついに目前に迫っている!!  12 月 5 日に、 語ろう「数理解析」において、SST の総合報告をする予定なのだ。 アブストラクトは気合いが入りまくりだが、発表まで一週間と一日になった今だが、準備はできていない。 いや、心の準備は相当にしているのだが、物理的準備が・・

これだけでも大いに困ったと思っていたのだが、なんと、「現代科学」という全学向けのオムニバス形式の講義で、ぼくがしゃべるのが来週と再来週だという連絡が入った。 さっき、入った。

これも、ネタはゼロから仕込まなくてはいけない。 多くの学生に科学・物理のおもしろさを伝えるチャンスだから、万全の気合いと準備で臨む必要がある。

さて、どうする?

オチも気の利いた結びも思いつかないけど、ともかく、こんなものを書いていないで、話の準備だにかかるべきだということだけは確かだな。


11/28/2003(金)

昨夜は、買ってきた Let It Be... Naked を、妻といっしょに、聴いていた。

中年の夫婦が深夜にビールをのみながらビートルズを聴く ― って、ちょっと村上春樹っぽいかも。

面白いので、むかしの Let It Be のアルバムも出してきて、ちょっと聴いてみる。 Long and Winding Road のこてこてのストリングスには Paul が怒ったというくらいで、これは聴くまでもなく、ぜんぜん違う。 Across the Universe のイントロとか、同じアコスティックでも、昔のはなんかもごもごした感じなんだなあ。 Let It Be は音質が違うけど、あんまり変わらないかなあ、と思って聴いていると・・

ブラス、かっこわるっ!
と、まあ、今になって新しいのを聴いた後だから思うわけですけどね。

だいたい、今度のリミックスは、単に装飾を省いたというだけじゃなくて、

最近の音楽に慣れた耳で聴いて、昔のかっこいい音楽に聞こえる
ように絶妙につくられている気がするし(詳しいことは何も知りませんが)。 ま、ごちゃごちゃ言うことじゃなく、ともかく、かっこいいアルバムです。
11/29/2003(土)

ひどい雨。

家にこもって、ひたすら 名古屋でのセミナーの準備をする。(宣伝:SST = 定常状態熱力学の構成のための一つの方向についての、初めての総合的な話をすることになります。 セミナーは参加自由のはずですから、お近くにいらっしゃって、お暇で、かつ、興味をお持ちの方は、お気軽にご参加ください。) むう。しかし、SST に入る前の、平衡系の熱力学と統計力学、そして確率過程による平衡近傍の時間変化の取り扱いについて話しているだけで、短いセミナーくらいにはなってしまうぞ。

宇宙作家クラブの掲示板で、H-IIA ロケット6号機の打ち上げ失敗のニュースを(ほぼ)リアルタイムで知ってしまった。 やれやれ。 たいへんだ。


11/30/2003(日)

カレンダーを見ると、今日が11月の最後の日ではないか。

ここで書かないと今月の logW が終わってしまう --- と思ったが、時計をみると12時過ぎだから(杓子定規に日付を数える流儀では)もう終わってしまったのだ。 しかし、何食わぬ顔をして書いてしまおう、なあに、誰にもわかりゃしないさ、ひっひっひっ。

今日も基本的には名古屋トークの準備。

というより、今までやり散らかしてろくに書き留めていなかった話の筋道を全部つないでいくという作業なのである。 証明や計算を書いた紙も散逸している上にかなり忘れているし、ある問題設定で証明して、新しい設定での証明は簡単だと思ったらしくやらずに放置してあった部分も発見。 何度かひやひやしたが、すべてクリアー。 準備完了とはほど遠いが、ビールを飲もう。

Raphael からメール。 黒板で議論できないのは、不便だ。 なんか、物理学者や数学者がネットワークをとおして議論するための有力な道具ってないかなあ?

前の月へ  / 次の月へ


言うまでもないことかもしれませんが、私の書いたページの内容に興味を持って下さった方がご自分のページから私のページのいずれかへリンクして下さる際には、特に私にお断りいただく必要はありません。
田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
田崎晴明ホームページ

hal.tasaki@gakushuin.ac.jp