日々の雑感的なもの ― 田崎晴明

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茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。


7/6/2008(日)

さて、前回の日記では、あくまで若い読者に親しみをもってもらいたいという気持ちから、無理をして Perfume のことなどを書いてみたわけだが、それからしばらく日記を書いていないことから、「田崎は今頃 Perfume にどっぷりとはまり、電車で移動するときはひたすら iPod で Perfume を聴き続け、家で単純作業をするときなどはスピーカーからがんがんと GAME をリピートし、道を歩いたりプールで泳いだりするとき、ついには学生さん相手のゼミで気を抜いたときなども、頭の中で Perfume が鳴り続けており、とうとう『ピポー』と二度下がる電子音を聞くと plastic smile の『ああー』というコーラスに聞こえてしまう(絶対音感ないし)までに至っているに違いない」などと勝手に推測されている一部読者のみなさまは、気候の変化の激しい時節柄どうぞご自愛いただきたい。もちろん、そんなこと思っていないみなさまにも是非是非ご自愛いただきたいです。

というわけで、あっという間に 7 月になってしまったわけですが、相変わらず、破綻寸前でバタバタとしかし楽しく過ごしております。 物理学会誌の原稿はなんとか脱稿して編集部に送ってあるけれど、今月末と来月末に続けて「数理科学」の原稿の締切がある。 佐々さんなんかも書いている(今、出ている)号への執筆を断ったのが気になっていたので、つい一つを引き受けたところ、続いて断るわけにはいかないのの依頼が来てしまったので、こんなことになってしまった。 おまけに、パリティから短いコラムの依頼が来て、(まだオッケーの返事を出していないことに今気付いたけど)面白そうなので、これも書きかけている。 「統計力学」の教科書は、なにがなんでも来春には満足のいく形で出版すると強く決意しており、これについても今月と来月が勝負。 今は、時間が空けば問題を整備して自分で解くという一人芝居っぽいことをやっている。 駒場の講義は既に伝統芸能になった自転車操業で、毎回新たにネタを整え導出をやり直して簡単にできると思っていたのが意外に面倒で焦ったりということをくり返す。 当然だけど、研究したい。 Komatsu-Nakagawa-Sasa-Tasaki は PRL に論文が載ったあとで、ようやく徐々に姿と意味が見え始めている。落ち着いて時間をかけて考えたいことが山ほどある。 でも、プールも行きたい。 音楽も聴きたい(Perfume の昔のアルバムを聴こう)。 なんかイーガンのプチ・ファンになったみたいで(Incandescence に続いて Schild's Ladder も読んでしまった)未読の本を二冊注文しているから、これが届いたら読みたい。 今年は埴谷雄高を読み直そうという目標も掲げているのだった。少しだけ大人になったところで、再び時間をかけて読みたい。 夏休みは長いかもしれないが、今までに書いただけでもそれを十分に越えている気がする。あと、(どれも準備を要する)突発的な講演が三つくらいあるのであるのである。

まー、そんなこんなで、今日は日曜日。 先週は週末もすべてつぶれていたから、久々に日曜らしい日曜という感じ。 朝は夏休みにあるライブのチケットを買いに妻といっしょに池袋へ。 妻はそのまま出かけてしまったので、一人で家に戻って、ひたすら明日の駒場の講義の準備。数理科学の今月分も少々。 まだまだ終わらないけど、ともかく明日の講義はなんとかなりそうと思うと(なにせ馬鹿暑いし)プールに行きたくなる。実は昨日も行って 1200 メートル泳いできたのだが、でも、また行きたくなる。 (実は水曜も行っていて、さらに)土・日と続けてプールではまるで夏休みの小学生のようだが、でも四十台のおっさんが夏休みの小学生みたいでいけないという法はあるまいて。


そうそう。書くタイミングを逸していた。

4/20 の雑感に、三十年ぶりに高校の同窓会に行ってみようかなというような事を書いた。 で、けっきょくは忙しくて行きませんでしたというオチになりそうなものだけど、万難を排して行って参りました。

いやあ、文句なく楽しかった。 みなさんにも同窓会をおすすめしたくなる。 ただし、卒業して五年や十年じゃなくて、三十年、四十年とめいっぱい熟成してから。

なにしろ、前に会ったときはセーラー服の女子高校生だった同窓生たちが、次の瞬間には、大学生の子供がいるくらいの大人の女性になっているのだ。 実は、その間に、女子大生、会社員、若い奥様、等々の時代があったはずなのだが、そういうところを全部省略してしまう。 すごいギャップだし、すごく違う。でも同じ人で、同じ笑顔。 なんか不思議で、一種クラクラするような感覚が味わえるのですよ。


あと、まあ男性陣の方は体型が極端に変わった奴とか、いろいろ。

しかし、変わるのは当たり前なので、むしろ衝撃的なのは変わらない奴。 K は本当に高校の頃と同じそのままの顔と表情だった。 最初に見たときには、思わず「おお、K、おまえ昔と同じじゃねえか!」と叫んでしまった。 本人は「どうせ老け顔だった」と言っていたが、しかし若い頃に老け顔でそのまま単調に老け続けていく奴も少なくないので、この不変ぶりは立派だ。 その K は、なんと某巨大コンピューターソフト企業(←と書けば、ほぼ明らか)のきわめて責任ある立場にいると知った(戻って彼の名前で検索してみると、インタビューとかいっぱい出てくる。写真は当然、高校と同じ顔)。 かっこいいので名刺をねだり、「ごめん、おれマックユーザーやねん」と謝っておいた(←と書けば、いよいよ K の勤務先は明らか)。

他にも原子力関係、鉄鋼関係、コンピューター関係などなど「理系」の企業につとめている奴らは、なんとなく、近いところにいるという感じ。 また、S は(匿名にする必要もないんだけど)ほぼ同業者。 ぼくも交流のある国立大学で学生さんのカウンセリング等を担当する教員だったのだ。 彼の大学の関係者、また、学習院の学生相談室の方、二つのルートで共通の知り合いが何人かいる。 なんと世間の狭いことか。


みんな(当たり前だが)ぼくのことを昔から知っているから「まさか田崎が来るとは思わなかった」「一番来そうにない奴が来た」といった反応をしてくれる。 全くその通り。 自分でも同窓会に顔を出す日が来るなんて思ってもいなかった。 会があることを知らせてくれて、ぼくを誘ってくれた F には大いに感謝せねば。

二次会で、その F と昔の話をしていて、彼は遅刻が多く、なんと高校二年生の修学旅行の日にも遅刻してきたという話題が出た。

そうだ、そうだ。 新幹線のドアが閉まった直後に新大阪駅のホームに駆け上がってきた F は、見送りに来ていた三年の先輩たちといっしょに、ホームで「ばんざーい、ばんざーい」とやっていたという話だった。 いったんはあきらめて帰宅したものの旅行社の配慮で一人寂しく九州まで旅した F が、夜遅くなってから旅館にやってきたのを覚えている。 ぼくの記憶の中では、 F は修学旅行初日の日程を全て棒に振った寂しさを隠すような、無理な笑顔を浮かべていた。

というわけで、ぼくにとっては、これは「F のかわいそうな話」だった。 だがしかし、三十一年ほどたって聞いてみると、これには続きがあることがわかった。

全体の食事に遅れてしまった F は一人だけ別室で食事をすることになった。 その別室というのが、なんと旅館の最上階にある展望レストラン。 ぼくらが食べた座敷とは大違い。 素晴らしい夜景の見える席で、すぐそこに板前さんがいて、できたての料理を出してくれる。 お ま け に、F が遅れてきて一人で食事をするのはかわいそうだと思ったクラスの女の子が三、四人、F が食事をするあいだずっと彼を取り囲むように座っておしゃべりしてくれていたというのだ!  お ま え、そ れ、ぜんぜん「かわいそうな話」と違うやないか!!

そんな話も知らず、旅行の帰りのフェリーのデッキで F と高校生らしい青春の悩みについて延々と語り会ったぼくや I はいったい何だったんだよ --- などと、三十年も経つと何でも気楽なネタになるのでありました。


7/9/2008(水)

昔から寝付きは悪い方なのだが、最近は特に悪い。 眠いと思ってベッドに入っても、少し眠りかけたくらいで目がさえて色々と考えてしまう。 それだけなら普通なのだが、たっぷり眠ったわけでもないのに明け方くらいに目が覚めてしまうという不慣れな現象もたまに生じる。

今朝は一時限目が講義だし妻も早くでかけるので、是が非でも早起きしなくてはならない。 そう思うと、アホみたいだけど、緊張して寝付きが悪くなる。 おまけに、またしても明け方に目が覚めてしまった。 さあ、寝ようと思うのだが、頭の中で自然に Perfume のパーフェクトスター・パーフェクトスタイルが流れ始め、彼女らが楽しそうに踊る映像がありありと浮かぶ KNST がらみで考えるべき課題がどんどんと展開されていく。 なんか「チープなアイディアをどんどん思いつく状態」に入り込んでしまったようで、次から次へと変な道具とか計算法とかがわいて出てくる。 「対称化 KN 表現」とか「粗視化版拡張クラウジウス関係」とか、その他、名前もつけようのない話が十くらい次から次へと。 起き出して紙で計算するには眠すぎるのでベッドに入ったままでやけくそでキュムラントの計算とかをしていくのだが、さすが「チープなアイディア特集」だけあって面白いように(いや、面白くない)次々とアホみたいな考え違いや穴がみつかっていく。 どんどん没になっていくが、それでも一山いくらの安売りのようにアイディアがあるから、仕方なく残りについて検討していくと、やっぱりダメ。

なんとか少し眠ったが、朝、起きていったときはさすがに寝不足でヘロヘロ。 「いっぱいアイディアが出て眠れなかったけど、けっきょくほとんどダメで、生き残っているのは一つだけだ」と妻と息子に話す。 その最後の一つもダメだったら本当に悲しいね、と言われる。まったく。

そのまま、残りの一つのアイディアを暖めながら自転車で大学へ向かう。 と、タイヤの空気が少ないことに気付く。 先週、空気が抜けたので週末にタイヤの虫ゴムを交換したのだけれど、やっぱりダメだったか。 家に戻って出直す気力も出ないし、空気が残っているうちに、なるべくそっと平らなところを走りながら大学へ。 いよいよ空気が減ってタイヤがガタガタいいはじめる。

やれやれ、そろそろダメかなあ。 と思っていると、あ、本当にダメ。 一つだけ生き残ったと思っていたアイディアもダメでした。あーあ、これって、この前、小松さんが部屋にいらっしゃって議論したとき、ぼくの勘違いを指摘された部分そのものじゃないか。進歩がねえ。

というわけで、まあ、こんな時もあります。 なにか、こう、テンポとキレがよくて、元気のでる音楽でも聴いてがんばりましょう。


7/12/2008(土)

午前:大学院入試面接、午後:重要な会議。

考えたら去年の面接(2007/7/14)はイタリアでの STATPHYS から帰国した翌日だったのだ。 へえ、あれから一年か。確かに色々とあったなあ。 イタリアのまぶしすぎる太陽が懐かしい。

学科主任をやっているために、基本的に、朝から夕方まで(ほぼ)全てをぼくが仕切ることになる。 「出席するだけ出席して特に関係がないときはぼけーっと仕事のことを考えている」という技が使えない。というか、そういうレベルじゃなくて、面接の時間配分をはじめ気をつかうことが多くて気疲れする。

夕方。会議後も判定資料などをまとめ、それから半分倒れながら月曜の駒場の講義の素材の検討。 最終回にどうやって着地するかを固めていく。


自転車のタイヤがダメなままなので、帰りは歩く。

疲れてはいるが、少し歩きたいので遠回りして目白の住宅街を行く。

湿気を含んだ少しだけ涼しい風が吹くと、木造の家の庭から風鈴の音と蝉の鳴き声、そして、踏切がカンカンと電車の到来を告げる。 絵に描いたような、東京の街の夏の夕暮れ。 凡庸だとは思うけどこういうのが無性に好きだ。 なんかアホみたいに涙が出そうな感じになる。 こういうのって、いくら大人になってもなくならないんだなあ。

さて、今日はたいへんよく働き、やるべき事をすませたとの自覚あり。 いわゆる一つの「ちょっとだけ自分をほめてあげたい」状態である。 そういう雰囲気になったところに、ふと

このシングルはむしろ「edge」と「edge -extended mix-」のために買え。
といふ神の声が聞こえた気がした。

さすがの冷静無比でフランス近代音楽を愛好する数理物理学者といえども神の啓示には逆らえない。 たまたま通りかかった店で購入。 すぐに聴く。 ひたすら聴く。 今も聴いている(今のところ吐血だけはまぬがれております)


7/14/2008(月)

駒場へ。

ぼくの顔を見るなり「田崎さん、最近 Perfume 聴いてるんですか?」とたずねる M 君。

げ、おまえは人の心を読めるのか? 目白からの電車の中でもずっと edge と edge -extended mix- を交互に聴き続け、今も、ぼくの頭の中でも(-extended mix- の方が)が鳴り続けているのが分かるというのか?? いや、まあ、日記を読んでくださっているというだけのことでしょうが・・


はじめて「非線形」を正面から扱った「現代物理学」の講義は無事に終了。

いささか素材が「軽め」だったとは思うが、そのかわり数理モデルで「遊ぶ」感覚は誤魔化しなく伝えられたと思っている。 より深い物理現象との関わりを少しは示したつもりだが、まあ、そのあたりどこまで伝わったかの判断は難しい。


佐々研にお邪魔してお弁当を食べ、佐々さんや研究室の皆さんと雑談。 それから清水さんのところに行って雑談と議論。 移動途中で、金子さんと福島さんにも会って軽く話せた。なかなか有意義。

今年の定期的な駒場訪問は今日で終わり。 終わってみると早い。


7/16/2008(水)

統計力学の講義。これで今学期の講義はすべて終了。

今日の講義をおえて、学習院大学に着任してから、二十年間、四十学期にわたって講義をしたことになる。 とくに、統計力学は紆余曲折・試行錯誤・創意工夫を重ねながら、まるまる二十年間教えてきた。

すごいねえ。 何か、自分で言っててもときどき時間間隔がなくなって、ぜんぜん間違えているんじゃないかという気になってしまう。

考えてみると、Princeton でも丸一年間教壇に立っているわけで、大学教員生活はすでに二十一年だ。 去年、教員生活二十年と騒いでおけばよかった。


午後に猛烈な勢いで「数理科学」の原稿を仕上げるはずだったのだが、全く進まない。

信じがたい執筆スピードの持ち主のはずなのに、十分に信じられる速度でしか書けない。ていうか、きっと普通の人の基準でものろい。そもそも、乗らない。スランプだ。どうしよう。

夜になって根本的に方針を変更する。 今までの書きかけは没。

でも、これで見えた。書けるはず。ありふれたスピードを超えて、スーパージェットシューズな勢いで書けるはずである。


7/21/2008(日)

若者にうけるためとはいえ、あまりに Perfume の話ばかり書きすぎなので、今日はまともな話題で行こう(あ、ちなみに、原稿の方はちゃんと書き上げて締切の一日前に編集部に送ったでの、ご安心を)。


物理化学の実験家の F さんという方からメールをいただいた。 専門の学者のつねで、直接の面識はないけれど、共通の知り合いならば何人もいるというくらいの距離だ。

F さんは、ぼくがネット上で公開している「統計力学」の教科書の草稿をきわめて丁寧に読んでくださって、感想やコメントを送ってくださったのだ。 もちろん、感想・コメントのメールは前々から少なからず受け取っているのだが、F さんの場合は、それらを一つの文章ファイルにきちんとまとめて清書して送ってくれている。

しかも、F さんの文書には「特に感銘を受けた点」という項目まであって、ぼくの本のどういう点がどういう意味で素晴らしいかということを明文化して極めて明解に述べてくださっている。 こういうのは(当然ながら)読んでいてうれしい。 しかも、単に我が意を得たりと思うだけではなくて、他人の目で見てもらった利点をフィードバックすることで、さらにいくつかの主張をより明解に書き直すヒントが得られる気がする。

もちろん、F さんの文書には「引っかかりを感じたところ」という項目もあり、どの部分にどう納得がいかなかったかもしっかりと書かれている。 なるほど、そこは確かに分かりにくかったので、加筆だ。 ううううむ。こっちは誤解じゃないだろうか・・と思うわけだが、しかし、真面目に読んでくださった方が誤解するならやっぱり著者に責任があるのだから、加筆するなり、書き方を変えるなり、工夫しなくてはなるまい。 こうして地道な改良作業は続くのである。


ぼくは、自分の「統計力学」の教科書を、既存のどんな本よりもしっかりと統計力学の本質と魅力を伝えるものにすることを本気で目指している。 そして、これが出版されて定着すれば、若い人たちの見る物理の風景が少なからず変わるはずだとさえ信じている。

そういう意気込みは F さんにもしっかりと伝わっていると思う。 それだからこそ、彼も貴重な時間を割いてぼくの本への丁寧なコメントを作ってくださったのだと考えている。 お会いしたこともない方と、そういう有意義なやりとりができるというのは、文句なく素晴らしいことだ。 (誰でもいうことだけれど)ネットを利用するだけで人の生産性や仕事の質が上がるということはあり得ない。 しかし、ネットを介して得られる、人と人の出会いとやりとりは、時には圧倒的な意味を持ちうるのだ。


F さんからのメールには、共通の知り合いのことをはじめとした自己紹介なども書いてあり、楽しく拝見した。

お、それに F さんがいらっしゃるのは広島の大学ではないか。

ひ、広島と言えば・・・

(F さんのメールより)Perfume は広島に居るころから、「居るなぁ」とは思っていました。 まさかここまでブレイクするとは思っていませんでしたが。
おお!! 広島時代から Perfume に注目していた人とお知り合いになれるとは!  あ〜ちゃんの笑顔との距離がちょっとだけ縮まったじょ。 それにしても、何たる先見の明であろう。 その F さんがいち早く注目してくれたのだから、ぼくの教科書の将来も明るいのである(八年も売れないのはちょっと困るけど)
7/24/2008(木)
筑波大学 電子・物理工学専攻 セミナー

「ニセ科学」とどう向き合っていくか?

2008年7月24日(木) 16:30 筑波大学 総合研究棟 B0110

一見すると 「科学的」に見えるが、実際にはいかなる意味でも科学と呼べない言説を仮に「ニセ科学」と呼ぶ。一世を風靡した「マイナスイオン」、ゲルマニウムを利用し た健康グッズ、マスコミから教育界にまで強い影響を持つ「水からの伝言」など、現代の日本には「ニセ科学」があふれている。

しかし、一口に「ニセ科学」といっても実例は多様だ。科学の素養さえあればただちに「ニセ」と見抜けるものもあれば、専門家の判断を要する微妙なものも のある。また、明らかに無害な迷信程度の軽いものもあれば、盲信すれば害のありうる「ニセ科学」もある。「ニセ科学」批判は想像する以上にデリケートで難 しい仕事になる。

講演者は 2006 年 3 月の日本物理学会年会で「ニセ科学」をテーマにしたシンポジウムを提案して以来、ゆるやかに「ニセ科学」批判に取り組んできた。このシンポジウムがマスコ ミで大きく報じられたことを契機に「ニセ科学」批判が小さなブームとなっている感がある。しかし、「ニセ科学」批判が盛り上がるほどに、こういった批判活 動の抱える「悩ましさ」がはっきりしてきたとも言える。

講演では、「ニセ科学」の基本的な事例の解説だけではなく、科学と非科学を区別するという問題、そして「ニセ科学」批判につきまとう課題についてお話しし、多くのみなさんに問題意識(と「悩ましさ」)を共有していただきたいと考えている。

上記セミナーのため筑波へ。

秋葉原で山手線をおりて、つくばエクスプレスに乗り換える。 ぼくは三十年以上前から筑波を知っているという古参なのだが(古参過ぎて、筑波に行くには常磐線と決めかかっている節もあり)、実は、筑波エクスプレスに乗るのは初めてなのだ。

長い無機質なエスカレーターで都心の地下深く降りていく。 当然ながら自動柵を完備した(2003/10/1 の雑感を参照)こぎれいなホームに金属光沢を放つ車両が静かに入ってくる。 座席に座ると MacBookAir を膝にのせて今日のトークの資料の最終仕上げにかかる。

絵に描いたような近未来の光景が、エレクトロ・ワールド秋葉原の地下で展開している。 iPod から流れるのは、まさにこの設定にうってつけの・・・・・・

と、今日は、この話はやめましょう。真面目なニセ科学講演ネタだし。


筑波大には少し早めに到着し、何人かの知り合いに会う。 特に、宮崎さんは半年ほど前に直人されたばかり。初貝さんも、筑波でお会いするのは初めてだった。 本当は素粒子の方にも行って(岩崎さん(←学長さん)や宇川さんはおそれおおいとして)青木に会うつもりだったのだが、時間切れになった。

それにしても猛烈に暑い日で、大した距離ではなくても、建物から建物への移動だけでも消耗する。


よその大学に行って「ニセ科学」についての講演だけをするというのは、どうも気が進まない(こういうわがままを言うと、菊池さんなんかには大変申し訳ないのは分かっているけど)。 やっぱり自分の仕事の話をするほうが何百倍も愉しいから(そうでなくても、本当の科学の話の方がずっとずっと愉しい)。 しかし、意義のあることだとは思っているし、今回は諸般の事情により、引き受けることにしたのであった。

こういう話をご存じない方も多いはずなので(斎藤一弥さんのような「(準)専門家」もいらっしゃたのではあるが)、ごく基本的なことを、科学者から物を見るという立場に限定して、話した。 珍しくちょっとした判断ミスがあって、トークの方針が途中でゆらいだりしたのは失敗だったが、聴衆の反応もよく、基本的な論点や「悩ましさ」は伝わったと思う。

講演の後に、かなり本格的に疑似科学のシステマティックな批判に取り組んでいらっしゃる方とお話できたのは意外な収穫。 また、この手の話に関わるようになった当初から取材などでお世話になっているライターの A さんも、わざわざぼくの話を聴きに東京から来てくださっていて驚くやら恐縮するやら。 A さんとは帰りの電車の中でも色々と話すことができて有意義であった。


セミナーの冒頭は、すでに定番なのだが、「水からの伝言」を使った道徳授業の再現。 ぼくが小学校の先生の役をやり、セミナーの聴衆が小学生だという設定で、色々と質問して(小学生になったつもりで)答えてもらったりする(←これが、なかなか難しいんだよね)。

「ばかやろう」を見せたとされる汚らしい氷の写真を見せながら

   先生(=ぼく):じゃ、この汚い結晶にはどういう言葉を見せたんだろうね? 君、分かるかな?

   小学生 A 君(=前の方にいた学生さん):分かりません。

   先生(=ぼく):なんだ、分からないんですか。考えましょうよ。

   小学生 A 君(=前の方にいた学生さん):いえ、「分かりません」という言葉を見せたのだと思います。

おお、面白いじゃないか! 筑波大の学生さん、レベル高いぞ。

「ありがとう」を見せたとされる美しい氷の結晶を見せながら、

   先生(=ぼく):じゃ、この宝石みたいなきれいな結晶にはどんな言葉を見せたんだろうね? はい、君。

   小学生 B 君(=前の横っちょの方にいた学生さん):Perfume

こ、こりゃ。 今日は、Perfume については書かないはずだったのに・・・  (おまけに、とっさに言われて柄にもなくあせってしまって、うまい切り返しを思いつかなかった。)


7/31/2008(木)

筑波のセミナーの翌日の 25 日が「数学2」の試験、昨日の 30 日が「熱・統計力学2」の試験。

スケジュールに極端に余裕がないので、時間のロスを一切作らずどちらも即日に悪魔のようなスピードで採点し、他の雑用もどんどんこなす。 ちなみに配点については、いつものように天使のようにやったのだが(以下略)。


今朝は都内の某大学で統計力学の講義を終えた学部生に「読み切り」の講義。

非平衡系の入門として、もっとも簡単な電気伝導の例題で、古典力学と古典統計力学の知識だけを使った線形応答公式と相反関係の導出をやってみせた。 この前の学会誌の記事で設定や手法は用意してあったのだが、線形応答公式の直接の導出は初めてやった。 なかなか愉しい。 統計力学を一通り学んだ学部生を読者に想定して、こういう内容のレビューを書くのも悪くないなあ。


出先で昼を食べたあとは、そのまま駒場へ向かう。 「現代物理学」のレポートを受け取るのだ。 普段は郵送してもらうのだが、ぼくのスケジュールから行って、それでは間に合わないと気付いて自ら取りに行くことにしたのだ。

教務の窓口に行くと、「ものすごく、たくさんあるんです」とのこと。 多少は多いと覚悟していたから悠然と構えていると、なんと大きな紙袋にびっしと入ったレポートの山がでてきた。

[reports] あとで測ってみると、すべてのレポートを積み上げた高さは 17 センチに達した(右の写真を参照)。 少なくとも高さでいえば、3 年前のレポートの束(2005/7/28)を越えてしまった。 A4 サイズの面積かける 17 センチの紙の固まりの重量は暴力的だ。 紙袋はビニールカバーのかかった頑丈なものだったが、それでも、普通に手提げをもって持ち運ぶとほどなく底が抜けるだろう、という重さ。

なんで、こんなに提出者が多くなってしまったのだろう?  講義を多くの学生さんに聞いてもらえるのはうれしいことだけれど、たくさん採点するのは辛いよお。 聞くところでは、逆評定(学生さんが講義を評価する冊子)なるもので、ぼくの去年の講義をかなり高く評価してもらえた上に、採点の厳しさについては「大仏(「おおほとけ」かな?)」と判定されているらしい。 正直なところ、ぼくは、質の高いレポートには惜しげもなく高い点を与えたけれど、大したことのないレポートにはろくに点を出さなかったから、「大仏」というのは誤りだと思う。 多分、真剣に講義を聞いてしっかりとしたレポートを書いた誰かが、高い点をもらったので、このように判定してしまったのだと思う。 なので、来年用の「逆評定」には、「講義は面白いが、採点は悪魔。もぐりで聴くのがベスト」とか書いてくださいよ。

「大丈夫ですか、運べますか?」と聞いてくださるので、反射的に「いや、運ぶ体力には自信があります。でも、こんなにたくさん採点する方は自信がないなあ」と返す。 しかし、運ぶのも大変そう。


酷暑の日であれば、A4 サイズの面積かける 17 センチの紙の固まりを目白に運んだところで全てエネルギーを使い果たしていたに違いない。 幸い、普通に暑い程度の日だったから、(しばしオープンキャンパス関連の雑用をしたり、二、三人の人と諸々の仕事の打ち合わせをした後で)復活して、採点を開始。

それにしても、思いつく端からレポートを出題していったので、全部で7問もある。 一番から順に見ていくけど、まあ、なんというか、終わる気がしない。 さすがに疲れているので、作業を続けるテンションを維持するのが大変である。

まあ、本格的な採点は明日からということにして、適当に手近なレポートをパラパラと眺めて、講義の感想のところなどを拾い読みしていく。

やはり、ロジスティック写像のカオスは好評のようだ。 高校程度の知識で理解できる問題で、極めて複雑怪奇が現象がおきる、そして、それが目に見えるというのはインパクトが大きいのだなあ。 安定性の解析法なども丁寧に講義したのは正解だったみたいだ。

あと、どういうわけか

ぼくも Perfume 好きです。
とか書いてあるのもある。 へいへい。でも、採点とは関係ないからね。

おや?

こっちのレポートにも、Perfume の事が書いてあるぞ?

Perfume の髪の長い人に似ていると言われます。
か、髪の長い人って、か、かしゆかの事だよな。 ぼ、ぼくは、 俄然あ〜ちゃんなんだけど 純粋に Perfume の音楽を好んで聴いているだけなんだけど チョコレイト・ディスコのビデオのかしゆかは文句なく可愛いよなあ まあ、その・・・
男ですが。
あ、そうですか。はい。はい。よかったですね。

まあ、別に感想で気を悪くしても、それで減点したりはしないから。

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田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
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