日々の雑感的なもの ― 田崎晴明

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茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。


9/27/2008(土)

遅めに起きて、家でごそごそと仕事をしていた。 色々と片付けているうちにもう夕方だ。 このまま家にいて体を動かさないのはやはり不健康である。 プールには 9 月 15 日以来行っていないので本当は泳ぎに行くべきなのだが、どうもその気にならない。 散歩がてら遠回りをして大学に行き、色々と雑用をしてくるのがベストだろうと思い、手ぶらで家を出る。

大学とは違う方向に歩き、高台の閑静な住宅街から遠く新宿の街並みを見下ろせるあたりを目指す。 山の手通りの整備の工事が進んでいることもあり、近所とはいえ、しばらく足を運ばないでいるうちに、あちらこちらの様子が変わっている。

それにしても元気が出ない。 しばらくぶらぶらと歩いていれば本調子になっていつものようにスタスタと歩き始めるかと思っていたのだが、いつまでたっても、ぶらぶらと散歩している。 思っていた以上に体がだるく、これは全くもってプールどころではなかったと反省。

結局のところ、バタバタとイベントに流されて過ごした日々の疲れが少しも取れていないということがよく分かった。 悔しいけれど、この回復の遅さ --- 肉体的な回復だけでなく、精神的な回復についても ---- が年齢の現れなのか。


ぎりぎりまで「統計力学」の原稿の執筆にできるだけの時間とエネルギーを使い、その後、一気に残りのイベントをこなしていった日々が、(おそらく)昨日あたりで終わった。 正確に言うと、昨日の午前の講義と午後のゼミが終わって部屋に戻ったあたりで、ようやく日常に「戻ってきた」という実感をもった。

大学のオフィスの床には書類が散乱したままだし、色々なことを放置して、目の前のことだけを消化してきたという明確な自覚がある。 早速、事務の人に締切りを過ぎているのに、まったく対応していなかった案件を指摘されてあわてて対応を始めた。申し訳ありません。 メールの返事なども滞っている。

まわりを見渡し、放置してあった主任の雑務に手をつけることを思うといささか呆然としないではないが、まあよかろう。 主任も二年目となると、だいたい何がどれくらい大変かは分かっている。 集中するまでが面倒なので、その気になれば、片付くのである。 考えてみると、本の執筆に多くの時間とエネルギーを使い、残りの時間とエネルギーで研究をしていた時期には、主任として「その気になる」ために超えなくてはならない精神的バリアーが異常に高かったのだ。 徐々にバリアーが下がってきているので、ここから急激に楽になっていくはずだ。

「戻ってきた」手始めとして、I 君と D 君の卒業研究の指導を再開。 二人とも大学院入試が終わった後にちゃんと卒業研究を再開して以前より進んでいる。 全く異なったテーマだが、それぞれ面白い方向に進むことを願おう。


久々の日記なので、「戻ってくる」までの経緯をざっと書いておこうか。
8 月

これはイベントではないが、8 月には学習院大学に着任してからちょうど二十年を迎えた。

別に節目の年といったことを意識する気はないが、やはり二十年という数字には不思議な重みがある。 残りが二十年と少しだから、この大学で過ごす予定の年月の約半分が経過したことにもなる。 いずれじっくりと書いてみたいが、科学者としても人としてもきわめて幸福な二十年間を過ごすことができたと心から思っている。 これを可能にしてくださった周りの全ての人々に感謝している。

それにしても、はじめて今のオフィスにやってきたときは 28 歳の若造だったのだが、二十年たってしまうと、やはり 38 歳の中年のお兄さんになってしまうのは人の世の必然というものか --- って、無理か?


9 月初旬

「統計力学」の本の草稿には、まとめの最終段階に入ってからも、多くの人から有益なご提案やコメントをいただいた。 数百ページという分量があると、いったいどこをどこまで直したか頭が混乱してくることも多い。 さらに、ずっと修正作業を続けてくるとさすがに疲れてきて、改良の提案をもらっても腰を上げて既に書いたものを修正するのがきわめて億劫に感じられたりもする。 しかし、そこであきらめてはいけない。 9 月に入っても作業を続ける。

そうは言っても、そのまま永遠に改訂作業を続けるわけにはいかない。 精神的にも次第にバランスが悪くなり能率も低くなっていく。 出版社の方から 9 月 12 日という日付が提案されたので、多くの人のコメントへの対応が一通り終了したこともあり、最後くらいは締切を守ることにして(まあ、これまでは、年単位で予定を遅らせてきたのだから、今さらなのだが)その日でひとまず脱稿ということにした。 さすがに肩の荷が下りてほっとする。


9 月 16, 17 日まで

9 月も二週目くらいからは、重要な学内の会議、外国の若者の来訪、学外の(性に合わない)会議など、少しずつ予定が増えてくる。

それでも、本の作業から手を離れたところで、必死で非平衡の仕事にピントを合わせ懸案だった拡張第二法則について考える。 その結果(など)をたずさえて、16, 17 日は、小松、中川、佐々、田崎(と佐々研の M 君)が水戸に集って朝から夕方までセミナー室に缶詰で議論を続ける。 これだけ濃密に議論すると、色々なことが明らかになってくる。 第二法則の不等式、エントロピーへの長距離相関の寄与、局所的記述など、いくつかの点できわめて理解が深まったと思う。 逆にいくつかの課題も浮き彫りになった。

それにしても、普段は朝が遅いぼくにとっては、早起きするだけでもつらかった。 一泊二日で(佐々さんたちは二泊三日だったのだが、ぼくだけあわただしい)、二日間ぶっ通しで議論という濃密なスケジュールで相当に疲れがたまった。


9 月 18, 19, 20 日

水戸から戻ると、18 日は主任会議ともう一つ重要な会議。疲れが残るままなのでなかなか苦しい。

19 日は授業開始。 午前中に一年生に講義をし、それから四年生とゼミ。 ゼミは発表者が気合いが入りまくりで、終了したのは 7 時頃。 あいにくの雨の中を学会にむかうための新幹線の切符を買いに行く。

過密スケジュールで学会発表の準備をしていなかった。 もちろん、話すべき内容は頭に入っているが、それだけではダメ。 20 日は大学に行かないですむようにして、スライドを準備するが、まだ完璧にはならない。


9 月 21, 22, 23 日

盛岡の物理学会へ。 二泊三日の滞在で冷麺を三杯食べた。 大学のすぐ近くの冷麺の店がきわめて上質だったのは感激。 また食べに行きたい。 水戸合宿の疲れが取れないのでセーブしようと思うのだが、一晩目はついついビールをたくさん飲んでしまう。 その疲れも取れないのでセーブしようと思うのだが、二晩目はついついビールをもっとたくさん飲んでしまう。

初日の非平衡ゆらぎのシンポジウムは思っていたよりもずっと面白かった。 小松さんのシンポジウム講演を聞きながら、Komatsu-Nakagawa から Komatsu-Nakagawa-Sasa-Tasaki につながる流れを改めて概観し、やはり面白いなあと思った。 最近は、色々と細かく苦しいところばかりに目に行っているので、全体の流れを見るのは意外と新鮮だったりする。

三日目の午後はわれわれの発表。 それなりに現状を的確に伝えたと思う。 さらに、その後の最終セッションの座長。 自分の発表は10秒程度の誤差できっちり10分におさめ、座長のときは10分を超えて話す人には厳しく注意。 学会発表はプレゼンテーション教育の一つでもあると意識するようになり、われわれプロは模範を示そうと考えるようになった(お恥ずかしながら、以前は時間をオーバーして話し続けることも少なくなかった)。

ラーメンを食べ、疲れ切って夜の新幹線に乗る。


9 月 24 日

明けて 24 日は一時限目から講義。 さすがに厳しいスケジュールだが、休講なしで学会に出席できるなら、それにこしたことはない。 講義はちゃんとしたつもりだが、終わった後はソファーに倒れた。

この日は、まだ終わらない。 締切ぎりぎりまで延ばしていた主任の仕事を片付ける必要がある。 なかなかどうして気をつかうが、夕方には何とか終了。 ムペンバ効果関連の論文を携えて少し早めに帰宅。


9 月 25 日

さすがに朝はなかなか起きられない。

しかし、午後からは雪氷学会の研究集会「ムペンバ効果のサイエンス」にゲストコメンテーター(?)として出席。 主催者から結晶成長シミュレーションの専門家である計算機センターの横山さんに声がかかったのだが、非平衡物理の立場からのコメントがほしいという要望があったので、ぼくも招待されることになったのだ。 妻も、RikaTan に記事が書ける可能性があるので、いっしょに参加。 この会のためにムペンバ効果関連の主要論文に目を通して臨んだ。

事前に主催者の前野紀一先生と話し、ぼくの主要な役目は「ムペンバ現象は新奇な非平衡現象にはつながらない(可能性がきわめて高い)」ということを専門家として皆さんに伝えることだと決めた。

会が始まってみると、皆さん実に自由に議論を楽しんでいる。 特に、(雪の結晶の分野の大御所で、(多分)中谷宇吉郎の直弟子の)樋口敬二先生が、既に八十歳だそうだが、一番前に座ってお元気に次々と質問やコメントをされている。 といっても、別に大家ぶって偉そうにやるのではなく、フランクで実に愉しそうなのだ。 ぼくも雰囲気に共鳴して、(完全な部外者だが)おとなしくしている理由はないと決めて、普段の調子でばんばんとコメントする(横山さんの発表に(厳しい)コメントをしていたら、急に樋口先生がこちらを振り返って「さっきから厳しい意見をおっしゃっている、そちらの先生はいったいどなたですか?」と尋ねられ、ぼくが「次に発表する者です」と答えて会場は大爆笑)。 ぼくの短い話も皆さん真剣に聞いてくださって、趣旨は分かってもらえたと思う。

内容的にもためになったが、それ以上に、科学を自由に純粋に楽しむ空気に接することができて、きわめて有意義だった。

会が終わったところで、「田崎さん!」と元気に呼びかけられた。 知り合いはいないだろうと思っていたのでちょっと驚いたが、天羽さんだった。 さっそく、ニセ科学フォーラム 2008 の話など。

そのまま(疲れている癖に)懇親会にも出席して、ひらすらビールを飲む。 知り合いもほとんどいないし、話すこともないから早々に退散しようと思っていたのだが、結局は、色々な人と楽しく話すことができて閉会になるまで楽しんでしまった(この「日々の雑感的なもの」を読んでくださっているという方にもお会いした)。言われてみれば、霜柱のでき方とか、確かに、おそるべき非平衡現象である(アスファルトが破れちゃうんだからね)。 妻も科学ボランティア関係での間接の知り合いに会っていて、世の中の狭さを実感。 さらに、(「水からの伝言」を信じないでくださいでも紹介した)あの平松式人工雪を考案された平松和彦さんと会ってお話できたのは全く予期せぬ喜びだった。

なお、ムペンバ効果については、前にも紹介した Physics FAQ にある説明で尽きていると思うのだが、web などを見ていると、混乱も多いようだ。 近いうちにぼくの考えをまとめて、この雑感に書こうと思う。 ちなみに、今、書店に並んでいる(ちょっとマイナーな理科教育雑誌)RikaTan の「リカ先生の 10 分サイエンス」という連載でムペンバ効果を取り上げているので、よかったらご覧ください。


9 月 26 日

で、昨日に戻る。講義 + ゼミ + 雑用 + 卒業研究指導 → ばてた。


まあ、この程度のスケジュールでばてているようでは、本当に忙しい人には笑われますね。 もっと体力をつけるように、がんばります。

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田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
田崎晴明ホームページ

hal.tasaki@gakushuin.ac.jp