日々の雑感的なもの ― 田崎晴明

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茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。


8/3/2008(日)

「現代物理学」のレポート(7/31)は結局 144 名分あった。

1 日を採点日と決め、朝の 10 時過ぎから夜の 1 時近くまで(途中で昼食と夕食に出た以外は)研究室にこもって、ぶっ通しで採点。 これだけ連続して採点するのもめずらしい。 これだけ連続して Perfume を聴き続けたのは初めてである。

翌 2 日は妻に手伝ってもらって集計し、それから実際の点をつけて、成績の入力も完了。


本日 3 日は、オープンキャンパスの責任者。 午前と午後に、学科の説明と見学ツアーの世話する。

午前の会に、教え子が先生をしている中学の生徒さんとそのお父さんが参加されていて、 いっしょにお昼を食べながら、彼女の質問に答える。 色々とがんばって物理の(縦書きの)本を読んでいるけれど、分からないところがいっぱいあるという。 それはそうでしょう。こういうのを読んで「わかった」と思う方がおかしい。

これは大学三年で習うこと、これは四年生くらいで必死で学べば分かること、これはぼくも知らないような細かい話、などなどと全体の「地図」の中での位置を指し示す。 それだけで、見通しはよくなると思う。 さいごに、江沢先生の「だれが原子を見たか」を紹介したのが最も有意義だった気がする。この本はがんばれば深く「分かる」し、中学生が時間をかけて丹念に読む価値がある。

午後も説明会とツアー。 いつでも思うことだが、こういう立場になると、大学で物理を学ぶ楽しさ、学習院の物理が教員にとっても学生にとっても如何に素晴らしい場所かとうことを全力で訴えてしまう。 アルバイトだった B 君にも「あついですねえ」と言われたけど、まったく自分でも手を抜くということを知らないのかと呆れるくらい。

きわめて湿度の高い暑い日で、ずっと大声で説明をしているから、体力の消耗は激しい。 午後の部が終わったあとは、居室のソファーに寝ころんで完璧に眠った。


採点も全て終わっているので、オープンキャンパスが終了したところで、夏休みが始まる。

「統計力学」の本の完成、いくつかの原稿の執筆、論文の直し、高校の先生のサークルの合宿での講演、原とのイジング本の作業、そして(言うまでもなく)、研究。 忙しくはあるが、基本的には愉しいことをして過ごすことになる。

というわけで、明日から少しだけ、「統計力学」の草稿を抱えて、東京を離れます。 9 日くらいまではネットにつながらず、メールもいっさい見ないはずです。


8/16/2008(土)

もちろん東京にはずっと前に戻ってきているのだが、あれよあれよという間に時間がたって、また次のお出かけだ。

明日から、「東京物理サークル」の「第 38 回物理合宿」というものに参加するので、また東京を離れます。 20 日くらいまでは、ネットにつながらずメールも読みません。


しかし、まあ何だかすごい勢いで文章を書いたり直したりしている。

短い避暑から戻って二、三日間作業したところで「統計力学」は全体の三分の一程度の読み直しと修正を完了。 まあ、最初が大事だし概念的にも難しいので、これで山を越したと思いたい。

そこらへんで、思わぬ伏兵の RikaTan の原稿が待っていた。(なにせ妻が編集員だし)けっこう締切が厳しいのである。 最近ちょこっと話題のムペンバ効果(水より先にお湯が凍るという話(ここでの解説がとてもよく書けている))を題材に、さらりと草稿を書いて、共著者(って妻だけど)に渡す。 せっかくだからうちの冷凍庫でも効果をみようと、(妻が)冷凍庫の中を整理して、(主に妻が)いろいろな条件で実験してみたのだが、やっぱりいつでも水が先に凍るみたい。 冷凍庫のタイプによって効果が出ないのかもしれない。

RikaTan を終えたところで、物理合宿での話の準備を始める。 高校の先生たちに何かの話題をというわけだから、普通なら、色々な講演で使ったスライドなんかを使い回して話をするのだろう。 しかし、そんなストックはない気がするし、どうせ話すならゼロから考えて、まとまった話をしたい。 計算技術や派手な応用ではなく、平衡統計力学の本質的な思想を話し、ごく簡単で非自明な例題を通して、その威力を見てもらいたい。 しかも、計算もごまかさずに全部やってみせたい。 そういう無茶なプランを立て、色々と悩み、二日ほど色々と計算しては捨て、ようやく題材を固める。

合宿では、おまけで「ニセ科学」の話もするので、そちらのスライドをまとめる。 こっちは、今までのスライドに少し書き加える程度だから、まあ普通か。 少し早めに合宿の準備は終了。 これで「統計力学」に戻れるかというと、実は「数理科学」二連発の二つ目が待っているのだなあ。 今回はお題が明確に与えられている。 三角格子パーコレーションの臨界点で、連結確率が共形不変性を示すという Smirnov の定理(2006/5/18 の雑感で初めてこの定理を読んだ感動を語っている)を紹介するのだ。 これは知的好奇心さえあれば十分に大学一年生でも(主要結果や証明の方針は)理解できる話だから、ちゃんと分かるように書かないといけない。 「数理科学」の 6 ページに如何におさめるかは腕の見せ所。 あと、論文にはない図をいっぱい描く必要がある。 うまい具合に超高速モードが発動して、けっこう思ったように筆が進む。 ついに「自分でも驚くスピード」に突入し、合宿前の今日に最初のバージョンを完成させ、人に送り、自分用にも印刷することができた。これは速いぞ。ぱちぱちぱち。


というわけで、またしても各種原稿を抱えて、明日から白馬に行ってきます。
8/31/2008(日)

あ〜、またしても、あれよあれよという間に時間がたって、気付いたら 8 月も終わりではないか。


まず、

第 38 回東京物理サークル合宿研究会 (2008年8月17日--19日)
上記合宿に参加し、17日の午後に「身近な自然現象を統計物理学からみる」というタイトルで話をします。 実際は、統計力学の「心」を話したあと、「身近な現象をみる」のは難しいということを話したいと思っています。

というアナウンスにあった、合宿のことを書いておこう。

結論から言うと、予想していたよりもずっと楽しくて、ためになった。

前にも書いたけど、ぼくの講演は「ゼロから出発して統計力学の『心』を伝え応用問題で威力も見せる」という無茶な企画。 もちろん、スライドなどは用意せず、全てホワイトボードに書きまくっての講義である。

高校の先生方には呆れられるのでは、と恐れていたが、皆さんきわめて熱心に食いついてきてくれる。 言葉が足りないところはどんどん質問してくれるし、デリケートなところを上手にごまかして先に進めようと思っていたようなところも、ことごとく、鋭い質問や指摘が出てくる。 講演していて、これほど楽しいことはない。 実は、当日は風邪気味で喉が痛くなりかかっていたのだが、大いにハイテンションになって、しゃべりまくった(夕食前に講義が終わるはずだったが、結局、夕食後もしゃべった。次の晩には「ニセ科学」の話もした)。

他の参加者の発表も(あと、飲み会も)楽しく有益だった。 物理を如何に教えるかとか、一般向けの科学解説の記事の相談とか、色々なテーマがあったが、風邪気味でテンションがやや落ちていたとはいえ、全てになんだかんだと口を突っ込んできた。 特に、マクロな物理を教える中で、ミクロな原子・分子のイメージをどれくらい・どのように介入させるべきかというのは重要なテーマで、これから真面目に考えていかねばと痛感した(また、日記にも書きましょう)。 ニュートン力学の基本法則(特に、第一法則)をどう理解するかっていう話は、目から鱗(これだけじゃ分からないよね。また書きます)。 あと、ぼくなりに「宿題」として山から持ち帰った案件も三つほどあるのだ。 夏休みが終わる前にやんなきゃね。


さてさて、今日で 8 月が終わる。

8 月の終わりには、「統計力学」を脱稿しているという夢を見たこともあったんだけど、まあ、夢は夢だ。 しかし、日記も書かずにがんばっているだけはあって、現実もそれほど悪くはない。 難物の 9 章も含めて全体の約 3 分の 2 の修正がほぼ終わっているし、凸関数についての付録の大幅な修正も完了しているのだ。

もちろん、今のバージョンだって、何度も何度も書き直し、多くの人が目を通してくれたものだ。 それなりの完成度だと思うし、内容も十分に正確だと信じている。 だから、この段階で脱稿だと宣言してしまうことだってできる。 「へへへ、もう終わりにしちまえよ。どうせ完璧なんて無理なんだ。もう十分にがんばっただろ。『おわりだ』って言うだけですぐに楽になれるんだぜ」という悪魔のささやきも聞こえる。

でも、もう一がんばり。 確かに「完璧」は無理だが、ここでもう一回全体を見なおし・手直しすれば、これまでのバージョンに対して多くの読者が寄せてくれたコメントや意見や疑問に対して、ほぼ完全に答えることができるのだ。 2 年前から草稿を公開して来たのは、まさに、そうやって読者の反応をフィードバックしながら本を作るためだったのだ。 だから、もうちょい、がんばるのである。 悪魔くん、せっかくのお誘いですが悪しからず。


で、その公開版の草稿だが、実は数日前についに公開を停止した。 編集の方と最終的な出版の打ち合わせに入ったので、出版社の意向もあって、そろそろ公開をやめることにしたのだ。 前からお願いしていることだけれど、既にファイルをダウンロードされている方は、これからは、ファイルを複製したり他の人に送ったり、大部数の印刷をしたりすることは、ご遠慮いただきたい。

ちなみに、拙著「統計力学」は培風館の「新物理学シリーズ」の一冊として、2009 年の春に出版の予定。 諸般の事情を考慮した上で、結局、上下の二分冊で出版することになった(端的言うと、一冊にするには分厚すぎる)。 「薄い本を素早く書かせる」という風潮が支配している世の中で、これほど大部の本格的な本をじっくりと時間をかけて執筆させてくれた(ていうか、今も執筆させてくれている)培風館の編集部は立派だ。

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田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
田崎晴明ホームページ

hal.tasaki@gakushuin.ac.jp