茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。
10 月か。
怒濤の日々がおわって、ほぼ一週間。 体力の回復をはかりつつ、講義や雑用をして過ごした。
学科主任の課題はかなり多かったような気もしたが、毎日ちょっとずつやっていると、当然だが、残った仕事は単調に減っていく。 今は、かなり近視眼的に雑用をこなしており、「いつまでに、これをやる」といった目標を立てたり、残った仕事の量を概算したりはしない。 目の前にあるものを一つずつ淡々と片付けていって、気づくと、なんとなく終わっているみたいな感じがいいと思うのだ。
学問的には、レフェリーする長い論文を読んだり、水戸合宿の宿題だった driven lattice gas のエントロピーの非平衡補正の計算(やっぱり、非自明なサイズ依存はない。水戸でうろ覚え+暗算で出した結果はあっていた)をした程度か。 いかにもリハビリ期間。
なんとまあ、ノーベル物理学賞は、南部、小林、益川の三人。 びっくりだけれど、おめでたいことです。
最近のノーベル賞は、如何に三人の組み合わせをみつけるかというのがポイントになっているという感じだが、今回は、ずっと前から「確実にノーベル賞級の仕事をしたのに何故かもらっていない人」の一人とされてきた南部(←彼の業績は素粒子理論という枠をこえて深い意味をもっていると思う)と、そのうち受賞してもおかしくないと言われ続けていた小林・益川という「合わせ技」。 研究内容からすると少し無理がある気もするが、日本人(ないしは、日本生まれの人)三人というのは、なんとも絶妙な。
これからマスコミが色々と騒ぐだろうけど、基礎物理に上手に光があたることを期待します。 LHC にしても、ミニブラックホールとか、本来の目的とは相当にかけ離れた(きわめて確率の低い)話ばかりが取りざたされているけど、この機会に、ちゃんとした広報がおこなわれるといいと思う。
当時、益川さんは構成的場の理論(←場の量子論を研究する数理物理学の流れの一つ)に興味をもっていらっしゃって、そのネタで集中講義などもされていた(その頃、デフォルトの敬称をつけて「益川先生」と呼んだら、「先生なんて気持ち悪いからやめろ。益川さんでいい」と言われたので、ここでもその教えに従います)。 益川さんというと、素粒子論の王道を行く人というイメージがあるが(というか、いよいよそのイメージが強くなっていくのだろうけど)、ぼくの見た益川さんは、数学にきわめて強く、また知的冒険心と想像力に富んだ実に魅力的な理論家だった。 数理物理の論文を楽しそうに消化されて、生き生きと刺激的な講義をされていたし、論理的な話の合間に、理論の背後にある思想についての考察みたいなものが混ざるのも実に面白かった(物理の理論について語りながら、「精神構造」みたいなフレーズが出てくるんだなあ。これには影響を受けて、ぼくも、そういう言い回しを使ったりしていた(今も使っているかも))。
ぼくらも、当時、構成的場の理論をせっせと学んでいたので、益川さんの話を聞きにいった。 講義の後も議論にいき、量子重力についての大胆なアイディアなど色々と面白い話を聞かせてもらった。 その縁があって、その後、基礎物理学研究所で構成的場の理論(など)のモレキュール型研究集会というのをやったときも、益川さんに協力してもらった。 そういうわけで、当時は顔も覚えてもらっていた。 また、若くて野心的で、数理物理学なんていう(日本の物理の世界ではちっともはやらない)分野で本気でやっていこうと思っていたぼくらを、益川さんは随分と励ましてもくださった。 (これを書いていて徐々に記憶がよみがえってきたけれど)こういう「応援」は若いぼくらにとって本当にありがたいものだった。
そんなわけだから、ぼくが物理学者として一応は一人前になったあたりで挨拶に行くべきだったのだろう。でも、慌ただしい日々の中で、なんとなく機会を逸していた。
もう何年前になるか、基礎物理学研究所で「基礎物理学の展望」みたいな恐ろしいタイトルの研究会があって、ぼくもそこで講演をした。 多分、益川さんは当時の基礎物理学研究所の所長だったので(ちがうかな?)、(ぼくにとっても、いわゆる「晴れ舞台」だったわけだし)これこそ「あの時のガキが理論・数理物理学者として一応ちゃんとやってます。あの晩、飲み屋で言われた教えはしっかりと守っています」とお礼を言うチャンスだと思った記憶がある。 しかし、残念なことに、当時の益川さんは健康状態があまりよくなかったようで、研究会冒頭の挨拶にも元気がなかったし、あまり研究会にも出席されていなかった。 けっきょく、お礼の挨拶をしないままになってしまったのであった。
というわけで、ぼくとしては、益川さんにお礼を言うというのが懸案になっているわけだが、さすがに、ノーベル賞で大騒ぎのところに「あのー、お礼が言いたいんですけど」と出て行くわけにもいかない。 ここで、ひっそりと、心からの感謝とお祝いの気持ちを表明しておきたいと思います。
今日、ぼくの手元に「統計力学(培風館)」の初校が届いた。 これから、500 ページを越す教科書に丹念に目を通すという作業が始まるのであった。
しかし、ゴールは着々と近づいている。
うわー、久しぶりだ。
もう日記の書き方を忘れるくらい書いてなかったけど、ほんと、自分でもあきれるくらい、いろいろなことが濃密にやってきて、結構たいへんであった。といっても、睡眠時間は絶対に確保して暮らしてきたので、世間の基準からみればたいした事はないのであろう。
それで、まあ、なんのかんので、本日、「統計力学」の初校のチェックをすべて終えて、培風館の編集者の方に校正刷りを手渡すことができた。 ともかく、大きな一山を越えたと思う。
とはいえ、暇になるわけじゃなくて、来週の週末は東工大の高安さんのところで話をすることになったし、その次の週末は、もう「ニセ科学フォーラム」。で、それが終わると立教大学での集中講義。 それらの間にも、学習院では大輪講が毎週あり、本の再校もいずれは来るわけだし、他にも忘れていることが絶対に数件あるし、まあ、なかなか大変じゃあありませんか。
この週末は、久々に緊急にやるべきことが何もないので、来週以降の準備を淡々と進めましょう。 Perfume のライヴ DVD(←前の Fan Service Bitter もそうだけど、Perfume のスタッフはファンがライヴ DVD に何を求めているかを完璧に理解していると思う。東京事変の DVD を作っている人たちには見習ってもらいたいと心から思う(「座禅エクスタシー」はよかった))を見て元気を出してがんばるのである。
理科教育雑誌「RikaTan (理科の探検)」に「リカ先生の 10 分サイエンス」というシリーズを妻といっしょに連載していることは、前から何度か書いている。 10 月号ではムペンバ効果を取り上げたのだけれど(←この日記にムペンバのことを書くのも宿題の一つだな・・)、この記事を小島寛之さん読んでくださって、ブログに「ムペンバ効果と経済」という記事まで書いてくださった。
こういう一般向けの記事を書くことについては、小島さんは、ぼくなど足下にも及ばない、大大先輩なので、彼に読んでもらって、恥ずかしいような、うれしいような。 しかも、面白かったとほめていただき、ただただ、うれしく光栄に存じます。 小島さんのブログを読んで、RikaTan を手にされた方もいらっしゃるみたい。 面白そうだと思った皆さんは、ぜひ、どうぞ(amazon での購入はこちら)。
さて、「ムペンバ」の記事に続く、11 月号の「リカ先生」のテーマは、「科学とトリビア」。 まあ、ちょっと地味なんだけど、こういうのもありかなあと。 こちらもよろしく。 リカちゃんのイラストはちゃんとあります。
ぼくと妻の「リカ先生」は、三ヶ月書いたら、三ヶ月休むというペースで連載している。(リカ先生と博士の設定はぼくらが作ったんだけれど、ぼくたちが書かないあいだは、他の人が「リカ先生」を書いてくれる。) なので、12 月号を書いたらしばらくお休みということで、12 月号のために、気合いをいれて「決定論と自由意志の矛盾」という古くからの重厚なテーマ(つっても、リカちゃんと博士の対話なので、まあ、そんなヘビーにはならないんだけど)を取り上げることにして、一気に書き上げた。
と こ ろ が、この原稿ができたあたりで、ノーベル物理学賞の発表。
そうなると、リカちゃんが(物理学者である)博士のところにノーベル賞の話をしに来るというのが自然ではないか。 これだけ話題になっているのに、取り上げなくては、博士の名がすたるというもんじゃ。 急遽、プランを変更し、12 月号にはノーベル賞をテーマにした軽い記事を書くことにした。
もちろん、「決定論と自由意志」の方は、次に執筆がまわってくる 4 月号に使えばいいわけなのだが、ここで、大きな問題が生じてしまった。 最初に書いた原稿のイントロというか「つかみ」の部分は、なるべく早く使わなくては意味がなく、4 月号では完璧に遅すぎるのだ。 かといって、差し替えたノーベル賞の記事には同じ「つかみ」は使えない。
けっきょく、せっかくのイントロ部分は捨ててしまうしかないではないかっ!
うーーん。しかし、せっかく書いたのに、捨ててしまうのはもったいない。そして、悔しいのである。
というわけで、仕方がないので、没になってしまった「リカ先生の 10 分サイエンス」のイントロ部分を、「日々の雑感」の読者のみなさんにだけ、お届けしよう!!
とはいえ、今日はリカは人生についての深遠な哲学的悩みを抱いてやってきたのだがら、時間を無駄にはしていられないですね。
web でやるというのなら、完全に出遅れていて、知り合いの範囲だけでも、きしさんとか、ナカムラさんとかがとうの昔にやっている。 web で出遅れたなら、出版物、しかも、理科教育系の出版物でやれば一番乗りを果たせるのではないかと思ったわけでした。 しかし、けっきょくは、web で書いてしまったので、超出遅れであーる。
だが、しかし。それはいいとして、リカちゃんが博士に相談したい「深遠な哲学的悩み」とは? そして、博士はそれに如何に答えるのか??
それが気になるみなさんは、RikaTan 09 年 4 月号を刮目して待て!!!
みたいな