茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。
雨降りの七夕。
月曜の「現代物理学」と水曜の「量子力学 2」(どちらも、今年が初めての講義)の残り三回の講義のプランがほぼ完全に見えた。と書いたのが、先月の終わり頃(6/28)。 「量子力学2」の最後は、スピンを議論し、そのまま角運動量の合成をじっくりと解説してフィニッシュの予定であった。 分量的にもちょうどよいし、最後にちょっとヘビーな計算を見せておくのも悪くない。 なかなかナイスなプランである。
どぁが、しっかしっ、せっかくの一年に一度の七夕の日に、この素晴らしいプランを、邪魔し阻止ようとする者が現れたのじゃっ!!
そ、その悪しき人物とは・・・・
まあ、もちろん、わしです。
スピンの観測についてのルールを学ぶのはそれで十分によいことだが、そのちょっと不思議なルールを最大限に利用して盗聴に対して絶対に安全な通信ができてしまうという事実は(そして、そういう発想をする科学者がいるという事実は)きわめて愉快。 現代において量子力学を学ぶ以上は知っておくべきことだと思う。
というわけで、今日は量子暗号だ!
というわけで、基本的な暗号のアイディアを解説。 さらには、断頭台に消えたスコットランド女王メアリーの話やら、アメリカか軍が紫暗号を解読し山本五十六の行動を知った話などなどをして秘密鍵を使い回すことの危険性を説明していく。
これで、量子暗号の話をする準備ができた!
つまり、ここまで話した以上、公開鍵暗号の話をしないわけにはいくまい。 いや、これをとばして講義したら現代に生きる者として不誠実でさえある。 ぼくは、公開鍵暗号のアイディアこそは二十世紀における最大の発明の一つだと明確に信じているし、いずれにせよ、日常的にネットで買い物をしているぼくらにとって公開鍵暗号は不可欠の技術なわけだ。
というわけで、公開鍵暗号の基本的なアイディアを説明し、最後に、RSA 暗号の方法をごく簡単に解説。
げげ〜。90 分は長いと思っていたが、かなりの時間が経ってしまったではないか。
けっきょく、盗聴者の存在がどうやってばれるかというところは少し駆け足になってしまったが、ともかく、BB84 の全貌を解説。 多くの人には「お話」だったかもしれないが、ちゃんと理解すれば、専門家と議論できるレベルのちゃんとした解説になっているのである。
楽しかったし、やってよかったと思う。でも、先月末に立てた完璧な講義プランは見事に崩壊したのであった。
来週の最終回はどうするんだ?
魅力もほぼ倍増した AKB84とか
高田馬場を地盤にしたアイドルグループ BB48とかいったネタをついつい思いつくのだが、どちらにしろ今ひとつ脆弱で決定力に欠けてしまうのである。 まあ、それに、ぼくはあくまで Perfume ファンだし。
定期健康診断の結果、すすめられたので、初めて大腸内視鏡検査なるものを受けた。
忙しい時期だが、やっぱり、こういうことの優先度は上げるべき年齢なのだと思う。 実際、親戚にガンを患った人が多いことを話すと、先生から「そいういう人は、それくらいの年になったら必ず来なくてはいけない。今日来てよかった」と言われてしまった。
腕のいい先生だと紹介されていたのだが、実際、検査は実にスムーズ。 看護婦さんも含めてみなが熟練している上に、こちらが不快な思いをしないように徹底的にシステムが考えられている。 痛みを感じるかも知れないので、点滴で麻酔を入れるとのことだったが、これの主目的は精神的に麻痺させて楽観的な気分にさせることだろう。 適度にいい気分になっているところに、おそらく絶妙の腕で内視鏡を入れられるので、ほとんど何も感じない。それより、画面に映る自分の腸内が面白くて、すっかり見とれてしまう。
けっきょく、少しポリープがあって、その場で取ってもらった。 これは、やっぱり、予定をあけてやってきた甲斐があった。
前の日は朝から繊維抜きの食生活。 そして、夜8時以降は絶食で、かつ翌日にむけて下剤をのむ。 ところが、ぼくはやたら下剤が効きやすい体質らしく、まあ、詳しい描写は避けるけど結構トイレに行きまくって苦しい思いをした。
さらに、当日の午前中には、下剤を 1.8 リットルの水に溶かしたものを飲む。 なんか、ポカリスエットのような味の生ぬるい液体と思えばよい。
幸い、病院が近いので、自宅で音楽を聴きながら気楽に飲むのだが、それでも、1.8 リットルは多い。 お腹ぱんぱん。押されたらピューと出そうである。 胃の小さい人とか、お年寄りとかは苦しいだろうなあ。
飲み終わった後から、早々に下剤効果が現れるのだが、トイレに行く前に、思わず体重計に載ってしまった。 ちゃんと、2 キロ近く増えている! 質量保存則の身をもっての検証である。
量子力学の講義の最終回。
どうなることかと思われたのだが、複数の自由度からなる量子系の取り扱いをまとめて話すことにした。
一般論のあと、二粒子系を重心部分と相対部分に分離する方法などの地味な話をするとともに、クローン不可能定理や、エンタングルメントを利用した超光速通信(できないわけだけどね)などの色気のある話もして、時間ぎりぎりまでしゃべりまくる。
なにしろ、学習院の「量子力学2」と駒場の「現代物理学」がどちらも新ネタだったので、準備は実に大変だった。
日記をみると、2005 年の一学期がおわったとき(2005/7/8)、
「教員になってからもっとも大変だった一学期間」のすべての講義がおわった。と宣言している。 確か、あの年は、単に講義をするだけじゃなくて、講義以上のペースで講義ノート(本の草稿)を作成して配布しながら講義していたのだ。大変なわけだ。
そういう意味じゃ今年のほうが楽なはずなんだけど、なんか、精神的にはきつかった。余裕がなかった。
まあ、 年もとったし 学科主任もやっていて気を使うことも多かったということか。
三人の知人にまとめて用事があったので、三人宛のメールを書く。
「酷暑が続きますが、いかがお過ごしでしょうか?」と書き出してみたが、よく考えると、かれらは STATPHYS(統計力学国際会議)に出席していてオーストラリアのケアンズにいる可能性が高い。 だとしたら、暑くも涼しくもない素晴らしい気候を満喫してるはず。
実際、返事が来てみると、まさにそうだった。三人ともオーストラリアだ。 やれやれ。
大きな国際会議のお祭り的な雰囲気を思い出すと、やっぱり、こうやって日本にいるのは寂しい。
しかし、大学院入試、定期試験に加えて、研究室の引っ越しの業務、オープンキャンパスなどの雑用が(別にどれをとっても激務ってわけじゃないんだけど)ずっと続いていることを思うと、この時期の長期出張は無理だったなあ。 おまけに、雑誌のための鼎談、人の来訪など余分な(まあ、楽しい)スケジュールも入れてしまっているので、7 月後半は講義が終わったあとも毎日のように予定が続いている。ふう。
終わったところで、「ぼくは、採点がものすごく速いから、後で取りに来るように」と話す。 去年、採点が終わっているのに取りに来る人が少なかったので、今年は、とくに速さを強調。
12 時 20 分に試験を終えて、少し採点をしてから、昼食をとって、いよいよ本気で採点じゃっ!
と思っていたら、ドアにノック。
「採点、終わりましたか〜?」
って、まだ 2 時過ぎじゃないか。いくらなんでもそこまで採点が速い人間はいないぞっ!(全部で七問あって、みんなのぐちゃぐちゃの計算とか証明とかもチェックするわけです。)
結局、6 時半頃には採点も集計も終わったのだが、その間にも、何人も終わったか聞きにきた学生がい。 「なんだ、まだか」的なリアクションを次々とされると、なんか実は俺はちっとも速くないんじゃないかという気になってしまうではないか(でも、本当は速い)。 来年は「速い!」と強調するのをやめます。
某誌に書くことになっている記事に関して某氏と某氏と帽子と紡糸にメールと第ゼロ次草稿を送ってからちょうど一週間(まあ、帽子と紡糸には送ってないわけだが)。 どいういわけか、まったくレスポンスがないのである。 別に、某氏や某氏や帽子や紡糸に嫌われることをしたつもりはないのだが、どうなっておるのじゃ?
もはやこの人たちはメールをろくに見ていないのかもしれない。 調べてみると Twitter というのだけは頻繁にやっている感じなので、かれらと Twitter でやりとりをしており、なおかつメールも見ていそうな T さんにメールを書いて、「田崎が連絡をとりたがっている」と Twitter で伝えてくれるようお願いした(←なんか、書いていてアホらしくなるほどややこしい)。
さっそく、ちゃんとつぶやいてくださったようで、一人にはメッセージが通じたようだ(もう一人はまだ・・)。 よく分からないが Twitter を見ていると、それらしきやりとりがある。 といっても、それぞれの人の Twitter の記録をみても独り言的に変な言っているようにしか見えなくて、両方を合わせてみると、意味が通じるようになる。 まあ、自分で Twitter のアカウントをとって follow というのをすればいいのかもしれないが、これだけのためにやることもないだろうと。
結局のところ、この一人目の紡糸じゃなくて某氏に連絡をとる最良の方法は「大学の秘書さんに電話して伝えてもらう」ことだそうだ。 全ては古き良きやり方に戻っていくのかなあ --- などと感慨にふけるような話じゃなく、えらい不便で迷惑な話だと思うが、どうか?
↑ Twitter のアカウントをとって、こういう小ネタを書けばいいのだろうか?
先週の終わりにメーリングリストに流れたメールで、オランダの Utrecht 大学の Henk van Beijeren さんが ICU の北原さんのところでセミナーをするのを知った。
Beijeren さんには会ったことはないのだが、driven lattice gas の異方的極限の仕事にはお世話になったし、かれが昔やった 3 次元イジングモデルでの界面状態の安定性のものすごく簡潔な証明は(たぶん)若い頃に読んだはず。 一度会っておくべき人の一人であることは確かだし、みんながオーストラリアの STATPHYS や、その前後の香港やソウルのサテライト会議に行っているのを聞いて寂しいなと思っていたので、これで ICU を訪問してかれのセミナーに出ればプチ・サテライトっぽくて寂しさが少し解消される気がする。
幸い、今週は月曜日だけ何の用事もない(他の日は、なんか、ちょぼちょぼと用事が入っている)ので ICU に出かけることにした。考えてみると、ICU (国際基督教大学)に行くのは初めてだぞ。どきどき。
セミナーはこじんまりとしてアットホームなよい雰囲気。 TASEP を matrix product ansatz で解き、かつ、(系のサイズについての)"grand canonical" ensemble を考えると計算がぐんと能率的になるという話をレビューして、それを粒子の種類が多い場合に拡張する話。 激烈に新しいことがでてくるわけではないが背景も含めて落ち着いて聞けたので有意義だった。 "grand canonical" で、サイズと共役になるのが(通常のように)圧力ではなくカレントになるのはちょっと意外感があって楽しいのだが、ネタは割れているし、分配関数は別に本当の分配関数ではないので、これをあまり真に受けて驚いてはいけない。 (とはいえ、Derrida たちはこういう具体計算をいっぱいやりながら、変分的な考察なんかを進めていったんだろうなあとも思う。)
セミナーの後にいろいろと関連する話をしたのがより有益だったかもしれない。 非平衡の話だけでなく、平衡系の界面の話についても学ぶところがあった。 最後に、ぼくらの拡張クラウジウスと対称化エントロピーの話も、さわりだけをホワイトボードでちょっと解説。 いつも思うけれど、ここらへんまで聴くと、かなり「おお・・」と思える話なんだよな。 でも、問題はそこから先なんだ。出だしはいいんだけど、そこから先は、泳げども泳げども陸地の見えない大海原・・・ というか、最近はほとんど泳いでもいない? プカプカ浮いているだけ?? お〜い、陸地はどっちだ〜???
「夏休み目前であわただしいんだけど、楽しいからいいんだ」シリーズのイベントの第三弾か第四弾として、浜松医科大学の瀬藤光利さんを学習院にお迎えした。
瀬藤さんは、近い分野の人にはまったく説明する必要のない有名人で、同世代のトップクラスとみなされてる研究者である(と信頼できる人に聞いた)。 しかし、生命科学に詳しくなくても
超一流雑誌 CELL の表紙を漫画「ジョジョの奇妙な冒険」の作者の荒木飛呂彦さんに描かせてしまったジョジョ好きの科学者のニュース(たとえば、ここ)を覚えている人はけっこういるんじゃないだろうか? ぼくもこの話は知っていたし、まわりにいる(ネットをよく見ている人は)ほとんど知っていた。 この無茶な科学者 --- 脳の情報処理で重要な役割を果たすタンパク質「スクラッパー」を発見したチームのリーダー --- が、瀬藤さんなのである。
こういう風に、超一流の仕事をしつつ、遊びに走ってやらなくてもいい面白い(ていうか、ふざけた)ことをわざわざやってしまう人というのが、個人的に好きか嫌いかというと、嫌いではない。というか、告白すると、大好きである --- などということは、今さら言うまでもないのであるが。 とにもかくにも、これだけでも、瀬藤さんの訪問が楽しみになってしまうというものだ。 さらに、研究室のページにもあるように、最近の瀬藤さんは不老不死を最終目標にした研究を真剣におこなっているらしい。 これもなんとも面白そうではないか。
それでは、ちょうど駒場でのエントロピーの講義が終わったところだし、瀬藤さんにぼくがエントロピーについてのミニ講義をし、それから彼の話も聞こうということになった(←ちなみに、これは瀬藤さんがあの「ジョジョ好きの科学者」であることを知る前に決めた)。 どうせ講義をするなら周辺の学生さんにも聞いてもらいたかったので、一昨日、近くの小さな教室を予約し(ちゃんと予約して手続きしないとクーラーが入らない!!)、せっかく部屋もとったしということで理学部の中だけに簡単なアナウンスを出しておいた。
瀬藤さんがいらっしゃって、いっしょに教室に行ってみると、直前のアナウンスにも関わらず、びっくりするくらい多くの人が聴きに来てくれていた。 物理だけでなく化学の学生さんもたくさんいるし、物理、化学、数学、そして生命科学科の教員も何人かずつ聴きに来てくださっていた。これはうれしい。うちの理学部は専門の壁を越えて交流があると日頃から言っているのがみごとに実現している。
ミニ講義では、
「主賓」というか「主聴き手」の瀬藤さんは教室の一番前にすわって時折鋭い質問をしながら聴いてくれた。 なんというか、気合いとエネルギーを入れて聴いてくれているのが、話しているこっちにもよく分かるという聴き方。 話し手冥利に尽きるというものである。
また、理学部の人たちも、熱心に聞いてくれて、きわめて適切で重要な質問をしてくれた。 これは実にうれしくありがたいことだ。 特に、物理とはもっとも遠いと思われる整数論がご専門の中島さんが、一番前で聞いてくれて、内容を深く理解された質問をしてくれて、デーモンの話やランダウアーの原理をすごく面白がってくれたのは、すなおに驚いたし、うれしかった。
けっきょく、1 時半から話しはじめて(2 時間くらいのところで少し休憩し)ひたすらしゃべっていたら、5 時になって、突如クーラーが止まった。 教室を予約するとき「5 時まで話す馬鹿はいない」と思って使用時間を「1 時から 5 時」としたのをこの瞬間に思い出した。 やれやれ、そういう馬鹿はすぐ身近にいたんだよ。 さすがに終盤に差し掛かっていたので、なるべく早回しにして話をまとめたけれど、けっきょく、5 時半までか。 疲れないと言えば絶対にウソになるが、熱心な聴衆の前で自分の好きな話をするのは愉しい(自分の研究の話はゼロだったけど)。 瀬藤さんも、聴きにきてくださった他のみなさんも、面白かったと言ってくれたので、ほっとする。
なるほど。細胞レベルではかなり可逆(若返り可能)に近いが、個体レベルでは確実に不可逆(若返り不可能)であるという現状は、ミクロな可逆性とマクロな不可逆性の折り合いをつける問題と類似している。 しかし、それ以上に、この質量顕微鏡法の実験結果はすごいぞ! もちろん、こんな分野の常識は皆無の私だけれど、なにやら新しい世界が見えるようになっているという強い感覚がある。つい興奮する。 膨大すぎる情報量をどう処理して何を見ればいいか、ぼくなりに提案ができないか、一生懸命に考える。
最後は、瀬藤さんと二人で目白で食事をし、そのあともかなり長いあいだ話し込む。 分野は違っても科学と真摯に向き合っている優れた知性と接することは最高の喜びだと実感する --- などと結ぶとかっこよすぎますけど、でも別に誇張じゃないんだよ。