日々の雑感的なもの ― 田崎晴明

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茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。


7/2/2007(月)

ぴい。びっくりだ。もう 7 月だ。旅行まで一週間ないよ。おまけに学期末。

今日は駒場の講義。 「原子と量子の発見」という(今から思うと、いささか時代がかった)副題をつけた講義で、「原子」の方は少し前に「発見」したので、今日は 1905 年のアインシュタインの論法を整理した「量子の発見」。 事前に理想気体のエントロピーをていねいに議論しておいたので、もっとも肝心のところは実に簡単な計算だけであっという間におわって、「光量子が発見」されるのだ。 自分で講義していても、科学史のなかでも例をみないほどに常軌を逸した大胆さと簡明さに、ただただ呆れてしまう。 リアクションをみるだに、少なからぬ学生さんが同じ感覚を味わってくれたようで、本意である。

講義はあと一回だが、今日の議論をベースに、(すでに議論した)カノニカル分布のアイディアを自然に拡張することで、プランク分布を「正しく」導出して、環が閉じる予定。 去年の「現代物理」は自分でも上手に着地したと思っているが、今年もなんとかうまくいきそう。 はじめてやる「読み切り講義」を、じょうずに着地させる技術が身に付いてきたか? (とか言ってると、次回あたりで大こけしそうなので気をつけよう。)


あ、ちなみに、学習院での数学と統計力学は来学期も続くので、着地もへったくれもなく、最後に時間切れで息絶えるまで、がむしゃらに進み続けるので、よろしく!
駒場で佐々さんと話して戻ってきてからも、きちんと働いて、あれとあれとあれを完全に片づけてしまった。偉いぞ、おれ。

すでに金曜日には、根性をだして、あれも片づてある。

6 月 28 日の日記に、「あれとあれとあれとあれだけはすませておく必要がある」と書いてあるけど、「あれ」の個数を数えると、これで終わったみたいだぞ? いや、まだ、少なくとも、あれとあれは全く手つかずじゃないか。 要するに「あれ」とか言っててもダメなのである。


7/6/2007(金)

今週も、汗をかいて講義をこなしつつ、実にさまざまな用事を片づけた。 イタリアに行く前にやっておこうと思っていたことは、ほぼすべてやってしまった気がする(←「やってしまった!」と断言したいけど、もし忘れていると恥ずかしいので「気がする」と書いておこう)。


とくに、最後までできるかどうか不安だったのが、秋の物理学会の予稿。 ぼくは普通、予稿は書かないで予稿集から抜けている人なのだけれど、今回は、まじめに書いたのである。

まず、田中さんと共著の金属強磁性の仕事についての予稿は(すでに論文も出ているくらいで)、まあちょいちょいと書けた。でも、実は、もう一つ、シンポジウムでの冒頭の講演の予稿というのもあるのだった。 シンポジウムの場合、講演が10分でも予稿はなぜか(通常講演の倍の)2ページ書くルールになっている。 これは、けっこう大変。 おまけに、シンポジウムのテーマは、「経済物理学」なのだ。

おまえはいつの間に経済物理に首をつっこんだのだと言われそうだが、ぼくは、もちろん経済物理のことはほとんど知らない。 今回のシンポジウムは、「経済物理についての予備知識はないけれど、なんとなく興味をもっている物理の研究者」を対象にしたもので、ぼくは(まあ、いろいろな成り行きのすえ)、言ってみれば、そういう聴衆を代表する形でオープニングの講演をするということ。 ぼく自身(経済に詳しい二人の友人のアドバイスを受けたり秘かに経済の本を読んだりして経済の常識をつけるべく努力をしたりしながら)一聴衆として、このシンポジウムを楽しみにしてるのだ。 予稿も、そういう立場から、なるべくおかしくないものを 2 ページ書いたのであった。

というわけで、宣伝ですが、学会最終日の 9 月 24 日の午前中は、経済物理のシンポジウムがありまーす。 北海道に行かれる方は、是非、最終日まで残ることにして、このシンポジウムに顔をだしてください。 経済物理の未来に期待するにせよ、こんなのは一過性の流行だと批判するにせよ、まあ、これを見てからがいいんじゃなかろうかと。


で、なんとか仕事が片づいてきたので、明日は予定どおりニセ科学フォーラムに顔を出す予定。

海外出張の前日だし、終わったあとの懇親会(男子校の教室で仕出し弁当を食べるという渋い企画)に出るかどうか迷っていたのだが、主催者の左巻さんからの連絡のメールをみたら、なんか、ぼくと妻は「スタッフ」として懇親会に参加すると書いてあったので、どうも、そういうことになるらしいです。


さらに、明後日の朝、日本をでて、こちらの会議にでてきます。 第 23 回統計物理学国際会議。 この分野のもっとも大きな会議で、参加者は千人とも二千人とも。実は、ぼくは今まで一度も出たことがなかったのだ。

そんな大規模の会議でホームページもそれなりにかっこいいのだが、「講演には自分のパソコンは使えない、OHP もダメ。パワポか pdf でもってこい」というきわめて重要な指示のメールがはじめて流れたのが、なんと、6 月 29 日。 会議のはじまる十日前。 早い人ならサテライトの会議や事前の大学訪問などで旅立っているくらいの時期ではないか。 なんか、めっちゃイタリアっぽい、のんびりペースでやっているということだ。

さらには、会議のホームページの最初のところをみると、会議をするのは the Conference Center, Genova, Italy だと書いてあるだけで、会議場の名前とか住所とかは書いてない。 プログラムの表紙とかには、ちゃんと書いてあるだろうと思うと、こっちにも同じことしか書いていないのだ。 ふつう、住所とか電話番号を書くでしょう。

これじゃ、どこへ行っていいかわからないではないか。 ま、むこうに着いてからホテルの人に訊いたりいろいろすれば大丈夫なんだろうけど、やっぱり、そこは nervous な日本人としては、事前にわかっていないと気になっちまうんだよ、マルコ!

で、いろいろと苦労したあげく、今日になってようやく会議場の名前が Cotone Congressi Genova であることを知って、そちらのホームページもみつけた。 ロゴとか作っている暇があったら、会議のページから、会場のページへのリンクをはってほしいものだ。

で、会議場のページをいろいろと見て情報を得たのだが、このページを見て回ったかぎり、この人たち、

自分のところの住所を書いてなーい
あくまでイタリア人気質(かたぎ)。
7/7/2007(土)

ニセ科学フォーラムに行ってきました。

けっきょく、妻ともどもスタッフとして働いてきました。 ぼくは今年も司会をすることになって、もうこうなったらというので、色々と発言したのであった(もちろん、全開じゃなくて抑え気味だけど)。 ま、よかったと思う。

会はすばらしい盛会だったし成功だったと思うけど、さすがに、時間がないので詳しいことは書かない。


以下は帰国後に書き足した:

「会はすばらしい盛会だったし成功だった」という感想にいつわりはない。司会をしていても手応えがあって、気持ちがよかった。

しかし、実は、これはひどい講演会でもあった。 いや、正直に「盛会で成功だった」と思っているのだが、それでも、やっぱりひどかった。

そもそも、運営がいい加減。 会場関係の実務は(名目上は主催者として名前があがっていない)お一人(と、準備段階で彼を手伝っていたもうお一人)にまかせきりだったようだし、受付と雑誌の展示販売の準備も実に不十分で、妻やぼくや(たまたま通りかかったところを拉致されてスタッフにされた)佐藤大さん(← つい先日初対面を果たした、ぼくの古くからの友人)があわてて立ち上げ、そこに後から左巻夫人も参加して、ともかく何とかなった。 資料やアンケートの配布もばたばたで、早めに来た人にはご迷惑をかけた。

誰が悪いというわけではなく、ごく少人数で完璧にボランティア的にやっている体制の限界なのだろう。 参加されたみなさんも、そういう雰囲気を理解して下さっているようで、もちろん、文句を言う人など一人もいなかった。 でも、それに甘えるのはいけないよな。 そして、もっと大きな、より開いた講演会をやっていこうと思ったら、これでは絶対にダメ。


実質的な中身である講演にも問題あり。 個々の話は悪くないのだけれど、全体の構成が実にまずかった。

そもそも参加者がどういう予備知識をもっているのかという前提が、講演者ごとに、あまりにも違いすぎたように思う。 かなり通でなければ知らないようなことに説明抜きで言及してどんどん話を進めてしまう人もいるし、「ニセ科学とはなにか」みたいな基本的な話が後の方の講演者のところででてきたり。

さらに、参加者がどういう順番でどういう話を聞くかということへの配慮がほとんどなされておらず、なんだか気紛れな順番でトークが並んでいたように感じる。 誰が何を話すかといった基本的な役割分担も不明瞭。 この機会に、ニセ科学についてきちんとした基礎知識を身につけておこうと思ってやってきた「初心者」のみなさんには、きわめて難解な講演会だったろうと思う。


参加者の中には、去年も参加されていた「常連さん」も少なからずいらっしゃったようだ。 また、参加者が後日書かれたブログなどをみると、「○○さんを生で見られたのが収穫」といった感想もあった。 そういう方たちは、日頃から関係者のブログなどを通読していて、講演者の個性や「ニセ科学」についての相当の知識を持っていたのだろう。

そいうった、いわば「身内」の参加者の目には、個々の講演者(あるいは、司会者も?)がそれぞれの個性に応じた話をし、さらには、打ち合わせが悪くてばたばたしたりする様子も、web の延長のようで、楽しく映ったかも知れない。 また、そういう人たちは、受付の混乱なんかも、「手作り感」の反映として大目に見てくれたかも知れない。

しかし、こうやってオープンに「『ニセ科学』フォーラム」を開く以上は、「ニセ科学」って何だろうと素朴に思って、予備知識ももたずにやってきた人たちにもかなりの部分が理解できるような会にすべきだ。 「通」の人たちは退屈じゃないかと思うかも知れないが、そこは、上手に「上級ネタ」を織り交ぜればいいのだ。 また、既に色々なことを知っている人にとっても、初心者向けの丁寧な解説を聞くことに大きな意味があると思う。 単に話の内容だけじゃなく、説明のための方法とか論理といった部分にも学ぶべきところは多々あるはずだから。 実際、ぼく自身はある程度「ニセ科学」の知識のある人だが、この前の菊地さんの講義や、今回のフォーラムでのみなさんの講演から、ずいぶんと色々なことを学んだと感じている。

また、いかに無料の講演会とはいえ、社会にむけて正しい情報を真摯に発信していこうという企画なのだから、あまりに身内的なノリで運営するのはよくない。 ぼくなんかも、つい「司会を急に頼まれたので、タイトルもよくわかっていなくて、ごめんなさい」などと言って笑いをとってしまったが、そういう「楽屋オチ」も度を超すと不快になるだろうと反省しているところ。


もし来年も同様の(あるいは、より大規模の)企画をやろうというなら、企画についても、運営についても、本気で体制を整える必要があると考えている。
会議でのトークの内容に一回だけ目を通して、荷造り。

明日の朝、イタリアに向かいます。 マックとか重いのでもっていきません。 もちろん日記の更新もしないし、日本語のメールを読むのはほぼ不可能でしょう。

では、(ちょっと早いけど)行ってきます。


7/8/2007(日)

移動日。

成田 → ローマ → ジェノヴァ


飛行機の中で快適に眠るために、毎回、アイマスクとスリッパは欠かさないが、今回は、空気をいれて膨らませる U 字型の枕も携行した。 これがよかったのか、あるいは、連日の仕事の疲れがたまっていたのがよかったか、覚えている限りでは初めて、飛行機の座席で熟睡することができた。 いつもは、ひたすら「俺は寝ている、俺は眠っている」と自己暗示をかけながら長い時を過ごすのだが、今回は、本当の意味で深く眠った。

これはいいぞ。 これからは、かならず U 字型枕を用意し、かつ、前日は「ニセ科学フォーラム」の司会をしてばてばてになろう!


12 時間のフライトのほぼ半分を寝て過ごしたので、後半はおきることにする。 まだ眠り続けられる気がしたけれど、あまり寝ると、今度はあっちに着いてから夜に眠れないおそれがあるから。

国際会議に行ったら「基本的に英語しか使わず宿で独り言をいうときも英語で」というのが正しい。 今回も、頭を完全に英語モードに切り換えるべく、空港で買った Richard Dawkins "The God Delusion" をばんばん読み、目が疲れると iPod でひたすら Avril (三つのアルバムと武道館のライヴが入ってる)を聴く(ていうか、国際会議とは関係なく、最近は Avril Lavigne 漬けなんだけど)。

が、ローマでジェノヴァ行きの飛行機に乗り換えてみると、通路を挟んだお隣は、奥さまと小さなお嬢さんといっしょに STATPHYS に向かう○○大の○○さん。 「ジェノヴァが載っているガイドブックって『地球の歩き方』だけですよね」とか「ぼくたちも、娘がそれくらいの頃に飛行機で連れ回したんですよ」とか、めっちゃ日本語の会話。

さらに、ジェノヴァの空港に降り立ってみると、別便で到着していた宮崎さんたちに出会って、あ、どうもどうもとお辞儀をし、いっしょにタクシーに分乗してホテルへ。

ちっとも英語モードにならないじゃん。アヴリルちゃん、許してね。


7/9/2007(月)

STATPHYS 1 日目。


ぼくの泊まったホテルは、会場からかなり遠い(でも、きれいだし、料理もわりとおいしい)。 フロントで聞いたらバスで一発だとのことだったが、乗り方とか支払いのシステムとかわからないし、万が一まちがってどっかにいっちゃうとこわいしなあと、びびりの私である。

当然ながらやたらと早く目覚めたこともあって、会場まで歩くことに。

家の近所でも迷うような方向音痴の私だが、今回の道は、なんとかなりそう。 ともかく、ひたすら海に沿って歩いていけばよく、会場は、海沿いの実に分かりやすい場所にある。 これで迷うのは、真の国際的方向音痴だけだが、もちろん、私はそういう人たちの一人なのだ。 地図をつねに手にもって、何度もまわりを確認し、何度も道を尋ねながら、ともかく歩いた。

それでも迷った --- というのが正しいオチだろうが、いくらオチのためでも、外国で迷うのだけは絶対にイヤだ。 50 分くらいかかってしまったが、ともかく、根性で会場に着いた。 出発が早かったから、それでも、registration の開始まで、まだまだ間があった。

会場に着くと、まわりは日本人だらけ。 日本人は真面目で時間厳守だっていうだけじゃなく、みんな時差のせいで早起きしてしまって、朝早くから来ているのだと思う。 1000 人規模の会議だから、知り合いに会えるのかなあとか思っていたが、なんのことはない。 さっそく佐々さんとか早川さんにも出会ってしまった。


会議場に入っても、日本人ばかり。「○○先生、おひさしぶり」という感じ。

そもそも、日本人以外では、なかなか知った顔がいない。やはり、ぼくのホームグラウンドは数理物理だから、STATPHYS では知り合いが少なめなのか。また、国際会議をさぼりすぎていたので、外国の知り合いが増えていないというのもある。ちょっと反省。

ようやく知った顔が現れたが、これはなんと Michael Fisher。この会議での「神」の一人だ。 ともかく挨拶する。

このときは、やはり歳をとったなあと思ったが、会議での Michael は相変わらず。 物理、数学、化学等、異常に広い分野での圧倒的な博識を誇り、頭の回転も速く、講演内容の本質を素早く理解し、英国風の英語で適切なコメントや質問をする。 コメントにジョークをはさむときには、オチのところで一段と英国アクセントが強くなり、ぼくなんかには分からなくなってしまうのだ。 Lieb(そして、同い年の江沢先生)などよりも年上なのだから、70 歳などはるかに過ぎているのだが、大したものだ。


午前中に plenary で話した Jean-Philippe Bouchaud は、若手のホープというより、若手の実力者という感じか。 ぼくはよく知らなかったけれど、かなり色々なところで、いい仕事をしているようだ。 今回はガラス転移の話だが、宮崎さんとの共同研究も主要な話題で、まあ、耳学問で知っていることが多かった。

一応、挨拶がてら定番の質問しておこうと名を名乗ると、「おまえの名前は知っている」と。 彼はかつてヘリウム 3 を研究していたことがあり、ハバード模型でのぼくの一連の仕事に注目していてくれたらしい。 こういう風に、少し違う分野の人にも自信作を知ってもらっているというのは、実にうれしいことだ。 ちょっと自慢っぽいと思うかも知れないけれど、ま、もろに自慢ですね。ごめんなさい。

モードカップリング理論で見えているガラス転移について、Bouchaud も宮崎さんも、迷わず、あれは平均場の人工物で、実際にはクロスオーバーに過ぎないだろうと言っていて、どうも手応えがない(いや、別に、手応えと関係なく、正しいと思うことを言っているのだから、それでいいんだけどさ)。 その描像が正しいなら、真の理論の目標は、ある(非現実的な?)極限で真の相転移があり、それ以外ではクロスオーバーだけが生じるようなミクロモデルを構築することだろうなあ。 そういうことができないなら、ユニバーサルな理論は存在し得ない気がする。

いずれにせよ、平均場近似だけでも作っておこうという段階なのだから、まだまだじっくりと構えて考えていればよい。


午後は自分のトークがあるので、ポスターは一つか二つしか見ないで、あとは会場の隅の椅子に座って紙に印刷したスライドの内容を見直す。 日本語でも英語でも、講演する言葉まで詳細に決めて練習したことがない。 内容を頭に入れ、なんとなくこういう風に言おうかなと言葉を選んだりはするけれど、本番になると、また、そのときの雰囲気で違うことを言ったりするのだ。 その方が自然でいいと思っているのだが、たとえば、Fisher みたいな非常に講演のうまい人は、何度も何度も予行演習をするらしいし、やはり、ぼくのは亜流なのかもしれない。

会場は中規模という感じだったが、最初の方だったことが幸いして、さらりと満席。 やっぱり、うれしい。 parallel になって、中会場に移ってから最初の講演だったので、他の人が同じ会場で話しているのをみてイメージトレーニングするチャンスがなかった。 そのせいか、はたまた、日本人とばかり話しているせいか、話し始めは、言葉がスムーズに出てこなくてちょっとあせった。 しかし、すぐに持ち直して、まあ、ちゃんとしゃべったと思う。 座長が 25 分講演で 5 分質問にしようと言ったので、時計を見て時間調整し、ちょうど 25 分話した。 きわめてまともで答え甲斐のある質問が三つ出て、5 分間の質疑応答の時間も有意義に使えて、ほっとした(午前中の plenary での質問があまりにひどかったので、よけいにうれしい)。

講演内容について言えば、ぼくがハバード模型での強磁性について着々とやってきたことを十五年前にまでさかのぼって一気に解説したので、ある意味、重すぎだったかも。ま、そのつもりだったから、いいんだけど。

休憩時間になって何人かが質問に来てくれたが、ここで Kareljan Schoutens に会った。 前から知っている名前だし、彼も、ぼくの量子スピン系やハバード模型についての仕事は熟知してくれているようだ。 コメントのあと、翌日、彼が講演する一般次元での super symmetric な多体フェルミオンモデルについて少し話してくれた。 他にも、(別の日だが)ぼくの講演の内容について質問したあと、Haldane 系での string order や hidden symmetry breaking について質問や議論をしてきた若い人もいた。 ぼくらが昔一生懸命やっていたことを面白がってくれていて、さらに、その先をいろいろとやろうと模索している。 こういう出会いはうれしい。


この日の最大の収穫は、最後に聞いた、plenary でも invited でもない、Deepak Dhar さんの 15 分講演だった。

Dhar さんは、昔から、フラクタル上の統計力学とか、確率成長モデルとか、実に目の付け所のいい仕事をたくさんしている人だ。 論文はいくつか読んだことがあり、名前だけはよく知っていた(しかし、Dhar というのは多い名前みたいなので、注意が必要)。 実際に会うのは初めて。 高い声で癖のつよい英語を話すのだが、いかにも誠実なインドの科学者という感じで、とても好感をもった。

今回の Dhar さんの話は、格子上に(一定の長さの)長い棒をいっぱい並べる問題。 相互作用はなく、単に、棒が重ならないという条件だけで、統計力学をやる。 モデルパラメターは密度(ないしは化学ポテンシャル)のみ。エレガントな設定だ。

棒の長さが2のダイマー問題では、すべての密度で相関が指数的に減衰すること、よって相転移がないことがわかっている。 一般の長さでも、低密度で無秩序なことは明らかだが、高密度でもやはり無秩序だと信じられている。  と こ ろ が、Dhar さんらによると、棒が十分に長いと、中間の密度で、対称性が破れて棒の向きがそろう秩序相が現れるというのだ。 つまり、相転移が二回あることになる。 エントロピーの大ざっぱな評価を見るだに、これは、信じてよさそう。

昔から知られている実にシンプルなモデルで、こんな驚きがあったとは!  こういうのって、素直にうれしくなる。


STATPHYS の初日は、まだまだ終わらない。長い一日なのだ。

JSP (Journal of Statistical Physics) という統計物理学では老舗の雑誌があるのだが、その編集委員の会議というのが、STATPHYS の会場のすぐそばの(高級な)ホテルで、この夜に、開かれるのだ。 ぼくは、今は編集委員ではないが、編集長の Joel Lebowitz におまえも顔を出せと誘ってもらったので、せっかくなので、行くことにした。

幸い、上で出てきた Deepak Dhar さんも集まりに参加するみたいだ。 講演後、質問する人の輪に囲まれていた(← 結論が意外なので納得できない人が多かったし、彼が講演で述べたロジックを理解していない人もいたなあ) Deepak に、自己紹介し、自分も Lebowitz の集まりに行くのでいっしょに行きませんかと聞いてみる。

それから、会場のホテルにむかうあいだ、今日の講演の仕事のこととか、むかし高麗さんとぼくの仕事に彼がコメントをくれたこととか、いろいろと話した。 その後も、会期のあいだ、Deepak とはけっこう長く話すチャンスがあり、ずいぶん親しくなったと思う。 第一印象通り、とても面白く、そして誠実な人だ。 かなりの大物だが、とても謙虚で、威張ったところなど微塵もない。 ぼくにとって、彼と知り合うことができたのは、この会議での予期せぬ最大の収穫かもしれない。

JSP の集まりには、Joel Lebowitz, Michael Fisher の両巨頭をはじめとして、今回の Boltzmann 賞受賞者の Gallavotti, Binder の両氏、あるいは Parisi, Cardy などなど、当然だが、超大物がずらり。 ぼくは明らかに最年少。

Springer の女性から雑誌の状況などについて報告があり、いくつかの課題について Joel が皆に意見を聞いていく。 ぼくは、事情もわからないし、ちょっとずつ口をはさむ程度にしておく。 そのうち、インパクトファクター (IF) の話題になり、JSP の IF がそれほど高くないのはまあ仕方ないとして、なんで×××の IF がこんなに高いのかなあという話になった。 「小さなグループをつくって、お互いに引用し合って同じ雑誌に出していれば、それだけで IF は上がるから大した意味はない」と発言した人がいたので、ぼくもそれを受けて、「この表を見ると、Phys. Rev. E の IF が高いけど、それはまさに今の理論の裏付けてると思う。Phys. Rev. E は、どう考えても、クズ雑誌だから」と不謹慎発言。 すると、い、いや、ここにいる○○氏は Phys. Rev. E のエディターだよって誰かが指摘して、あ、すみません、わははははっと誤魔化して、一同(微妙にひきつった)笑い。 あとで、ああいう風に、何も知らずにアホなことを言うのがぼくの役割だったんでしょと Joel に言ったら、とくに否定はしていなかったので、まあよしとしよう。


会が終わったあとは、同じホテルのレストランで夕食。

さすが、このあたりでもっとも地の利のよいホテル。 海に突き出るようにして建っているので、大きな窓の外には、港に停泊している船やむこうの山がよく見える。 とくに暗くなって、港や遠くの建物に灯りがともってからの眺めは絶景。言葉もない。

ぼくらのテーブルには Springer の女性もいたので、出版関係のことやアメリカでの教育などを中心に(くだらない話も含めて)いろいろな話をした。 ぼくの熱力学の教科書は日本のアマゾンで「熱力学」って検索すると一番上に来るんだよと話して、これまでにない論理的な教科書なんだと説明するのだが、このテーブルには、ぼく以外には現物を読める人が一人もいないのだ。これじゃあ、ずるいし、それ以上に、悲しい。 やっぱり本は英語で書かなくては。 前々からそう思っている(それで、英語がもっと書けるようになりたくて、Pinker や Dawkins の通俗科学解説や、Salinger や Vonnegut の小説を英語で読んでいる)のだが、今回は、理屈ではなく心から切実にそう感じた。物理が好きな人は世界中にいるんだから、なるべくみんなに伝わるものを書かなきゃ。がんばろ。

食事が終わって遅い時間になっても、なんだかんだと話は続く。 そのうち、別のテーブルにいた Joel がぼくらのテーブルにやってきた。 すごいエネルギーで話し続け、(ぼくなんかを含む)全員一人一人に、最近はどうしているとか、おまえのところの○○はどうなったとか、丁寧に話しかけるのだ。 一人一人のことをよく覚えていて、そして、とても気にかけている。 科学のことを抜きにしても、本当にすごい人だ。


さて、かなり遅い時間になって、ようやく Joel も席を立ち、会はお開き。

これから一人でホテルに帰るとなると、もはやタクシーを拾うしかやり方はないところなのだが(注:たとえホテルから会場まで歩けたとしても、会場からホテルまで歩けるというわけではない!!)、同じテーブルだった Deepak と Barma さんという人が同じホテルだとわかり、いっしょに帰ることになった。 ラッキー! というか、本当に、よかった。タクシーもあまりいないみたいだし、一人だったらどうなったことか。ぼくが如何に方向音痴かを詳しく説明し、お二人は命の恩人だとか騒いでしまった。

二人にバスの乗り方、降り方を詳しく教えてもらった。これで、明日からは、一人でも帰れる!!!(←普通の人にとってはささやかな事だろうが私にとっては偉大な進歩なのじゃ。)


なんとまあ長い一日。

バスタブにお湯をたっぷりためて、ゆっくりと暖まって疲れをとる(そしたら、お湯が抜けなくなってしまったのだが、そんなエピソードは、もはやどうでもいいですな)。


7/10/2007(火)

STATPHYS 2 日目。


ホテルで朝食をとっていたら、Chris Jarzynski が声をかけてきた。 彼も同じホテルだったとは知らなかった。 Chris とは、すでに昨日少し話をしていたが、コーヒーをのみながら、積もる話をいろいろと。

Chris は会議の 4 日目に plenary で話すことになっている。 彼の講演は、ぼくなんかの基準では、今回の会議の目玉というべきものだ。 Chris は、講演の準備があるから落ち着かないと言う。 11 日の午後の自由時間も、遊びには行かずに話す練習をするだろうと言っている。 彼は、今や超のつく売れっ子で、大きな会議はたくさんこなしているはずだから、この言葉は意外だった。 やっぱり、誠実で真面目な奴なんだなあと、あらためて尊敬。

Chris とは、待ち合わせていっしょに会場まで行ったので、さらに、たくさん話をした。


昼食のあと、ソファーが並んでいるあたりを歩いていると、青い T シャツを着た Giovanni Gallavotti がラップトップのパソコンを膝にのせて、なにやらタイプしている。 今回の Boltzmann 賞受賞者。いわば主役の一人だ。

昨夜は彼と話さなかったので、「Hi, Giovanni!」と挨拶して、受賞のお祝いを言う。 握手だけして立ち去るつもりだったのだが、 「おー、Hal、ちょうどよかった。おまえをさがしていた。まあ、すわれ。」というので、横にすわる。 「おまえにメールを出そうかなと思ってたが、アドレスがわからなかったところだ。 このデータベースに入れるから、教えてくれ」 というので、アドレスを教える。 「これで、レフェリーの依頼が送れるから、覚悟しといてね」というのがオチであった。

それから、「おまえは、最近なにをやっているんだ」というので、ハバードの話を少ししたあと、非平衡定常系について模索していることなどを話す。 「なにしろ非平衡定常系には、まともな指導原理がないから」というと、Giovanni はニヤリとして「chaotic hypothesis さ」と言う(chaotic hypothesis は、彼が提唱している非平衡定常状態の特徴づけの仮説)。 うーむ、しかし、と正直なリアクションをしていると、確かに、非平衡の世界では、みんながそれぞれ自分がいいと思うことをやっているからなあと Giovanni。 その点については、ぼくも同意。

それから、昨日の Deepak の「棒の問題」が面白かったよという話をする。 ぼくが要点をぱぱっと話すだけで、Giovanni はたちまち問題の本質を理解する。さすが。 これこれこういう展開を構成して、中間相の存在を厳密に証明できないかなと尋ねると、Giovanni は、それなら前に自分の学生で、Princeton にいる Alessandro Giuliani に持ちかけるのがいいと思う、そういうのが得意だからと。 Alessandro には、適当なときに紹介してもらうことになった。


Chris にバスの券を買っておいた方がいいよと教わっていたので、長い昼休みを利用して、街に買いに行くことにする。

会場の中は、涼しすぎるくらいにエアコンが効いているのだが、外に出ると、すごい陽射しで、暑い。 歩いていくと、会場に戻ろうとしている田中さんとすれ違い、けっきょく、田中さんもいっしょに街に行ってくれることになった。 実は、一人で歩くのは心細かったので、うれしかった。

昼間の強い陽射しをあびた港の様子は、もう、逃げも隠れもせず、完璧なまでに、明るいイタリアの港の光景。 こういう言い方って、アレかも知れないけど、写真を撮ればそのまま Zard の夏のアルバムのジャケットに使えるって感じ。わかるでしょ?

たばこ屋さんをみつけて、バスの券を買う。 けっきょくイタリア語を学んでいる暇はまったくなかったので、ともかく「Buongiorno!」だけは明るく言って、あとは、チケットの現物をみせ、これを四つくれと(英語で)言って、指を四本たてる。 お金を払っておつりをもらった後は、再び元気に「Grazie!」。それだけでも、あちらは喜んでくれる。

田中さんに案内してもらって、少しだけ街の中をみる。 曲がりくねった路地。ぼろいビルの横に古く立派な教会。石畳の道や広場。 ぜんぜん違う世界。 でも、あまり長居せず、午後のセッションに遅れないよう、会場に戻る。


昨日話した Kareljan Schoutens の講演を聞く。

これは、予想以上に面白い。 super symmetric なモデルと言っても、ハミルトニアンは、それほどわざとらしくない。 対称性から基底エネルギーと基底状態の縮退度の下限がでるのだが、実際の縮退度は、この下限とは異なっていて、それも別の方法で導ける場合があるようだ。 基底状態は非自明で、一次元の場合は Bethe ansatz で計算可能。それ以外については、基底状態の性質もほとんどわからない。 super symmetry 以外にも面白い性質がいろいろとあるようだ。 これは、けっこう豊かな性質をもったモデルだと思う。 今はスピンが入っていないのでスピンを入れるのが大きな課題になるが、ま、それは難しいだろう(超対称性にこだわらず、このモデルの性質を別のやり方で活かすことを考える??)。 考えた末、「講演では言わなかったが重要なこと」につながる質問を一つする。

Shoutens は、昨日も体調が悪いのでさっさとホテルで休むと言っていたし、今日の講演の前もエネルギーがないと言っていた。 しかし、講演では堂々と明晰に話していたし、なんといっても、新しいモデルの本質と魅力を聴衆に伝えるように、きわめて巧みに工夫していた。 これには大いに感心。

講演のあとのコーヒーの時間にもずっと質問していたので、かなり彼の世界の風景が見えてきた。 これは、自分でも考えてみる価値があると思う。 会場では出口さんが、また、コーヒーをのみながら、初貝さんや田中さんも質問をしていた。 このとき座長をしていた西森さんも、後で話したら、Shoutens の講演は面白かったと言っていた。


この日も、講演はさぼらずに出席したのだが、残念ながら、Shoutens の話以外にはめぼしい物には出会わなかった。

ある種の考えの浅い量産的研究のにおいが妙に鼻について、だんだんと気持ちも落ち込んでくる。 というより、やはり旅の疲れがでてきたのだろう。 昨日は一日中おどろくほど元気だったが、今日は、夕方になるとしきりとアクビが出て、眠い。

ようやく、のびていた講演がおわったが、実は、この長い日もまだ終わりにはならない。

すべての講演がおわった 7 時 10 分から、Human Rights Session という特別のセッションがあるのだ。 敬愛する Joel Lebowitz らが一生懸命に推し進めているセッションだから、せっかく STATPHYS にやってきた以上は、わからないにしろともかく見ていこうと決めていた。

何人かの日本人の知り合いに「出てみようよ」と声をかけたのだが、残念ながら、誰ものってくれなかった。 ま、楽しい物ではないだろうし、強く誘うようなものではないので、あきらめて、一人で出た。 ぼくが認識したかぎり、日本人はぼく一人だった。


予想通り、Human Rights Session では Joel が前に出て、説明・司会進行を一人でやっていた。

「反体制派であるために不当に投獄されていたり自由を奪われたりしている各国の科学者のために抗議の手紙を送る」というのが、主な活動だ。 Joel が、生まれて初めての PowerPoint を使ったトークというのをやって、活動状況、現に迫害されている人の実例、活動が功を奏した例などを紹介していく。 はっきり言って、ぼくの(科学、哲学などに極端に偏っている)英語の語彙ではわからないことも多かった。 こういった活動については、Joel の web page の Human Rights というところにまとめられている。 なかなか読むのは大変のようだが。

議論になると、場はいよいよヘヴィー。

同僚が投獄されけっきょくは亡くなったと語る人(←これも英語力が追いついていないので、もしかしたら違うかも)。 また、イラク戦争以降、人権のために抗議する個人の活動が空しくなってしまったという強い意見もあった。 人権を守るという名の下に、人権に対する最大の蹂躙である戦争が堂々とおこなわれてしまったのだから。

悲観的な意見に対しても、Joel は決して弱気にはならない。 一つ一つの意見に丁寧に耳を傾け、その趣旨をきちんと汲んだ上で、「たしかに現状は辛いが、決してあきらめずに、少しずつでもできることをしよう」と訴える。 凡庸な意見かもしれないが、Joel の口から、苦しげに、しかし誠実に噛みしめるように発せられる言葉は重い。 彼は少年時代をアウシュヴィッツで過ごし、両親を含む多くの親戚をそこで失ったという話だ(本人から聞いたことはない)。 普通の一人の人間が一生をかけても味わわないほどの絶望を若い日に体験したであろう彼が、しかし、希望を失わず、この世界を少しでもよい場所にしようと努力し続けているのだ。

Joel 以外にもう一人(名前はわからないのだが)が壇上にいて、主にキューバでの人権弾圧について強い口調で抗議し、(このあたりも、今ひとつわからなかったのだが)キューバ政府の活動をボイコットし、キューバに行くのをやめようというようなことを訴えた。 すると、会場から、暗く鋭い目をした若者が発言し、俺はキューバから来たが、おまえたちの言っていることはデタラメだと強く反論しはじめた。 キューバの政府は国民のために立派な働きをしている。 悪いのはアメリカがキューバをひたすらボイコットし迫害することだ。 悪口を言うなら、キューバに来い。そして、その目で、何がおこなわれているかを見ろと、迫力のこもった声で訴える。 それに対し、壇上の人は、俺はキューバ国民だがキューバには帰れない、ひとたび帰れば決して出国できないのが分かっているからだ、俺の知っているキューバの医師は仕事をさせてもらえないのだと激しく反論する(←ここらも、内容はきわめて不正確。雰囲気だけと思って下さい)。

最後の方になって、物静かに、しかし力強く発言した人の言葉は印象に残った。 チリがピノチェトの軍政のもとにあった時代、科学者たちはチリ政府の活動をボイコットし、チリを訪れる人はほんどいなかった。 そして、ピノチェト失脚後、非線形物理(と言ってたと思う)の大きな国際会議がチリで開かれ、実に多くの科学者がチリを訪れた。 民主化したチリを祝福するお祝いムードもあったのだろう。 だが、彼の友人のチリの物理学者は、その会議で出会ったとき、目に涙を浮かべながら「何年も何年も、世界の残りから見捨てられるのが、どういう気持ちのすることか・・」と呟いたという。 そうだ、政府をボイコットすることがあっても、その国にいる一人一人の人間のことを決して忘れてはいけないのだ --- と Joel が受けた。


予定を大幅に過ぎてセッションがおわったときは、心底、疲れ切っていた。

冷たいビールが飲みたかったが、街でビールを飲んでホテルまで帰る自信がなかった。 おまけに、まわりを見回すと、知っている顔は Joel とか Giovanni とか、超大物ばかり。 さすがのぼくも、ここで彼らにくっついていっていっしょにディナーをとるほどの根性はなかった。

一人でバスに乗ってホテルに帰り(Deepak、ありがとう!)、ホテルの食堂でサラダとラビオリとビールを頼み、静かに夕食をとった。 けっこう、おいしかった。


7/11/2007(水)

STATPHYS 3 日目。


午前前半の plenary session のあと、座長をしていた Joel をつかまえて、昨夜の Human Rights Session に関連して、聞きたかったことを質問する。 たとえば、アメリカ物理学会などには、人権問題を扱う部門があり、物理学会名義で、人権弾圧に抗議する手紙を出したりしているという話が昨日あった。 そのあたりの意志決定の方法などを知りたかったのだ。

日本物理学会で何ができるかを考えたくての質問だ。 もちろん、日本物理学会を動かすことを思うと、「ニセ科学」への対応といった初歩的な問題でさえ難問山積みなので、そう簡単にいかないはわかっているが。

Joel と話しながら、コーヒーブレークの会場に移動。 当然だが、彼には、次々といろいろな人が挨拶していく。 話のなりゆきで「水からの伝言」の話まで彼に説明してしまう。


Joel とコーヒーの列に並んで話していると、誰か知り合いが来たようで、彼が「おお」と喜びの声をあげる。 ぼくも知っている人かなと思ってふりむくと、なんと、Michael AizenmanMarta Aizenman ご夫妻だった。 Michael は、ぼくが数理物理にとびこむきっかけを作った、ぼくにとっての永遠のスターだ。 これは、うれしい。 Marta とも Michael とも、ハグハグと西洋風に抱き合って再会を喜んだ(←この話を笹本さんにしたら、「欧米か!」とつっこまれた)。

Michael とは、この前に Princeton に行ったときに会っているが、Marta に会うのは本当に久しぶり。 こうしているとお二人が京都に来て原とぼくとが初めて出会った日のことを思い出すとか、原は元気か原とは今でも会うのかとか、この前九州に行ってご家族とも会ってきましたとか、次々とつもる話を。


午前の後半は、賞関連のイベントセッション。 遠慮せず、講演者や座長の真向かいの席に移動。

新設された若手賞をとったのは、Giulio Biroli と笹本さん。

Biroli は、ぼくが以前(4 月 23 日の日記)佐々さんと岩田さんに解説した論文の著者の一人だ。 ちょっと「狙いすぎ」の感はあるが、力のある面白い論文だと思う。 受賞理由は、その論文と、もう一つ Bouchaud や宮崎さんとやった Mode Coupling Theory の仕事。 もろに時流に乗ってばんばんと共同研究しているというタイプ。

一方、笹本さんは、こつこつと非平衡定常系の厳密解を研究してきた。 「非平衡定常系には、今のところ頼るべき基本原理がない。だから、いくつかのモデルで信頼できる結果を蓄積しながら、普遍的なものをさぐっていくしかない。笹本はそれをやった」という感じの受賞理由を Mukamel が読み上げる。 実に正しい。

友人の受賞というだけでなく、こういう風にこつこつと積み上げた仕事が賞の対象になったというのは、喜ばしいことだ。 (言わずもがなの注:賞の関連の話でつねに意識しておくべきは、(時々(というか、ちょくちょく?)あるインチキの賞を除けば)受賞者はもちろん素晴らしい仕事をしたはずだ、しかし、それ以外にも、様々な理由から賞の対象にはならなかったものの、(ときには、より)素晴らしい仕事をした人がかならずいるという事実。)


つづいて、メインイベントの Boltzmann 賞のセッション。

計算機物理の大家 Kurt Binder の話を聞くのは初めて。 実は何を言っているかよくわからなかったが、手書き OHP をスキャンしたと思われるプレゼンテーションはよかった。 彼自身の研究史を、Fisher を始めとする「理論の大物」たちとの交流を含めて、描き出すという構成も、いかにも受賞講演らしく、よかったのではないか。 もちろん、ぼく自身は、計算機主導の研究は決して一流たりえないと確信しているが、いずれにせよ、彼は頭のいい立派な人だということは感じた(要するに、彼ほどの人がやっていなければ、統計力学の数値計算の現状は、さらに悲惨なものになっていたであろう、ということ)。

つづいて、Giovanni Gallavotti の講演。 いつも明るい T シャツを着ていた彼が、今日はスーツにネクタイ姿だ。 実は、あまりの服装のギャップに、コーヒーブレークで見かけたとき、一瞬、誰だかわからなかった。

Giovanni は、相転移関連の厳密統計力学や、厳密なくりこみ群などなど、ハードコアの数理物理で本質的な業績のある人だ。 三次元イジング模型の低温での相構造や、Tomonaga-Luttinger liquid の普遍性など、普通の物理学者の目で見ても超一流の貢献も少なくない。

最近では、非平衡系での「ゆらぎの定理」とか、それをさらに推し進めた chaotic hypothesis の提唱などをやっていて、昔のバリバリの構成的数理物理路線とはかなり異なっている。 で、まあ、こっちの方向については、いろいろと意見も評価も分かれるところなのである。

Giovanni の受賞講演は、Binder とは対照的で、エルゴード性についての Boltzmann の思想をふり返ったあと、彼自身の最近の非平衡系へのアプローチについて話すというものだった。 そういうところが、明るく積極的なイタリア人気質なのかな?  しかし、話はわかりやすいとは言えなかったし、それ以上に、聴いている人に Giovanni の偉大さが伝わるような性質のものじゃなかった(そんなのどうだっていいと本人は言いそうだけど)。

これは、さすがに何か言わねばと思った。 まあ、もともとそのつもりで、座長の真ん前の席に座っていたのでもある。 「ゆらぎの定理というだけなら、Maes が見せてくれたように、単に時空間のギブス測度があればいいのだから、chaotic hypothesis など、どうでもいいのではないか?」という「戦闘的バージョン」も考えたが、めでたい受賞講演の席だから、それはやっぱりやめておこうと思い、多自由度の力学系との対応関係を質問した。 でも、答えがあまりにかみ合わなかったので、いや、しかしと少しからんで Giovanni が少し答え、さらにからもうかと思ったところで、座長の Fisher が「これを続けると十年かかるから、このへんにしておこう。この分野では新しい進展もあるし」と、かっこよく止めに入った。 これは、なかなかよい展開だったと思う。


講演のあと、Giovanni に、もう一度受賞のお祝いを言い、それから少し議論の続きをした。 ある意味で「かみ合わなさ」を再認識した。

ここで、Giovanni から前に話に出た Alessandro Giuliani に紹介してもらい、明日、議論する約束をする。


最初は、国際会議に来たからには、なるべく日本人とはくっつかないようにしようと意地になっていたのだが、だんだん、そういうこだわりがなくなってきた。 実際、知り合いは日本人が多いわけだし、日本にいてもほどんど会わない人とはこういう機会に話すのもよいことだと思うことにした。

というわけで、午後は、日本人集団で気楽に街の観光。

まず、出口さんの提案により、港にある水族館へ。 ヨーロッパでは最大の水族館らしい(実は、途中トイレに行ったぼくが一時的に行方不明になって皆さんにご心配をかけるという小学生の遠足的な情けない話があった。申し訳ありませんでした)

なんでイタリアの都市に行ってまで水族館と言われそうだが、これが、予想以上に面白かった。 気持ち悪い生き物が豊富で、とくに、巨大で分厚く硬質の肌に覆われたマンボウと正面から睨めっこしたのは、これまで生きてきた中でも例を見ないほどに気持ち悪い体験であった。

水族館だけでも十分に疲れたのだが、その後は、軽く街の中を探索し、たしか白の宮殿と呼ばれる昔の宮殿を利用した美術館を訪れた。 小部屋に大きな絵がいくつも、そのまま展示されている。 もちろんガラガラなので、一枚の絵を近くから遠くから、自由に見ることができる。 絵の至近距離に人が群れてしまう日本の美術展に慣れているものにとっては天国。 いくつかきわめて印象に残った絵があったが、そういう話まで書いていると終わらないね。 ジェノヴァの人だったパガニーニが愛用したバイオリンというのも展示してあった。

それにしても美術館の係の人たちがまったくといっていいほど英語を解さないのには感心。 美術館について二階から見始めたとき、「順路は三階から」ということを必死で説明していたようなのだが、われわれはまったくわからず、「ここが地図上でどこかを教えてくれているのかな? 親切な人だ」とか「静かにしろと注意しているのかも知れない。おばさんの方がうるさいけど」などと様々な仮説を立てては棄却することになった。

そうこうするうちに夕方になり、食事に行こうということになった。 それらしい方向に歩いているうちに、前日、出口さんと初貝さんが来たというレストランに着いてしまった。 ぼくらは初めてだし、彼らも気に入っていたようなので、そこで食事をすることに。 お二人は、前の晩、ワインを大量に飲んで誰もお客がいなくなるまでレストランにいたそうで、お店の(英語が話せる)お姉さんも二人のことをきっちりと覚えていた。

ピザとパスタを食べ、ワインをいっぱい飲み、遅くまで(日本にいたのではなかなか話せないようなことも)たくさん話した。


7/12/2007(木)

STATPHYS 4 日目。

実際は 5 日目が最終日だが、ぼくにとってはこれが最終日。


ホテルをチェックアウトし、荷物をもってバス停で待っていると、たまたま Deepak がやってきたので、彼と話しながら会場にむかった。 量子計算とか物理現象を計算とみる立場などについて、けっこう深い話を聞けた。

お会いできて本当によかったです、またお会いしましょうと会場でお別れをいった。 その後、昼食のときも、彼がわざわざぼくをみつけて、さよならを言いにきてくれたのは、うれしかった。


午前のセッションの休憩時間に、昨日約束した Alessandro Giuliani と出会って議論する。

彼は、Giovanni のところで学位をとったあと、Princeton で Elliott Lieb のところに二年間いて、ごく最近、ローマに戻ってきたらしい。 おお、もろに、わが後輩ではないか!  Elliott とやっていくのは容易なことではないが、彼はそれを補って余りある素晴らしい学者だということで意見が一致。 「Physics 103 とか教えたの?」「あ、教えた教えた」と話も合う。

彼が、Lieb, Lebowitz と共同でやった dipole 相互作用のあるスピン系の話を聞く。 たしかに、長距離相互作用は新たな難しい世界である。


そして、Chris Jarzynski の plenary talk。

決して欲張らず、しぼられた題材について、正確でわかりやすいプレゼンテーション。 構成もよく工夫され練られているし、講演もよどみなく明快。 佐々さんによると、昨日の自由時間も Chris はホテルでトークの練習をしていたそうだが、本当にそれだけのことは十二分にあると思わせる、すばらしい講演だった。 内容的にも、講演のできからいっても、今回の会議で最高の講演だった。

終わった後は、思わず Chris のところに行き、"Great talk!" と言って肩を叩いた。


昼食のあとは、初貝さんと、なんとなく色々な話をしていた。 よく考えると、彼とゆっくり話すのなんて、ものすごく久しぶりだ。

午後の講演の前に、もう一度、Alessandro と会う。 Deepak Dhar の「棒の問題」の中間相の存在証明ができるかどうかなどを議論。

ぼくにとって会議の最後は、午後の最初の Michael Aizenman の講演。

アンダーソン局在の数学的な結果についての話。 ううむ、Michael はやっぱり黒板とチョークで話す方がいいかも。 残念ながら、イントロをゆっくりとやりすぎて、本題がわかりにくい話になってしまっていた。


会場を抜け出し、まだ STATPHYS 23 の続く会議場を後にして、一人で空港へ。 さすがに、ちょっと寂しいかな。

ローマから成田への飛行機の中でも、また、ぐっすりと眠ることができた。 これまた、U 字型枕がよかったのか、はたまた、前日に遅くまで飲みすぎて眠くてばてていたのがよかったのか。


もともとそれほど期待していなかったのだが、やはり、講演の質は全体として高くはなかった。

15 分の一般講演はもちろん、30 分の招待講演でも、「やれやれ、これは典型的な低レベル学会トークだ」と思うようなのが少なくなかった。 これまでに触れたような掘り出し物もあったが、それはむしろ例外というべきだろう。

また、ポスターの発表と一般講演の発表の振り分け(発表の申し込みをしてアブストラクトを提出した後、主催者側が、ポスターにするか口頭発表にするかを、振り分ける)にも、かなり「外れ」があったように思う。 とんでもないのが口頭発表になっていたり、もう plenary でもいいんじゃないと思うくらい重要な人がポスターを割り当てられていたりした(けっきょく、その人は来ていなかったなあ)。 しかし、まあ、限られた人数で適切な振り分けをするのも大変なのだろう。 こういうのは大きなお祭りなので、あまり気にしないでわいわいとやればいいのかも知れない。

plenary(全体講演)の質も様々で、中には、相当ひどいのもあった。

誰も言ってくれないので自分で図々しく言っておけば、ぼくの講演は、研究のレベルという点では、少なからぬ plenary の発表よりも上だったと信じている。 ただし、この会議での plenary を見渡していると、けっきょく、多くの人がどっと参加している流行分野とか、いかにも最新のハイテク実験や巨大コンピューターで可能になったような「最先端」の分野の話ばかりなのだ。 これじゃ、ぼくらみたいな家内制手工業の出番はないなあ。 まあ、それはそれで会議の性質だから仕方ないのかも知れないが、もう少し落ち着いていてもいいなあという気がする。


いずれにせよ、ほとんど期待せずに参加した割りに、実際に行ってみると、予期せぬ発見や出会いがあり、思っていたよりもはるかに愉しかった。 行ってよかったと思う。 なんか、学級遠足の前日にすねてみせる中学生のような発言で、お恥ずかしいかぎりだけど。

少し、出不精を解消して、外国の会議にもちょくちょく顔を出すようにした方がいいなあと、凡庸な感想を抱いたのであった。

さいごに、会場となった Cotone Congressi Genova は、なかなか立派な会議場で、感心した。 「建物の作りがややこしくて会場がわかりにくい」という意見を早川さんが書かれていたが、ぼくにとっては、どんなに(一般の人にとって)分かりやすい会場でも迷ってウロウロするので、今回の会場にとりたてて不満はないのである。どうだ、方向音痴も捨てたものではなかろう。

インターネットに接続できるコンピューターもあるし、バーもあるし、何と言っても、さぼっているときにゆったりと座っていられる椅子が随所にあるし、なかなか気に入った。 あと、これはほんの些細なことなんで、ほんとんど印象にはなくて、わざわざ日記に書くほどのことでもなんでもないんだけど、会場係のお姉さんたちがみなさんかっこよく、かつお揃いのスーツのスカートに激しくスリット入っていたのには、さすがイタリアだなあと感心したことなど、ぜんぜん記憶に残っていないです。


7/14/2007(土)

予定通り昨夜イタリアより帰国。

今日は朝から大学院入試の面接と判定会議。例年はここまでだが、主任なので、成績報告の書類をまとめる作業も。

今回は行き帰りの飛行機の中で深く眠れたせいもあって、破滅的に疲れているということはないのだが、さすがに眠い。

会議は予想していたよりも愉しかった。 何人かの旧知の人に会い、新しい知り合いもできてきたところで、最終日を待たずに会場を去ったのは少し寂しい。

いずれ会議の感想などを書けたら書きます(付記:書きました)。


台風が来ているらしく、雨がひどくなってきた。 明日は家にいることになるだろうから、仕事に必要なものをまとめて持って遅くなる前に帰るべきだ。

しかし、眠いせいもあって、何を持って帰る必要があるのか、今ひとつピントがあわない。困ったな --- などと書いている暇があったら、まじめに帰り支度をしよう。


7/15/2007(日)

昨日の大学院入試の面接まで、(飛行機の中での時間を除けば)かなり長いあいだ、ゆっくり休むということをせずに暮らしてきたように思う。

さすがに疲れがどっと出たようで、昼ごろまで寝ていた。 おきても、肩がひどくこっていて、節々が痛く、さらに、やや貧血気味。

ま、こんなものだろう。


それでも、午後から、妻に誘われて、丸の内の丸善に行ってきた。 古生物の復元画などを描かれている画家の小田隆さんの原画展を見てきたのだ。

実は、二時から小田さんのトークショーというのもあったのだが、残念ながら、こちらには間に合わなかった。 ぼくらが行ったときは、展示用スペースに恐竜復元画を中心にした原画が展示してあり、コーナーの机で、小田さんが本を買った人のためにサインをしていた。

小田さんは、ブログ上で絵の制作過程を公開するという面白い試みをしている。 彼の制作期間中にブログにアクセスしていると、絵の構想がかたまり下書きに色がついてだんだんと完成した絵になっていく様子をリアルタイムで見ることができるのだ。 そうやってできあがった絵のいくつかを、実際にこうやって現物でみると、なかなか感慨深いものがある。 わが家に一枚買って帰りたいとも思うが、0の数が少し多すぎ。

絵を一通り見た後、ぼくらも彼の本を一冊買って、列に並びサインをしてもらった。 以前にメールのやりとりをしたことがあるので、名乗って、少し話をする。 小田さんは、そうやって「水からの伝言」がらみのジョークなどをいいながらも、サインペンで、本の余白に恐竜のスケッチを描いてくれる。 これをその場で見るのは、なかなかの感動もの。 下描きもなにもないところから、シャシャシャとペンを動かして、頭の先からはじまって、あれよあれよと恐竜の姿が描き出されていくのだ。 骨格の様子や、足への体重のかかり方まで、はっきりとわかるようなリアルな(?)恐竜スケッチができあがった。 プロ中のプロなんだからお上手なのは当然なのだが、やはりその腕前には感心してしまう。

当然のリアクションだろうが、ぼくも家に帰ってから、ペンを手に取り、小田さんのスケッチを参考にしながら、恐竜スケッチに挑戦。 下描きもなにもないところから、シャシャシャとペンを動かして、頭の先からはじまって、あれよあれよと描いていっても、ちっとも恐竜っぽくはならない。足とか変だし。 昔から絵はへたくそなので当然だが、この差の激しさにはあらためて感心してしまう、って、だれも感心しませんか、そうですね。


7/17/2007(火)

イタリアに行ったときは、ある意味で、初日から適応して活動できたのだが、やはりこっちに戻ってきてからは、なかなかつらい。 夜になっても(あっちでは午後の時間だから)なかなか眠れない。 それで遅くまで起きていると、けっきょく、(用事のない日は)昼頃まで寝てしまう。 つまり、ヨーロッパ時間のままでの生活が維持されてしまうのだ。

今日は駒場の講義の最終回(日本全国火曜日だが、駒場だけは月曜日)だったのに、けっきょく、なかなか眠れず、寝不足のまま駒場へ行った。

とはいえ、教壇に立てば、元気百倍で、なんとか無事にフィニッシュ。 話したりないことはたくさんあるけれど、「原子と量子の発見」に続く重要なことをすべて話していたら、少なくとも、統計力学と量子力学と高エネルギー物理を話すことになるから、それは無理だ。

いつもは、講義のあとに佐々さんのところに行くのだが、今日は会議で学習院に戻る。いずれにせよ、佐々さんはまだヨーロッパにいる。ちょっとうらやましい。


7/18/2007(水)

相変わらず、夜の寝付きがきわめて悪く、昼間もあまり調子がでない。 こういう風に、出張の疲れが尾を引くのは困ったものだ。

ここのところ、小松さんたちの結果の量子版というのを考えていて、それが何故むずかしいかを正確に理解したつもり。 そういう風に、頭は(局所的には)働くのだが、気力が低下していて、色々な意味でものぐさになっている。 実際に鉛筆を手にとって何かを書いたり、論文に手を入れたりという作業が不思議に進まない。

仕方がないので、気分を変えて、夕方から久々にプールに行く。 なんと一ヶ月ぶりのプールだ。

気温が低いこともあって、無性に気持ちがいいとかいうことはなかったが、ともかく、体の中の何かを目覚めさせるべく、静かに静かに 1000 メートルを泳ぐ。


7/20/2007(金)

すでに試験期間中で講義はなく、かつ、ぼくの試験は来週だから今日は何もないぞ --- と喜んで家で仕事をしていたのだが、はっと気づくと、四年生とゼミをする約束をしていたんだった。 「講義がないし 2 時からやろう」とか偉そうに言っていたくせに、もう 3 時を過ぎている。

あわててメールを書き、自転車を急いでこいで、大学へ。 学生さんたちを待たせてしまって、たいへん申し訳ない。 「時差ぼけ」と言い訳したいところだが、どう考えても、ただの「ぼけ」である。


で、川畑さんに会ったので、「今日、ゼミをやるはずだったのに、忘れちゃって・・」というと、彼もニヤリと笑いながら、「ぼくも、昨日(ゼミを)忘れちゃった」とおっしゃる。

おお、私も次第に川畑さんのレベルに近づいてきたのかも知れない。 と思っていると、「で、むこう(川畑ゼミをとっている学生さんたち)も忘れちゃってて・・」 と続いた。

まだまだ私は川畑さんの足下にも及びません。


7/23/2007(月)

午後から東工大にセミナーを聴きに行った。

イタリアに行って、少し出不精を反省しいていたところに面白そうなセミナー案内が届いたので、これは腰を上げて出席しろというお告げかなあと思ったのだ。 大岡山は遠いけど、ジェノヴァに比べれば、かなり近いしね。

でも、実際に行ってみると、家の玄関を出てから東工大の建物に入るまでで 50 分程度だった。 けっこう近いんだなあ。

講師 Professor Pierluigi Contucci (ボローニャ大および東工大)
題目 Correlation Inequalities for Spin Glasses
日時 2007年7月23日(月)14:00-
A correlation type inequality for spin systems with quenched symmetric random interactions is illustrated and proved. Monotonicity of the pressure with respect to the strength of the interaction for a class of spin glass models is derived. Consequences include existence of the thermodynamic limit for the pressure and bounds on the surface pressure. Conjectured inequalities are discussed. Joint work with Joel Lebowitz.
基本的に重要なテーマだし、なにしろ Joel Lebowitz との共同研究だというので触手が動いたわけだが、完全に「当たり」。 ぼくにとっては、きわめて面白いセミナーだった。 相互作用の分布が独立で対称なとき、Griffiths 1st の対応物がきれいに証明されている。 証明はセミナーの後にゆっくり教わるのかなと思っていたのだが、なんのことはない、その場で瞬間で完全な証明を見せてくれた。 それはもう単純明快きわまりない証明で、一回見れば、後はいつでも自分で再現できる。 これぞエレガントな証明である。 Griffiths 2nd については、成り立つと考えられる不等式の予想を見せてくれた(そして、一次元では証明していた)が、これも、実にもっともらしい。 かつてスピングラスについて考えていたときの「手持ちの武器」でなんとかならないかと考えてみるが、当然ながら、圧倒的にむずかしいね。

それにしても、若く優秀な共同研究者がいるとはいえ、Joel が、八十歳に近い今になっても、不等式の証明という彼の本来の分野で本格的に仕事をしているというのは、素晴らしいことだ。 いったい、いつの間に仕事をするんだろうねと、みんなで話していた。

Pierluigi Contucci も、また、Princeton でポスドク時代を過ごした(彼は Aizenman のところ)という意味での「仲間」であることを知った。 彼とは初対面だったが、もちろん、共通の知り合いはたくさんいた。 Contucci はタフで力強く優秀な科学者というタイプで、不等式の証明だけでなく、heuristic な計算も、数値計算もやるようだ。 会いに行ってよかった。

セミナーの後も西森さんの部屋で(セミナーとは直接の関係なく)スピングラスについての議論が続いたのだが、そちらにも顔を出して、ちょこっと口を挟んで来た。これも、大いにためになった。 Contucci によると、スピングラスについての厳密な結果には、Aizenman-Lebowitz-Ruelle の仕事のあと Guera が新しい結果を出すまでのあいだに、大きな年月のギャップがあるという。 ぼくが Princeton にいたとき、Michael Aizenman が Aizenman-Lebowitz-Ruelle の結果についてのセミナーをしたのを聴いたのだから、まさに大きなギャップの直前のところを見て、それからは、あの分野をちゃんと見なくなってしまったということになる。


7/25/2007(水)

いかんな。

月曜のセミナーを聞いて「スイッチ」が入ってしまって、それ以来、スピングラスの相関不等式のことを考えるのがやめられない。 今月末の締切絶対厳守のものが少なくとも三つあり、それ以外に、ゆるい締切を過ぎていることが少なくとも二つあり、そういう趣味の研究をしている暇はないのだろうが、ついつい、不等式の方をやってしまう。

もちろん、すぐにできるわけもないのだが、セミナーで結果だけ触れられていた一次元周期境界の例は自分で再現したし、Griffiths 1st に相当する不等式の Ising 限定の別証明を一応自分でみつけた(彼らの証明の方が一般的で、きれいで、短いけど)。 肝心の予想されている Griffiths 2nd 風の不等式については、証明の方針を三つ検討したが、どれも厳しい。 一方、具体例での地道な計算もやっておこうと、手を動かす。

そんなこんなで、ベッドに入ってからも、いっこうに考えるのをやめないので、きわめて寝不足。またイタリア時間にならないと寝付けないという困った状態に。

今朝は寝不足のまま、自分のテストの試験監督。 けっきょく、監督のあいだずっと計算していた。 ふつうなら、MATHEMATICA にやらせるような悲惨な展開計算だったが、手近に計算機がなかったので、三十二項ぜんぶ書き下して計算してみたら(一回、まちがって、ゼロになってしまって焦ったが、ミスをなおしたら)けっこうまともな答えが出た。 それを整理し、さらに、別方向で低温展開もやってみると・・・

ふうむ。 ともかく、Pierluigi(←どう発音するんだ?)にメールしよう。


7/29/2007(日)

抱えている宿題の一つは、Summer School 数理物理 2007 「Bose-Einstein condensation を巡る数理と物理 」の予稿の原稿なのだ。 明日の 30 日が締め切りと言われている。 無理に締め切りを延ばしてもらったりするとかえって大変になるので、30 日までに、やれるだけやって提出しようと思っている。

ぼくは、

  1. Bose-Einstein 凝縮入門(理想ボース気体の統計力学)
  2. 量子多体系における長距離秩序、自発的対称性の破れ、低エネルギー励起状態(格子上のボース系を中心にした厳密な結果、とくに高麗・田崎の定理)
  3. 多体シュレディンガー方程式における厳密な結果(Lieb, Yngvason らの結果のレビュー)
という三つの(かなり独立な)講義をするのだ。 2 は、かなり数学的で一般的な結果ではあるが、とくに BEC では物理的な意味も豊かで、上田さんがやっている現実的な仕事とも深く関わっているのであった。

やはり、予稿は 1 だけになりそうな予感が・・・ 話はちゃんとしますので、どうかお許しを。


そうは言いつつも、スピングラスの相関不等式でやろうと思っていたことをちょこちょこと。

お、ぜんぜん大したことないけど、Griffiths 1st もどきのちょっとした拡張ができたかな?


7/30/2007(月)

夕方には数理物理 2007の予稿を提出。

実は、主要部分は統計力学の教科書から流用したので、けっこう楽だったのだ。ないしょね。

一応、二日目の講義に関することも少し書いた。三日目の内容については、当日のお楽しみ、ていうか、これからちゃんと学ばないと・・・


その勢いで、もう一つの宿題にも着手。

なんだかんだで、日付が変わる前に終了。


あ、この日記、ぜんぜん面白くないね。
7/31/2007(火)

午後から主任会議があり、その後、次々と学外からの来客が三人。まるで忙しい人みたいだ。

それでも、イジングスピングラスの不等式の証明はできた。いや、まったく大したことない、ただの趣味。


三人目のお客さんだった小松さんとは、近日論文が公開される非平衡定常状態の Komatsu-Nakagawa representation(と、ここに私が命名しよう)について議論。 これは面白いよ。

この先に進むべき方向はそう簡単には見えないのだが、ともかく直観的な描像をつくることが大事だろうという気がしてきた。

久々に非平衡系のおもちゃ作りをしてみようかという気になる。


しかし、宿題を片づけていく横から、どんどんと新しい宿題がわいてくる。 これが、主任をやっていて、かつ、生命科学科の新設のお手伝いをしているということの意味なのだなあ。

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田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
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